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レビュー
受ける「前」のサポート
昨季開幕から無敗とロンドンダービーに絶好の相性を見せるアーセナル。苦しみながらも勝った連勝に得意のダービーという舞台、そしてアウェイのアーセナル戦では31試合未勝利というイングランド記録を持っているフラムが相手となれば、アーセナルにとっては非常にいいデータが揃った一戦と言えるだろう。
しかしながら、そうしたいいデータを吹き飛ばしたのが1分のフラムの先制点。右サイドで詰まらされたサカのバックパス、受け手として振る舞うか迷ったラムズデールの対応の遅れ、そしてラインを上げるアクションと適切なシュートを打つタイミングを見逃さなかったペレイラ。複合要素が絡まってのあっという間の先制点となった。
先制されたアーセナルはボールを持ちながら攻めていく。一瞬でゴールを奪ったため、タイスコアの時間帯とは比較しにくいが、フラムはミドルゾーンで我慢しつつ高く頑張る形を今季の踏襲していく構え。ミドルゾーンでのプレス主体でアーセナルのポゼッションに迎え撃つ。先制点の場面でペレイラが見せたラインアップもだからこそだろう。
アーセナルのポゼションは3-1と3-2を行ったり来たり。中央に留まることが多いのはライス。トーマスは大外レーンをホワイトとシェアしながら右サイドに流れることもあった。
レーン移動を自由にするトーマスはアンカーに留まっていた時に比べると、フリーで後方支援の縦パスができる頻度が増えた。ライスが降りすぎている!という指摘もたまに見かけるが、マークの分散と中央のスペース供給という意味でトーマスを解放できているし、チームとしても前進ができているので個人的にはそこまで問題になっていないと思う。逆にライスは高い位置での右サイドに対しての列上げサポートは見事だった。
そのトーマスは後方支援をしながら右サイドの攻略を行う。しかしながら、こちらのサイドの攻略は少し苦戦したように思う。トーマスは高い位置に出ていくこともないし、頻繁に右に流れてくれるエンケティアもいない。ウーデゴールとサカのタンデムでなんとかしたいところだが、ポケットを取ろうとすると容赦無くパリーニャが潰しにやってくる。というわけで右サイドは苦戦が続いていた。
さて、この試合のプレビューのテーマとして触れたのは「左サイドの攻撃の改善をどのようにするか」である。具体的にはやや孤立気味のマルティネッリ周りの連携をどのように改善するかである。確認だがざっくりと予想を振り返ろう。
1. 22-23焼き直しバージョン
2. 3-1-6
3.トロサール投入で左サイドの横の可変性を上げる
4.特に変えない
それぞれの詳細の説明はプレビューを読んでもらうとして、スタメンを並べたイメージとしては「3」に近い対策を打ったと考えられるだろう。CF型の選手1人(ハヴァーツ)を残し、相方をトロサールにスイッチする。そして、左の後方はシンチェンコではなく、CB的な資質があるキヴィオルである。
実際にプレビューで期待したようにレーンを入れ替える形で生み出す左サイドの可変性から大外でトロサールが受けて、クロスからチャンスメイクした場面もあった。しかしながら、左サイドのマルティネッリを使うプランはトロサールとのレーン交換だけではなかった。
主に狙っていたのは右のCBであるホワイトからマルティネッリへ向けての対角パス。このパスにどういう意義があるかというと、対面のテテと間合いがある状況でボールを渡すことができるということだ。ホワイトがボールを持っている時はフラムの守備ブロックは同サイドにきっちりとスライド。ほかでもないサカのバックパスを誘発した失点シーンの対応が物語っているだろう。
当然全体の陣形もアーセナルの右サイド側に寄る。フラムは4バックなので、両サイドの大外にWGが張っている状態を常にケアできるわけではない。ボールが逆サイドにいる時は間合いを開けて守っている。
