第1節 セネガル戦
■2つの顔を見せた一戦をオランダが制する
アフリカ勢で一番手の登場となったセネガル。グループAの本命と目されるオランダとのいきなりの一戦となる。
両チームとも攻めには手応えを感じる立ち上がりとなった。序盤に特に深くまで攻め込むことができたのはセネガルの方。中盤を中心にマンマーク色が強い守り方をしてくるオランダに対して、セネガルはSBにボールをつけることでオランダのWBを手前に引き出してくる。
特に右のWBであるダンフリースは遅れてでも前にプレスに出てくるので、オランダの守備の陣形にはズレが生じる。セネガルの狙いはこうした際にできるオランダのWB-CBのギャップ。素早くWGにボールをつけることで広いスペースでも勝負する状況を作っていく。もっとも、左WGのサールに関してはダンフリースを前に引き出すことができなくても1on1で優位に立てていたので問題なかったけども。
基本的にオランダの守備はコンパクトに守るということに無頓着。特に中盤は広いスペースを恒常的に管理することになっていることが多かった。そのため、セネガルのWGは奥を取るだけでなく、横ドリブルから逆サイドの深い位置まで展開することも可能。カバー役となったファン・ダイクは縦に横に大忙しである。
一方のセネガルもコンパクトに守れていたとは言い難い。保持におけるベースである4-3-3から4-4-2にシフトする形で非保持の陣形を組んでいたセネガルに対して、オランダは降りていくフレンキー・デ・ヨングで対応。セネガルはフレンキーを全くケアできなかったため、自由自在にボールを運ぶことができる。
「列に落ちることは後ろに重くなるからとにかく悪」という派閥をたまに見かけるけど、この日のフレンキーほどフリーで無限に運べるならば全く列落ちは問題ない。ボールを持つフレンキーはマリオカートのスター状態のように無敵状態で敵陣に進撃していった。セネガルはそもそも相手が3バックならバックラインに同数で4-3-3の方が守りやすいのでは?という疑念を感じた。少なくともわざわざ4-4-2にする意義はあまり感じなかった。
オランダの攻め手はフレンキーから大きく左に展開し、ベルフワインとブリントのコンビネーションでの打開する形と、トランジッションにおいて猪突猛進する右WBのダンフリース。しかしながら、アタッキングサードにおける仕上げの部分で存在感を発揮できる選手が不在で、中盤にスペースがある割には決定機に迫る場面を作れず。
もっとも、これはセネガルにも言えること。こちらは強引なシュートからオランダのDF陣にブロックに遭いまくるという現象の繰り返しとなった。
後半、プランに変化をつけたのはセネガル。守備を4-5-1に変更し、中盤のスペースを制限。前半のように慌ただしい局面を避けて、フレンキー無双を防ぐことから始まる立ち上がりとなった。
ボールをキャリーしていたフレンキーとダンフリースは前半は非常にふんだんにスペースを生かしまくっていたので、セネガルのスペースを消してくるプランに対してオランダは勢いを失うことになった。それでもファン・ダイクが延々と競り勝つことができるセットプレーでチャンスを作ることはできていた。
試合のテンポを落とすことに成功したセネガル。ただ、落ち着いてスペースがなくなる展開がセネガルが攻める局面において助かるわけではない。セネガルはショートパスからのビルドアップができるわけではないので、ロングカウンター一辺倒に。中盤でスペースができる状態が減った分、セネガルの攻めの選択肢もまた減ることになったという感じである。
後半に生まれたジリジリとした展開を一気に吹き飛ばしたのはオランダ。エリアの外からアーリー気味にクロスを上げたフレンキーのボールに合わせたのはガクポ。セネガルのDFラインの逆を取る一撃で、ついに先制点を手にすることに。
アタッカーを入れ替えたことでフレッシュになったオランダに比べて、セネガルは時間経過とともに苦しい状況に。リードを得たオランダは落ち着いて試合を支配すると、後半追加タイムにクラーセンが2点目をゲットし試合を決める。
前半は乱戦、後半は均衡という2つの顔を見せた試合を制したのはオランダ。地力の差を見せて苦戦しながらも白星スタートを飾ることに成功した。
