プレビュー記事
レビュー
矢印の先ではなく根元!
まず、この試合で川崎に立ちはだかったミッションは湘南のプレッシングを回避することだった。湘南のプレッシングはプレビューで説明した通り、2トップの町野と大橋の横にIHがプレスをかけに出てくることをスイッチとしていた。つまり、川崎からするとこれまでの試合のスカウティングで十分に予測が可能なものだったと言えるだろう。
川崎はこれに対して大南とジェジエウがソンリョンを挟む形で立つ形を選択した。この選択自体は悪くない。なぜならば、湘南の攻略において、深い位置まで小野瀬やタリクを引き込むことは重要だからだ。大南やジェジエウがソンリョンと同じラインを取ることで、湘南のIHがプレスをかけるには距離が必要になる。
だが、問題はタイミングである。開始2分、ソンリョンが大南にパスをつけるシーンにおいて、ソンリョンが大南のパスを出す前にすでに小野瀬は大南に向かってプレスをかけている。よって、ソンリョンがパスを出す前の時点、つまり大南が深い位置をとっている時点ですでに湘南の陣内を広げることができている。
確認だが、大南とジェジエウは共に足元に自信があるわけではない。よって、大南にパスをつけること自体が川崎のビルドアップの優先事項にはならない。大南から裏のマルシーニョに矢のようなフィードが飛ぶというのならば、小野瀬から矢印が向いている状態でもパスをつける意味はある。だが、大南が深い位置をとる意義はあくまで湘南の中央を広げることである。その意義はパスを出す前の段階で達成されている。よって、ソンリョンが狙うべきは小野瀬の矢印の先にいる大南ではなく、小野瀬の矢印の根元であるべきだ。
ソンリョンに言い訳があるとすれば、この矢印の根元に人が立っていないことだろう。矢印の根元を狙うべきは大島である。プレビューで「中盤にバックラインのビルドアップを助けて欲しい」といったが、ここの位置に立つことは非常に具体的な助けになる。ソンリョン→大島にパスが通れば、湘南のビルドアップは初手から空転させることができただろう。
少し話が逸れるが、この日の大島は低い位置での仕事がとても良くなかった。降りるべき時に降りる、逆に降りてほしくない時に前で我慢するの使い分けの判断が悪く、この局面に限らず出来はあまりいいとは言えなかった。ボールタッチを少なく済ませたいときも慎重にボールを持つ判断をするせいで前に進める機会を逃すのもらしくはない。ちなみに逆サイドの脇坂はそもそも何を任されているのかがよくわからない状況が続いている。
話を川崎のバックラインと小野瀬の駆け引きに戻そう。5分のソンリョンの大南へのパスミスが問題なのは仮に通ったとしてもそこがビルドアップの出口にならないことである。2分同様、すでにパスを出す前の段階から大南はプレッシャーを受けており、大南が唯一の選択肢になるであろう佐々木にも石原がプレッシャーをかけていた。
つまり、パスミスをしたからピンチになったわけではなく、このパスは通ったとしてもプレスに引っかかってピンチになる可能性が高いのである。新しいことをやるのだからミスは当然出てくる。通したいパスが通らないなど、技術的なミスは仕方のない部分である。だが、通っても先がないパスをベースとするミスはきつい。
ソンリョンから大南にパスをつけるな!と言っているのではない。仮にソンリョンがボールを持っている時点で小野瀬が大南にプレスをかけずにいるのであれば、ソンリョン→大南のパスは中央を広げるための有用な手段になる。矢印を出させるためならパスを出すことはむしろ推奨されるのである。
何のために大南とジェジエウがそこに立つのか、そして何のためにパスをつけるのかをもう一度整理しないと、リスクをとって深い位置からボールをつなぐ意味がない。すでに先が見えない場所につけようとしてパスをミスするのと、矢印の根元を狙ってパスをミスするのでは同じミスであっても意味合いが大きく違うのである。
外を見せられない3-2型
ソンリョン+大南&ジェジエウの3人のビルドアップがうまくいかなかったため、10分には佐々木が最終ラインに入り、山根が中盤に入るGKを除いた3-2型に形を変える。ただし、ワイドに立つCBから大外のパスルートが少なかったため、自陣からの脱出に苦労。特に、右サイドはほぼこのルートが機能していなかった。
3-2型のビルドアップは2(山根、橘田)にフリーでボールを持たせることを一つの目標としてのだろうが、川崎のバックラインには外に広げるアクションがないため、この2の選手たちをなかなかフリーにすることができなかった。左サイドは何とかマルシーニョにボールを届けることができていた。ただし、マルシーニョはボールを受けると一目散にカットイン。中にちっとも味方がいない状況だったので待っていて欲しいというのが正直なところだったのだが、開始10分ほどほぼ自陣に釘付けだったストレスがプレーに出た場面だったと言えるかもしれない。
ただ、左サイドの面々のプレーが総じて内向きだったのは気になった。マルシーニョは外から内にカットイン、大島はハーフスペースに立つことが多く、外に広げる動きが少なかった。よって湘南は内側を固めればOK。左サイドから切り込んでのミドルシュートはことごとくブロックにあっていた。
