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「チームを勝たせる選手」~2023.7.22 J1 第16節 ヴィッセル神戸×川崎フロンターレ レビュー

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レビュー

家長の出張とシミッチの展開から安定した保持スキームを確立

 横浜FMの敗戦により、中断前の段階で首位に立った神戸。消化試合的にも1試合分のアドバンテージがある。そして、今節はその未消化分の開催。対戦相手は神戸の首位奪還を間接的にアシストした川崎である。

 メンバーの入れ替えはどちらもわずか。ホームの神戸は左WGを汰木→パトリッキに入れ替え、川崎は正守護神をソンリョンに戻した。立ち上がりはロングボールの応酬でスタートしたこのゲーム。神戸のプレッシングはここ数試合の傾向通り、高い位置から相手を追い回す類のもの。だが、川崎はプレスに屈する流れはなかった。

 川崎のビルドアップにおいて懸念となるのは上福元→ソンリョンのGK。ソンリョンはショートパスで相手のプレスの矢印を折ることはできてはいなかったが、ミドルパスで神戸のプレスの間にボールを落とす形で前進をすることはできていた。上福元がいる時と同じようにとはいかないが、彼なりに神戸のプレスの回避の仕方を心得ていたということだろう。ただし、今までに比べるとショートパスから自陣から相手を外す動きは乏しかったように見えた。この辺りはGKが変わった影響だろう。

 脇坂や瀬古といったIHが降りて受ける動きに神戸はCHである山口や齊藤がついていくことで対抗。相手に捕まりながら降りてくる選手への縦パスはシーズン序盤の川崎の自陣でのロストの温床になっていた。だが、後方の選手は受け直しの準備をし、降りる選手もサイドや後方にパスを叩くことで捕まることを回避。この辺りはここ数試合の川崎の保持が安定してきている要因である。

 その一方でフリーの選手を作ることに苦労したことも確か。特に神戸の4-4-2は横方向に極端に圧縮をかけており、縦に強引に進むだけでは圧縮されてしまい脱出先を作ることはできない。9分手前の宮代がタッチライン側に追い込まれて2人に挟まれたシーンではCBのトゥーレルが守備対応に出てきている。神戸が同サイドに誘導しながら刈り取ることがうまくいっている好例と言えるだろう。

 川崎は左サイドからの前進を試みることが多かったが、同サイドのWGである武藤がプレスバックをサボることがなかったので、敵陣まで運ぶことができてもフリーの選手を作り出すことはできない。そういう意味では家長が左サイドに流れるのも許容できる展開だったと言えるだろう。単純に数を増やし、フリーの選手を作りやすくする。彼自身の収めるスキルもあるのできっちり収めることで押し込む手伝いになっている。

 川崎は押し込んでからの攻撃をやり切ることもできていたので、結果的に収支がマイナスに大きく触れることはなかった。ただし、ソンリョンを絡めたビルドアップに不安があったのか、いつもより序盤は家長が自陣側に降りる展開が多め。こうなるとだいぶ重心が低くなってしまい、前方に収めどころがなくなる場面もあった。

 もう1つの前進の手段として効いていたのはシミッチ。8分手前に彼が演出した宮代の決定機はアンカーの受け渡しが曖昧だった大迫と佐々木に対して、シミッチを浮かせてしまうリスクをきっちり突きつけたシーンでもある。

 シミッチを使った配球は縦に急ぐ形だけではない。右サイドにボールを集めつつ、うまくマークを外したシミッチから左サイドに展開する形は川崎の前進パターンとして定着。川崎が右サイドにボールを集める段階で神戸のプレスは同サイド圧縮を試みるので、シミッチを使って左サイドに脱出に成功すると、武藤が非常に広いスペースをカバーしなければならない。

 代表的なのは22分の例。シミッチを逃したことで武藤が同サイドをカバーしきれない。かつ、この場面では山口が武藤のヘルプに出て行ったことで中盤中央に穴が空き、川崎は再び右サイドに展開することができた。