よって、対角パスはマルティネッリがボールを受けた時に十分余裕を持ってテテと正対できるスペースを創出するために役立っている。逆にテテに捕まっている状態でボールを受けてもマルティネッリはなかなか突破を見せることができない。そういう意味では理にかなっている。
左サイドにおけるマルティネッリのサポートもテテがマルティネッリに集中できない状況を作り出すことを重視している。例えば、ウィルソンの背後でキヴィオルが受けられた時とか。やたらと中盤中央に人が出入りするアーセナルに対して、インサイドに絞ることがあるウィルソンを出し抜く形でキヴィオルがボールを持てた時は、テテはキヴィオルとマルティネッリの両睨みをしなければいけなくなる。
あるいはキヴィオルとマルティネッリの間に入り込む人を置いてしまうのも一つの案だ。このスタメンならトロサールがこの役割をするかと思ったが、実際のところはハヴァーツの方が左サイドに流れるアクションは多かったように思う。
こうしたことに加えてお馴染みのウーデゴールの横断も絡めながらアーセナルは左サイドを支援していく。マルティネッリに対してボールが入った後にパスコースを作るというよりは、ボールが入る前の段階で優位な状況を渡す形でアーセナルはサポートをかけていた。よって悪くない状況で1on1を迎えたマルティネッリだったが、プレー精度の部分で1on1を生かし切ることができず。ここからの仕掛けがうまくいけば、アーセナルはもっとやり切れたはずだ。
フラムはトランジッションに集中。アンドレアス・ペレイラはカウンターのスイッチになっていたし、中盤ではパリーニャがプレスを剥がして縦パスを入れる。トランジッションでは左のSBであるロビンソンが目立っていた。
アーセナルは簡単なパスミスでチャンスを渡すケースもあるなど、フラムに十分に機会を与えてしまうところもあった。しかしながら、左右から放たれるファーへのクロスはフラムの守備陣を苦しめていたし、改善策の妥当性及びそれに伴う用兵も含めて、比較的納得感とそれなりの手ごたえを感じる前半だったと言えるだろう。
オフザボールで巧みさを見せるヴィエイラ
後半もアーセナルの右サイドは引き続きチューニング中。サカはいつもよりもPA内に入り込んででもより積極的な仕掛けをするのが印象的。ロビンソンは引き剥がすことができても、結果的に侵入を狙うフェーズでパリーニャに潰されてしまうケースが多かった。
左サイドに関してはまず対角のパスによるサポートが消えた。理由はよくわからないが、それによりマルティネッリが受ける状況は前半よりも苦しくなったと言えるだろう。
同サイドでのサポートとしてはIHのハヴァーツが苦戦。ターンできる場所でバックパスを選択し、ピンチを招いてしまう。前半にリスキーなパスを選択してヒメネスのアクロバティックなシュートに繋がるロストを作ってしまったトロサールもそうだが、IHはある程度ミスによる減点に目をつぶれないポジションなので、その点ではどちらの選手もマイナスのインパクトを残してしまったと言えるだろう。
これは左サイドの崩しのパターンとしては「4」の「(前節から)特に変更をしない」に該当するだろうか。だが、これはそもそもマルティネッリの打開力を頼りにして、中央のケミストリー構築を優先するプラン。この試合のようにマルティネッリのプレー精度が伴わない形ではなかなか突破口にならないのは当然の流れ。よってアーセナルは早い段階で次の手を打つ。
交代が遅いアルテタにとって60分より手前に仕組みを変えるというのはなかなか珍しいことである。左サイドにジンチェンコとハヴァーツを入れて、アーセナルは左サイドにテコ入れ。これは完全に昨季の焼き直し。ジャカの代役である「ミスターX」としてヴィエイラを指名した「1」の21-22のリバイバルパターンである。
