プレビュー記事
レビュー
山根の登場で訪れる一瞬の迷い
2023年のJリーグの開幕節、フライデーナイトを飾るのは神奈川ダービー。2022年の優勝争いを最後まで演じ続けた両チームが30年目を迎えるJリーグのオープニングマッチを飾る。
3-2-5が声高に叫ばれていた川崎だったが、立ち上がりのパフォーマンスはいい悪いというよりも肩透かしを食らったものだった。というのもオーソドックスな4-3-3におけるビルドアップのように見えたのである。
前進のきっかけにしていたのは橘田の脇のスペースである。川崎はここを起点に前進を狙っていた。立ち上がりは左の遠野も右の脇坂も機会的には平等にこの位置を使っていたように見えたが、時間の経過とともに橘田の右脇を使う頻度が高まっていった。理由については後で仮説を立てる。
前半の川崎について話すポイントの1つはこの橘田脇からの前進における攻防である。序盤にこのスペースに落ちる機会が多かったのは脇坂だった。4-3-3からIHが1枚落ちて枚数調整をするのは、比較的ベタな変形と言えるだろう。
横浜FMはこの脇坂の降りていくアクションについては渡辺がシンプルについていく対応で一貫していた。脇坂の状況を整理する。ゴール基準で考えるとマイナス方向に走っており、タッチ数を増やすと横浜FMの前線にプレスバックをされて挟まれるかもしれない。そして背後には渡辺がいる。というわけで脇坂はマイナス方向の動きをしながら、ワンタッチで左右のスペースに正確な繋ぎをしなくてはいけないという状況に陥っていた。
こうなれば繋ぎの成功率が下がるのは当然である。横浜FMのプレスは明確に数を合わせたマンツーではなかったが、ある程度攻めの方向を規定することができれば、順当に川崎のビルドアップを閉じ込めることができる。
というわけで横浜FMの狙いは降りていく脇坂のところから始まる列を上げたプレッシングである。なお、ソンリョンの先制点につながるミスはこうした盤面の動きとはやや遠いところにあるもののような気がする。いずれにしても脇坂のところからも致死性のカットをされたのも確かである。
いずれにしても降りていく脇坂への対応に関しては、横浜FMがプレスに出ていくタイミングを掴めていたこともあり、あまり多くのものをもたらす移動ではなかったと言えるだろう。11分のようにここからワンタッチで2,3本パスが繋がれば川崎は横浜FMのハイラインを裏返すことができる。
出口となっていたのは左サイド。マルシーニョと遠野が前線に駆け上がりながら横浜FMの最終ラインの裏をとる。脇坂に比べて遠野が降りる頻度が少なかったのはマルシーニョのサポート役として前線で走ることが求められているからである。佐々木が後方からサポートする形が理想だが、彼が水沼を振り切れない場合は遠野が降りてマルシーニョが独走!となる形もあった。
川崎はこの左サイドに繋がればチャンスにはなっていた。だが、ビルドアップでのミスは横浜FMのショートカウンターに直結することを踏まえれば、分のいい賭けとは言えないだろう。自陣手前の位置のプレーの割には成功率があまりにも低すぎる。
川崎が苦しかったのはCFのロングキックを使えなかった点である。宮代は長いボールを蹴る形になるとほぼ間違いなく競り負けていたし、15分にはロングキックを蹴った結果、アンデルソン・ロペスの決定機まで持って行かれてしまっている。こうなると、ショートパスで繋ぐことから逃げるのは難しい。1失点目でミスをしたソンリョンに情状酌量の余地があるとすれば、ダミアンに比べると宮代は信頼をおけるロングキックの逃げ場になっていなかったことである。
そうした苦しい状況において登場したのは山根である。橘田の横での物語に新たに登場した山根は初めてのプレーで颯爽と遠野の決定機の起点となる働きをしてみせる。山根の登場は渡辺にとっては難しい対応を迫られることになる。脇坂を捨てて山根にプレスに行けば、後方はほぼ同数。マルシーニョに対して松原が後手を踏んでいる状況においては、こうした形はリスクを恐れない横浜FMといえどあまり受け入れたい状況ではない。
そうした新たな迷いを生む存在として登場した山根は横浜FMにとっては悩みの種となっていた。先程までは横浜FMにとっては分の悪くない賭けであった前からのプレスは山根の登場によってどちらに転がるかわからない。かつ、一つ目のトライは決定機まで行かれている。
山根はこの場所を常に使うわけではなかったのも悩ましい。常にここにいるのならば対応を決めやすいが、いるかどうかが乱数になっている分、決まった対応を打ちにくい。純粋な陣形よりも出ていくかどうかの一瞬の迷いが重要な場合もある。この迷いがあれば、川崎は橘田横のエリアで呼吸をすることができていた。山根の登場は川崎の左サイドへの脱出口になっていた。
