第1節 イングランド戦
■手応えと懸念が同居するイングランド
ヨーロッパ勢で先陣を切るのはイングランド。グループBの初戦の相手はアジアの常連国であるイランだ。イランは予選においては4バックをベースにしてきたチームのようだが、この日のプランは5-4-1。イングランドは普段は3バックが軸ではあるが、逆に4-3-3でイランのブロック攻略に挑む格好となった。
というわけでイングランドがボールを持ちながらイランの守備を壊すとらいが続くという構図になったこの試合。しかし、その構図の力関係が見える前にイランはGKのビランヴァンドが味方との接触で負傷交代。10分超の中断が発生する。
想定外の交代となったイランに対して、イングランドは容赦なく襲いかかる。イングランドの大外の幅をとるのはSBのお仕事。WGとIHはレーンを変えながら自在にポジションチェンジを繰り返しながらエリア内に入っていく役割が多かった。5−4−1でボールを持たせてくるイラン相手だからそうなのか、はたまた今大会のイングランドがそういう仕様なのかは次節以降のお楽しみである。
アタッキングサードにおけるマイナスパス→抜け出しのフィーリングは良好だったイングランド。セットプレーではことごとく優位を取れていることもあり、押し込むことができる状態はイングランドにとって有難い状況である。
イランは5-4-1でローラインが基本ながらも、隙あらばラインアップしながら高い位置でのプレスを狙っていく。イングランドのバックラインは保持においてはトラップが大きくあまり安定しなかったので、この方向性自体は悪くはなかったように思う。だがイランはクリーンにボールを奪うことができず、ファウルを連発。高い位置からのプレスを攻撃に繋げることができない。この辺りは前日のカタールと似た課題を感じた。
イングランドはそうした中で先制点をゲット。左サイドのクロスに飛び込んだのはベリンガム。ファーでケインが張っているのを囮にニアに入り込んだのはお見事である。低い位置でも高い位置でも顔を出すベリンガムの特性がうまく出たゴールと言えるだろう。逆に、こうしたローラインの守備に不安があるからこそ、イランは高い位置でプレスに出たと言えるかもしれない。格下のチームが人海戦術だけで勝てる時代ではないし。
依然として押し込むイングランドの追加点はセットプレーから。CKで無双していたマグワイアのヘディングから、サカがスーパーシュート。アーセナルでも見たことのないドライブのかかったダイナミックなゴールを決めてリードを広げていく。
ローラインのクロス対応、そしてセットプレー。イランの懸念を得点に繋ぎ続けたイングランド。次にターゲットにしたイランの懸念材料はスイッチを入れた際のハイプレス。中盤から人数を投入するスタンスのイランのプレスに対して、イングランドはバックラインを保持で一度脱すると、スカスカの中盤からスムーズに前進ができる。右に流れるケインの裏抜けからスターリングへのドンピシャのラストパスからあっさりと3点目を奪い、前半のうちにゲームを決める。
後半、イランは前線にかける中盤の枚数を増やすことで活性化を狙う。フォーメーションもやや変わったようにも見えるが、それよりも陣地を埋める意識の守備から人を捕まえる意識の守備が強くなったのが大きな変化と言えるだろう。オーバーラップするイングランドの選手にも積極的についていく。
プレスに引っかかることもあったイングランドだが、スターリングが中盤でターンを決めて脱出するなど、イングランドはイランのプレスを空転させる術は持っていた。サカがあっさりと4点目を決めるなど、後半も力の差を見せつけていくイングランド。
しかし、スローインから抜け出したタレミが突然ゴールを奪う。得点の匂いがしないところから追撃弾をゲットしたイラン。ストーンズにファーを消され、ニアをピックフォードに立たれていたタレミにはニア天井の選択肢しか残されていなかったが見事に撃ち抜いて見せた。
だが、イングランドは追撃弾を受けてもさらにダメ押し。ケインのキープから抜け出したラッシュフォードがファーストタッチでゴールを決める。右サイドのラッシュフォードは無敵のように相手を剥がしまくっていた。スターリングもそうだが、個々の選手のパフォーマンスに懸念がある選手が問題なく馴染めていたのもイングランドのいいポイントだった。6点目を演出したのはケインと交代で入ったウィルソン。こちらはリーグ戦の好調を持続する抜け出しからグリーリッシュのゴールをお膳立てしてみせた。
