第1節 サウジアラビア戦
■向こう数十年語り継がれる偉業達成の要因は?
南米の雄、アルゼンチンは3日目に登場。開幕節はここまで散々のアジア勢からサウジアラビアが相対する。
ボールを持つのはアルゼンチン。非保持のサウジアラビアは4-4-2と4-3-3のハーフアンドハーフという感じ。基本線は4-4-2ベースの守備ではあるが、8番のアル・マルキは高い位置まで出ていく形がかなり多かった。
サウジアラビアの中盤は人にボールが入ったらついていく!というよりはおそらく、パスコースを消すためにバックラインにプレッシャーが必要!という場合にアルゼンチンのバックラインにプレッシャーをかけているのだろう。遅れ目にアル・マルキが出ていってインサイドが空きそうになった場合は右のSHのアル=ブライカーンが絞る形で中央のマーカーをチェックすることからもその傾向は伺える。
つまり、この試合のサウジアラビアの守備の優先事項は明らかにライン間への縦パスの阻害である。コンパクトな陣形を維持するため、高いラインをとり続けるサウジアラビアのバックラインからもそのサウジアラビアのプランは読み取ることができる。裏へのパスは全力でオフサイドを取りに行く。オンサイドの抜け出しを食らったらそこでおしまい!というのが彼らのスタンスだった。
裏パスは許容する!となった時に問題になるのはアルゼンチンのCBにプレスがかかっていないことだ。サウジアラビアはCBからのショートパスを咎めるスタンスではあるけども、ロングキックを蹴らせないスタンスではない。ハイライン勝負を仕掛けるにはホルダーを捕まえよう!という定石には逆らう形でアルゼンチンの前線とバックラインに挑んでいく。
それでもアルゼンチンの裏抜けは完遂することはなかった。ラウタロは1人で試行錯誤はしていたが、ネットを揺らしたシーンはオフサイドでわずかにタイミングが合わなかった。裏抜け完遂不発の要因は強気のハイラインに対して、立ち向かうのがラウタロ1枚だったこと。アルゼンチンの2列目はどちらかと言えば、ボールを受けてナンボの選手ばかり。コパアメリカでフリーランに勤しんでいたニコ・ゴンザレスの不在は痛い。
2列目の選手は後ろに下がりながらボールの出し手をやろうとするが、結局前を張ってラウタロと異なるタイミングで飛び出せる選手がいない問題の方が重くのしかかる。サウジアラビアが圧縮してきた中盤は完全に捨てた格好だ。それだけに早い時間にセットプレーからPKをもらったのはアルゼンチンにとって幸運だったと言えるだろう。
一方のサウジアラビアの保持はサイドに人を集める形が軸。本来、1トップであるアルブライカーンを右のSHに起用したのを見ると、左サイドからクロスを入れる形が理想なのだろう。だが、この形は絵に描いた餅となり、実現することはなかった。前半は保持で敵陣に迫ることができなかったサウジアラビアだった。
後半も試合の展開は同じ。ライン間圧縮し、裏抜けデュエルはかかってこいや!のサウジアラビアに対して、アルゼンチンが保持で解決策を探す展開だ。
後半早々に試合を動かしたのはなんとサウジアラビア。ライン間のメッシへの縦パスを咎めると、素早いカウンターから最後はアル・シェフリ。アルゼンチンは抜かれた状況が悪いとはいえ、ロメロの遅らせる対応が命取りになった格好。多少ダーティでも潰す!というスタイルがロメロなのだが、このあたりは負傷明けというコンディションが影響していたのかもしれない。
同点ゴールはサウジアラビアに勇気を与える。中盤のプレスは強気になり、プレス隊は前半は比較的放置していたアルゼンチンのCBにボールを持たせないようになった。アルゼンチンが59分に3枚替えを敢行した以降、サウジアラビアは再びハイプレスに出れなくなったことを考えれば(得点を挙げたせいかもしれないが)、早い段階で勝ち越しゴールを決めたのはサウジアラビアにとって大きかった。アッ=ドーサリーの殊勲のゴールは綺麗な軌道でマルティネスの手をすり抜けていった。
以降はアルゼンチンが敵陣でプレーする時間がひたすら続く。サウジアラビアが4バックの時間帯は大外からラインを下げることで、危険な形でアルゼンチンはPA内に迫ることができていた。
アルゼンチンの保持で気になったのは、サイドからのクロスで狙うのはライン側の選手ばかりであるということ。遅れて飛び込む選手(そもそもこの役割をできている選手がほぼいなかった)へのマイナスのクロスでサウジアラビアの最終ラインの狙いを外す選択肢を提示できれば、もう少しフリーでシュートを打つことができたはずだ。
この辺りは前半から「裏勝負!」ということをアルゼンチンに刷り込んだサウジアラビアの作戦勝ちかもしれない。前半からアルゼンチンは愚直にサウジアラビアの用意した土俵で良くも悪くも戦い続けた。アルゼンチンにとっては勝ち目のない土俵ではなかったと思うけども。
サウジアラビアがバックラインの枚数を増やすたびに、アルゼンチンはサイドからのつっかけでサウジアラビアの最終ラインの高さをコントロールするのが難しくなる。もっとも、コントロールできたとしても、それを活用できるマイナスのスペースに飛び込む選手がいなければ同じなのだけど。
ライン際の選手にひたすらクロスをあげ続けるアルゼンチンのスタンスはなかなか実らないまま時間だけが過ぎていく。サウジアラビアが残り時間を凌ぐことができた要因は2つ。1つはボールを持った局面できっちりと敵陣に押し返すポゼッションができたこと。CHを中心にサイドの奥に走る選手に向けてボールを蹴り出し、アルゼンチンのボール保持のスタート位置を自陣側に追いやることに成功していた。
もう1つはGKのアル=オワイスの落ち着いたプレー。不可抗力で自らと接触し負傷をしてしまったアッ=シャハラーニーの交代後も、少なくともプレーでは動揺していない姿を見せたのは勇敢だった。交代で入ったアル=アムリのスーパークリアも含め、バックラインの姿はサウジアラビアのイレブンに勇気を与えたことだろう。
長かった追加タイムをしのぎきり、W杯史に残るアップセットを引き起こしたサウジアラビア。アルゼンチンの無敗記録をストップし、W杯においてアルゼンチン相手にアジア勢初勝利を挙げることに成功。8万人の観客の後押しを受け、向こう数十年以上も語り継がれる偉業を達成してみせた。
試合結果
2022.11.22
FIFA World Cup QATAR 2022
Group C 第1節
アルゼンチン 1-2 サウジアラビア
ルサイル・スタジアム
【得点者】
ARG:10′(PK) メッシ
KSA:48′ アル・シェフリ, 53′ アッ=ドーサリー
主審:スラヴコ・ビンチッチ
