第1節 カタール戦
■壁の高さを知ることになった開催国
史上初の冬季開催となったワールドカップ。開幕カードは開催国のカタールがエクアドルを迎える一戦となった。初出場ながら長期のプランニングにより2022年の出場に向けて照準を合わせていたカタールだが、内容としては非常に厳しいものとなった。
まず、カタールが直面したのはエクアドルの前線の強烈なフィジカル。DF陣だけではなんとかしきれないエクアドルの攻撃陣の体の強さに、カタールはGKのアッ=シーブが飛び出しのタイミングをミスるなど慌て気味の悪循環にハマってしまった印象。開始直後にバレンシアがネットを揺らしたシーンはオフサイドで取り消しになるが、決して順調な立ち上がりとは言えなかっただろう。
エクアドルのボール保持に対しても手立てが見つからないカタール。CHの片方が2トップの間に立ちつつ、時折サリーを行うエクアドルの保持に対して、カタールはプレッシングの狙いどころが定まらない。
本来であれば中央に刺すパスはカタールの5-3-2にとってはカウンター移行の狙い目になるはず。しかし、受け手となるFW陣はカタールのバックラインを背中に背負いながら、最低でもファウルは奪ってくる貢献をしている。盤面では捕まえられていても、エクアドルからボールを奪い取れるわけではない。
サイドに追い込む形もカタールのプレスの得意なところではあるが、なかなかボールを詰まらせることができない。カタールがプレスに苦戦したのはSBがボールを持った時にマイナスのコースを消すことができていなかったから。エクアドルはCBを経由して無限に保持をやり直せるため、ホルダーには基本的に余裕があった。しかも、困ったらフィジカルで優位を取れるトップに蹴ればなんとかなるという安全策もある。
カタールからすると、高い位置からのプレスが機能しないのは苦しいところ。撤退守備においてもうまくいっていない中で、ハイプレスまで機能しないとなれば苦戦は免れない。
さらに追い打ちをかけるようにカタールのボール保持の局面まで咎めるエクアドル。3-1型のカタールのボール保持に対して、FWがきっちりとサイドに誘導しながら狭いスペースに追い込むことができていたエクアドル。マイナスの選択肢を削る追い込み方はカタールのプレスにはなかった部分だ。
そうした状況で3−1のビルドアップ隊から中央に無理にボールを刺せばカウンターを喰らうのは必至。トランジッションからアンカー脇から中央に侵入したエクアドルは抜け出したエネル・バレンシアがPKをゲット。これを自ら沈めて、正真正銘の先制ゴールを手にする。
バレンシアはキレキレ。ファウル奪取に抜け出しにフィニッシュまでとこの日は大車輪の活躍。エクアドルの2点目は右サイドからのアバウトなファーへのクロスをバレンシアが叩き込む形から。このようなハイクロスでもPA内ならフィジカルの優位が取れる!というバレンシアへの信頼が伺えるプレシアードのアシストだった。
カタールは前半途中からアフィーフがポジションを下げながら3-1ビルドアップ隊に参加。より、繋ぎの局面に力を入れるようになる。プレスに置いても前半の終盤のアフィーフはカイセドを気にするように中盤に下がっての守備を増やす。この辺りは反撃の一手というよりは、ひとまず試合を落ち着けるための一手のように見えた。
カタールの前半最後のアリの決定機は絶対に決めたかったところ。IHのアル=ハイドゥースの右サイドへの飛び出しもカタールらしい。これが追撃弾になっていれば、1失点目でペシャンコに潰された保持で自信を取り戻すきっかけになったはずだ。
後半、カタールはWBが高い位置からプレスにいくなど、インテンシティ高めのプレーから主導権を握りにいく。しかし、エクアドルはこれに冷静に対処。WBが高い位置をとるならば!と、前線の選手をサイドの裏に流す。「前に出てくるのならば背後をとる」というセオリーをきっちり踏襲する形でカタールの反撃をいなす。
ポゼッション時のカタールは前半以上にIHとアフィーフがビルドアップに参加するプランを採用。これにより、中盤は自らが前に向ける立ち位置でボールを受けられることもあったが、前を向いたとしても思ったほど加速できなかった。ならば、大きな展開(後半は攻め上がりが活発になった右のWBのペドロ・ミゲルがターゲット)くらいは通したいが、こちらも精度が足りないという展開に。
