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レビュー
■WGを軸としてユナイテッドが押し込む立ち上がり
好調のアーセナル相手に撤退守備で受けて回ること、そして押し込んだ状態で彼らの即時奪回から波状攻撃を受けること。ユナイテッドがアーセナル戦で避けたいのはざっくりいうとこの2つ。となれば、この試合のユナイテッドは出来るだけ敵陣側でプレーしたという思惑があったと考えるのが自然である。
立ち上がりのユナイテッドは彼らの望み通り、敵陣でプレーする時間を確保することが出来た。主役となったのは両WG。大外に位置する彼らを軸にユナイテッドは敵陣深い場所に起点を作る。
特に序盤戦で目立っていたのはこの試合がデビュー戦となったアントニー。基本的にはジンチェンコがマンマーク気味につきつつ、流れの中でマルティネッリが挟み込むというのがこの試合のアーセナルのアントニーに対する対応だった。
ダブルチームに対してもアントニーは冷静に対処。2人を引き付けながら空いたスペースに走り込むダロトと共に右サイドを攻める。こういうボールをもってナンボのタイプは球離れが悪くなりやすいが、この日は比較的適切にボールをリリース出来ていた。下の図では示し切れないようなトリッキーなパスもあったけども。
アントニーにとってのダロトのように、この日のユナイテッドはWGが大外でボールを持った時に、ハーフレーンもしくはその外側を回り込む動きはかなり徹底されていた。序盤のアーセナルが押し返せなかったのはこの動きが徹底されていたことも大きい。CHやWGが低い位置に押し込められる要因になった攻撃だ。
アントニーはダロトと2人の関係性で崩すことが多かったが、逆サイドのサンチョはマラシアとエリクセンという3人の連携で崩すことを狙っていた。こちらのサイドはユナイテッドが人数をかける分、アーセナルはスライドをしながら対応。多少偏ってでも同サイドから突破させないことを徹底しており、その対応は実ったといるだろう。
■アーセナルが確保した3つの前進ルート
アーセナルは押し込まれた序盤戦をしのぐと保持から主導権を取り返す。前進のルートは主に3つである。まずはバックラインから直接前線に放り込むルート。1番ユナイテッドに効き目があったのはこれである。ユナイテッドはこの試合に置いてプレスの意識を高く持って入った分、後方の陣形はややルーズになっており、DF-MF間はとても開いていた。
このスペースを活用していたのは絶好調のマルティネッリとジェズス。特にジェズスは体を相手に当てながら動けなくし、トラップして自分の思い通りのところにボールを置く動きが抜群。リサンドロ・マルティネスはかなり後手に回っており、ヴァランもかなり手を焼いていた。この長いボール一発で陣地を回復し、一気に敵陣に押し返すのはプレーエリアが重要だったユナイテッドにとっては痛手である。
2つ目の前進のルートはCHから。ロコンガの先発はこの日のアーセナルファンの心配要素だったが、保持の部分ではだいぶできることが広がった印象。その要因の1つは内側に絞りながらかいがいしくカバーをしていたジンチェンコの存在が大きい。
アンカーというよりは実質2センター。これまで以上にはっきりした3-2の形でボールを前に進めるニュアンスが強かった。はっきりと後ろに枚数をかけた分、全体の重心が下がってしまっていたが、この日のアーセナルの前線の3人はいずれも個人であっさり時間をかせげてしまっていたので、大きな問題にはならなかったように思う。むしろ、インサイドのジンチェンコの登場でビルドアップでユナイテッドのプレス隊の狙いを外せた意味合いがあったともいえるだろう。
ロコンガの評価はおそらくファンの中でも分かれるはず。ストーリーが前後するが失点に絡んだ部分もありつつ、保持も非保持も彼個人の基準でいえば進歩しているように見えた。そういう意味では良化はしているがオールド・トラフォードでチームを勝たせられるCHではないということなんだろうなと思っている。
話が逸れたが、最後の前進手段はラムズデールからホワイトへのロブパスである。前がかりにプレスにやってきたサンチョをあざ笑うかのようなラムズデールのロブは、ユナイテッドにプレスを諦めさせるための重要な武器になっていた。