第2節 メキシコ戦
■全てはあの一撃のために
開幕節でサウジアラビア相手にまさかの失態を繰り広げてしまったアルゼンチン。ベスト16常連のメキシコとの一戦は負ければ敗退というプレッシャーのかかる一戦となる。メッシの最後のワールドカップをこんなところで終わらせないためにも勝ち以外は見えない一戦だ。
メキシコからすると非常に難しい位置付けの試合になる。最終節の相手のサウジアラビアはこの試合の前にポーランドに負けたことで勝ち点は3。アルゼンチン戦の結果がどうなろうと、最終節に勝つことができれば上回ることができる勝ち点である。現状、アルゼンチン相手よりも多い勝ち点を稼いでいるメキシコからするとこの試合の結果は引き分けでも悪くない。状況は複雑である。
立ち上がりのメキシコはアルゼンチンのビルドアップをサイドに閉じ込める意識が強かった。3センターは極端にスライドし、アルゼンチンを片側サイドに閉じ込める。
アルゼンチンはサイドチェンジを仕掛けることはあまりなかったこともあり、この閉じ込めに対して脱出することができず。メキシコは2トップが中盤とサンドしながらショートカウンターを発動し、アルゼンチンがボールを持つ局面をひっくり返すことでゴールを脅す。ロサノやベガなどの機動力が豊かなアタッカー陣のスピードを生かし、敵陣に迫っていく。
対するアルゼンチンはメキシコのプレスをひっくり返すどころか、自陣から出ることすら難しい状況。メキシコの勢いに飲まれてもおかしくない立ち上がりだった。
しかしながら、この試合のメキシコのプライオリティは「負けないこと」にあったように思う。立ち上がりに主導権を握った後は無理に深追いをすることをせず、ブロックを組むことを優先したように見えた。
メキシコのスタンスの変化によりボール保持を許されたアルゼンチンだが、配置になかなか苦戦する。左のWGをベースポジションとするメッシは当然立ち位置を守ることはない。彼はフリーマンである。加えて、右のWGのディ・マリアもフリーダム。縦横無尽とは言わないまでも右サイドの低い位置まで降りながらボールを受けにくることはかなり多かった。悩ましかったのはマック=アリスター。降りてくるメッシに対してかなり気を遣ったポジションを取る工夫を行っていた。ブライトンで様々なポジションを経験している彼を先発させたのはこの試合では結構良かったのかなと思う。
WGが低い位置を降りてきてしまい、高い位置のレシーバーが不在というのは前節のサウジアラビア戦の問題点と一緒。あの試合はラウタロが1人で最終ラインとの駆け引きをしながらあわやゴール!というシーンまで持っていくことができていたが、この試合はラウタロ自身の動きだしもなし。後ろ重心の状況を打開するための材料がなかった。引き分けでOKなメキシコ側もこうした状況を打開しようとすることがなかったため、日本のファンにとっては眠い目を擦り続けるような前半になったと言えるだろう。
後半、ようやく試合は動き出す。両チームとも高い位置から組み合うことが増えて試合は活性化する。アルゼンチンがバックラインからボールを繋ぎ、敵陣深い位置まで進むことができる状況は前半になかった形である。
マック=アリスターはようやく適性の位置を見つけた感がある。逆サイドからの展開を3センターの脇で受けて、大外のアクーニャとPA内の仕掛けの両睨みができる立ち位置を取ることに成功。ややサイドよりの位置からチャンスを作るポジションを確保できるようになる。
ただ、試合は活性化したといってもようやく敵陣までスピード感を持った攻撃ができるようになった程度。シュートが飛び交うなどのような両チームともに得点の匂いがする状況にはなってはいなかった。
そうした状況を打開したのはここまで沈黙を守ってきたメッシである。右サイドでボールを持ったアルゼンチンはメキシコの3センターの脇で待ち構えるメッシに横パス。ここまで存在感は皆無だったメッシは左足を一振り。これが先制ゴールとなる。
この一撃で明らかにスタジアムの空気は変わった。重たかった空気はメッシとアルゼンチンを後押しする雰囲気に一変。負ければおしまいというプレッシャーを背負っていたアルゼンチンのイレブンにとってはあまりに大きすぎる一撃だったと言えるだろう。
逆にメキシコはこの状況でうまくギアを入れ直すことができなかった。アウェイ感が増す状況で、この試合ここまでほとんどやってこなかった強引に得点を取りに行くアプローチを急に始めるというのは難しいだろう。あるいは得失点差の観点から考えても1-0であれば、最終節に突破の可能性を残しうる。メキシコ側がどう考えたかは難しいところであるが、いずれにしても「得点をとりにいく」ということを一枚岩になって実行できている感じはなかった。
リードを維持するアルゼンチンは左サイドから追加点をゲット。交代でアンカーに入ったエンゾ・フェルナンデスがハーフスペース付近から技ありのミドルシュート。この大会では珍しい長いレンジのゴールを見事に沈めてみせた。
メッシの一撃で明らかに変わったアルゼンチンの空気。アルゼンチンの望みを繋いだこのゴールは、この試合どころかこの大会のアルゼンチンにとってターニングポイントになるかもしれない。
試合結果
2022.11.26
FIFA World Cup QATAR 2022
Group C 第2節
アルゼンチン 2-0 メキシコ
ルサイル・スタジアム
【得点者】
POL:64′ メッシ, 87′ フェルナンデス
主審:ダニエレ・オルサト
第3節 アルゼンチン戦
■フリーズしても許されたポーランド
メキシコ戦ではメッシが一振りのシュートで勝利を決めて、首の皮一枚つなぐことに成功したアルゼンチン。しかし、負けたら即終わりの旅はまだまだ続く。というより、ここを凌いでも先はノックアウトラウンドなので敗退するまで続く。
対するポーランドはここまで無失点という鉄壁ぶり。サウジアラビア戦で与えられたPKのジャッジもシュチェスニーが跳ね返してみせる。ポーランドは引き分け以上であれば自力突破が確定する。
メッシの今日の立ち位置は3トップの中央。後期のメッシの代名詞とも言える0トップ的なポジションで先発することになる。その分、インサイドに入り込むのはWGのアルバレス。左サイドは大外のアクーニャが使う形となった。
アルゼンチンの攻めのパターンは中央に起点を作りつつサイドの深い位置に展開し、そこからマイナス方向に折り返す形。ポーランドのラインを下げながら折り返すことでチャンスを演出していく。途中でディ・マリアとアルバレスがサイドを変えていたが、左がアルバレスの方がそれぞれがSBとの関係性をうまく使えていたように思う。