 川崎はCB+GKのショートパスでの組み立てはやや割引ではあったが、シミッチの展開力を活かす形でズレを作ることを担保。神戸に対して安定した前進スキームを作ることができたと言えるだろう。

前進と攻略の優位を得点に反映

 神戸はボールを前に送るという点で苦労した展開だったと言えるだろう。まず、川崎のボール保持は神戸の陣内に入り込むところまで辿り着くケースが多かったため、神戸のスタート位置は自陣の深い位置からになることが多かった。

 当然、ロングカウンターにおいて狙い目になるのは大迫だが、川崎はシミッチとCBが挟み込むことで前半はこのロングボールを封殺。前半は想定以上に川崎が大迫を抑えることができた展開だった。

 中央の起点作りを防ぐことができた川崎は4-3-3の形から前線が積極的にプレスを行うが、外切りWGの背後を使われるケースがちらほら。特に、家長の背後に待ち構えている初瀬のところにボールを届けることが多かった。

 しかし、川崎としてはこの動きはある程度想定済み。山根がパトリッキへのコースを切りながら初瀬にプレッシャーをかけて、シミッチが早い段階でハーフスペース裏を狙う佐々木をターゲットに横にスライドすることで対応する。

 やや決めうち感があったので神戸が先回りすることができれば、川崎のこの構造を利用して前進することはできたと思う。たとえば、下図のように初瀬から大迫にボールを当てれば、シミッチと挟むことができない川崎の対応は苦慮したかもしれない。

 神戸の誤算だったのはパトリッキだろう。川崎がきっちりプレスバックして枚数を合わされてしまうとできるプレーの少なさを露呈。同サイドの他の選手の動き出しに合わせたプレーや自身が相手を1枚剥がすこともできずに苦しむことになる。

 右サイドを軸にする形も神戸は模索していたが、徹底して縦を塞がれると苦戦。神戸の右サイドはインサイドにドリブルでボールを動かしながら逆サイドへ展開したり、あるいは同サイドの奥を取るための間を作ったりなどのプレーの精度が低い。神戸の右サイドには左利きがいないせいか、外→中に入ってくる左足でボールを持つプレーが効かず、川崎は縦さえ切ればOKの状況となっていた。神戸の守備は同サイドに圧縮することでボールを取り切っていたが、川崎の守備も神戸の攻撃方向をうまく誘導し、機能不全に追い込んでいたと言えるだろう。

 サイドでのボールの動かし方、そしてボックス付近での相手の動かし方。どちらの面でも優勢だったのは川崎である。先制点の場面はトゥーレルのコントロールミスから。川崎は高い位置から一気にカウンターを仕掛けると、左の大外でボールを受けた山田から宮代へパスが通り、最後は脇坂が詰めてゴールを奪うことに成功する。

 川崎の左サイドの攻撃はマルシーニョの離脱以降、ゴールシーンのように大外のレーンを浮かせた形で使うことができれば機能している印象。逆に大外で相手と止まった状態で正対するような展開に追い込まれると厳しい。この試合は登里が相手を出し抜くような形でボールを受けるシーンが見られており、左サイドの崩しとしてはいいフィーリングの日。相手のミスに助けられながらも先制点に繋がる攻撃を完結することができた。

 先制点を奪われたことで神戸のプレッシングは間延び。前への意識が強いプレス隊により中盤にスペースが生まれることで、川崎の前進はより容易になる。先制点で勢いに乗った川崎はセットプレーで追加点をゲット。ファーに流れるシミッチを利用する形で川崎は2点目を奪う。ファーからボールを折り返す形でセットプレーが実るのは川崎としては珍しい形だった。

大迫の降りるアクションがもたらす効果

 後半も立ち上がりにペースを握ったのは川崎。神戸のプレスは前半の終わりと異なり、中盤が前線に追従できるようになったが、後方でのパスワークから前進の隙を作る形は健在。47分のシーンはパトリッキを高井が引きつけたところから右サイドでチャンスメイク。相手を背負った瀬古がパトリッキが目を離した山根を活用することで一気に前進した場面。相手のプレスの矢印をへし折るいい前進。その後の山田の右サイドの背後を取る流れも含めて非常に攻撃。登里がいなくなり左サイドの前進に不安がある分、右サイドからいい形で前に進めた川崎は後半の立ち上がりをうまく入ることができた。