オーバーラップする佐々木が間に合うようになったシーンではすでに湘南のブロック構築が完了。5レーンに人がそろっていた。よって、左サイドの破壊となるランは相手がラインを上げるタイミングでハーフスペースに抜け出した21分の佐々木のような形でないとハマらなかった。
大外からの効果的なアタックは家長のインスイングのクロスくらい。ただ、先に述べたように右サイドは家長にボールを届ける部分で難があったためなかなか家長がクロスを上げる状況を作れなかった。右サイドの裏に走り起点となった宮代の動きはその中でいいアクセントになっていた。体をぶつけることが苦手でも起点にはなれることは彼を見ればわかる。
攻めの局面の連続で川崎がそれを解決できないというのであれば悪くはないだろう。しかし、湘南は小野瀬とタリクを使ったハイプレスを落ち着かせた後も十分に相手陣内でプレーするための方策を持っていた。それはボール保持。バックラインからの細かい繋ぎで川崎のプレスを回避する。
インサイドでWGを引っ張り、空いたアウトサイドにIHを引っ張り、中央を空けて前進する。湘南が実践したショートパスはまさしく川崎が実践したかったそれ。ハイプレスが落ち着いた後も敵陣に迫るムーブを行うことができた。
アタッキングサードにおいては2トップの裏を取る動きと左のWBの畑が存在感があった。家長、山根の2人のサイドを独力で切り裂いた畑はなかなかのインパクトを残したと言っていいだろう。
2トップの裏抜けに対しては川崎のバックラインの対応が光った。特に大南はカウンター対応が別格。悪い体勢からのクリアと、横スライドによる潰しが非常に効いており、プレビューでの予想通り湘南のカウンターに対する対症療法として機能した。
湘南サイドの話で言えばアタッキングサードにおける長いボール精度がもう1つ欲しかったところ。浮き玉や足の長いパスが乱れなければ、より川崎の陣内に効率的な侵入ができたはずである。
試合が進むと徐々に川崎がボール保持で巻き返す。湘南の中盤より前が無理筋のプレスを行うようになり、徐々に全体が間延びする。空いたスペースに顔を出した大島から宮代やマルシーニョとの連携が繋がるようになると、川崎は敵陣内でのプレーを増やしていくようになる。
展開がフラットになり、前半終了間際にはそれぞれのチームに決定機が。互いのゴール前の展開が多い、スリリングな前半となった。
枚数ではなく2択を突きつけるのが重要
ハーフタイムに川崎はフォーメーション変更を実施。4-2-3-1への変更はやや形は違えど鹿島戦と文脈は同じ。中央の2枚はキープして、SBは外に固定。インサイドとアウトサイドのどちらにも脱出口を置く形となった。
おそらく本当は3-2の形でこのインサイドとアウトサイドを突きつけていくというスタンスをやりたいのだろう。しかし、特に右サイドにおいてCB→WGというコースを見せられないため、守る方がインサイドに専念できるというのが今の川崎の問題点である。結局、アウトサイドを突きつけるにはSBが幅をとった方がいいのである。
よって、アウトサイドとインサイドを突きつけるために横幅はSBで固定。IHを1列下ろすという妥協で川崎は試合を進めることを選択する。これにより、湘南のプレスはだいぶ空転するようになった。大外のルートが開くことにより、IHはプレスのスイッチを絞れない状態になり、高い位置からのリズムを掴んだプレスは鳴りを潜めた状態になる。プレスの機能低下に関しては前半に負傷交代した大橋の影響も見逃せない。
順調そうな後半の滑り出しだった川崎だが、ジェジエウが負傷交代しバックラインは再構築を余儀なくされる。退場者ではないが、バックラインは試合中に毎試合強制的な配置変更を行う羽目になっており、運用としては苦しい。川崎は松長根のデビュー戦をジェジエウとの交代で迎える形になる。
松長根が入った左サイドは湘南のストロングポイントの右サイドと対峙することになる。小野瀬を基準点とした裏を取る動きは後半に一層勢いを増した感があり、松長根はいきなりタフな対応を強いられる試合でデビューすることになった。
一方で攻撃面でのプラスがあったのも事実。低い位置からのパス交換からボールを前に運べる松長根の存在は川崎にとって助けにもなった。プレス耐性には問題なく、長短の距離のパスを織り交ぜながら前進する松長根は左サイドの新たな起点。後方に佐々木という支援部隊がいるのも大きかった。
松長根の投入により、左サイドで深い位置を取る機会が増えた川崎。こうなると難しい舵取りを強いられるのは湘南の中盤である。左サイドに無視しにくい松長根が来たことで小野瀬のポジションは横に横に広がっていく。ただし、5-3ブロックにおける構造的なポジションの遠さがネックとなり、なかなか効果的に圧力をかけることができない。
小野瀬の意識が外に行くことで、湘南の中盤はベチャッと平たい陣形になる機会が増えていく。そうなると次にケアがしにくくなるのが3センターの前のスペースである。サイドからボールを運び、小野瀬の守備の位置を決めさせた川崎はマイナス方向の中央にフリーの選手を作りやすくなる。