持ち運んだ後のホワイトのプレーも上々。マラシアに対して優位を取っていた同サイドのサカを使ってもいいし、もちろん逆サイドに展開しても問題ない。
絶好調だった前線は早々にネットを揺らす。ミドルゾーンからのカウンター局面で抜け出したマルティネッリがダロトを振り切り逆足でシュート。見事な先制点を飾ったかと思いきや、これは直前のプレーのファウルをOFRで確認されてノーゴールになってしまう。
ゴールが取り消されてもアーセナルは好調。右サイドをメインに狭いスペースの攻略と即時奪回を組み合わせたプレーを連続的に行い、ユナイテッドのゴールを脅かすシーンを作り出していく。
■階層的に原因が存在するアーセナルの失点
ユナイテッドが苦しかったのは押し込まれた自陣からの山なりのボールでは前線に起点が作れなかったこと。ガブリエウ、サリバを向こうに回して空中戦色の濃い目のボールはラッシュフォードにとっては厳しいものがある。それでもユナイテッドに攻め手がなかったわけではない。
狙い目になったのはアーセナルのプレス。基本的にはこの試合のアーセナルのプレス隊はトップのジェズスが前に入り、ウーデゴールがエリクセンを監視することが多かった。しかしながら、プレスのスイッチを入れる際はウーデゴールはエリクセンを捨ててCBのマークに出ていく。この際のエリクセンのマークの受け渡しが甘かった。
結果的に出ていく機会が多くなったのはロコンガである。しかしながら、そもそもアーセナルのCHは即時奪回以外の局面でここまで前に出ていく機会はかなり少ない。その上、ロコンガはエリクセンとの距離が遠く、十分につぶし切れないこともしばしば。要はハイプレス起動時のアーセナルのマークの受け渡しが甘く、エリクセンにたびたびボールを持つことを許していた。
結果として空くのは後方に残されたジャカの両脇である。このスペースでブルーノが受ければ直線的なカウンターが発動可能。ラストパスがグラウンダーでのスピード勝負になればラッシュフォードは十分アーセナルのバックラインと勝負が可能になる。よって、ユナイテッドの陣地回復のキーはアーセナルのDF-MF間でブルーノが前を向けるか否かであった。
ユナイテッドが手にした先制点もこの形。深く立ち位置を取ったエリクセンから足の長い縦パスがブルーノに入り、コンタクトのこぼれ球を拾ったサンチョがラッシュフォードに楔を入れる。最後はサイドに出ていったアントニーが決めてゴールを奪う。
アーセナルからすると責任の所在が分かりにくいゴールだ。まず、一連のプレーはエリクセンのマークが不明瞭なところから始まっている。その部分は上で指摘した通り、2トップと後方のロコンガとのマークの受け渡しがうまくいっていなかったことにある。
その後のブルーノへの縦パス。出ていきすぎという指摘もあるが、個人的にはむしろアドバンテージなしでつぶし切ってほしかったところ。
絞ってアントニーをフリーにしたジンチェンコの判断は個人的には支持できる。まず、ガブリエウが出ていってしまいCBが1人いないという状況が1つ。そして、対峙するサリバはすでに警告を受けており、ラッシュフォードに十分寄せ切れていなかった。最後に外に流れてアントニーと1on1の状況になった時にジンチェンコが不利なマッチアップになってしまう。この試合でジンチェンコがアントニーにうまく対応できたシーンはいずれも前を向かせる前に決着をつけている場面。正対であればアントニーが有利だろう。
リアルタイムで見た時は2人で挟むようにラッシュフォードを潰してしまえば?と思ったが、早い段階でジンチェンコが絞ってしまうとサンチョ→アントニーに直接渡すルートが出来てしまうので微妙なところ。ジンチェンコはかなり難しい対応を迫られたように思う。
アーセナルはどこに原因を見出すかは難しい(原因の列挙は簡単)が、今後の話で一番目を向けておきたい課題はプレスの受け渡しである。この試合は即時奪回からミドルプレスに移行する際にプレス隊がどこまで追い回すか?という部分において前線と中盤のイメージが少しずれていたのではないか。このシーンはその部分が顕在化した格好である。
