■中央打開をハイタワー殺法で無効化しPK決着に
大会全体として序盤から高い位置で追い回すスタンスのチームはほとんどいない。そうしたチームの中でもアルゼンチンは特別にスロースタートのチームと言えるだろう。高い位置からのプレッシャーに行けず、攻撃もスローリー。エンジンがかかるのは1点目を奪うことができてから!というのがアルゼンチンのこの大会の日常だった。
そういう意味ではオランダ戦のアルゼンチンの振る舞いは、高い位置からのプレスと素早い攻撃で強襲していこう!という「彼らにしては」異例のスタンスが見られていた。アルゼンチンはメッシとアルバレスがオランダのバックラインにプレスを仕掛けると、中盤とWBが連動してパスの受け手を消しにいく形で前向きの守備を行う。
ボールを奪った後のアルゼンチンの狙いは素早いトランジッション。特にこの日際立っていた右のWBのモリーナ。ボールを奪った途端に相手を追い越しながらの攻撃参加を行い、メッシ、アルバレスに続くカウンター時の矢として機能していたと言っていいだろう。
ボールを奪い、カウンターまで移行するアルゼンチンのプランは明確。ただし、オランダの陣形に対して、このアルゼンチンのプレスが完全にハマっているわけではなかった。オランダはバックライン5枚のうち、ダンフリースは完全にビルドアップを免除。実質4バック的に変形しながらビルドアップを行う。
アルゼンチンはブリントにはほぼモリーナがマンマーク的に監視、IHのマック=アリスターとデ・パウルもデ・ローンとフレンキーの様子を見る形を優先。結果的に中央ではメッシとアルバレスがファン・ダイク、アケ、ティンバーの3人を監視することになる。
アルバレスとメッシのプレスは普段から比べると意欲満々ではあったが、枚数が足りていないこともあってか強度の部分ではムラがある。よって、枚数的に有利なオランダがバックラインからボールを運ぶ部分では余裕があった。
特に効いていたのは右サイドのティンバーの持ち上がり。アルバレスの外側から彼が持ち運ぶことで中盤を引きつけると、アルゼンチンの中央には隙が出てくる。中央に隙ができればここまでのオランダを牽引してきたデパイ、ガクポ、ベルフワインの3枚でのパス交換で真ん中からかち割っていく!という形が実現できる。かといって、アルゼンチンがインサイドに枚数を割けば大外ではダンフリースが駆け上がりながら深さをとることができる。
一見、最終ラインからの持ち上がりからスムーズにチャンスメイクができそうな状況が整っていたオランダだったが、思ったようにボールを動かせる機会は盤面の有力な状況ほど多くはなかった。左右対称の左サイドでのアケは同じように相手をずらしてのボール運びができていなかったのが気がかり。ちょっと早く蹴りすぎの部分もあったし、アルゼンチンが左サイドはうまく誘導できていたところもあっただろう。
オランダは右サイドからのティンバーのボール運びに依存することとなった。これによりアルゼンチンは比較的先読みでの守備が効くように。ダンフリースの攻め上がりの牽制とティンバーの持ち上がりをケアするスライドを両立できるようになってきた。
一方のアルゼンチンも攻めまでスムーズに運べていたわけではない。オランダの非保持は中盤をマンマークでケアしつつ、前線のプレスは枚数を合わせないという部分ではアルゼンチンと似たスタンス。バックラインが自由にボールを持ちつつもゆったりとした保持ではなかなか解決策を見出すことができない。メッシにアケがついて行ったり、中盤の大幅な移動に対しても受け渡さなかったりなど、全体のコンパクトさを重視していたアルゼンチンよりもマンマーク色はより濃いものになっていた。
アルゼンチンは最終ラインの中央で余っているファン・ダイクをいかにどかすか?から考えないといけない。ゆったりとした攻めではそうした相手の守備の動かし方はできず。トランジッションのモリーナがブリントを出し抜き、アケを引っ張り出すことができる場面が唯一の可能性を感じる場面だった。