エネル・バレンシアが下がって以降は、4-1-4-1に変形して試合を落ち着ける選択をしたエクアドル。したたかに逃げ切りに成功し、開幕戦を見事勝利で飾ることに。逆に後半も活性化の糸口をつかめなかったカタールにとってはW杯の壁の高さを知る羽目になる厳しい開幕戦となった。
試合結果
2022.11.20
FIFA World Cup QATAR 2022
Group A 第1節
カタール 0-2 エクアドル
アル・ベイト・スタジアム
【得点者】
ECU:16′(PK) 31′ バレンシア
主審:ダニエレ・オルサト
第2節 オランダ戦
■「潔癖さ」は先のラウンドでの懸念になりうる
ともに開幕節で勝利を飾った両チーム。次節の対戦カードを踏まえればオランダは勝利でノックアウトラウンド進出が確定する。
前節は4-4-2で臨んだエクアドルだったが、今節のプランは5-4-1。ある程度オランダにボールを持たせる立ち上がりとなる。3トップがナローに絞ったことからもインサイドにある程度ボールを入れさせないというのがエクアドルの目的だろう。
オランダの保持はティンバーがSBになり、ダンフリースを押し出すような4バック化がメイン。目立っていたのは左のCBに入るアケ。ボールをキャリーしながらインサイドにボールを入れるタイミングを伺っていく。
アケのボール運びの1stトライが見事に成功したオランダ。インサイドに差し込んだボールをカイセドが処理しきれず、クラーセンに繋がったボールはガクポに渡る。ガクポのフィニッシュはお見事の一言。左足でニアに強いボールを蹴るしかなかった状況だったが、注文通りの強烈なシュートを撃ち抜いてみせた。
アケのキャリーを使ったオランダのビルドアップは以降も有効。リードをオランダが奪ったことで、より前がかりになったエクアドルの前線や中盤を簡単に引き出すことができていた。フレンキーは狭いスペースでも簡単に前を向くことができるためエクアドルにとっては厄介。大暴れだった前節ほどではないにしても低い位置からの自在なドリブルで敵陣深くまで進んでいく。
しかしながら仕上げの局面はやや手数が必要なオランダ。狭い中央のスペースを細かいパス交換で崩して仕上げたがる。この傾向はひょっとすると先のラウンドにおいて苦しむ要因になるかもしれない。綺麗な崩しでないとシュートまでいけないという潔癖さはラウンドが先に進むにつれて悪い方向に転んでいくような気がちょっとしている。
エクアドルの守備は確かに良かった。だが、フレンキーがキャリーできたシーンが何回かあったにもかかわらず、先制点以降のシュートが非常に少なかったことを考えると、オランダの保持の部分も考えなければいけない部分があると言えるだろう。
エクアドルのボール保持は3バックをベースに時折カイセドが最終ラインに入っていく。オランダはこれに対して前節と同じくマンマーク色が強いプレッシングで対抗。後方はファン・ダイクを余らせる形で、中盤・バックラインで相手を捕まえるためのプランを採用する。
バックラインは人数を余るような噛み合わせだったため、本来であればカイセドやメンデスはバックラインまで降りる必要はない。しかしながら相手の守備のスタンスがマンマークであれば、移動自体がズレを生み出すための武器になりうる。特にカイセドのマッチアップ相手であるクラーセンはカイセドがバックラインから前線のあらゆるところに顔を出すことで、どこまでついていっていいか悩ましかった様子。
一人に迷いが出れば他の人まで影響が出てしまうのがマンマーク色が強い守備の弱み。カイセド以外にもWBのビルドアップ枚数調整などマッチアップ相手に悩みが起きるような駆け引きを行うことはできていたように思う。
エクアドルはアタッキングサードにおいては左サイドのユニットを活用。オランダの守備のアキレス腱であるダンフリースをカイセド、エストゥピニャンのブライトンコンビが制圧。左サイドからインサイドに斜めに切り込むというブライトンの頻出パターンから同点を狙う。
押し込み続けたエクアドルは前半の内に同点ゴールをゲット!かと思いきや、これは非常に際どい判定でのオフサイド。先制点を奪われて以降、素晴らしい手応えで試合を運んだエクアドルだったが、同点に追いつけないままハーフタイムを迎える。
後半、エクアドルのプレスの強度はワンランクアップ。プレシアードを1列上げて、明確にプラタにインサイドをケアさせる4-4-2に近い形にする。中央の選手を増やしたことで、よりプレスに強気に行くことができたエクアドルはショートカウンターから同点。襲いかかるようにボールを奪うと爆速でオーバーラップしてきたエストゥピニャンから最後はエネル・バレンシアが決めて追いつく。