プレス隊が出ていき、エリクセンをロコンガがつぶすのに間に合わせるのが一番丸い気がするが、このゴールシーン以前のところでサリバはすでに警告を受けていたし、ガブリエウもブルーノへのコンタクトは実質警告相当(チャンス潰しなのでアドバンテージの適用によって実際は警告を受けていない)だったので、CBにとりあえず後方を丸投げ!というのはこの試合においては厳しかった。
基本的にはブルーノがライン間に入る前に決着をつけるのがベター。そのためには供給元であるエリクセンを潰したい。ロコンガのところがより相手を潰せるタイプのMFでブルーノへの供給源を断つことができればもう少し後方は楽に守れたかもしれない。今のアーセナルには可動域が広いクラッシャータイプの中盤はいないので、ないものねだりかもしれないが。
アーセナルの対応の話が長々になってしまったが、得点を決めたアントニーにとっては上々のデビュー戦だったといえるだろう。球離れがよく、大外の起点になりつつ得点も決める。地味ではあるが、プレスバックによる自陣深い位置での挟み込みも効いていた。順当にいけば次節もスタメンになる活躍を見せたといえるだろう。
■光ったテン・ハーグの修正
ビハインドで迎えた後半のアーセナルの課題は前半に作った優位がどこまで持続できるか。これまでのアーセナルは前半に猛攻を仕掛けてゴールを奪い、リードを維持して後半をしのぐというやり方がメイン。逆に後半までもつれた試合は軒並み苦しんでいる。
前半の立ち上がりに主導権を握られたこともあり、アーセナルは後半の立ち上がりにペースを握ることをかなり意識した入りになったように思う。ユナイテッドはボールをつないでの陣地回復を行うことが出来ず、アーセナルは実質ハーフコートゲームを展開する後半の立ち上がりとなった。
得点を決めたのはちょうど後半の15分が経ったところ。ヴァランのロストからカウンターを発動したアーセナルはウーデゴールの中央を割るパスからジェズスがつぶれ、最後はサカがゲット。押し込む時間帯に追いつくことになる。
サンドバックになった上での失点と一気に苦しい流れになってもおかしくないユナイテッド。だが、ここで冴えたのがテン・ハーグの2つの修正策である。
1つ目はアントニーを下げたことだ。アントニーはこの試合の前半で効果的だった反面、カウンターの過程でボールが渡るとややブレーキになる嫌いがある。もちろん、それが時間を生み出しタメにつながるときもある。
だが、この試合の後半のアーセナルを見て、テン・ハーグは後半のユナイテッドにそうした人数をかけた攻撃をする機会は少ないと感じたのだろう。アントニーを下げて、ロナウドを前線に投入。そして、ラッシュフォードとサンチョにとにかく裏を狙わせる。この形に得点の狙いを完全に絞った。
それに伴ってブルーノとエリクセンはサイドに流れる頻度を増やすように。真ん中で前を向くという形にこだわるよりも、サイドに流れてでもフリーで受けられればOKというイメージ。言い換えれば、どの角度からでもパスを通せるというくらい彼らのパスを信頼しているということになる。
この徹底した形から得点を重ねるユナイテッド。勝ち越しゴールとなった2点目はロコンガのパスミスからウーデゴール、ジンチェンコがカウンターの起点を潰せずラッシュフォードにフリーランを許す。ブルーノのラストパスの質は秀逸でこれが足が長いグラウンダータイプのものだったら、ラムズデールの飛び出しによって防がれていたはず。回転をかけたロブ性のパスにすることでストロークを抑えて、ピタッとラッシュフォードの足元に収まる質のボールにして見せた。
3点目のブルーノはサイドから。エリクセンの抜け出しに合わせて、オフサイドラインギリギリを攻めて最後はラッシュフォードが再びゴールを手にして見せた。彼にとってはプレミアデビュー戦となった試合以来のアーセナル戦でのゴールである。サンチョとラッシュフォードに裏を抜けさせる形にこだわったテン・ハーグの采配は2得点という形で実を結ぶ。
もう1つの修正策として効いていたのはフレッジの投入だ。アーセナルの得点が入った前後の時間帯、トップに運動量豊富とは言えないロナウドが入ったことでややプレスの意識が希薄になった時間帯があった。すでに述べた通り、この日のユナイテッドは撤退に追い込まれるとアーセナルの波状攻撃から失点する可能性は十分にあった。