最終ラインが余っている状態なのはアルゼンチンの非保持も同じ。後ろに重い敵のフォーメーションを中央でのパス交換で打開しようという方針も両チームで似通っていた部分である。
中央打開のガチンコ勝負を制したのはアルゼンチン。主役は当然メッシである。ドリブルでアケを釣り、後方でアルバレスに注意が向いているファン・ダイクの背中をとるパスでオランダの守備陣を一気に抜いてみせた。走り出しに合わせたモリーナが先制ゴールを奪う。
先制点以降は撤退成分を増やしながらオランダの保持に対応するアルゼンチン。試合を静的に進め、オランダの中央でのパス交換と大外のダンフリースを両睨みで封じていく。選手交代で変化をつけたかったオランダだが、後半も流れを変えることはできず。むしろ、アルゼンチンがPKで追加点を得る展開に。ジリジリした流れの中でアクーニャを引っ掛けてしまったダンフリースのプレーはあまりに軽率なものだと言えるだろう。
2点のビハインドとなったファン・ハールは中央密集打開のキーマンのデパイを下げたところから空中戦に思いっきり舵を切っていく。ルーク・デ・ヨング、ベグホルスト、WGにコンバートしたガクポに最終ラインからはファン・ダイクが攻め上がる。アルゼンチンの比較的小柄なバックラインに対して、ここからは一切の崩しの要素がないハイタワー殺法で立ち向かう。
フィジカルコンタクトが増える展開にマテウ・ラオスとパレデスがカソリンを注ぎ続けるという構図で試合は時間を追うごとにヒートアップ。それでもファウルからのプレースキックにおいて、高さという絶対的なアドバンテージを得たことでオランダは躍動。空中戦からベグホルストのゴールで追撃すると、前半終了間際にもトリックFKからエンソ・フェルナンデスを吹っ飛ばしベグホルストが再びゴールをゲット。土壇場でハイタワーのプランが身を結ぶことになる。
しかしながら、高さのドーピングを敷いて追いついたオランダは延長戦になると一転、自陣深い位置に引きこもる形での4-4-2でシフトチェンジする。終盤に再びハイタワー殺法が炸裂するかな?と思って見ていたのだが、攻撃のスイッチを入れられないオランダは30分を通してアルゼンチンのボール回しをただただ見守る時間が増えていく。
時にはポストを叩きながら延長戦でゴールに迫ることができていたのはアルゼンチン。それでもオランダの牙城を崩せずに試合はPK戦に突入する。PK戦は後攻のアルゼンチンが勝利。メッシとパレデスのキックで得たアドバンテージを最後はラウタロが守り切ることでファン・ハールに引導を渡した。
あとがき
メッシのラストW杯がファン・ハールがハイタワー殺法で幕を下ろされるという脚本家も真っ青な恐怖のシナリオは無事に回避されることもあった。メッシがリケルメリスペクトのパフォーマンスを行うなど、この日のオランダはファン・ハールらしさが全開。デパイを外してひたすら放り込むことを実現して、ある程度の結果を出してしまう恐ろしさをみせた。
自分は個人的にはスタイルに貴賎はないと思っているし、出ているメンバーにコンセプトがあっていれば気持ち悪さは感じないタイプではある。ただ、この両チームは中央でのパス交換からスピードアップしながらの攻撃を信条としていた部分であるので、その部分できっちり結果を出したアルゼンチンが次のラウンドに進むというのはしっくりくる部分がある。ややスピリチュアルな色が強いが、コンセプトに準じた分アルゼンチンに勝利の女神が微笑んでくれたと思いたくなる120分だった。
試合結果
2022.12.9
FIFA World Cup QATAR 2022
Quarter-final
オランダ 2-2(PK:3-4) アルゼンチン
ルサイル・スタジアム
【得点者】
NED:83′ 90+11′ ベグホルスト
ARG:35′ モリーナ, 73′(PK) メッシ
主審:アントニオ・マテウ・ラオス