特に左サイドは大外を駆け上がるアクーニャと鋭い抜け出しとサボらないオフザボールを連続的に行えるアルバレスが効いていた。アルバレスを捕まえるのにポーランドの守備陣はかなり苦労していたと言えるだろう。
メッシを中央に配した布陣はサイドを変えたり中央のコンビネーションの起点になるという意味は非常に機能的だった。その一方でネガトラのスイッチにならないことや、プレスの先導役としてはほぼ機能しない。ポーランドはCBどころかCHまで自在にボールを持って前を向ける状態を作ることに成功していた。
アルゼンチンはメッシを使った中央のコンビネーションを崩しの頻出パターンとして使っていた。こうした攻撃はポーランドにとってロスト後のカウンターに移行しやすい。よって、落ち着いたボール保持においても、カウンターの局面においてもポーランドには前進のチャンスがあった。
だが、実際にはポーランドの前進はスムーズではなかった。アルゼンチンのロストの仕方が危うかったところまでは確かなので、ポーランドのボールを前に運ぶスキルが乏しいか、あるいはレバンドフスキの前に門番として立ちはだかったデ・パウルとフェルナンデスが優秀だったか、そのどちらもか。
前進がままならないポーランドに対して、アルゼンチンは40分手前にPKを獲得。正直、この大会の中でもトップクラスに疑問が残るジャッジだったが、立ちはだかったのはシュチェスニー。メッシのPKを止めて前半をスコアレスで折り返す。
しかし、そのシュチェスニーの健闘が水の泡になるのはあまりにも早かった。後半早々にポーランドは失点。アルゼンチンはモリーナが縦パスを引き出してディ・マリアとのコンビで右サイドにて深さをとる。マイナスの折り返しを決めたのはマック=アリスター。ポーランドはニアのDFがマイナスのパスコースを消せなかったのが痛恨だった。
負けても突破の可能性は残すポーランド。他会場ではメキシコの猛攻が伝わってくる。自らがなんとかするにはもちろん得点を奪うしかないのだが、ポーランドは高い位置からボールを奪い取りに行かない。
メキシコが得点を重ねても、アルゼンチンが4-4-2にシフトしてもポーランドは動かない。というかもしかすると動けないのかもしれない。
前半から効いていたアルバレスの動き出しからアルゼンチンがこの日2点目を奪うと、ようやく少し前に出てくるようになるポーランド。だが、フェアプレーポイントが絡む状況の中で前に出た瞬間にクリホヴィアクが警告を受けたとなれば、前に出ようとした気持ちが再び萎んでもなんら不思議ではない。
というわけで実質ポーランドはフリーズ。アルゼンチンは特に手を抜く気配もなく、「とりあえずこのままでいたい」というポーランドの願いを汲み取ることもなく淡々と攻撃を続行。バックパスをラウタロに掻っ攫われた時は絶体絶命と思ったポーランドサポーターも多いはずだ。
しかしながら、なんとか試合はそのまま終了。遅れて終わった他会場の結果を受けてポーランドは突破が決定。スタジアム974に集った両チームは互いのノックアウトラウンド進出を祝い合う和やかな雰囲気となった。
試合結果
2022.11.30
FIFA World Cup QATAR 2022
Group D 第3節
ポーランド 0-2 アルゼンチン
スタジアム974
【得点者】
ARG:46′ マック=アリスター, 67′ アルバレス
主審:ダニー・マッケリー
Round 16 オーストラリア戦
■メキシコ戦の再現を果たしたメッシ
サウジアラビアに敗れて無敗記録が止まるという屈辱的なスタートから、尻上がりでグループステージでのパフォーマンスを上げてここまでやってきたアルゼンチン。決勝トーナメント初戦の相手はサウジアラビアと同じくアジア勢であるオーストラリアである。
オーストラリアのプランはまずは高い位置からプレッシングをかけていくことだった。おそらく、これは保持における陣地回復が見込みにくい相手ゆえの賭けだろう。ボールを持つ時間が長くしながら敵陣深い位置で運ぶのは難しい。であるならば、プレッシングでプレーエリアをなるべく自陣から遠ざけたいと考えたのではないか。
ただし、アルゼンチンの4-3-3をベースとする保持のフォーメーションに対して、オーストラリアの4-4-2という形はそこまで相性の良いものではない。さらにアルゼンチンはアンカーのエンゾ・フェルナンデスを最終ラインに下ろすことで3バック化。これでオーストラリアは敵陣でボールを奪い取る目はほとんどなくなったと言って良いだろう。
オーストラリアはこれを見て潔く撤退。4-4-2でブロックを構えていく。構えられたブロックに対して膠着しやすいというのが前半のアルゼンチンの難点。メッシをはじめとして足元に要求し続ける選手たちではオーストラリアの守備ブロックを動かすことは難しい。前線ではアルバレスが活発な動きをしているが孤軍奮闘感が否めない。
敵陣深い位置でボールを奪い取ることはできなかったオーストラリアだが、メッシがプレス隊の先頭にいるアルゼンチンには前線からのハイプレスは不可能。オーストラリアのバックラインにはボールを持つ余裕があった。
ここまでのオーストラリアは長いボールを主体とした組み立てがメイン。CFにボールを当てる、セカンドボールを拾う、サイドに展開する、クロスを上げるのステップを踏むというほとんど一本槍で完遂することでここまで上がってきたチームである。
しかし、この試合ではショートパスを使いながら自陣から繋いでいくプランを選択。ボール保持の時間を増やし、アルゼンチンから保持の時間をとりあげよう!という方向性は理解できなくもない。だが、前に進めるタイミングにおいては前に進まないとバチが当たるように思う。
アルゼンチンのプレスは時折、メッシを追い越して中盤やWGの選手が前にプレッシングに出てくることがある。後方の選手たちがそれに連動してスライドしながらスペースを埋めたり、周りの選手で追い込みながらプレッシングに行くことはなかったので、おそらくこれはそれぞれの選手のアドリブなのだろう。
よって、オーストラリアにとっては目の前の選手にパスをつけることさえできれば中盤が前を向いてボールを持つことができる場面がたまに訪れる。ムーイが前を向く形を作れれば、オーストラリアは前進を見込める機会と言えるだろう。しかしながら、オーストラリアはこうしたシーンで前に進むことを選択しない。バックラインにボールを戻してしまい、進むことができる局面を台無しにしてしまう。
組み立てる能力のあるCHが前を向き、スペースがある状態でバックパスを選択してしまう。アルゼンチンの守備ブロックを保持で動かす形を持っているチームではないオーストラリアは自ら攻めのチャンスを手放してしまう。いくらポゼッションを大事にしても、前に進める機会がそこにあったのならば前にボールを進めるべきだ。