試合結果
2022.11.21
FIFA World Cup QATAR 2022
Group A 第1節
セネガル 0-2 オランダ
アル・トゥマーマ・スタジアム
【得点者】
NED:84′ ガクポ, 90+9′ クラーセン
主審:ウィルトン・サンパイオ
第2節 エクアドル戦
■「潔癖さ」は先のラウンドでの懸念になりうる
ともに開幕節で勝利を飾った両チーム。次節の対戦カードを踏まえればオランダは勝利でノックアウトラウンド進出が確定する。
前節は4-4-2で臨んだエクアドルだったが、今節のプランは5-4-1。ある程度オランダにボールを持たせる立ち上がりとなる。3トップがナローに絞ったことからもインサイドにある程度ボールを入れさせないというのがエクアドルの目的だろう。
オランダの保持はティンバーがSBになり、ダンフリースを押し出すような4バック化がメイン。目立っていたのは左のCBに入るアケ。ボールをキャリーしながらインサイドにボールを入れるタイミングを伺っていく。
アケのボール運びの1stトライが見事に成功したオランダ。インサイドに差し込んだボールをカイセドが処理しきれず、クラーセンに繋がったボールはガクポに渡る。ガクポのフィニッシュはお見事の一言。左足でニアに強いボールを蹴るしかなかった状況だったが、注文通りの強烈なシュートを撃ち抜いてみせた。
アケのキャリーを使ったオランダのビルドアップは以降も有効。リードをオランダが奪ったことで、より前がかりになったエクアドルの前線や中盤を簡単に引き出すことができていた。フレンキーは狭いスペースでも簡単に前を向くことができるためエクアドルにとっては厄介。大暴れだった前節ほどではないにしても低い位置からの自在なドリブルで敵陣深くまで進んでいく。
しかしながら仕上げの局面はやや手数が必要なオランダ。狭い中央のスペースを細かいパス交換で崩して仕上げたがる。この傾向はひょっとすると先のラウンドにおいて苦しむ要因になるかもしれない。綺麗な崩しでないとシュートまでいけないという潔癖さはラウンドが先に進むにつれて悪い方向に転んでいくような気がちょっとしている。
エクアドルの守備は確かに良かった。だが、フレンキーがキャリーできたシーンが何回かあったにもかかわらず、先制点以降のシュートが非常に少なかったことを考えると、オランダの保持の部分も考えなければいけない部分があると言えるだろう。
エクアドルのボール保持は3バックをベースに時折カイセドが最終ラインに入っていく。オランダはこれに対して前節と同じくマンマーク色が強いプレッシングで対抗。後方はファン・ダイクを余らせる形で、中盤・バックラインで相手を捕まえるためのプランを採用する。
バックラインは人数を余るような噛み合わせだったため、本来であればカイセドやメンデスはバックラインまで降りる必要はない。しかしながら相手の守備のスタンスがマンマークであれば、移動自体がズレを生み出すための武器になりうる。特にカイセドのマッチアップ相手であるクラーセンはカイセドがバックラインから前線のあらゆるところに顔を出すことで、どこまでついていっていいか悩ましかった様子。
一人に迷いが出れば他の人まで影響が出てしまうのがマンマーク色が強い守備の弱み。カイセド以外にもWBのビルドアップ枚数調整などマッチアップ相手に悩みが起きるような駆け引きを行うことはできていたように思う。
エクアドルはアタッキングサードにおいては左サイドのユニットを活用。オランダの守備のアキレス腱であるダンフリースをカイセド、エストゥピニャンのブライトンコンビが制圧。左サイドからインサイドに斜めに切り込むというブライトンの頻出パターンから同点を狙う。
押し込み続けたエクアドルは前半の内に同点ゴールをゲット!かと思いきや、これは非常に際どい判定でのオフサイド。先制点を奪われて以降、素晴らしい手応えで試合を運んだエクアドルだったが、同点に追いつけないままハーフタイムを迎える。