終了間際のイランへのPKはご愛嬌でもいい。だが、テンションが下がった後半にはイングランドの4バックがあっさり破られるシーンが増えたことは見逃せない。エースのアズムンにも決定機があるなど、後半のイランには十分な得点のチャンスがあった。前線の動きが好調というポジティブな材料と、垣間見えた懸念をどのようにフォーメーションに反映させるのか。サウスゲートの腕の見せ所になるのはここからである。
試合結果
2022.11.21
FIFA World Cup QATAR 2022
Group B 第1節
イングランド 6-2 イラン
ハリファ・インターナショナル・スタジアム
【得点者】
ENG:35′ ベリンガム, 43′ 62′ サカ, 45+1′ スターリング, 71′ ラッシュフォード, 90′ グリーリッシュ
IRA:65′ 90+13′(PK) タレミ
主審:ラファエル・クラウス
第2節 ウェールズ戦
■4枚残しが与えた隙がイランの突破の望みを繋ぐ
2周目スタート!トップバッターとなるのは初戦でイングランドに大敗して後が無くなったイラン。迎えるのはベイルの獅子奮迅の活躍でなんとか勝ち点を拾ったウェールズである。
どちらもプレッシングには積極的である。5-3-2のウェールズに対して、イランは2トップの脇にポイントを作り前進を狙っていく。だが、ウェールズはここの2トップ脇に立つイランの選手にもIHが積極的にプレッシングをかけていく。
プレッシャーを受けたイランはバックラインでボールを回しながらフリーの選手を作り、ロングボールを蹴りに行く。このイランのプランは比較的うまくいったと言えるだろう。まず、システムを前節の1トップから2トップに変えたことで的が増えたこと。そして、収めるスキルが高いアズムンが先発に起用されたことが大きい。
加えて、ウェールズ側の守備の事情も関係してくる。ウェールズはプレス時にMFが高い位置から追いかけるものの、DFがそれに伴ったラインアップができていないため、プレスに行くときにDF-MF間が間延びする。このスペースにイランの2列目は狙っていく。アズムンへのロングボールを拾うようにSHのアリ・ゴリザデ、ハジサフィとCHのノールッラヒーが前がかりに入り込んでいく。前がかりになるウェールズの裏をかく格好で前進する。
ウェールズ視点でもイランの非保持の仕組みにも狙いどころはあった。4-4-2のブロックではあるが、基本的にイランはこの陣形を維持することに無頓着。高い位置からのプレスを逐次的に行なっており、4-4-2らしい形状をキープせずにマンマーク色を強めることで相手へのプレッシャーを優先した形になる。
近くの相手を潰すためにプレス隊を続々投入するというスタンスのため、イランは大きい展開に弱い。ムーアへのロングボールや、大きくサイドを帰るボールなど縦と横に大きく振るボールを蹴ることができればウェールズは前進ができる。
しかしながら、ウェールズの前進はイランに比べると詰まることが多かった。理由の1つはショートパスでの繋ぎに固執したこと。イランは後方のスペースを犠牲にしてでも突撃していたのだが、ウェールズは近め近めのスペースにショートパスを繋ぐことが多かった。
もう1つ、大きな展開において受け手のサポート役を作れなかったこと。長いボールは滞空時間が長い分、非保持側の選手もプレーの予測がしやすい。よって、ボールを受けた選手が意外と時間がないことが多い。そのため少ないタッチでボールを預けられるサポートやくは必要だ。
実際にムーアへのロングボールにウィルソンの抜け出しを合わせる形は良かった。少ないタッチで味方に繋ぐことができればウェールズはより良い形でチャンスを作ることができたはずだ。
ウェールズは相手を横に揺さぶる過程でも技術的なミスが出ていた。ロバーツの横パスミスからボールをかっさらったアリ・ゴリザデがショートカウンターを発動。2トップとの連携でネットを揺らしてみせたが、これはオフサイドでゴールを認められず。ウェールズからすると助かった場面と言えるだろう。