どちらも前にボールを進めることができず、ジリジリした展開が続く。まるでアルゼンチン×メキシコの焼き直しを見ているような前半だなと思っていた。すると一瞬の隙をついて先制したのはアルゼンチン。わずかにできた中央のスペースで前を向いたメッシがゴール隅にシュートを丁寧に流し込む。停滞した局面がメキシコ戦と一緒なら、試合を動かすのがメッシのゴールというのも一緒。グループステージの再現を果たしてみせた。
リードを奪われてしまい困ってしまったオーストラリア。後半は高い位置からプレッシングのトライに行く。これに対するアルゼンチンの対応は早かった。5分でリスクを察知すると、リサンドロ・マルティネスをバックラインに入れて3バックにシフト。数的優位で4-4-2プレスへの対策を素早く打ち出してみせた。
それでもオタメンディがやらかしかけるなど、安定しないアルゼンチンのポゼッション。これはいける!となったオーストラリアだが、ここにまさかの落とし穴が待っている。それは自陣側のポゼッションのミス。デ・パウル、アルバレスのチェイシングに面食らったオーストラリアはライアンまでバックパスを送るが、これをライアンがコントロールしきれず、奪われたボールは無人のゴールに収まってしまう。
ライアンにフォーカスが当たりがちなプレーになるだろうが、実質バックパスを戻したロールズにもライアンと同様か、それ以上の問題があると言っていい。自分が前に蹴り出すしかないボールを同じ状況、同じリスクでGKに渡すプレーに何か意味があるとは思えない。ライアンのコントロールもギリギリであり、大きく蹴り出す余裕が彼にあったかは怪しいところである。
2点リードとなったアルゼンチン。ここから試合は凪のリズムで進む。このままアルゼンチンが試合を殺して終わるのかな?と思っていたが、オーストラリアが突如反撃に移行。主役となったのは左のSBであるベヒッチ。オーバーラップからの豪快な攻撃参加から溢れたボールをグッドウィンがシュート。これが跳ね返り、ゴールにすっぽりと収まることに。
1点差となり追いつくことが現実的になったアルゼンチン。追撃弾と同じようにベヒッチが攻撃参加で存在感を出していく。交代で入ったフルスティッチ、クオルなどの選手たちも勢いを持って攻撃に出ていくように。
しかしながらアルゼンチンは老獪だった。時折、きっちりファウルを奪い切ることで相手に流れが行き切ることを防ぐと、カウンターからメッシを軸にチャンスを創出。ラウタロ・マルティネスが好調であれば、とどめの一撃は早い時間に決まっていてもおかしくなかった。
最後はクオルに同点のチャンスが訪れたアルゼンチンだったが、これはエミリアーノ・マルティネスがセーブ。紙一重のところまで健闘したオーストラリアだったが、最後のところでアルゼンチンに手が届かず逃げ切りを許すこととなった。
あとがき
全体的な内容は上がってきたとはいえ、リードを奪う前の段階でエンジンをかけることができないのは依然としてアルゼンチンの課題として残っている印象だ。得点を取る部分は狭い攻め筋を撃ち抜いていくことになっている。
だが、ゴールを奪えばメッシを軸にパフォーマンスが鰻登りになるのがアルゼンチンの特徴。カウンターはほぼノーミスでシュートまで辿り着くことができるし、プレスにも勢いが出る。実質覚醒スイッチと化している1点目をなんとか決めることができるかが先のラウンドの課題になる。
最後は健闘したオーストラリアだったが、多くの時間の過ごし方には不満が残る内容となった。日本からすると冨安が問題提起した翌日にオーストラリアがこうなったというのはいかにも示唆的である。
オーストラリアの代表がどういう方向性で強化しているのかは知る由はないが、時折ボールを持ちたいという意欲を感じるのは事実。そして、この試合においてはそうした部分を大事にするプランが裏目になったと言えるだろう。勢いを取り戻したのはベヒッチのドリブルというダイレクトでグループステージを突破したオーストラリアの志向に近いプレーである。
試合を落ち着かせたい!は理解できるが、ムーイが前に進めるチャンスがあるのならば、それを逃すことをしてはいけない。試合のリズムを掴めるチャンスがあるならば、躊躇すべきではないのだ。讃えられるべき健闘の終盤だけでなく、大半の時間の過ごし方が突きつける課題にもオーストラリアがきちんと目を向けること必要があるのは明らかだ。
試合結果
2022.12.3
FIFA World Cup QATAR 2022
Round 16
アルゼンチン 2-1 オーストラリア
アフマド・ビン=アリー・スタジアム
【得点者】
ARG:35′ メッシ, 57′ アルバレス
AUS:77′ フェルナンデス(OG)
主審:シモン・マルチニャク
準々決勝 オランダ戦
■中央打開をハイタワー殺法で無効化しPK決着に
大会全体として序盤から高い位置で追い回すスタンスのチームはほとんどいない。そうしたチームの中でもアルゼンチンは特別にスロースタートのチームと言えるだろう。高い位置からのプレッシャーに行けず、攻撃もスローリー。エンジンがかかるのは1点目を奪うことができてから!というのがアルゼンチンのこの大会の日常だった。
そういう意味ではオランダ戦のアルゼンチンの振る舞いは、高い位置からのプレスと素早い攻撃で強襲していこう!という「彼らにしては」異例のスタンスが見られていた。アルゼンチンはメッシとアルバレスがオランダのバックラインにプレスを仕掛けると、中盤とWBが連動してパスの受け手を消しにいく形で前向きの守備を行う。
ボールを奪った後のアルゼンチンの狙いは素早いトランジッション。特にこの日際立っていた右のWBのモリーナ。ボールを奪った途端に相手を追い越しながらの攻撃参加を行い、メッシ、アルバレスに続くカウンター時の矢として機能していたと言っていいだろう。
ボールを奪い、カウンターまで移行するアルゼンチンのプランは明確。ただし、オランダの陣形に対して、このアルゼンチンのプレスが完全にハマっているわけではなかった。オランダはバックライン5枚のうち、ダンフリースは完全にビルドアップを免除。実質4バック的に変形しながらビルドアップを行う。
アルゼンチンはブリントにはほぼモリーナがマンマーク的に監視、IHのマック=アリスターとデ・パウルもデ・ローンとフレンキーの様子を見る形を優先。結果的に中央ではメッシとアルバレスがファン・ダイク、アケ、ティンバーの3人を監視することになる。