よって、なるべく高いラインを維持することは重要事項。その意識の植え付けになったのがフレッジの投入だ。ラムズデールのパスをカットする絶好機の演出や低い位置のサイドのカバーまでこなす彼の存在でユナイテッドのプレス意識は復活したといえるだろう。
アーセナルは徐々にトーンダウン。やはり前線の調子の良さで押し切る傾向がある分、終盤に出来が落ちてしまうのは仕方ないところ。特に両翼のサカとマルティネッリは精度とスピードが落ち気味の状態でも、前半と同じノリで難易度の高いプレーにチャレンジしてしまったので、ボールロストの機会が増えてしまった。
うまく試合に入れなかったマグワイアや時折輝きを見せるファビオ・ヴィエイラなどゲームを彩る要素はあったものの、勝敗に直結する成分にはならず。オールド・トラフォードでの一戦は首位のアーセナルをユナイテッドが止めて上位進出の足掛かりとする結果となった。
あとがき
■時間稼ぎに成功中
ユナイテッドは割り切りからの勝利というテイストに論じられるのかもしれないが、ブルーノにボールを入れる頻度が上がっているのを見ると、割り切りの中でも彼ららしいチャンスメイクを組み込もうという跡が見える。そういう意味では確実に前進しているのだろう。落とし込みと割り切りが試合の中で混在する今のユナイテッドはとても面白い。テン・ハーグが本当にやりたいサッカーを実現するための「時間稼ぎ」には今のところは成功してる印象だ。
ビックゲームではやたら強いというスールシャール時代の傾向を引き継いでいるのも面白い。リバプールにもアーセナルにも勝ったのはオールド・トラフォード。過去数年、屈辱だらけだった夢の劇場での強さを取り戻せば、ファンを味方につけるまでの時間は意外とかからないのかもしれない。
■持続可能な優位の構築が求められる
魅力的な攻撃はオールド・トラフォードでも健在。内容的にはそこまで悪くはなかったアーセナル。本文で触れたようにプレッシングにはエリクセンの受け渡しを発端とする欠陥があり、この部分は最も大きなタクティカルな誤算だったといえそうだ。この部分は戦術的な見直しが必要ではあるだろう。それ以外の部分での敗因を挙げるならば前半、共に攻撃の起点として活用できていたDF-MF間のスペースに対する後半のアプローチだろうか。
アーセナルはアタッカー陣が元気だった前半はそれで押し切れるだろうが、後半になるとやはり精度と馬力は落ちてしまう。後半は場所にこだわらずにブルーノを動かしながら(単純に交代でポジションが変わったこともあるが)、ラッシュフォードに裏を狙わせるという異なる優位の構築に切り替えた。
アーセナルの優位はユナイテッドのそれに比べると90分の持続力にかけている。それでも爆発力はあるので、前半に決めきれば勝てる。だが、こうした試合のように後手を踏んでしまうと戦況はかなり厳しくなる。
もっと言えば、ここから日程が過密になれば、チーム全体の調子が落ちてしまいこれまでのような爆発力のある前半すらを生み出すことすら難しくなるかもしれない。そういう意味で今の前線の調子の良さありきのイケイケ感は魅力的である反面、短期的にも中長期的にも持続力に課題があるといえるだろう。
この日のようなビックマッチに勝利するには持続可能な優位を構築しなければならない。すでに模索は始まっている感がある。ファビオ・ヴィエイラのデビューは面白かった。異なるスタイルでの優位の構築をイケイケ部分につぎ足すことになるのか、ペースを調整しながらの90分を意識したゲームコーディネート力を身に着けるのか、あるいは控え選手も含めて全員イケイケになるのか。どういう方向性かはわからない。が、どの道を通っても今のアーセナルの課題は一緒。持続可能な優位の構築である。
試合結果
2022.9.4
プレミアリーグ 第6節
マンチェスター・ユナイテッド 3-1 アーセナル
オールド・トラフォード
【得点者】
Man Utd:35′ アントニー, 66′ 75′ ラッシュフォード
ARS:60′ サカ
主審:ポール・ティアニー