なお解決しない2つの問題
だが、山根のインサイドへの移動が川崎のビルドアップを全て解決していたかと言われるとそういうわけではない。2つの問題が川崎のビルドアップには残されているからだ。
1つ目は山根が登場しない際のビルドアップの形への解決策が見えなかったことである。遠野が降りるのをやめた左サイドは車屋と佐々木が深い位置から繋ぎ、水沼を孤立させることで縦へのルートを見つけることができていたが、橘田の右横のスペースは相変わらず川崎の優先度が高いエリアとなっている。
だが、山根がいる時以外に捕まってしまう問題は着手できていない。脇坂が降りるときに渡辺がついていくということに関してはリードしてからも横浜FMには一切のブレがなかった。
山根、脇坂以外にこのエリアを使うことが多かったのは家長である。彼が降りてくるのはまた別の問題がある。というのは、仮に橘田の脇のエリアを起点とするパス交換で前を向くことができた時に、右の大外のルートがなくなってしまうからである。
プレビューでも述べたが、3-2-5型のポゼッションにおける安定性を担保するのは「内か外か?」の二択を突きつけることである。こうした選択肢を前進において段階的に提示しやすいのがメリットである。4バック相手に対する3-2-5においてはどちらのサイドから攻めるか?も選択肢の一つになる。
要は敵陣に進む過程において複数の選択肢を与えることでボールを前に進めましょうということである。前半の川崎は橘田横でフリーの選手を作れても、左サイドのマルシーニョのところしかその先の進みどころがなかった。自由に動き回る家長がそもそも右の大外にいなかったり、いるけど使わなかったりと右の大外からの前進は死んでいた感がある。ハーフスペース付近で宮代がフリーになるのが主な右サイドの前進手段だったが、その後に密集でロストしていたことを踏まえると、できればもう少し幅が欲しいところだ。
こうしたルートの硬直化は横浜FMに先の展開を読みやすくする助けになっている。脇坂が降りるのとはまた違った理由で家長が降りる動きは推奨しにくい。家長の上下動は大外レーンにとどめ、ジェジエウに意識が向くエウベルの背後を使う駆け引きに専念して欲しかった。ルートを読みやすいことは早い段階での横浜FMのマルシーニョサイドへのスライドにつながり、川崎の左の攻撃が徐々に萎んでいくことにつながることとなった。
永戸から攻める場所を決めていく
横浜FMのビルドアップは甲府戦と異なり、川崎のハイプレスに対応する形になっていた。川崎のプレッシングの理屈はあまり昨シーズンと変わっていない。ハイプレスへのトリガーとなったのはWGの高い位置からの外切りプレスであり、IHかSBがその背後のスペースを根性で埋めるという形である。
スーパーカップと比べて明らかに動きが違ったのは永戸である。甲府戦ではビルドアップにほぼ参加しなかった永戸だったが、この試合では家長の背後を取る動きに専念し、左サイドから横浜FMが前を向くためのきっかけになっていた。脇坂を釣り出すことができればインサイドを使えるし、山根を釣り出すことができればエウベルとジェジエウが左サイドでヨーイドンである。
これを受けた川崎は家長が永戸を注視するようになると、オビンナから逆サイドのSBである松原を目かけたフィードを蹴ったり、CHの渡辺が降りるというスーパーカップと同じ解決策を試したりなど、川崎に比べると確実性がある選択肢を選ぶことができていた。もっとも、試合の局面は川崎が横浜FMのプレスをどう回避するか?に終始していた感があるので、横浜FMが自陣から運ぶ機会はそこまで多くはなかった。
それでも、ボール保持と非保持の両面からスムーズに攻撃に転じることができていたのは横浜FMの方。エウベルがCKからゴールを決めて前半で2-0となったスコアほど両チームに差があったかは微妙なところだが、横浜FMが優勢に試合を進めていたのは確かである。
後方からのサポートの重要性と怖さ
後半、川崎が選手交代で動く。投入されたのは瀬川。試合後の鬼木監督のコメントを見る限り、家長との入れ替えは負傷明けを考慮してのものだろうが、タクティカルな側面の手当てという部分もなくはなさそうというのが難しいところだ。
交代した瀬川は右の大外というポジションを守り続ける愚直な選手だった。前半よりも明らかに前に5枚が均整が撮れた状態で並ぶ頻度は増えたと言えるだろう。瀬川の投入により、前半の川崎の問題点の1つだった左右のアンバランスさは解消。右側に確固たる前進手段を得た川崎は、横浜FMに対して攻めのルートを読ませにくい状況を生み出すことに成功する。
この状況における恩恵を受けたのが脇坂だった。渡辺からすると川崎の前進のルートが増えた分、後方のスペースを使われるリスクは高まったと言えるだろう。そうなると、渡辺にとっては脇坂につき続けるということがリスクになる。