アルバレスとメッシのプレスは普段から比べると意欲満々ではあったが、枚数が足りていないこともあってか強度の部分ではムラがある。よって、枚数的に有利なオランダがバックラインからボールを運ぶ部分では余裕があった。
特に効いていたのは右サイドのティンバーの持ち上がり。アルバレスの外側から彼が持ち運ぶことで中盤を引きつけると、アルゼンチンの中央には隙が出てくる。中央に隙ができればここまでのオランダを牽引してきたデパイ、ガクポ、ベルフワインの3枚でのパス交換で真ん中からかち割っていく!という形が実現できる。かといって、アルゼンチンがインサイドに枚数を割けば大外ではダンフリースが駆け上がりながら深さをとることができる。
一見、最終ラインからの持ち上がりからスムーズにチャンスメイクができそうな状況が整っていたオランダだったが、思ったようにボールを動かせる機会は盤面の有力な状況ほど多くはなかった。左右対称の左サイドでのアケは同じように相手をずらしてのボール運びができていなかったのが気がかり。ちょっと早く蹴りすぎの部分もあったし、アルゼンチンが左サイドはうまく誘導できていたところもあっただろう。
オランダは右サイドからのティンバーのボール運びに依存することとなった。これによりアルゼンチンは比較的先読みでの守備が効くように。ダンフリースの攻め上がりの牽制とティンバーの持ち上がりをケアするスライドを両立できるようになってきた。
一方のアルゼンチンも攻めまでスムーズに運べていたわけではない。オランダの非保持は中盤をマンマークでケアしつつ、前線のプレスは枚数を合わせないという部分ではアルゼンチンと似たスタンス。バックラインが自由にボールを持ちつつもゆったりとした保持ではなかなか解決策を見出すことができない。メッシにアケがついて行ったり、中盤の大幅な移動に対しても受け渡さなかったりなど、全体のコンパクトさを重視していたアルゼンチンよりもマンマーク色はより濃いものになっていた。
アルゼンチンは最終ラインの中央で余っているファン・ダイクをいかにどかすか?から考えないといけない。ゆったりとした攻めではそうした相手の守備の動かし方はできず。トランジッションのモリーナがブリントを出し抜き、アケを引っ張り出すことができる場面が唯一の可能性を感じる場面だった。
最終ラインが余っている状態なのはアルゼンチンの非保持も同じ。後ろに重い敵のフォーメーションを中央でのパス交換で打開しようという方針も両チームで似通っていた部分である。
中央打開のガチンコ勝負を制したのはアルゼンチン。主役は当然メッシである。ドリブルでアケを釣り、後方でアルバレスに注意が向いているファン・ダイクの背中をとるパスでオランダの守備陣を一気に抜いてみせた。走り出しに合わせたモリーナが先制ゴールを奪う。
先制点以降は撤退成分を増やしながらオランダの保持に対応するアルゼンチン。試合を静的に進め、オランダの中央でのパス交換と大外のダンフリースを両睨みで封じていく。選手交代で変化をつけたかったオランダだが、後半も流れを変えることはできず。むしろ、アルゼンチンがPKで追加点を得る展開に。ジリジリした流れの中でアクーニャを引っ掛けてしまったダンフリースのプレーはあまりに軽率なものだと言えるだろう。
2点のビハインドとなったファン・ハールは中央密集打開のキーマンのデパイを下げたところから空中戦に思いっきり舵を切っていく。ルーク・デ・ヨング、ベグホルスト、WGにコンバートしたガクポに最終ラインからはファン・ダイクが攻め上がる。アルゼンチンの比較的小柄なバックラインに対して、ここからは一切の崩しの要素がないハイタワー殺法で立ち向かう。
フィジカルコンタクトが増える展開にマテウ・ラオスとパレデスがカソリンを注ぎ続けるという構図で試合は時間を追うごとにヒートアップ。それでもファウルからのプレースキックにおいて、高さという絶対的なアドバンテージを得たことでオランダは躍動。空中戦からベグホルストのゴールで追撃すると、前半終了間際にもトリックFKからエンソ・フェルナンデスを吹っ飛ばしベグホルストが再びゴールをゲット。土壇場でハイタワーのプランが身を結ぶことになる。
しかしながら、高さのドーピングを敷いて追いついたオランダは延長戦になると一転、自陣深い位置に引きこもる形での4-4-2でシフトチェンジする。終盤に再びハイタワー殺法が炸裂するかな?と思って見ていたのだが、攻撃のスイッチを入れられないオランダは30分を通してアルゼンチンのボール回しをただただ見守る時間が増えていく。
時にはポストを叩きながら延長戦でゴールに迫ることができていたのはアルゼンチン。それでもオランダの牙城を崩せずに試合はPK戦に突入する。PK戦は後攻のアルゼンチンが勝利。メッシとパレデスのキックで得たアドバンテージを最後はラウタロが守り切ることでファン・ハールに引導を渡した。
あとがき
メッシのラストW杯がファン・ハールがハイタワー殺法で幕を下ろされるという脚本家も真っ青な恐怖のシナリオは無事に回避されることもあった。メッシがリケルメリスペクトのパフォーマンスを行うなど、この日のオランダはファン・ハールらしさが全開。デパイを外してひたすら放り込むことを実現して、ある程度の結果を出してしまう恐ろしさをみせた。
自分は個人的にはスタイルに貴賎はないと思っているし、出ているメンバーにコンセプトがあっていれば気持ち悪さは感じないタイプではある。ただ、この両チームは中央でのパス交換からスピードアップしながらの攻撃を信条としていた部分であるので、その部分できっちり結果を出したアルゼンチンが次のラウンドに進むというのはしっくりくる部分がある。ややスピリチュアルな色が強いが、コンセプトに準じた分アルゼンチンに勝利の女神が微笑んでくれたと思いたくなる120分だった。
試合結果
2022.12.9
FIFA World Cup QATAR 2022
Quarter-final
オランダ 2-2(PK:3-4) アルゼンチン
ルサイル・スタジアム
【得点者】
NED:83′ 90+11′ ベグホルスト
ARG:35′ モリーナ, 73′(PK) メッシ
主審:アントニオ・マテウ・ラオス
準決勝 クロアチア戦
■これはメッシの物語
ここまで4-3-3でのオールタイム固定フォーメーションで戦ってきたクロアチア。固定メンツ上等!という形で準々決勝と同じメンバーでアルゼンチンに挑む。一方のアルゼンチンはクロアチアに比べるとあらゆるフォーメーションを試している節が強い。この日は4-4-2でメッシを2トップの一角に使うやり方を採用した。