後半、エクアドルのプレスの強度はワンランクアップ。プレシアードを1列上げて、明確にプラタにインサイドをケアさせる4-4-2に近い形にする。中央の選手を増やしたことで、よりプレスに強気に行くことができたエクアドルはショートカウンターから同点。襲いかかるようにボールを奪うと爆速でオーバーラップしてきたエストゥピニャンから最後はエネル・バレンシアが決めて追いつく。
ゴールを皮切りにプレスを強めて畳み掛けていくエクアドル。オランダはこのプレッシングに非常に手を焼いていた。ターンして敵陣に迫ることができるデパイやロングボールのターゲットになるベグホルストなど、攻撃的なタレントで反撃を狙うが、最後まで中央を崩し切ることはできず。
ネームバリューだけで見ればエクアドルが健闘した試合に見えるが、シュート数を見ればむしろ勝利を逃したと言えるのはエクアドルの方。敗退が決まっているカタールを最終節に残すオランダは突破に関しては有利な状況で最終節を迎えるが、「潔癖さ」ゆえのシュート機会の少なさは今後のラウンドでどうしても気になるところだ。
試合結果
2022.11.25
FIFA World Cup QATAR 2022
Group A 第2節
オランダ 1-1 エクアドル
ハリファ・インターナショナル・スタジアム
【得点者】
NED:6′ ガクポ
ECU:49′ バレンシア
主審:ムスタファ・ゴルバル
第3節 カタール戦
■世界との差を痛感させられるほろ苦い3連敗
史上初の開催国未勝利敗退という危機に立たされているカタール。そうなることだけは防ぎたいところではあるが、目の前に立ちはだかるのはよりによってグループAの首位を走るオランダという厳しい状況である。
1点差までの負けならば逆転敗退の目はないオランダからすると、すでに敗退の決まっているカタールとの一戦はそこまで難しいものではない。だが、メンバーとしては比較的これまでのスターターに近い並びに。カタールからすると容赦ないな!という感じだろうか。
試合の流れとしてはオランダが基本的にボール保持でリズムを作っていく。カタールはミドルゾーンから5-3-2ブロックを敷き、高い位置に単発で捕まえにいく形を狙うが、いかんせん成功率は低い。
オランダはサイドから持ち上がり、ある程度高い位置まで運ぶと斜めにパスを入れていく。ここから先は中央のコンビネーションでの打開にシフト。ガクポ、クラーセン、デパイの3人を主体に細かいコンビネーションでカタールの最終ラインを壊していく。
最終ラインへの突撃自体は比較的危ない形でのロストが多いプランだとは思うけども、それを補っていたのは即時奪回。敵陣の中できっちり奪い切る形を体現したオランダは「ずっと俺のターン」を実現し続ける。
カタールからすると、またしてもフィフティーのボールに全部負けてしまう問題が立ちはだかってしまうことが立ち塞がる。セネガルはともかく、エクアドルに苦しんでしまうのならば、オランダに苦しむのは当然なのである意味自然な流れなのだけども。
保持でいい流れを作ったオランダはいい流れで先制。左サイドからの斜めのパスが刺さると、例の3人のコンビネーションからガクポが右足を振り抜きゴール。グループステージでは毎試合コンスタントに1ゴールを決めているガクポがこの日も義理堅くゴールをゲット。スタンドのカタールサポーターは「またこんな感じか・・・」と虚ろになっていたのが印象的だった。
ボール保持で何とかしたいカタール。オランダの前線は2枚であり、トップ下のクラーセンはアンカーのケアに注力していたので、カタールのバックラインは枚数自体は余っていた。しかしながら、横パスやGKを絡めたビルドアップでそうした数的優位を活かすためのボールの動かし方はできず。何となくだけど、やはりフィフティーのデュエルで負けるという部分は自分たちのスタイルを活かす上で足枷になっているように思う。
降りずに我慢することもあったアフィーフからのカウンターもオランダを脅かすことはできず。カタールの選手がPA内に誰もいない状況で放り込んだクロスをファン・ダイクが跳ね返したシーンはなかなかに哀愁を誘うものだった。
ガクポを軸とした中央のパス交換は相変わらず好調。カタールのカウンターを問題なく受け切っていたオランダが終始主導権を握って前半を折り返す。