 試合の流れが変わったのは後半早々の汰木の投入のタイミングである。この時間帯に大迫の役割が微妙に変わったように思う。前半の大迫はCBとCHに挟まれることでなかなか起点になれずに苦労していた。後半はより低い位置まで降りることでCBを振り切り挟まれることを回避。これによって、収めるところから左右への配球を流れるようにこなすことになる。

 大迫がDF-MFの間に降りれば川崎のCBは勇気を持って前に出ていくことができたかもしれない。だが、中盤まで降り切ってしまうとついていくのには相応のリスクが伴う。右サイドには背後を取りきればきっちり仕事ができるパトリッキがいる中で、そうした判断をするのは難しい。

 大迫は1枚のマークであればボールを収められるので、これで神戸は中央に起点を作ることができる。大迫が降りた分、再びゴール前で仕事をするためにはサイドでもタメを作り大迫が上がる時間を作る必要がある。この点で止まってボールを持つことができる汰木が左サイドに入ったことは神戸にとって大きかった。汰木が山根と正対してボールを持つ時間を作ることで初瀬が外を回ったり、佐々木がハーフスペースを狙ったりなど神戸は少しずつ同サイドの動きだしを効果的に使える流れになる。

 後半に中央で大迫が起点になれたことは神戸のサイド攻撃への手助けにもなる。大迫が中盤に降りることでシミッチを中央にピン留めできるからだ。前半に述べたように川崎の右サイドの守備はシミッチが決め打ち気味に顔を出すことで封じていたが、大迫を経由されてしまうと中央から動くわけにはいかない。大迫が中央に顔を出すことはシミッチをサイドのフォローに逃さないという部分において大きな意味があった。

 汰木の投入と大迫が低い位置に降りる動きを見せたことは川崎優位の試合の流れを神戸に引き戻す。ただ、決定的に神戸側が川崎の構造を壊せていたか?と言われるとそこは微妙なところ。家長の戻りが遅れそうな川崎の右サイドにシミッチをヘルプに行かせないことは机上では十分川崎を機能不全に追いやることができそうではある。だが、実際のところ家長は初瀬を空けてしまう場面がちょこちょこありながらも、完全にサボって逃すことはなかった。皮肉なことではあるが、ハンドでPKを献上してしまったシーンは初瀬に家長がきっちりとついていった裏付けでもある。

 盤面的には神戸の修正は川崎の守備に対して互角に渡り合うところまで引き戻すことができたというところが妥当のように思う。だが、プレビューでも触れたように盤面的に互角であれば、そこから神戸に強引に流れを引き寄せることができるのが大迫である。ボールを収めるという点でこれだけ連戦連勝できたり、シミッチのところであっさり空中戦に競り勝ったりなど、個人のところで決定的な働きを見せることができていた。

川崎の3バックの立ち位置

 追いつかれた川崎は3バックにシフトする。この3バックについての今のチームに対する位置付けを示して、このレビューを締めようと思う。おそらく、川崎にとってこの3-5-2(5-3-2)は点をとりにいく時のオプションなのだろうと思う。

 昨シーズン後半によく見られた川崎の点をとりにいく形は4-2-3-1を歪めたもの。家長をトップ下に置きつつ、便宜上右WGに入る選手は実質インサイドに入り2トップ化。右の大外は山根に担当させて、フォローは右のCBか中盤が行う。

 単純ではあるが、サイドでも中央でも人を置きましょう!という構造。この試合や横浜FM戦で見られた3-5-2もその要素を取り出してのことだろう。右の大外は大南と山根、左の大外は車屋と佐々木が担当し、2トップの家長と宮代とIHの2枚が中央でゴールを狙う形である。