この形で左サイドのサポートの状況を活性化させたアーセナル。キヴィオルも頑張っていたが、ジンチェンコが入るとなめらかさが明らかに段違い。右サイドもトーマスとレーンシェアが無くなったホワイトがオーバーラップする機会が増えたことにより、連携面では改善が見られるようになる。
特に好調だったのはファビオ・ヴィエイラ。澱みなくジャカの代役をこなして見事に左サイドの活性化に貢献した。
これまではボールを持った時のプレー精度で勝負するプレイヤーというイメージだったヴィエイラだが、同点に繋がるPKダッシュのシーンはオフザボールの巧みさが光る。左の大外でマルティネッリがボールを持つところにグッと近づくことで、ヴィエイラは同サイドのディオプとウィルソンのマークから離れることになる。これにより、ヴィエイラはテテにマークが行き渡ることになる。
ウィルソンがヴィエイラを追うことをやめたのは外に逃げた分警戒度を緩めて、優先度をマルティネッリのカットインへの対応に振り替えたためだろう。結果的に背後を追う形になったテテがヴィエイラを倒してPKとなった。
仮に直線的にハーフスペースを抜ければ、ウィルソンがシンプルについていく形でディオプが内側でパスコースを塞いで待ち構えることになるだろう。
もしヴィエイラにフリーでクロスを上げられたとしてもインサイドの状況は実はそこまで危険ではないため、テテはアプローチをしなくてもなんとかなったのかもしれないが、曲線的に動いてマークの受け渡しをフラムに強いることで慌てた対応を引き出したヴィエイラの巧みさがフラムを上回ったと言えるだろう。
直後にヴィエイラは裏への正確なパスからこちらも途中出場のエンケティアをゴールを引き出すパスを披露。さらにはエンケティアはバッシーを退場に追い込むことで、アーセナルはリードと共に後半に数的優位を手にした。
逃げ切りたいアーセナルはジョルジーニョを入れて保持から試合を落ち着かせる交代を行う。しかしながら、ジンチェンコのパスミスからトラオレが踏ん張って得たCKからパリーニャが決めてフラムは同点に追いつく。フラムにとってはペレイラの負傷交代以降、前進の手段が一層無くなってしまった状態だったので、トラオレの根性陣地回復からなんとかセットプレーを掴む!というのは唯一の反撃手段だったと言えるだろう。
終盤、アーセナルはクロス攻勢で攻め立てる。ベタ引き5-3-1を仕掛けてくるフラムに対してはクロスはどちらにしても必要な手段。放り込みがうまくいっているかを判断する材料はクロスを上げる前後でラインを揺さぶるアプローチしているかである。ドリブルをしてラインを押し下げる(クロスを上げるまえのアプローチ)やファーの裏に向けてのクロス(軌道でラインを下げさせるアプローチ)などができているかどうかだ。
アーセナルはクロス前後で悪くないアプローチをしていたと思う。だが、正しいアプローチをしていれば必ず正解に辿り着けるというわけではないのがサッカー。この試合では86分の同点弾を帳消しにすることができず、ドローのまま試合は幕を閉じた。
あとがき
逆転と数的優位を引き出した去年のシステムへの回帰は間違いなくヴィエイラの成長が大きな要素になるだろう。2-1のスコアを10人に迎える状況を作ったのだから、この形は出力を上げるためのオプションとしては機能する。
前半の形も本文で見えた通り、1つ1つの動きに意味は見える状況なので個人的には悲観はしていない。逆転をされたのもシステムの機能不全というよりは個人のエラーの要素が強い。実験のアプローチの仕方の是非は人によって分かれる可能性もあるが、今のアーセナルの状況を踏まえればラボ的な要素は不可欠。暖かく見守っていく必要があるフェーズと言えるだろう。
試合結果
2023.8.26
プレミアリーグ 第3節
アーセナル 2-2 フラム
エミレーツ・スタジアム
【得点者】
ARS:70′(PK) サカ, 72′ エンケティア
FUL:1′ ペレイラ, 87′ パリーニャ
主審:ポール・ティアニー