スコアレスで迎えた後半、ウェールズはサイドからクロスを上げようとポゼッションを増やしていくが、その過程がミスが出る。イランのメインはカウンター。ウェールズのミスを起点にポジトラ勝負で一気に敵陣のゴールまで進んでいく。
ウェールズはボール保持において割とIHが移動を行うので、中盤手前でのロストからの被カウンターの状況には弱かった。特にDFの前のスペースでフリーの選手をイランに作られることが前半以上に多く、最終ラインは前も後ろも気にしないといけない状況に陥っていたのは厳しかった。
イランの誤算はアズムンが元気なうちに得点を奪えなかったこと。ロドンに対して、動き出しで明らかに優位を取れていたので先制点を奪う前に負傷交代してしまったことは計算外だったはず。後半はカウンターを使うイランのほうが優勢だったが、アズムンの交代で試合は再びフラットになってしまう。
その試合の流れを再び変えたのが退場劇。今大会初めての退場はPA内から飛び出して出ていったヘネシー。相手選手との衝突は一発退場をとられウェールズはこれ以降10人でプレーすることに。
しかし、強気のスタンスを崩さなかったウェールズ。途中から採用していた4-2-3-1から4-4-1にシフトすることはなくベイル、ムーア、ジョンソン、ジェームズの4枚を前に残す強気の采配で勝ち点を狙いにいく。
イランが焦っておりやや一本調子になったことはウェールズにとっては幸運だった。左サイドからの単調なクロスはなんとか防ぐことができていたウェールズ。このまま凌ぐことができるかと思われたが、最終的には劇的なミドルシュートで決壊。イランがチェシミの決勝ゴールで先行する。やっぱり、アレンの隣に誰か置かないのは無理というのがウェールズの4枚残しの結論である。
終盤にさらに追加点を挙げてスタジアムを狂気の渦に巻き込んだイラン。最終節のアメリカ戦まで初のグループリーグ突破の望みを繋ぐことに成功した。
試合結果
2022.11.25
FIFA World Cup QATAR 2022
Group B 第2節
ウェールズ 0-2 イラン
アフメド・ビン・アリー・スタジアム
【得点者】
IRA:90+8′ チェシミ, 90+11′ レザイーアン
主審:マリオ・エスコバル
第3節 アメリカ戦
■タスクをきっちりこなした先制点で逆転突破のミッション達成
アメリカの逆転突破の前に立ちはだかるのは史上初のグループステージ突破を狙うイラン。地理的にも後押しを受けられるチームとの対戦はアメリカにとってはやりにくさを感じる部分もあるだろう。自力突破のためにはイランに勝利を挙げる必要がある。
立ち上がりにボールを持つことができたのはアメリカ。イランはアンカーのアダムスをトップと中盤で受け渡しながらCBには時間を比較的与える形。その分、中盤を捕まえるのはマスト。フリーの選手を作らせない。
中盤を消してくるイランに対してつっかけてくるのはアメリカのサイドの選手たち。絞ってくるロビンソン、降りてくるプリシッチ。左サイドの選手たちを軸にアメリカはイランの中盤封鎖に反撃していく。2トップ脇に選手を立たせて、相手を左サイドに寄せた後、対角の右サイドに大きく蹴ってアタッキングサードを攻略。アメリカのプランはざっくりとこんな感じだったと言えるだろう。
アメリカの右サイドの攻略の精度はなかなか。積極的に絡んでいくデストとムサに押し出されるように裏抜けするウェアのコンビネーションはアメリカがゴールに迫るための武器となっていたといえるだろう。
立ち上がりは中盤で踏ん張っていたイランだったが、アメリカの中盤にサイドの選手が登場してからズルズルとラインを下げるように。自陣の深い位置で何とかアメリカの攻撃を跳ね返す時間が続いていく。
イランにとっては押し込まれるとカウンターで辛いという副作用もある。ウェールズ戦で前線の起点となったアズムンはこの日は沈黙。ウェールズ戦と異なり、この日はワントップという布陣も影響したのか、比較的孤立する機会が多かった。
序盤のボールを持てる時間帯においてもなかなかイランは苦戦。アメリカはウェアがインサイドに絞り、ムサがサイドに出ていく4-4-2への変更を頻発。イランが数的不利になる中盤を使おうとしたら、アメリカの2トップの片方が下がりアンカーをケアする。バックラインへのケアと中盤の数的不利解消を根性で両立するアメリカの守備プランの前にイランは前進に苦しむ。