迎えた後半、セットプレーから先にチャンスを得たカタールだったが、これを凌ぐと追加点はオランダに。右サイドからのクロスに対して、カタールは何度か処理するチャンスがあったが、これがうまくいかずにフレンキー・デ・ヨングが最後に叩き込んでみせる。自陣のPA内でのボール処理がうまくいかないのも大会を通してのカタールの課題と言っていいだろう。
オランダが首位突破を確信できるスコアになったため、これ以降はボールを持つチームは比較的流動的に。保持で敵陣まで進む機会も出てきたカタールはアフィーフを中心としたパスワークと左サイドの大外を駆け上がるアフメドのオーバーラップを活かす形でオランダ陣内の攻略に挑んでいく。
カタールは「オランダ相手に何とか一点を!」という気概を感じることができたが、一度ボールを持たれるとポゼッションによる陣地回復と即時奪回のコンボを決めることができるオランダに対しては、なかなか継続的な攻撃の機会を維持することができない。ガクポのハンドにより取り消された3点目やバーを叩くシュートなどカタールにとっては、得点のチャンスと同等かそれ以上に失点の脅威を感じる後半だった。
結局試合はそのまま終了。初のW杯出場を自国開催で飾ったカタールだったが、蓋を開けてみれば3戦全敗という厳しい結果で終了。世界との差をまざまざと感じさせられるグループステージとなってしまった。
試合結果
2022.11.29
FIFA World Cup QATAR 2022
Group A 第3節
オランダ 2-0 カタール
アル・バイト・スタジアム
【得点者】
NED:26′ ガクポ, 49′ フレンキー・デ・ヨング
主審:バカリ・ガサマ
Round 16 アメリカ戦
■「中央のパスワーク」×「WBの馬力」という強みの掛け合わせ
ノックアウトラウンドの幕開けはグループAを無敗で突破したオランダと、こちらもグループBを無敗で突破したアメリカの一戦。フォーメーションとしてはどちらもグループリーグで使い慣れた形。自分たちの形を作れるかどうかが勝負のポイントになる。
立ち上がりはアメリカの決定機からスタート。ブリントが上げ損ねたラインに対して、プリシッチが抜け出していきなりオランダのゴールを脅かす形を作り出した。
3-4-1-2と4-3-3の激突のたびに書いているので、普段から僕のレビューを見ている方にとっては耳にタコができていると思うのだが、この2つのフォーメーションは噛み合わせがよく、守備側が行こうと思えば形を崩すことなく前からプレスに楽に行ける形である。よって、まずは非保持側がどこまでプレッシングに行くか?が注目ポイントになる。
結論から言えばどちらのチームも高い位置から極端なマンマークを仕掛けることはなかった。アメリカはダンフリースにマケニーがスライドする形でマークに出ていっており、なるべくであればバックラインは横に動かしたくない!というスタンスなのだろう。
対するオランダも同じである。ガクポ、デパイの2トップはどちらもCBとSBの中間に立ち位置を取り、強引にプレスすることをしなかった。噛み合っている中盤の3枚はマンマーク色が強かったのだが、基本的には前方がプレスを控える分、後方は枚数を余らせる形を採用していると言えるだろう。
というわけでどちらのチームもそれなりにバックラインがボールを持ちながら戦うことを許された格好になる。アメリカのボール保持のポイントになっていたのは左のSBのロビンソン。ロビンソンがインサイドに絞ることでオランダは同数でマンマークを行っていた中盤に登場してズレを生み出すことができていた。
一方のオランダがボール保持に回った際のプランはより自陣側にアメリカのプレッシングを引き込む考え方。バックラインが深い位置から組み立てることでアメリカのプレスをなるべく誘き寄せつつ、前方に前進できるスペースを作り出していく。中でも大きな動きを見せていたのはフレンキー・デ・ヨング。ボールを持って前を向くことさえできればなんとかなる!という彼がボールを引き取りに動きターンをすることでオランダは前進することができていた。