 わざわざ3バックに変形する理由は単純に中盤から前の枚数が足りないからだろう。今の川崎の上位チーム相手のスタイルを踏まえると瀬古、脇坂、山田、宮代がフルタイムでパフォーマンスを維持するのは難しい。だが、瀬古と脇坂の役割を純粋に引き継げそうなのは橘田だけだし、FWの控えは足りていない。ということで4バックを維持するのは難しい。そのため、家長が中央にスライドして2トップになり、幅を取る役割をDFに託すことでなんとか中央とサイドに枚数を揃えるというイメージである。

 副次的にはブロックを組むことができればDFが安定するという意味もある。この日の神戸のサイドアタックを考えれば、クロスを上げさせたいという意味で5バックにシフトする妥当性がある。そういう意味で試合がどう転がっても多少はセーフティネットになりうるフォーメーションである。

 その一方で展開次第では本来のパワープレー的な要素を全面に押し出せないまま試合がタイムアップを迎えてしまうことも。5-3-2は高い位置からボールを追い回すことは構造的には難しいので、自陣からの陣地回復ができるかどうかは重要な生命線になる。

 横浜FM戦では瀬川がCFとして機能していたことで遠野の推進力を活かすことができたが、この試合ではダミアンが収まらないことで苦戦。負傷明けで本調子ではなかったのだろう。不運だったのは車屋の(おそらく負傷)交代。これがなければ瀬川はLWBではなくCFとして使われていたかもしれない。

 車屋の交代で川崎は左サイドの攻撃の希望が潰え、中央で瀬川を使うこともできなくなった。攻撃を受ける頻度が高い展開にも転がってしまうのが今の川崎の3バック。陣地回復ができればそれなりに点を取るための効果はありそうだが、それができないと抵抗する術がないという印象である。まさに神戸戦はその術中にハマった感があった。

 この辺りは戦力復帰を待つしかないように思う。ダミアン、マルシーニョ、小林がコンディション十分で帰って来れば風向きが変わる可能性はある。

 この試合では終盤の川崎は苦しんだ。川崎が縦にボールをつけても齊藤がフィルターになり続け、カウンターの起点として大迫は動きを止めることがなく、推進力を増すための飯野のような交代カードで勢いを後押し。神戸が川崎の陣形が整う前に攻め込む形を見せることで、交代で入った大南を筆頭に川崎のDF対応は不安定になりソンリョンのゴールマウスを脅かす終盤となった。

 試合はそのまま引き分けで終了。後半で試合をイーブンに戻した神戸が勝ち点1を川崎から取り返してフルタイムを迎えた。

あとがき

 今の川崎が上位勢相手に食らいついていくにはどちらにも転びうる後半の序盤のような展開で粘る必要があったが、神戸はそれを許してくれなかった。大迫は今季これまでもチームを勝たせてきた選手だし、そういう選手を抑えることができない部分はある程度は仕方がない。

 大迫のような毎試合決定的な働きができる選手はリーグ全体を見渡しても稀有である。横浜FM戦の瀬川は紛れもなくチームを勝たせる働きを見せたと思うが、毎試合その水準を求めるのもまた難しい。日替わりヒーローはこの日の川崎にはおらず、大迫を90分抑えることもできなかった。そういう意味でチームを勝たせる選手にきっちり仕事を許してしまったという試合だった。大迫のように「チームを勝たせる選手」を抑える形でチームを勝たせる選手も川崎にはいなかったということである。

 この2週間の首位連戦に1勝1分は悪くはないが、優勝を掲げるのであれば「悪くない」程度では前半戦に背負った不利を覆すのは無理である。現実的には優勝の可能性がまた狭まった一戦となってしまった。

試合結果

2023.7.22
J1 第16節
ヴィッセル神戸 2-2 川崎フロンターレ
ノエビアスタジアム神戸
【得点者】
神戸:59′(PK) 62‘ 大迫勇也
川崎:23′ 脇坂泰斗, 30′ 宮代大聖
主審:木村博之

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