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レビュー
マドゥエケに託されたタスクの問題点は?
どちらのチームも前節は負け試合。その試合からメンバーを入れ替えて臨むダービーとなった。アーセナルは冬の新戦力3人をスタメンに起用。ジョルジーニョ、トロサール、そしてキヴィオルをそれぞれ中盤、前線、そしてバックラインで先発に抜擢した。
一方のチェルシーはブレントフォード戦の3バックから4バックに移行。ブレントフォード戦では守備的なカラーが強かったシャドーの人選は4-3-3に回帰することでスターリング、マドゥエケとWG色の強い選手となった。
立ち上がりはボールには両チームともプレッシャーを積極的にかける展開。ただ、ダービーらしさといったポジティブなものというよりは、ややもっさり感が先行する流れだった。こうした早い展開は今季で言えばアーセナルの方が得意だろう。だが、2分にチェルシーにかけたプレスはあまりソリッドなものではなく、簡単に逆サイドにボールを逃すことを許してしまうなど、十分なクオリティのものではなかった。
ただし、これを受けるチェルシーの保持も苦しいものだった。逆サイドに展開するパスが山なりであり、本来であれば相手のプレスを外せるほど十分に時間があるところを簡単に消費してしまう。結果として、アーセナルのスライドが間に合ってしまうため、ボール保持でチェルシーが主導権を握れるような展開にはならなかった。
スタメンの選手を入れ替えたことの意味合いは両チームにおいては対照的だったと言えるだろう。ホワイトがより3バックチックに振舞ったというマイナーチェンジはあるとはいえ、基本的にはアーセナルはこれまでのパッケージに入れ替わった選手を当てはめる形がメイン。一方のチェルシーは非保持においてはくっきりとしてアーセナル対策の跡が見える布陣となっていた。
チェルシーのベースのフォーメーションは4-3-3。非保持においては中盤からカンテが出ていくことで4-4-2に変形する形が多かった。カンテがいる右サイドでもう1人特命の任務を受けたのはマドゥエケ。彼は3-2-5に変形した際に前線に駆け上がるジャカのポジショニングを気にかける役割が多かった。
すなわち、位置関係としてはカンテが前でマドゥエケが後ろに入ることが多かった。よって、カンテの役割は2トップの一角と右のSHの兼務。特定の誰かをマークするというよりは出ていくか出ていかないかも含めてエリアの中で優先順位をつけながら右サイドを管理するという仕事だった。
アイデア自体にそれなりに効果はあったと言えるだろう。アーセナルの左サイドはWGの相棒役であるジャカを封じることは肝要。ジンチェンコがビルドアップに注力しがちな序盤は、特にWGとジャカの関係性を封じることがアーセナルの左サイドの封鎖につながる。この日左の大外に入ったトロサールがマルティネッリと比べると、一人で大外を制圧できるような馬力があるタイプではなかったこともチェルシーにとっては助かる部分だった。
また、こちらは偶発的な要素が強いが、この日のアーセナルのバックラインの構成もチェルシーにとっては追い風だった。左利きのキヴィオルを右サイドのCBに起用したことにより、この日のアーセナルはいつも以上に右サイドへのボールの供給が機能していなかった。よって、とりあえずアーセナルの左サイド側に対策を打つことは狙いの絞り方としては悪くはない。
一方で、チェルシーが描いた設計図の内容には疑問が残ってしまう。まず、攻撃に転じることをあまり意識されたことでない設計なのは気になった。カンテに一人二役という重荷を背負ってもらうのであればそれなりに攻撃におけるリターンが欲しい。例えば、彼がプレスのスイッチを入れることによって全体の重心が上がる仕掛けになっているとか、あるいは彼がカバーをすることで他の攻撃的なプレイヤーを前に残すことができるとか。
先に述べたようにこのチェルシーの設計では背後に下がるマドゥエケの前方のスペースをカンテが重労働で埋めることになっている。一度ボールを持てば、アーセナル陣内に迫ることができる迫力十分のドリブルを見せた通り、マドゥエケは攻撃において十分にボールを託すことができるタレントである。自陣の深い位置からでもロングカウンターを担える選手がいたり、ビルドアップで時間を作ることができればいいが、チェルシーにはどちらもない。
今のチェルシーにおいてはどういう形を組むかというより、優れた特定のタレントが自由にボールを持つことが重要である。カンテのタスクがマドゥエケが攻撃参加に絡む助けになっていればいいのだが、特にそういうわけではなかった。例えば、ジャカの番をカンテに入れ替えるとか、3バックにしてナチュラルにジャカの攻め上がりを牽制するなどして、マドゥエケを前に残すなどの工夫があっても良かっただろう。