提示されたビルドアップのプランが得点に繋がったのはオランダの方だった。低い位置まで相手を引き込んだことでアメリカはバックラインがカバーしなければいけないスペースが相対的に広がる。先制点のシーンは降りてくるデパイを捕まえきれないところからオランダの攻撃が加速。動き直しでそれぞれのマーカーを外しながら前進することに成功。最後はズレの起点となったデパイが自らゴールを決めて先制する。
このオランダのゴールを裏打ちしているのはグループステージでみせた強みである。今大会のオランダの強みは2トップ+トップ下の3人の中央での少ないタッチでのコンビネーション。少ないスペースでも攻撃の起点を強引に作り出し、前を向く選手を作りフィニッシュに持っていく。
ワンタッチでの技術もさることながら、オフザボールの動きも秀逸。ゴールの場面で言うと、ガクポが離れていったことで右に展開できたところやゴール前にクラーセンが突っ込んで行ったことでデパイへのマークが分散したことなどは秀逸な動きだった。
ダンフリースの馬力を生かしたオーバーラップもオランダの強みの1つ。高い位置まで入り込んでの折り返してのクロスは効果が抜群だった。オランダはある程度枚数を揃えておいてアメリカの守備陣の位置をロックした後、遅れてマイナスに入り込む選手を作ることにより、ダンフリースのクロスの受け手を作ることに成功する。
大外を駆け上がったダンフリース×マイナスのクロスという形は前半追加タイムに発生した追加点でも繰りかえされる。異なっていたのはマイナスのクロスに飛び込んだのがデパイかブリントか?くらいのもの。とても再現性が高いプレーだった。
リードを奪ったことでオランダの非保持の意識はさらに後ろになる。CB、SBにはボールを持たせることを許容。前進のキーになっていたロビンソンには、インサイドに入り込んできたタイミングで中盤とガクポが挟みながら対応することで勢いを殺すことに成功していた。
後半、2点のビハインドを背負ったアメリカがやるべきことは攻撃に打って出る手段を探すことである。積極的に狙っていったのは右サイドの裏抜け。前半と比べて縦に急ぐことで活路を見出そうとしていた。
だが、このスペースに対応するのはアケ。プレミアでエースキラーとして活用されるほど対人守備が信用されている男である。アメリカはこのサイドの裏抜けでは簡単にアドバンテージを取ることができない。
仮にアケを出し抜いたとしても、カバーにはファン・ダイクが待ち構えていることを踏まえればこのプランからゴールに迫るのは難しい。現実にはこの日のアメリカはファン・ダイクには汗をかかせることすらできなかった。両サイドからビシバシ裏抜けを狙いまくってファン・ダイクをあたふたさせていたセネガルは今更ながらすごいのだなと思った。
直線的に抜け出すことができないのならば止まればいいのだろうけど、アメリカは止まったら止まったで攻め手がなくなってしまうのが辛いところ。敵陣に人数をかけた攻撃はオランダの同数もしくは数的優位のロングカウンターの呼び水になっていた。ライトの時間を止めるシュートで追撃弾を決めたアメリカであったが、頻度で言えばオランダが更なる追加点を決める可能性の方が高かったと言えるだろう。
試合を決める3点目をブリント→ダンフリースのWBコンビで仕留め切ったオランダ。3点目のクロスのターゲットはマイナスではなく、4バックの泣きどころである大外であった。
試合は3-1でオランダの完勝。アメリカを充実の内容で下し、ベスト8一番乗りを決めてみせた。
あとがき
保持で相手を破るプランとアタッキングサードでのクロス精度と設計。相手からゴールを奪う設計図の部分でオランダが終始優位に立っていたと言えるだろう。GSと比べるとデパイの好調ぶりが際立つ。序盤はプレータイム制限があったようなので、コンディションが上がってきたのだろう。
7~8人をあらかじめレギュラーで固定し、残り数人をGSを通じて優先度や使い分け方法を決めていくオランダのスタンスは今大会にはちょうどいいのかもしれない。レギュラーの骨組みという基準があって、それにどのように残りのメンバーをフィットさせるか?のチーム作りをGSでファン・ハールは上手くやった印象だ。
アメリカはやはり4年後を見据えたチームになるだろう。若い平均年齢もそうだし、次回の開催国であることを踏まえても本番は次だろう。そのために今回このチームでノックアウトラウンドを経験できた意義が大きい。GS突破をもたらした勢いをファン・ハールに止められたというのは非常に学びになる。若いチームに経験をもたらせたことを活用していきたい。