このスペースは5-3-2で守るブロックならば真っ先に閉じなければいけない場所だ。中央からフリーの選手にラインブレイクのチャンスを与えてしまうと、5-3-2は脆い。数は多いがラインは少ない守備ブロックは縦パスや裏パスのような面で壊せれば一番手っ取り早い。
相手の中盤の前、FWの背後でフリーマンを作るというのは川崎が今季3-2変形のビルドアップに取り組む動機の1つだろう。本来ならばアンカー1人しか立たないスペースに2人を置くことでポイントを増やし、フリーになりやすくなるということだ。
しかしながら、後半に湘南のFW-MF間のスペースから縦パスを入れることができたケースにおいて、このポジションに立つ選手は1人であった。つまり、数の問題ではないということである。この試合においては松長根が外に入ることにより、サイドに相手がケアすべき基準を作ったということが重要なのである。スペースごと潰されてしまえば、インサイドに2人いようと10人いようと効果的にはならない。中央とサイドの2択をきっちり迫れるかの方が遥かに重要なのである。
どちらのチームも得点のきっかけを掴めそうな状況で先手をとったのは湘南。右サイドからの攻勢だった。マルシーニョの無茶振りパスを受けた家長に永木がチェックをかけることにより、湘南は二次攻撃の発動に成功。そのまま右サイドを攻略し、クロスを上げた先に待っていたのは平岡。橘田のスライディングも間に合わず、見事なミドルで先手を揺らす。
川崎としてはマルシーニョの雑なパスを起点に守勢に回らされた家長が簡単にかわされてしまったのが大きかった。なお、大島が平岡を警戒するよりもクロスが飛んできそうな町野のケアを優先したのはジェジエウの不在が影響しているかは不明である。
勝利のためには2点が必要になった川崎。彼らの攻撃が成立するかどうかは先に述べた大外によるIHの守備基準の誘導と3センター前のスペースの活用の2点を基準に湘南が手薄になる位置をコントロールできるかである。
終盤の川崎は保持で湘南のブロックとの駆け引きが十分にできていたと言えるだろう。縦パスを出せる中央の選手とフリーになる大外の選手からのクロスの2つで湘南のバックラインを攻め立てることができた。瀬川のゴールは大島の縦パスが起点。その先のコントロールにおいてはラッキーな要素もあったけども、縦パスを入れられたこと自体は川崎のボールの動かし方が理由になっていた部分。土台を構築した上でのラッキーであることは指摘しておきたい。なかなか得点に絡む仕事ができなかった大島が間接的にようやく得点に関与できたのは朗報である。
得点シーンの前に変更された3-4-3で仕上げの局面における中央の人員を4-2-3-1の2人から3人に増員するというシンプルな修正だろう。サイドの攻撃の支援はワイドCBのポジションをとる松長根と佐々木からでもできるという判断もあったかもしれない。ただし、確実に湘南のカウンターに対する脆弱性は高まっており、ビハインドだからこそ使えた形と言えるかもしれないが。大島ももう走れなくなっていたし。
その後も川崎が攻め立てる時間が続くことに。山田には2試合連続で決定的な働きをするチャンスが訪れたが、これは枠外で終了。試合はドローで幕を閉じた。
あとがき
鬼プレスを発動する湘南は厄介だったが、プレスに関しては川崎が適切なアプローチに辿り着くまであまりに時間がかかったことの方が気になる。ソンリョン+2CBのビルドアップの問題に関しては技術的なミスは時間をかけて減らしていけばいいと思うが、コンセプトに忠実でないことは次の試合にでも修正したい。技術的なミスはコンセプトに根差しているミスであるかが大事であり、うまくいったとて先がないパスのためにツケを払うのははっきり言って意味がない。
中央とサイドの両方からの前進を相手に突きつけるというコンセプトの具現化もそうである。今の川崎は3-2もしくは4-2で相手のFW-MFの間に2人の様々なポジションの選手を置くことでポイントを増やすという解決策をとっている。けども、相手次第ではこうした動きが有効にならないこともある。
人基準に圧力をかけてくる横浜FM戦は山根が絞る意味はあったが、鹿島戦や湘南戦のようなインサイド中央をスペースごと潰してくる相手には意味がない。そういう相手には広げるアクションを行うことのほうが遥かに大事だ。今のチームはそこに至るまで時間がかかってしまっている。
結果的に試合ごとにそれなりの解決策に至れているのはさすがではあるが、かつてほどチームは得点力がないのだから、解決策に至るまでの時間を短くしなければ勝てない試合が増えるのは当然である。なんのために絞るのか、その動きは相手に対して有効なのか。90分という時間制約の中で素早く答えに辿り着く必要があるのがサッカーなのだ。
試合結果
2023.3.4
J1 第3節
川崎フロンターレ 1-1 湘南ベルマーレ
等々力陸上競技場
【得点者】
川崎:81′ 瀬川祐輔
湘南:64′ 平岡太陽
主審:荒木友輔