また、単純にジャカのマーカーを攻撃色が強いマドゥエケに託すことへの機能不全も目についた。今季のアーセナルの左サイドはジンチェンコが入っている時は特にポジションチェンジが多くなっている。ジャカ自身もすぐに自分にマドゥエケがついてきたことには気づいていただろう。
よって、ジャカは味方とポジションを変えながらレーンを動かしつつマドゥエケがついてくるかの様子を見る。このポジションチェンジにマドゥエケはついていけなかった感がある。受け渡しきれずにフリーにしてしまったりなど、ジャカは時間の経過とともにフリーの時間ができるようになった。
もう1つ気になったのはカンテに前方のタスクを託すことでチェルシーの中盤にやや間延び感があったこと。具体的にはエンソの脇の左のハーフスペース付近が空きやすいということである。カバーできそうなフォフォナもどちらかといえばアスピリクエタとともにマドゥエケのフォローに回った感があり、あまり前に潰しにいくアクションは多くはなかった。
こうしたチェルシーの非保持の特徴を踏まえて、アーセナルが施した対策はこうだ。
アーセナルの2点目までのパターンはほぼこれだった。インサイドに縦パスを入れて外にフリーになったジャカからインサイドにクロスを入れる。クロスの受け手はどちらもウーデゴール。1得点目はブロックの外からミドルを叩き込み、2点目はチアゴ・シウバの死角から忍び寄りながらフリーでシュートを決めて見せた。
ここまでの2ゴールをまとめると、チェルシーのプランの方向性は理解できるものだった。その一方でキャスト選択の不適切さから、攻撃に転じられないもしくは守備でタスクを遂行しきれないという不具合を引き起こし、それがアーセナルの得点に繋がったということだろう。
相手に助けられたのは否めない
アーセナルからすれば、チェルシーの守備陣形の規則を揺さぶり、解決策に辿り着いたという部分で言えば非常に素晴らしいアプローチを見せたと言える。その一方で、プレーの正確性の観点で言えばアーセナルの水準は優れたものとは言えなかった。
ジンチェンコ、ジョルジーニョといった正確性が重要な選手たちもミスが目につき、簡単にチェルシーにボールをカットされてしまうことでリズムを明け渡すことが非常に多かった。褒められるのはネガトラの早さくらいのものだろう。チェルシーがあっさりとスローダウンしてしまうこと、特に自分で前を向くことに躊躇があるのかカンテが簡単にボールを下げてしまう場面が多かった。
スターリングを筆頭とするチェルシーのアタッカー陣はプレーの精度に難があり、もっともフィーリングが良さそうなマドゥエケは守備のタスクの関係で前に出ていく機会が限定的になっていた。アーセナルのミスを咎めるべきチェルシーのアタッカー陣が機能不全だったのは正直助けられた部分である。
上に述べたように得点を挙げたしたたかさや相手との駆け引きは褒められるべきだろう。その一方で得点が決まったとて延々とエンジンがかからない状況は気がかりでもある。アーセナルは前半のうちに3点目を決めるしたたかさを見せた一方で、そうしたプレーの精度の向上は得点を重ねてもあまり見えてこなかった。
むしろ、得点を取ったあとは守備での規律のなさが目についた。PA内で簡単にタッチを許したり、フリーでシュートを放つことを許容したりなど、初手のネガトラを外された後はズルズルと自陣に下がってしまうことが多かった。
ただ、チェルシーもチェルシーで3失点をした時点でスイッチが切れてしまったかのようだった。右サイドPA内でホワイトがあっさりとフリーになったシーンなどはほぼ無抵抗でアーセナルの攻撃を受けてしまっている。「どうぞご自由にシュートを打ってください」と言わんばかりの抵抗の意思が感じられない場面であった。
前半だけで3得点というスコアはアーセナルにとってはパーフェクト。この試合をきっちり勝ち切るという意味では申し分のない結果である。だが、残りの試合を全試合勝つという目標とこの試合のアーセナルを照らし合わせると、なかなか前を向きづらいという内容であったのも確かだ。
展開的には規律の方がより重要
後半、チェルシーはオーバメヤンに代えてハフェルツを投入。持ち場を離れずにゴール前で我慢するポジションを取ることが多いオーバメヤンと左右に流れながらボールを引き出すハフェルツのどちらが助かるかはチーム状況によるだろうが、前進に苦しんでいるチェルシーにとってはおそらく後者の方がいいのだろう。オーバメヤンの元にボールが回ってこないのは彼だけのせいではないが、オーバメヤン自身が限られたボールタッチ数で違いを見せられそうなコンディションではなかったことも明らかだったため、この交代はそれなりに説得力のあるものだった。
