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レビュー
プレス、リトリートに見られたアーセナル対策
ELでのPK戦での末の敗退。そして中2日でのハードスケジュールとこの試合のアーセナルを取り巻くタフさはかなり多くフィーチャーされている。
だが、対するクリスタル・パレスもミッドウィークにM23ダービーを戦い、中3日というハードな行程。さらにはヴィエラとお別れしたのだから、バタバタ感で言えばアーセナルと同じかそれ以上と言えるだろう。
この試合の指揮官として任命されたマッカーシーはよく準備の跡は感じられたと言えるだろう。とりわけ非保持においては明確にアーセナルに対してのプランを見ることができた。
立ち上がりのパレスは事前の想定よりも積極的なプレスを敢行してきたと言えるだろう。中盤を噛み合わせてマンツーマン気味にマークを行い、サリバの代わりに最終ラインに入ったホールディングには機を見て厳しいプレッシャーをかける。
インサイドに絞るジンチェンコにはオリーズが迷いなくマンツーでついていく。ジンチェンコ特有の動きにもはっきりとした対応をしたところを見ると、マッカーシーはアーセナル対策をきっちりと落とし込んでいた。
アーセナルは3分の手前にプレッシャーをかけられたホールディングから左サイドへの大きな展開で脱出。ジンチェンコがインサイドに絞って作り出したスペースにマルティネッリが降りてくる形でプレスを回避する。
パレスはプレスを見切られたと感じたのだろう。これを見て最終ラインにプレスをかけるのは控えるようになる。無理だと悟って控えることも、まずはできるかどうかをトライすることもどちらもチームとしては必要な要素だと思うので、こうしたパレスの立ち上がりの振る舞いはとても好感が持てる。もちろん、それに立派に対応するアーセナルも見事だった。
パレスはリトリートの局面でも準備がなされていた。アーセナルに4バックで対峙するチームがまず考えなくてはいけないのはハーフスペースの埋めかたである。大外にWGが張り、SB-CB間に走り込む選手を作るアーセナルに対して、このスペースを活用する選手を放置するのは自殺行為になる。
パレスはCHがこのスペースに入り込むことで問題解決を図る。ボールサイドのCHが1列下がりこのスペースを埋めることでバックラインの枚数を揃える。CHが空いてしまう問題に関してはシュラップが1列下がることで対応。全体の陣形は5-2-3という形で整える。
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ポイントはこのパレスの後方ブロックの形成がアーセナルのどちらサイドにボールがあるかで誰がどこにいるかが変わること。最終ラインに入るのはミリボイェビッチなのか、ドゥクレなのか、それに伴う最終ラインのスライドなど微妙に配置が異なる。
となると、パレスが避けたいのはアーセナルが素早いサイドチェンジで攻める場所をスムーズに変えることである。そのためにケアしたいのはトーマス。エドゥアールがトーマスを消すことで、アーセナルの素早いサイドチェンジを阻害していく。重たい守備のタスクはザハには難しいだろう。ロングカウンターをスムーズに完結することを考えればザハを最前線に置いたほうがいいのだろうが、それができない理由もわかる。
このようにパレスの撤退守備のタスクは前線の選手が後方のスペースを埋めることで成り立たせている感があった。よって、後方に枚数を確保できない時は状況はタフになる。左右にスライドしながら相手を潰し続けたグエヒや、プレスバックでマルティネッリへの対応を間に合わせていたオリーズあたりはそうした苦しい状況をなんとかしようと奮闘。特にオリーズはシティ戦においてワンプレーで試合を台無しにしてしまった感が強いのだろう。守備での献身性はとても光っていた。
アーセナルはパレスの陣形形成が間に合う前に壊したい、パレスは間に合うように何とかアーセナルの攻撃を遅らせたい。アーセナルの保持はこの両チームの綱引きだった。パレスの撤退守備はマッカーシーが突貫工事で築いた「一夜城」にしては十分な強度なものであり、これを超えることができるかはアーセナルの出来次第といった感じだった。
アーセナルは序盤はシュートこそなかったものの、適切なアプローチで一夜城攻略に挑むことができたと言えるだろう。パレスが守備の適切なメカニズムを維持することができなかったのはトーマスをケアするところ。ポストで孤軍奮闘していたエドゥアール1人で守備も重いタスクを!というのはなかなかに厳しい。
アーセナルは徐々にサイドにスムーズにボールをつけられるように。こうなってくると右サイドは自在になってくる。ザハがいることでポジションチェンジで後手に回りやすいのと、アーセナルの右サイドは全員が出し手としても受け手としても十分なスキルを持っているのは非常に大きい。止まる人、抜ける人が入れ替わりながらパレスの左サイドの攻略に挑む。