どちらのチームもボール保持と非保持では異なるフォーメーションを採用していた。アルゼンチンの保持の局面はマック=アリスターが前に出る形で4-3-3にシフトする。アルゼンチンのビルドアップはSBはあまり関与せず。CB2枚にマック=アリスター以外の中盤3枚が加わる形でビルドアップ隊を形成する。
クロアチアはこのアルゼンチンの保持に対してSHのパシャリッチを1列下げる5-4-1の形で対応する。ここまでパシャリッチは三笘、ヴィニシウスと各国のエースアタッカーにぶつけられる起用が多かったが、この試合ではSBのタグリアフィコを軸に高さを変えていた印象。これまでの起用法とは少しテイストが異なるものだった。
オランダほどではないが、アルゼンチンの攻撃もメッシを軸とした中央のパス交換をスタートとして、どんどんテンポをあげて加速していく傾向がある。パシャリッチを下げた分、DFを中央に集中させる形はそうしたアルゼンチンに対する対策と言えるだろう。
一方のクロアチアは4-3-3に対して、アルゼンチンが4-4-2でがっちりと組む形。クロアチアと同じく、保持時と比べると列を下げる選手が何人かいるという印象である。
どちらも非保持時はきっちり後ろを固める形を選択したため、ボール保持側は打開策を見出すのに非常に苦労する。というわけでともにより狙い目を絞りながら攻略法を探ることになった。
クロアチアの狙い目はアルゼンチンがプレスに出てきたタイミングである。アルゼンチンのプレスのスイッチはメッシを追い越すように飛び出してくる中盤の選手になる。特にデ・パウルがこのスイッチ役を担うことが多かった。こういう1つ間違えると全て壊れる役割をアトレティコ勢が担うというのはビックトーナメントではあるあるである。
このデ・パウルが出ていくスペースを虎視眈々と狙っていたのはコバチッチ。モドリッチ、ブロゾビッチとのパス交換から1つ高い位置を取り直し、空いた中盤のスペースをドリブルで侵攻していく。SHのパシャリッチがいつもよりも低い位置を大事にしている分、コバチッチは普段よりも敵陣に進撃していくスタンスを強めていた。
一方のアルゼンチンの狙い目はポジトラ。ポゼッションで最終ラインを押し上げるクロアチアに対して徹底的に裏を狙っていく。アルゼンチンがニクいのはメッシをグバルディオルに当てることで、他のカバーに出ていけないようにピン留めすることである。
メッシによるグバルディオルの隔離が成功した煽りを受けて徹底的に狙われることになったのはロブレン。アルバレスをはじめとするアタッカー陣にスピード勝負を挑まれることになる。
停滞した局面においてはボール保持側は苦悩するが、こうした瞬間では前進の隙は生まれる。この瞬間を制したのはアルゼンチン。アルバレスがロブレンを振り切って抜け出すと、飛び出してきたリヴァコビッチが止まりきれずにPKを献上。ややクロアチアには厳しい判定ではあったが、原判定がPKならば覆ることはないだろう。
PKを献上してしまったのはリヴァコビッチだが、痛恨だったのはロブレンの方。明らかにDFラインから1人浮いている動きをしており、この動きを正当化するためには意地でもアルバレスを離してはいけなかった。
瞬間を狙う同士の対戦はリードした方に一気にゲームが傾くケースが多い。なぜならば、追いかける側がかけるリスクが増大したり、仕掛ける頻度が増えたりするから。その分、リードをしている側が隙をつきやすい。
アルゼンチンは前半のうちにさらに突き放す。クロアチアのコーナーキックを引っ掛けたところから一気にカウンターを発動。加速したアルバレスがソサをなんとか追いていき、実質1人で完結してみせた。間接的にフリーランでDFを釣ることに貢献したのはモリーナ。またしてもアトレティコ勢である。
2点のビハインドを背負ったクロアチアにとっては非常に厳しい展開に。彼らはここまで先制された3試合全てで追いつくことに成功しているが、それは局面を制御しながら、何が起きてもおかしくない点差でスコアを終盤まで推移させることに成功していることが理由である。今大会初めての2点差のビハインドは彼らにとっては重たい。
ハーフタイムの2枚交代に加え、後半開始早々にはブロゾビッチを下げて4-4-2に移行。ブロゾビッチには負傷のリスクがあったと試合後に語られていたことを踏まえると、100%戦術面での交代ではないだろうが、彼らなりにパワーを出していこうというプランが見て取れる。ゲームメイクをモドリッチとコバチッチに集約し、中央の的を増やしながらアルゼンチンの守備の打開を狙っていく。
中央にパスを当てる形はうまく行った時の旨みはあるが、その分のリスクも大きい。先ほどのコーナーにおける陣形もそうだが、こういう部分がアルゼンチンが狙える隙となる。クロアチアのボール保持のスキルは錆びつかないため、CHが2人になっても大きく保持の機能性は落ちることはなかったが、仕掛けを求める状況が増えた分、アルゼンチンのチャンスもまた増えていく。
そして、試合を決める3点目を生み出したのはメッシである。右サイドからグバルディオルと対峙すると、緩急を使ったステップでグバルディオルをいつの間にか置き去りに。中央のアルバレスにラストパスを送り試合を完全に終わらせる3点目をゲットした。
3-0という得点差ももちろん大きいものではあるが、それ以上にメッシがグバルディオルを引きちぎったことが大きなダメージとしてクロアチアに襲いかかる。この大会であらゆるチームの有力なアタッカーを止め続けた新進気鋭のストッパーを老獪なメッシが圧倒したことで、クロアチアの心は完全に折れてしまったように思える。
個人的にはメッシをグバルディオルにぶつけて孤立したロブレンからゴールを奪うというのはいいプランだなと思ったが、メッシ側で圧倒的な優位を作ってゴールを生み出すとは想像していなかった。つくづく自分の想像力はつまらないし、現実のサッカーは面白いものだと痛感する。
終盤はアイドリングしながら心の整理をつけていった両チーム。アルゼンチンは決勝を見据えて、クロアチアは3位決定戦に向けて切り替えるように時間を過ごし、落ち着いた気持ちでタイムアップの笛を迎えることとなった。
あとがき
クロアチアの今回のW杯の総括は難しい。ここまでの6試合で1勝4分1敗。相手に付き合いつつ、中盤のプレス回避能力を盾に相手に引き込まれないというファジーさでは大会屈指。クロアチアのそうしたスタンスは全方位型のスキルが求められるという今大会のトレンドと合致するものがある。
しかしながら、クラマリッチが大爆発したカナダ戦以外は相手陣に向かってチャンスを作る頻度が少なかったのは問題である。最も与し易い相手なはずの日本戦ですら勝ちを確実に引き寄せられるほど、チャンスの数に差があったわけではない。