ゴールを皮切りにプレスを強めて畳み掛けていくエクアドル。オランダはこのプレッシングに非常に手を焼いていた。ターンして敵陣に迫ることができるデパイやロングボールのターゲットになるベグホルストなど、攻撃的なタレントで反撃を狙うが、最後まで中央を崩し切ることはできず。
ネームバリューだけで見ればエクアドルが健闘した試合に見えるが、シュート数を見ればむしろ勝利を逃したと言えるのはエクアドルの方。敗退が決まっているカタールを最終節に残すオランダは突破に関しては有利な状況で最終節を迎えるが、「潔癖さ」ゆえのシュート機会の少なさは今後のラウンドでどうしても気になるところだ。
試合結果
2022.11.25
FIFA World Cup QATAR 2022
Group A 第2節
オランダ 1-1 エクアドル
ハリファ・インターナショナル・スタジアム
【得点者】
NED:6′ ガクポ
ECU:49′ バレンシア
主審:ムスタファ・ゴルバル
第3節 セネガル戦
■高い身体能力×組織力の掛け合わせで20年ぶりの決勝Tへ
グループステージ突破をかけた直接対決。エクアドルは目の前のセネガルを上回ることができれば突破が確定。引き分け以上というのが突破の要件となる。一方のセネガルは引き分けでも突破の可能性は数字上は残るが、オランダが複数失点でカタールに敗れるという実現見込みが低い他力が絡む必要がある。こちらも実質目の前のセネガルを上回る勝利を手にすることが突破要件と言えるだろう。
より厳しい突破要件を持っているチームの方が吹っ切れたパフォーマンスを見せることができるというのはサッカー界のあるあるである。この試合もこのあるあるに則り、のびのびとパフォーマンスをしていたのはセネガルの方だった。
セネガルはボールを奪うと素早く縦に。左サイドはハーフスペースの裏抜けからパブ・ゲイェが飛び出してエリア内に侵入。折り返しからチャンスメイクを作っていく。右サイドはシンプルに大外の裏抜けを重ねる形で突破していく形である。
前節のカタール戦でもそうだったが、セネガルは理屈の上では突破できない状況でも運動能力の高さで解決してしまう場面が多い。この試合でも右サイドでは大外に縦に並んだSB→SHのパスで抜け出してエクアドルのサイドをエグるという現代サッカーのポゼッションにおける攻略としてはあまり見ないルートでチャンスを作り出していた。
セネガルのゴリゴリにエクアドルは対応しきれなかった。メンデス不在による4-3-3へのシフトも裏目でセネガルはカットインからアンカー脇のスペースに侵入を繰り返すことができていた。
一方のエクアドルは攻め手が見つからない。セネガルのプレスはマンマークともゾーンともつかないものだが、IHとWGが前向きの矢印を気まぐれに出してくるスタンスに手を焼いていた。4-3-3で後方の人数不足による引っ掛けが多発していたため、途中からカイセドが低い位置に降りてプレスの脱出をサポートするように。これによりミドルゾーンまでボールを運ぶ頻度が増えたエクアドル。しかしながらアタッキングサードに繋ぐ段階でパスミスが出てしまい、セネガル陣内の広大なスペースを打ち壊すまでには至らない。
セネガルのバックラインは組み立ての危うさはあった。だが、エクアドルがそもそも前に出ていけない状況だったことに加え、セネガルが迷いなく前に放り込むことができていたため、彼らの足元の組み立てはアキレス腱にはならなかった。
そうした中で先手を奪ったのはセネガル。エリア内で倒されたサールが自ら決めて突破に必要なリードを奪う。PK判定自体はやや微妙な印象を受けたが、アバウトなボールでも前に出ることができるセネガルの強みが出た場面とも言えるだろう。
後がなくなったエクアドル。後半にシステムを4-4-2に変更。セネガル相手にリスク勝利で間延びしつつもダイレクトに2トップに当てる形で前進を狙っていく。
しかしながら、セネガルはしたたか。前半とは異なり、前に出ていくことを抑制した4-1-4-1で中央を封鎖し、エクアドルの攻撃の動線をサイドに限定。右サイドからのプレシアードのオーバーラップもヤコブスが封じており、うまく丸め込むことができていたと言えるだろう。
苦しいエクアドルだが、セットプレーの好機を活かして先制する。決めたのはカイセド。ニアでのフリックをファーで待ち構える形で同点を奪う。これにより、再び2位はエクアドルのものになった。