試合結果
2022.12.3
FIFA World Cup QATAR 2022
Round 16
オランダ 3-1 アメリカ
ハリファ・インターナショナル・スタジアム
【得点者】
NED:10′ デパイ, 45+1′ ブリント, 81′ ダンフリース
USA:76’ ライト
主審:ウィルトン・サンパイオ
準々決勝 アルゼンチン戦
■中央打開をハイタワー殺法で無効化しPK決着に
大会全体として序盤から高い位置で追い回すスタンスのチームはほとんどいない。そうしたチームの中でもアルゼンチンは特別にスロースタートのチームと言えるだろう。高い位置からのプレッシャーに行けず、攻撃もスローリー。エンジンがかかるのは1点目を奪うことができてから!というのがアルゼンチンのこの大会の日常だった。
そういう意味ではオランダ戦のアルゼンチンの振る舞いは、高い位置からのプレスと素早い攻撃で強襲していこう!という「彼らにしては」異例のスタンスが見られていた。アルゼンチンはメッシとアルバレスがオランダのバックラインにプレスを仕掛けると、中盤とWBが連動してパスの受け手を消しにいく形で前向きの守備を行う。
ボールを奪った後のアルゼンチンの狙いは素早いトランジッション。特にこの日際立っていた右のWBのモリーナ。ボールを奪った途端に相手を追い越しながらの攻撃参加を行い、メッシ、アルバレスに続くカウンター時の矢として機能していたと言っていいだろう。
ボールを奪い、カウンターまで移行するアルゼンチンのプランは明確。ただし、オランダの陣形に対して、このアルゼンチンのプレスが完全にハマっているわけではなかった。オランダはバックライン5枚のうち、ダンフリースは完全にビルドアップを免除。実質4バック的に変形しながらビルドアップを行う。
アルゼンチンはブリントにはほぼモリーナがマンマーク的に監視、IHのマック=アリスターとデ・パウルもデ・ローンとフレンキーの様子を見る形を優先。結果的に中央ではメッシとアルバレスがファン・ダイク、アケ、ティンバーの3人を監視することになる。
アルバレスとメッシのプレスは普段から比べると意欲満々ではあったが、枚数が足りていないこともあってか強度の部分ではムラがある。よって、枚数的に有利なオランダがバックラインからボールを運ぶ部分では余裕があった。
特に効いていたのは右サイドのティンバーの持ち上がり。アルバレスの外側から彼が持ち運ぶことで中盤を引きつけると、アルゼンチンの中央には隙が出てくる。中央に隙ができればここまでのオランダを牽引してきたデパイ、ガクポ、ベルフワインの3枚でのパス交換で真ん中からかち割っていく!という形が実現できる。かといって、アルゼンチンがインサイドに枚数を割けば大外ではダンフリースが駆け上がりながら深さをとることができる。
一見、最終ラインからの持ち上がりからスムーズにチャンスメイクができそうな状況が整っていたオランダだったが、思ったようにボールを動かせる機会は盤面の有力な状況ほど多くはなかった。左右対称の左サイドでのアケは同じように相手をずらしてのボール運びができていなかったのが気がかり。ちょっと早く蹴りすぎの部分もあったし、アルゼンチンが左サイドはうまく誘導できていたところもあっただろう。
オランダは右サイドからのティンバーのボール運びに依存することとなった。これによりアルゼンチンは比較的先読みでの守備が効くように。ダンフリースの攻め上がりの牽制とティンバーの持ち上がりをケアするスライドを両立できるようになってきた。
一方のアルゼンチンも攻めまでスムーズに運べていたわけではない。オランダの非保持は中盤をマンマークでケアしつつ、前線のプレスは枚数を合わせないという部分ではアルゼンチンと似たスタンス。バックラインが自由にボールを持ちつつもゆったりとした保持ではなかなか解決策を見出すことができない。メッシにアケがついて行ったり、中盤の大幅な移動に対しても受け渡さなかったりなど、全体のコンパクトさを重視していたアルゼンチンよりもマンマーク色はより濃いものになっていた。