そして、先制点のきっかけはこちらのサイドの攻略だった。ホワイトのボールカットからサカへの縦パスで右サイドを抉るように侵入。ハーフスペースに入り込むサカに対して、ドゥクレの潰しは間に合わなかった。逆サイドでボールを受けたマルティネッリが先制ゴールをゲット。ニアを消してくることが想定できるウィットワースに対して、ファーで決めきれなければいけないという難しいミッションを完遂しリードを奪う。
序盤のパレスはエドゥアールを起点としたロングカウンターが機能していたが、トーマスを捕まえきれなくて苦しむようになると、自陣に押し込まれるように。エドゥアールは孤立し、徐々にロングカウンターが効かなくなるようになる。エドゥアールにボールを収め、ザハとオリーズに前を向かせることで陣地回復をするという序盤のロングカウンターの形は時間の経過とともに見られなくなる。
リードを奪われたのであれば、アタッカー陣は前に残りたいものではあるが、パレスの守備は後ろにアタッカーが戻ることで成り立たせることになっている。よって、前に残るほど守備が機能しなくなり、アーセナルにさらに押し込まれるというジレンマに苦しむことになる。
苦しむパレスを尻目にアーセナルは追加点をゲット。左右でWGが裏を取る形を連打し、最後はサカが流し込んでフィニッシュ。前半に複数点リードでハーフタイムを迎える。
チームにとってもティアニーにとっても大きな4点目
後半、開始早々にアーセナルが得点のチャンスを迎える。降りてくるトロサールからチャンスメイク。ついてくるのが遅れたパレスに対して、トロサールの動きと逆側の裏への動きを使うことでいきなりゴールに迫る。
2点差から勝ち点を視野に入れるには何かしらの変化が必要なパレス。後半頭の流れはトロサールにチャンスメイクを許すことで「前半と同じだよ」とアーセナルに突きつけられてしまったが、ザハからのロングカウンターで反撃に出る。彼のタメは押し込まれる中で味方が上がる時間を作るのに必要。エースが牽引する攻撃でアーセナルに対して人数をかけた攻めを展開するように。
しかしながら、次のゴールを決めたのはアーセナル。ジンチェンコ→ジャカへの縦パスから3点目を手にする。後半頭と同じく、中央の降りる動きでギャップを作ったトロサールとのワンツーで抜け出したジャカがELに続いて公式戦2試合連続のゴールを決める。
これで試合は完全に決まったかと思いきや、セットプレーでパレスは反撃に打って出る。CKをシュラップが決めて試合はまだまだわからない状況に。パレスももう1点取れれば勝ち点が見えてくる状況だが、ここはアーセナルのバックラインが奮闘。ラムズデールは安定したセービングでこれ以上の失点を許さず、ホールディングは前半から安定した動きでパレスのアタッカー陣を封殺してみせた。
両チームの得点が2点差に縮んだタイミングで投入されたティアニーは再び3点差にするアシストを披露する。ヒューズのクリアが中途半端になったところから、左サイドでこぼれ球を拾い、マイナス方向に折り返してサカのゴールをアシストする。
このゴールは、パレスに芽生えた「いけるかも」という心をへし折ったという意味としても大きいし、ティアニーが精度が高いクロスから得点を決めたという点でもこのゴールは大きい。残るコンペティションは1つだけとなっており、限られたアピールの機会をティアニーは生かすことができた。オリーズに対するプレスバックでの守備や絞ってのプレーのチャレンジなど、ここから多くの時間で観たくなるパフォーマンスを見せることができた。
残りの時間はアーセナルは戦力の試運転に終始。ウーデゴールが番頭となり、プレータイムが多くない選手たちの手助けをしていたのが印象的だった。前節と同じく落ち着いた終盤を迎えることができたアーセナル。得意のロンドンダービーでELの敗退を払拭。プレミア優勝に向けた再スタートに成功した。
あとがき
マッカーシーにできることは全てやったように思う。解任ブーストといえば聞こえはいいが、やることを絞れる代わりにこれまで積み上げてきたものは無くなるので、勝負できる部分が急拵えになるのは当然のこと。パレスが用意してきたものをアーセナルが乗り越えた時点でもうできることは少ない。
アーセナルはレギュラー陣の頼もしいパフォーマンスにホールディングやティアニーの出来など嬉しい要素の掛け合わせ。ファンにとっては充実の夜となったはず。残りのシーズンは10試合。まだまだ優勝までの道のりは遠いだろう。それでもこの日のアーセナルの出来はそうした道のりの前途に前向きな希望を寄せることができる充実したものだった。
試合結果
2023.3.19
プレミアリーグ 第28節
アーセナル 4-1 クリスタル・パレス
エミレーツ・スタジアム
【得点者】
ARS:28′ マルティネッリ, 43′ 74′ サカ, 55′ ジャカ
CRY:63′ シュラップ
主審:スチュアート・アットウェル