すると、試合を動かしたのは前進のパターンを明確に持っていたアメリカ。マケニーの対角パスからデストが右サイドを抜け出すと、折り返しを決めたのはプリシッチ。それぞれに課されたタスクをきっちりとこなしてみせたアメリカが先制してみせる。アメリカはアダムスがひっかけてからのロングカウンターなど前半のうちに更なる追加点を生むチャンスがあった。
後半、動いたのはビハインドのイラン。スコア以上に困った内容を改善すべく、トップで孤立していたアズムンを早々に諦め、サイドにゴドスを投入する。
プレッシングからのテンポアップという部分はそこまで狙いとしては見えなかったが、ボールを奪ってからのカウンターの出足は明確に良くなったイラン。ゴドスのランからアメリカのポゼッションをひっくり返す機会が徐々に出てくるようになる。アメリカもハーフタイムにアーロンソンを入れており、前線で体を張るサージェントと共にアクセントにはなってはいたが、選手交代の効果がより出たのはイランの方だと言えるだろう。
サイドからの抜け出しからのクロスというパターンは単調ではあるが、確実にアメリカは自陣に釘付けになる時間帯が増えていく。アメリカはサイドでタフな対応を見せていたこともあり、ファウルをしなければバックラインは比較的跳ね返すことができているが、FKへの対応にやや甘さも。同点なら勝ち抜けはイランというプレッシャーもあってかセットプレーではナーバスさもみせる場面もあった。
最後はDFを投入し5バックにシフトするアメリカ。ラストプレーではイランの選手たちがPKを猛アピールする場面もあったが、試合をひっくり返すための材料としてはいささか弱すぎると言えるだろう。
イランを退け、勝利一択のミッションに成功したアメリカ。2大会ぶりのグループステージ突破でオランダの待つベスト16に駒を進めた。
試合結果
2022.11.29
FIFA World Cup QATAR 2022
Group B 第3節
イラン 0-1 アメリカ
アフメド・ビン=アリー・スタジアム
【得点者】
USA:38′ プリシッチ
主審:アントニオ・マテウ・ラオス
総括
■ウェールズ撃破は多くの人を心を掴んだが
名鑑を読む限り、5-4-1での撤退型で迎えた開幕戦は対イングランド仕様の人海戦術と言っていいだろう。とはいえ、前線にキープ力のあるFWが不在だったこの試合では陣地回復の手段を得ることができないまま惨敗。2得点を生み出すことはできたが、6失点というインパクトを上塗りするのは難しいだろう。
その分、2節目は劇的な勝利をゲット。アズムンが前線で起点となりウェールズと互角の勝負を繰り広げ、最後には10人になったウェールズに打ち勝ち、日本とサウジアラビアが巻き起こしたアジア旋風に乗っかることに成功した。
だが、最後のアメリカ戦ではボールを持つ局面においてのクオリティの差に直面してしまった印象。ジョーカーだったジャハンバクシュの出場停止も重くのしかかった結果、力負けを喫して初の16強進出はならなかった。
予選から線で見ていないのでわからないが、4年間で3回の監督交代というのはかなりダメージがあったのではないだろうか。ケイロスという勝手知ったる指揮官に最終的には戻ってきたとはいえ、各試合の戦い方が練られていたかは怪しい部分はある。
うまく行ったウェールズ戦ではアズムンが起点になれたことが大きかった。その一方で、敗退が決まったアメリカ戦ではアズムンは孤立。2トップを採用してマークを分散できなかったのがダメだったのか、あるいはウェールズには通用してアメリカには通用しなかっただけの話なのかは結局分からずじまいである。いずれにしても力負けする試合が多かったのは事実である。
ウェールズに勝利して、決勝トーナメントに肉薄したといえば聞こえはいいが、監督交代を繰り返した結果、10人相手にしか勝てなかったと取ると結果はまた違った見え方にも思える。この辺りは4年間の道のりを再検証する必要はあるように思う。2戦目での健闘は多くの人の心を打ったため、どう捉えるかが難しい敗退となった。
pick up player:サルダル・アズムン
今回のイランは地の利はあったが、自国の情勢問題に絡んだ騒がしさもやや気になるところではあった。そういう意味でピッチの内外で主役となったアズムンは偉大。得点はなくてもチームを色んな意味で背負っていた。