ハフェルツは立ち上がりから左右に流れつつボールを引き出すアクションでアーセナルのバックラインに揺さぶりをかける。前半はほとんどビルドアップの局面にはCFは関与していなかったので、キヴィオルとガブリエウにとっては少し異なる類のプレッシャーを受ける後半の立ち上がりだった。
しかし、試合の主導権を握ったのはアーセナルの方だった。前半は拙さが先行したボールタッチはハーフタイムを挟んだことで改善傾向に。非保持においてはハイプレスを解禁したチェルシーに対して、細かいパスワークでの脱出から彼らのプレスを空転させていた。
その主役はジェズス。体を張ったポストからあっさりと中盤でフリーマンを創出し、カウンターの機会を生み出してみせた。右サイド側の攻撃ルートが停滞気味だった課題はあまり解決していなかったので、アーセナルからすると前線がこうしたビルドアップの貢献をしてくれることはハイプレス脱出に大いに役に立ったと言えるだろう。
アタッキングサードで攻め立てるアーセナルにはいつ4点目が入ってもおかしくはない状況だった。セットプレーからのガブリエウ、そしてジャカの1on1などケパやチアゴ・シウバのファインセーブがなければ、後半早々にアーセナルは更なる追加点を手にしていたはずであった。
そうして後半の立ち上がりを悠々自適に過ごしていたアーセナル。しかしながら、非保持における規律のなさという課題は前半から持ち越してしまっていた。目についたのは前線の守備である。
46分のトロサールの守備はホルダーに対して何度も強引に捕まえに行っては方向を変えられてしまっている。3-0の状況と周囲が比較的オープンだったシチュエーションを加味すれば、必要なのはボールを刈り取ることではなく、ドリブルの方向を規定して後方の守備を楽にすることだろう。こうした博打を打つような守備はこの状況では不要である。
53分のサカがチルウェルをあっさり逃してしまったシーンも同じだ。前半に決定機を作られたシーンでは抑えに行った結果振り切られているので仕方がない部分もあるが、この場面ではチルウェルを追うこともできなかった。プレビューでも触れたようにチルウェルの抜け出しは今のチェルシーにおいて得点に直結しうるスペシャルスキル。それだけにきっちりと摘み取るべき事案である。自らがシティによってそうされたように、相手の得点の可能性の目を潰し切ることは更なるゴールを生み出すことよりも重要である。
だが、62分のようにCKからのカウンターから4対2となった場面のように、チェルシーは後半に十分に得点の可能性を生み出すことができていた。左サイドにムドリクが入ったこともチェルシーにとっては追い風。アウトサイドからボールをスムーズに運ぶことができる選手が入ったことで、チェルシーは前半よりもチャンスの種を蒔くことができていた。
そして、チェルシーはマドゥエケがゴールをゲット。ジンチェンコが裏抜けを放置したのも問題だが、美しいスルーパスを通せるコバチッチをジェズスとウーデゴールが揃って放置したのも問題。点差としては十分に余裕がある展開だが、こうした失点を許してしまうと相手の心をへし折ることはできない。
アーセナルはマルティネッリやネルソンを投入し、2列目のプレスバックの精度を改善。後半の頭よりも得点の機会は減ったが、個人的にはきっちりとしたプレスバックの方がこの試合の終盤に必要な要素だったので、トロサールやサカが下がるのも妥当。
そして、失点に関与してたとはジェズスやウーデゴールがこの観点ではワンランク信頼度が高いのは理解できる。特にジェズスの攻守における貢献はこの試合では地味ながらも非常に重要なものだった。
マドゥエケのゴールは十分に反撃の狼煙になる可能性があるものだったが、チェルシーには追加燃料が足りない様子だった。交代選手が決して悪い働きをしていたわけではなかったが、試合全体が静かに沈静化していく流れに逆らうほどの勢いはなかったというべきだろうか。
試合は3-1のまま軟着陸。結果的には前半で試合を決め切ったアーセナルがチェルシーにシーズンダブルを達成した。
あとがき
両チームがそれぞれ抱える「悪いなりに」という状態がそのままぶつかったかのような試合だった。悪い形でもアーセナルはプレッシャーが薄ければ保持での解決策を探ることができるという意味では、彼らがこの試合の勝者に相応しいのは明らかであった。
一方でアーセナルの目標は残りの試合を全て勝つことにある。この試合ではタフだったシティ戦の後だったことや、試合自体の緊張感のなさに引っ張られてしまったことなど、情状酌量の余地はある。甘さ残しでの再出発でも結果を得ることはできたが、次節はそうはいかないだろう。自らが優勝争いに相応しい存在であることをきっちりと示したい。
試合結果
2023.5.2
プレミアリーグ 第34節
アーセナル 3-1 チェルシー
エミレーツ・スタジアム
【得点者】
ARS:18′ 31′ ウーデゴール, 34′ ジェズス
CHE:65′ マドゥエケ
主審:ロベルト・ジョーンズ