それでもブラジルにノックアウトラウンドで勝利し、2大会連続のベスト4なのだから明らかに課題よりも賞賛が先に来るチームであるだろう。だが、課題も浮き彫りになった6試合と迫り来る世代交代の波にどう向き合うかは気になる部分である。
アルゼンチンは強かった。1点目が入ると流れるようにプレーするという今大会の彼らの特徴はこの舞台でも遺憾なく発揮。得点がどんどんメッシを神にしていくし、ラウンドを増すごとに凄みを増すのだから恐ろしい。2得点+先制点のPK奪取となったアルバレスの貢献度も素晴らしいが、やはりどうしてもメッシに目がいってしまう。
コパ・アメリカとはメンバーは違うが、メッシのために死力を尽くせるという点では同じようにコミットできる選手が揃っている。悲願まであと1つ。メッシのサッカー人生の集大成となる念願のタイトルまで残り1勝である。
試合結果
2022.12.13
FIFA World Cup QATAR 2022
Semi-final
アルゼンチン 3-0 クロアチア
ルサイル・スタジアム
【得点者】
ARG:34′(PK) メッシ, 39′ 69′ アルバレス
主審:ダニエレ・オルサト
決勝 アルゼンチン戦
中盤の数的優位で創出した時間をディ・マリアで出力
ついにメッシの悲願まではあと1つ。初戦のサウジアラビア戦の敗戦により第2節から勝ちしかない!という状況になったことを考えると、アルゼンチンは一足早く決勝トーナメントを迎えた状況に陥ったと言っても過言ではない。
長身CFを並べてくるトランスフォームを果たしたファン・ハールによって苦しめられもしたが、基本的にはこの大会のアルゼンチンは右肩上がりでコンディションを上げてきた。そんな彼らにとって、決勝で対戦するフランスはここまで対戦してきたどのチームよりも強大な相手と言っていいだろう。
メッシには勝って欲しいけど戦力としてはフランスが有利。そうした下馬評が目立つ状況において、前半の展開は意外なものだった。主導権を握り続けたのはアルゼンチンの方である。この大会のアルゼンチンは軒並みスロースタート(ノックアウトラウンドではなだらかに改善傾向ではあるが)なのだが、よりによってファイナルでは立ち上がりから攻守に主導権を握る展開になる。
アルゼンチンが最も安定して優位を構築することができていたのはボール保持の局面だ。バックラインからのビルドアップに対して、フランスはついていくことができなかった。
フランスで混乱していたように見えたのはグリーズマンである。トップ下のように振る舞ったグリーズマンに対して、デシャンはある程度中盤からCBに飛び出しながら前線にプレスをかけていい裁量を与えていたように思う。基本的には中盤のマーク。しかし、行けると思ったらアルゼンチンのCBにプレスをかけてよし!そうした役割を任されていた。
ここまでの大会においては守備のキーマンとして機能していたグリーズマンだが、この試合では前線に飛び出す判断がことごとく空振りに。グリーズマンのプレスのタイミングはむしろアルゼンチンにとっては前進の好機に。グリーズマンがいなくなった中盤においてフランスは3対2で数的不利を突きつけられる格好になる。
もう1人、中盤中央でキーマンになったのはメッシ。彼の降りる動きに対してどのように振る舞えばいいのかを悩んでいたのがウパメカノである。でていく動きは見せながらもどこまで潰しに行けばいいのかには迷いがあり、自陣に飛び出してしまった穴を開けるだけになってしまっていた。
フランスはグリーズマン、ウパメカノの前がかりな姿勢が機能しないまま、中盤中央でボールを奪えない状況だけが続いていくことになる。前がかりになり、捕まえられたと思ってもデ・パウルが華麗なターンで交わしたりなど、前半のフランスの出ていく守備はことごとくうまくいかなかった。
中央で得た時間をアタッキングサードに還元する出口としてアルゼンチンが利用していたのはディ・マリアである。アルゼンチンは中盤中央でのパス交換で前を向くことができるフリーマンを作り、サイドに展開してディ・マリアが相手と1on1に挑む形を作る。中盤の数的優位を安定的に作り出していたため、アルゼンチンは非常にクリーンにディ・マリアにボールを届けることができていた。
この大会では苦しんでいたディ・マリアだが、この日はキレキレ。この大会では好調だったけど、この日はさっぱりだったデンベレと非常に好対照なパフォーマンスを見せる。突破に加えて抜ききらないクロスもある状況では対面のクンデやデンベレも離して守るわけにはいかない。
アルゼンチンはこのディ・マリアのところからPKをゲット。ディ・マリアがデンベレ相手に入れ替わり、PA内に侵入したところを倒されて得たPKをメッシが決めて先制する。
ボールの非保持においてもアルゼンチンは好調を維持する。非保持においては4-4-2に変形するアルゼンチンはミドルゾーンでのボール奪取からフランスの陣地回復を許さない。特に狙い目になっていたのはフランスの左サイド側。右の SH役を務めていたデ・パウルのプレスがスイッチになっているのはこの大会においてはお馴染みの光景である。
後方に穴をあけてでも出ていく姿勢はフランスと同じくリスクがある状況ではあったが、アルゼンチンはこの賭けに勝っていた。アルゼンチンのバックラインはことごとく降りていくフランスの前線について行っては前を迎える前に仕留める形。ボールを持つことができていたフランスのバックラインから裏へのフィードが出てこなかったこともあり、フランスの前線では降りてはボールロストを繰り返す格好になっていた。
試合前に報道された体調不良に関してはフランスに対してどこまで影響があったのかはわからない。ただ、プレスに出て行っても仕留めきれなかったり、プレスがかかっていない状況におけるビルドアップにやたらミスが連発していたことを見ると、それなりに影響はあったのではないだろうか。
ディ・マリアのカウンターからゴールを奪い、リードを広げるアルゼンチン。得点どころかシュートまで行けないフランスは前半のうちに2枚の交代に踏み切る。ジルー、デンベレに代えてコロ・ムアニとテュラムを投入するが、後方のボール出しのところから前線に時間を与えられていないという状況は特に変わっていないので、個人でなんとかする!以外の解決策はフランスにはない。ハーフタイム前に交代に踏み切ったデシャンだが、即効性がある采配にはならなかった。
対人守備優位復活が微かな同点の予兆