しかしながら、すぐにセネガルはやり返す。こちらも負けじとセットプレーでの反撃。FW顔負けのボレーを決めたクリバリにより、セネガルは再び前に出ることに成功する。
以降はエクアドルがうまくセネガルに丸め込まれてしまった。セネガルは前に出て行ける時と構える時のメリハリが見事。正直、ここまでの戦いは大味な印象が先行していたセネガルだったが、この試合の後半は出ていくところと控えるところのさじ加減が絶妙。これまでには感じられなかった組織的な意思統一の強固さを感じさせる試合運びだった。
CFからサイドに配置を変えたディアは対面のエストゥピニャンを簡単に手玉に取っており、背負ってはターンを決めまくる。セネガルがリード後にも受け身一辺倒にならなかったのは彼の功績が大きい。
最後のエクアドルのパワープレーもクリバリとメンディを中心に跳ね返してみせたセネガル。終了のホイッスルは20年ぶりの決勝トーナメント進出を決める合図となった。
試合結果
2022.11.29
FIFA World Cup QATAR 2022
Group A 第3節
エクアドル 1-2 セネガル
ハリファ・インターナショナル・スタジアム
【得点者】
ECU:67′ カイセド
SEN:44′(PK)’ サール, 70′ クリバリ
主審:クレマン・トゥルパン
総括
■攻守に完成度が高い組織だがゲームチェンジャーの不在が痛手に
開幕戦として開催国と戦うという大仕事を難なくこなしてみせたエクアドル。その開幕戦ではカタールに格の違いを見せつける。続く2戦目のオランダ戦ではがっぷりと組み合い、互角以上の戦いをみせた。結果はドローに終わったが、仮にサッカーに判定勝利というものがあるならば、エクアドルの勝利に軍配を上げる人が多かったはずである。
2戦目までは内容も結果も充実していたエクアドル。それだけにセネガルとの一戦に敗れてしまったことで大会を離れることになったのはあまりにも突然のことのように思えてしまう。
3戦通じて見えたのは非常にソリッドな4-4-2である。一般的にはボール保持には不向きなフォーメーションというイメージがあるだろうが、この大会のエクアドルは中盤のカイセドを中心とした柔軟な移動によって、相手のプレスを掻い潜ることができていた。
非保持においては前線の献身的な働きが中盤の厳しいプレスを誘導。中央もサイドも埋めるバランスのいい4-4-2はともすればボールの追い込みどころが迷子になることもあるが、エクアドルは前線で誘導して中盤で取り切るというメカニズムで流れを掴んでいた。
アタッキングサードにおいて威力を発揮したのはブライトンの左サイドユニットであるカイセドとエストゥピニャンのコンビだ。左サイドを弧を描いて侵入するようなエストゥピニャンを使いこなすカイセドの姿にブライトン成分を感じたブライトンファンは多かったはずである。逆サイドのプレシアードと共に、大外を賄うSBはエクアドルの攻撃のアクセントになっていた。
SHのプラタもこの大会の発見である。中央に絞ってボールを引き取る組み立ての手助けと、ボールを前に運ぶ役割の両立はいかにも現代的なSHのタスクをこなしていると言えるだろう。
そして、エネル・バレンシア。降りてきてのボールキープとファウル奪取に加えて、老獪なフィニッシュワークは心躍らせる開催国のサポーターを萎えさせるのに十分なもの。サイドをこなす万能性も含めて非常に貴重なカードだった。
セネガル戦での誤算は中盤のメンデスの出場停止。グルエソをアンカーとした中盤はやや不安定で序盤からセネガルに付け入る隙を許してしまった。
もう一つ、気になったのはゲームチェンジャーの不在。11人の完成度は高い一方でセネガルのように強引に流れを引き寄せてくるチームに対して、流れを引き戻せる存在がいない。前線の交代選手の信頼度はサルミエント以外はやや少なかったと言えるだろう。
完成度の高いチームだったが、層を問われるノックアウトラウンド以降では厳しい戦いになりそうでもあった。セネガル戦での相手に先手先手を許す展開は決勝トーナメントで直面する課題を一足早く突きつけられた格好とも言える。
Pick up player:モイセス・カイセド
非保持にゲームメイクにその万能性を遺憾なく発揮したカイセド。要所要所で見せるフィジカルの強さは目を見張るものがあり、さすが僕の中では2023年にアーセナル移籍が内定しているだけあるなと思った。