よって、脇坂は降りてプレーしても前半のように背後に渡辺を感じながらプレーすることは減った。前を向き、左右のサイドを的確に操りながら横浜FMを押し込むことに貢献するようになる。ラインが下がりやすくなった後半においても畠中と角田がラインを下げずに宮代と渡り合ったのは立派だった。ここでズルズル下がるようであれば、川崎はよりこの時間帯に得点に近づいたはずだ。
ビルドアップの安定感を手に入れた川崎の次の課題はアタッキングサードにおける攻略である。低い位置で存在感を増したのが脇坂だったが、高い位置で存在感を出したのは佐々木だった。マルシーニョの手助け役として左サイドの高い位置で崩しに参加するようになった佐々木は大きな右への展開と同サイドの裏へのスルーパスを使い分けながら左のハーフスペース付近を中心としてアタッキングサードにおける川崎の攻撃の方向性を決めていた。
佐々木個人のパフォーマンスはカウンター対応を含めてもほぼ完璧に近かった。56分のカウンターを止めるところから脇坂にフリーでボールを持たせる一連はこの試合の佐々木の素晴らしかったポイントと言えるだろう。
川崎にとって不運だったのは佐々木を後方からサポートできる車屋を負傷で失ったことである。大南が左サイドに入ることで佐々木は後方に下がってのボール回しにおける負荷が増えるように。横浜FMがプレッシャーをかける頻度も増えたため、佐々木は大忙しになる。同サイドにおける井上の投入も佐々木の攻め上がりの抑止力になりうるだろう。さらには10人という足枷もついた佐々木が最終盤に追撃弾を演出するのだから立派である。
悩ましいのは瀬川だった。右サイドは左サイドに比べると崩しの精度がもう一つ足りない。シンプルなクロスを上げる間合いを作れた時は瀬川はいい場面を作れていたが、枚数が揃っている時にはどうすればいいかわからなかった感がある。川崎は後方から橘田が積極的な攻め上がりを見せることでフォローに入るが、それでもサイドの迫力は物足りなさが先に来ると言えるだろう。
3-2-5という形はポゼッションにおける安定感を生みやすいが、大外で絶対的なドリブラーがいなければこのままの配置で崩し切るのは難しい。三笘が理想、マルシーニョにもその役割を任せてもOKだろうが、瀬川にこの役割は荷が重たい。
アタッキングサードにおいては家長が恋しくなったのも確かだ。家長は独力で何枚も剥がすタイプではないが、相手と正対して味方がフォローにあがってくる時間を稼ぐことができるし、脇坂や山根とのコンビネーションであれば、後方からの攻め上がりでリスクとなるカウンター対応が手薄になるというマイナス面を許容する十分な理由になる。
だが、この問題点は瀬川がきっちりと右の大外ルートを開拓することで可視化されたのである。そもそも右の大外を使えなかった前半においては見えてこなかった話。そういう意味では(仮にコンディション面で不安がなかったとしても)家長を使い続ければよかったという結論に単純化しにくい。
瀬川がここから大外で1枚剥がせるアタッカーに変貌するというのはなかなか想像がしにくい。よって、後方からのフォローは今後も必須になるだろう。ジェジエウが退場になったシーンは後方を薄くする怖さの教訓になるし、佐々木が攻め上がったことで得た追撃弾は後方からのフォローの重要さを説くものだ。前方の枚数を増やすことのデメリットとメリットを突きつけたところで試合は横浜FMの勝利で幕を閉じた。
あとがき
横浜FMは完成度の高いチームだった。ソンリョンの技術的なミスやジェジエウ退場のシーンでリスタートを簡単に許した橘田の規律的なミスという2つの試合を左右する失敗を犯している時点で勝ち点を得ることは難しい。特に橘田のミスはこの試合だけでなく次の試合まで影響を引っ張ってしまうものになっており、非常に責任が重いものだと考える。ゴールを奪ったからチャラになる類のものではない。今季ここからのパフォーマンスで見返してほしい。
チームとしての注目ポイントはやはり右サイドだろう。フリーダムだがアタッキングサードで違いを作れる家長と真面目にポジションを取り続けるが最終局面での武器に乏しい瀬川は非常に対照的である。この2人のどちらが軸になるのか、あるいは右の大外で相手を剥がしつつ、規律を守れるスーパーマンが頭角を表すのかは川崎の今季のチームとしての方向性やスケールを大きく左右するだろう。この日、ベンチに入ることができなかった名願、永長といった「スーパーマン候補生」にも注目をしていきたいところだ。
試合結果
2023.2.17
J1 第1節
川崎フロンターレ 1-2 横浜F・マリノス
等々力陸上競技場
【得点者】
川崎:90+1′ 橘田健人
横浜FM:4′ 西村拓真, 38′ エウベル
主審:山本雄大