後半もそこまでペースは変わらない。フランスは特別高い位置まで出て行ってプレスをかけることもなかった。むしろ、グリーズマンは明確にアンカーのエンソ・フェルナンデスを気にするようになり、CBまでプレスにいく機会は減った。前がかりな姿勢ではないが、前半のズレの起点となっていたので悪くない変更のように思える。どちらかといえば変化をしたのはアルゼンチンであり、デ・パウルがスイッチを入れて中盤より前でプレスを開始する場面は目に見えて減ったように見えた。
これによりフランスのプレーエリアは前半よりは高くなった。アルゼンチンはバックスの背が高くないため、セットプレーが増えたことに伴ってチャンスが出てこないこともなかった。だが、全体のラインが高い分アルゼンチンから致死性のカウンターを喰らうこともしばしば。前半よりも押し込んだからフランスが主導権を握った!とするのはやや早計と言えるだろう。
フランスの反撃にはアタッカーに前を向かせることが必要になる。ジルーに比べるとムバッペ、コロ・ムアニ、テュラムの3人は明らかに前を向いた時の推進力がある顔ぶれ。一方で前を向かせるジルーがいなくなった分、前を向いて推進力を活かす状況を作る難易度はやや上がっている。前半の交代はそもそもフランスがジルーのポストにすら辿り着かなかったので、それならば前を向いた時に陣地回復できる枚数を増やそうという発想だろう。
後半のフランスの振る舞いとして目についたのは左サイドにおける密集を意識して作るようになったことである。テュラム、テオ、ラビオの3枚に加えてムバッペやグリーズマンのように盤面上は中央に配置されるプレイヤーも左に流れる機会を増やす。距離を近づけ、パス交換のスピードを上げることでだんだんと前線に前を向かせる機会を作れるようになってきたフランスであった。
加えて、非保持では選手交代による変化も。コマン、カマヴィンガなどプレスで奪い切れる選手の登場でフランスは前半よりも迎撃守備が機能するようになる。特に、左SB起用のカマヴィンガは秀逸なアイデアと言える。GSの消化試合であったチュニジア戦でも試されたプランだが、この試合では明らかに不発。だが、決勝戦においては前向きなボール奪取とボールを奪った後のインサイドの攻撃参加において光るものを見せていた。
とはいえ、カウンターで敵陣に迫る機会を作り続けるアルゼンチンに対して、フランスが明らかに主導権を握り返した感じはしない。それだけにコロ・ムアニの抜け出しからのPK奪取は青天の霹靂だったと言えるだろう。ロメロが前に釣られてしまった分、オタメンディがスライドしなければならず、その分対応が遅れたツケを払う羽目になった場面だった。
PKをムバッペが決めて反撃の狼煙をあげたフランスはすぐさま同点ゴールをゲット。右サイドでのコマンのボール奪取から、左サイドでワンツーを展開する形に持っていくと、抜け出したムバッペがダイナミックなボレーを沈める。80分間余裕を見せていたアルゼンチンに対し、フランスはわずかな時間で2点のゴールをチャラにして見せる。
中盤の強度で優位に立ったフランス。後半頭の修正以降、アルゼンチンは前半ほどボールをクリーンにサイドに展開することはできていなかった。ディ・マリアが下がったことでサイドの突破力は下がっていたが、アクーニャも大外でポジションを取ることは諦めていなかったので、サイドにボールを届けられないというアルゼンチンの保持における問題はその手前に原因があると言えるだろう。無論、先に触れたフランスの迎撃守備の成功が原因である。
勢いに乗り、前線がスピードを生かしたアタックをかけるフランス。アルゼンチンはなんとかこの状況をしのぎ、延長戦に辿り着く。
延長戦で変化をつけたのは交代枚数を多く残していたアルゼンチンである。試合のテンポを落とすべく、アンカーとして入れたパレデスに最終ラインに落ちる動きを使いながらボール保持を安定させる。前線では推進力の失われたアルバレスを諦め、ラウタロ・マルティネスを投入。前線の運動量が復活したのに伴い、少ないタッチからの中央のパス交換からチャンスを迎えることになる。
ラウタロはフィニッシャーとしてはやや頼りない部分があるが、チャンスメーカーとしては優秀。アルゼンチンの3点目も彼の抜け出しから生まれたもの。一度はロリスに跳ね返されたボールを押し込んだのはメッシ。延長後半に再びアルゼンチンが前に出ることになる。
ペッセッラの投入で5バックにシフトし、逃げ切りを図るアルゼンチンだが、交代で入ったモンティエルのハンドによりPKを献上。ムバッペがハットトリックとなるPKを再び決めて同点に追いつく。その後もどちらのチームも決定機を迎えつつ、ラウタロ、コロ・ムアニといったストライカーが決め切ることができず。特にコロ・ムアニの決定機におけるE.マルティネスのセーブは驚異的な反応だったと言えるだろう。
試合はPK戦にもつれることに。平時のW杯決勝以上に重圧がかかる状況を迎えていたアルゼンチン代表だったが、メッシに加えてモンティエル、ディバラ、パレデスと交代選手が続々と成功。コマンのPKを読み切ったマルティネスはここでも活躍、2人がPK失敗したフランスを下し、アルゼンチンとメッシが念願のW杯のタイトルを手にすることになった。
あとがき
フランスは苦しかったが、後半の立て直しは見事。少ないチャンスを活かした部分もあるが、カマヴィンガ投入を成功させたり、前線を早めにスイッチするという2点ビハインドの状況を生かしたデシャンの大胆采配は流石である。ムバッペの躍動のラスボス感も異常で、最後までアルゼンチンに対する強大な敵として立ちはだかっていたと言えるだろう。
対するアルゼンチンは立ち上がりから並々ならぬ勢いを見せた。この出来のアルゼンチンを突きつけられれば、おそらくサウジアラビアは100回やっても勝てなかったはずである。中盤の数的優位から左サイドのディ・マリアで時間をPA内に送り込むアイデアは秀逸であった。
オーストラリア戦の迅速な素早い5バック以降を見ると、2点リードの段階で5バックに移行し引きこもっても良かったように思うが、延長戦も残した交代枠をうまく使いながらフランスに流れかけた主導権をイーブン以上に引きもどしたのはさすがである。7試合を通してのチーム構築を含め、スカローニの手腕が際立つ大会だったと言えるだろう。
優勝おめでとう。メッシ、アルゼンチンのイレブン各位に心からの祝福を送りたい。
試合結果
2022.12.18
FIFA World Cup QATAR 2022
final
アルゼンチン 3-3(PK:4-2) フランス
ルサイル・スタジアム
【得点者】
ARG:23′(PK), 108′ メッシ, 36′ ディ・マリア
FRA:80′(PK), 81′ 118′(PK) ムバッペ
主審:シモン・マルチニャク