アルゼンチンは最終ラインの中央で余っているファン・ダイクをいかにどかすか?から考えないといけない。ゆったりとした攻めではそうした相手の守備の動かし方はできず。トランジッションのモリーナがブリントを出し抜き、アケを引っ張り出すことができる場面が唯一の可能性を感じる場面だった。
最終ラインが余っている状態なのはアルゼンチンの非保持も同じ。後ろに重い敵のフォーメーションを中央でのパス交換で打開しようという方針も両チームで似通っていた部分である。
中央打開のガチンコ勝負を制したのはアルゼンチン。主役は当然メッシである。ドリブルでアケを釣り、後方でアルバレスに注意が向いているファン・ダイクの背中をとるパスでオランダの守備陣を一気に抜いてみせた。走り出しに合わせたモリーナが先制ゴールを奪う。
先制点以降は撤退成分を増やしながらオランダの保持に対応するアルゼンチン。試合を静的に進め、オランダの中央でのパス交換と大外のダンフリースを両睨みで封じていく。選手交代で変化をつけたかったオランダだが、後半も流れを変えることはできず。むしろ、アルゼンチンがPKで追加点を得る展開に。ジリジリした流れの中でアクーニャを引っ掛けてしまったダンフリースのプレーはあまりに軽率なものだと言えるだろう。
2点のビハインドとなったファン・ハールは中央密集打開のキーマンのデパイを下げたところから空中戦に思いっきり舵を切っていく。ルーク・デ・ヨング、ベグホルスト、WGにコンバートしたガクポに最終ラインからはファン・ダイクが攻め上がる。アルゼンチンの比較的小柄なバックラインに対して、ここからは一切の崩しの要素がないハイタワー殺法で立ち向かう。
フィジカルコンタクトが増える展開にマテウ・ラオスとパレデスがカソリンを注ぎ続けるという構図で試合は時間を追うごとにヒートアップ。それでもファウルからのプレースキックにおいて、高さという絶対的なアドバンテージを得たことでオランダは躍動。空中戦からベグホルストのゴールで追撃すると、前半終了間際にもトリックFKからエンソ・フェルナンデスを吹っ飛ばしベグホルストが再びゴールをゲット。土壇場でハイタワーのプランが身を結ぶことになる。
しかしながら、高さのドーピングを敷いて追いついたオランダは延長戦になると一転、自陣深い位置に引きこもる形での4-4-2でシフトチェンジする。終盤に再びハイタワー殺法が炸裂するかな?と思って見ていたのだが、攻撃のスイッチを入れられないオランダは30分を通してアルゼンチンのボール回しをただただ見守る時間が増えていく。
時にはポストを叩きながら延長戦でゴールに迫ることができていたのはアルゼンチン。それでもオランダの牙城を崩せずに試合はPK戦に突入する。PK戦は後攻のアルゼンチンが勝利。メッシとパレデスのキックで得たアドバンテージを最後はラウタロが守り切ることでファン・ハールに引導を渡した。
あとがき
メッシのラストW杯がファン・ハールがハイタワー殺法で幕を下ろされるという脚本家も真っ青な恐怖のシナリオは無事に回避されることもあった。メッシがリケルメリスペクトのパフォーマンスを行うなど、この日のオランダはファン・ハールらしさが全開。デパイを外してひたすら放り込むことを実現して、ある程度の結果を出してしまう恐ろしさをみせた。
自分は個人的にはスタイルに貴賎はないと思っているし、出ているメンバーにコンセプトがあっていれば気持ち悪さは感じないタイプではある。ただ、この両チームは中央でのパス交換からスピードアップしながらの攻撃を信条としていた部分であるので、その部分できっちり結果を出したアルゼンチンが次のラウンドに進むというのはしっくりくる部分がある。ややスピリチュアルな色が強いが、コンセプトに準じた分アルゼンチンに勝利の女神が微笑んでくれたと思いたくなる120分だった。
試合結果
2022.12.9
FIFA World Cup QATAR 2022
Quarter-final
オランダ 2-2(PK:3-4) アルゼンチン
ルサイル・スタジアム
【得点者】
NED:83′ 90+11′ ベグホルスト
ARG:35′ モリーナ, 73′(PK) メッシ
主審:アントニオ・マテウ・ラオス
総括
■最高の悪役、ファン・ハールの大立ち回り
オランダは4-3-3!という固定観念も今や昔。ファン・ハールのオランダは本大会では一貫して3-4-1-2というフォーメーションを貫きながら戦っていた。
グループステージの使い方は理想的だったといえるだろう。7,8人を固定しながら軸を固め、残りの数ポジションをメンバーを入れ替えながらコンディションを定めていった。浮かせたポジションは右のCB、フレンキーの相方となるCH、そしてガクポ以外の前線2枚だろう。
前線はおそらくデパイのコンディション回復待ちだったところもあったはずなので実質浮動枠は3つである。個人的にはグループステージではこれくらいの「遊び」を持たせているチームの方が後々で幅が出てくる感じがしている。EUROでも感じたところである。
守備は基本的にはマンマーク志向。特に中盤はかみ合わせる意識が強い。前線のプレスは同数で受けるよりも相手のビルドアップ隊を余らせる形は許している。
前線に枚数をかけすぎない分、後方ではファン・ダイクが余っているのがオランダの強み。左右のCBのフォローにファン・ダイクが遊軍として出ていく形は強力。特に左サイド側はそもそも対人の鬼であるアケの先に待ち構えるファン・ダイクを越えなければシュートにたどり着けないという難関である。マンツー色の濃いオランダの守備はコンパクトさとは無縁だったが、対人守備の強さでごまかしでいた感がある。
攻撃においては中央のコンビネーションによる少ないタッチでの崩しが主体。この部分は機動力と技術を併せ持つ、2トップ+トップ下の3人が担当。ボールに近寄る、離れる、相手を外すという味方と相手の関係性をうまく使いながら狭いスペースを攻略して見せた。
特にPSVではサイド専用機なのかな?と思っていたガクポが中央でのプレーを違和感なく高いクオリティでこなしていたのが印象的だった。イメージを変える必要があると思った。
右WBはダンフリースの推進力が武器。彼が抉る形からインサイドへのマイナスの折り返しでアメリカ戦は勝ち上がりを決めたようなものである。右サイドのCBにティンバーが固定されてから押し上げが効くようになったこともダンフリースの活躍とはリンクしている。
PK戦で敗れたアルゼンチン戦では2失点するまでの試合運びがよくなかった。1失点目はファン・ダイクとアケの壁をメッシに破られてしまった形。オランダはバックラインを破られてしまうと、後方に控える守護神のやや存在感が薄いという難点がある。ベスト4に進んだチームと比べてしまうと物足りない。2失点目のPKにおけるダンフリースの軽率なファウルも大舞台においては致命的だ。
だが、ある意味2失点のビハインドを背負ってからがファン・ハールの真骨頂だったともいえる。いつ使うの?と思っていた長身FWたちをこれでもかと投入し、ファン・ダイクを前線に上げて総攻撃を仕掛ける。デパイを早々に諦めたのはこれまでのスタイルをきっぱり捨てる合図である。
勝つために準備してきたモデルを捨ててどこまでも現実的になれるのがファン・ハールの強みだし、彼が嫌われる理由なのだろうと思う。メッシの冒険を終わらせるために長身FWを並べ立てて放り込みまくるファン・ハールはSF映画のラスボスのようだった。追いついたけど勝てなかったところまで含めて。自分の国にいたらどう思うかはわからないが、傍から見ている分にはこういう悪役は好きだなと思った。
スカッド的にはベスト8あたりが妥当な気もするし、ファン・ハールがあらゆる手を使ってもどうしようもなかった感があるので、個人的にはよくやったチームという位置づけだ。終わりが終わりなのでオランダ人がこの結末をどのようにとらえるかはちょっとわからないけども。
Pick up player:ボウト・ベグホルスト
アルゼンチン戦ではベンチで警告を受けるという自業自得のハンデを背負いながら途中出場し、アルゼンチンに冷や汗をかかせる2ゴールを記録するという暴れぶりを披露。試合後にインタビューしてるメッシに「こっち見るな!!」とブチギレられるなど試合中の煽りの効果は絶大だったようで、最後までファン・ハール卿の忠実な僕として完璧な役割を果たした。