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レビュー
■新たなスタメン選手たちの役割
メンバー発表前にすでに欠場が噂されていたトーマスだけでなく、ジンチェンコもベンチ外となり、今季初めてのスタメン入れ替えを余儀なくされたアーセナル。前進の要人であるトーマスと、きめ細やかなポジショニングとキック精度でサポートしてきたジンチェンコの両者の不在は大きいものになる。
特に前進に影響が出るのは必須と言えるだろう。中央からサイドへの配球役が不在であり、左サイドの旋回の主役がいないとなれば、これまでとは異なる戦い方を強いられることになる。まずは何がどのくらい変わったのか、今季初スタメンのティアニーとエルネニーを軸に考えてみたい。
左サイドの組み立てに関しては人が入れ替わった影響は否めないように思えた。やはりティアニーが入った分、より従来の大外をSBが担うことが多くなった。基本的な配置として、前半のアーセナルは右サイドのホワイトが3バックの一角に入り、左サイドのティアニーが片上げするような左右アシンメトリーな形での組み立てをおこなっていた。
アーセナルは低い位置から積極的にサイドを入れ替えながらフラムの前からのプレスに対抗する。ティアニーはこうした際には絞ったポジションで逆サイドからのボールを引き取っており、インサイドよりの立ち位置を取らないことがなかったわけではない。ただ、逆サイドからやってきたサイドチェンジのボールを引き取るくらいは個人的には一般的なSBの仕事の範疇と言えるように思う。
ボール保持の流れの中でティアニーがインサイドに入ることも時折なくはなかったが、左サイドのポジションチェンジについては頻度も程度が少なめであった。そうした中でジャカが前線に飛び出したり、マルティネッリがインサイドにアタックをかけたりなど今季の左サイドのエッセンスも確認することができた。
よって、ジンチェンコ→ティアニーにメンバーを入れ替えたことでやり方は変わったが、仕組みを抜本的に変えたというよりはグラデーションのように濃淡を調節したイメージ。旋回を減らしたり、ホワイトのポジションを低めに設定したり(この辺りはアンカーが変わった影響もありそう)など、ジンチェンコがいない分自由度を減らしていた。
個人的にはとてもいい調整をかけたなと思った。その中でもバランスを見ながらポジションチェンジを折を見ておこなっていたし、今季ならではの攻略も見られた。
当たり前の話だが、ティアニーはジンチェンコではないし、ジンチェンコはティアニーではないので、人によって大きな枠組みの中で調節をかけるのは普通のこと。ティアニー個人のパフォーマンスで見るとアーセナルの右サイド側から上がってくるクロスに対しても対応などはさすがだったし、起用する意味を見出すことができたように思う。
アンカーに入ったエルネニーは組み立てにおける存在感は正直そこまでなかった。ここも当然仕方ない部分で、エルネニーはトーマスのような短いステップで早く正確に遠くに蹴ることはできない。同じことを求めるのはそもそも無理筋なケースである。
そうした中でエルネニーは相手との関係の中でうまく生きることができたように思う。この日のフラムのプレスはミトロビッチとペレイラがアンカーを受け渡しながらプレスをかけていく形である。
プレビューでも触れたが、今季のフラムはこのプレッシングの規律を割ときっちりやっている部分がある。よって、アンカーの受け渡しに関しても非常に真面目。アーセナルのビルドアップの動線を考えると、そこまでアンカーをタイトにケアする必要はない気もするのだけど、フラムはきっちりアンカーを受け渡し続けた。
中央でアンカーの受け渡しを真面目にやるとどうしても外側の選手へのケアまでは行き届きにくい。さらにアーセナルはホワイトが低い位置をとることが多く、大外低い位置にあえて人を置く形を作っていたので、ここへの対応としてフラムの2列目の選手が出ていく場面が増えていく。
バックラインで中盤を引き出す動きは4-4-2の攻略のきっかけになる部分である。ここのフリになっていたのはエルネニーが「きっちりと消えていたこと」である。彼がボールを受けにサイドに流れたりすると、フラムはプレス時の2トップの距離をコンパクトに保つことが可能になり、サイドに閉じ込めることが容易になる。
アンカーが立ち位置を守り、相手と共にきっちり消えることは重要。なかなか出番をもらえていないロコンガもアンカーの時はこの消えることはできている。トーマスとの差はここから現れるためのポジションの取り方と現れた後のキックの精度である。前を向けるポジションを取ることと、そこから先のプレーのイメージを描く部分ではトーマスの方が上だ。
繰り返すがエルネニーに同じことを求めるのは酷である。であるならばきっちり消えてサイドからの前進を手助けすることも重要だ。エルネニーはプレスを受けながらボールを捌く部分に関しても安心して見られるようにはなってきたし、後半の守備面でもフィルターとしてチームの助けになっている。ティアニーのように起用される意義を見出したプレーだったと言えるだろう。
■ミドルプレスを外せばOK!ではない
選手を軸としたストーリーはこのくらいにして試合の流れの話に移る。プレビューでこの試合をポイントとして提示したのはプレーエリアの話である。フラムが志向するミドルプレスはなるべく敵陣寄りでプレーを完結させるためのもの。アーセナルがこの狙いを外すことができれば、ペースはこちらに流れると予想していた。
アーセナルはこの試合のフラムのミドルプレスにはうまく対応したと言っていいだろう。低い位置からの横幅の使い方がうまく、サイドにボールを置きながら2トップの脇からボールを前に運び、フラムの中盤に穴を開ける。ティアニーの項でも述べたが、右→左へのサイドを変えながらの前進も有効。これにより、フラム陣内でのプレーの頻度は増えていくことになる。
ジェズスをはじめとして左サイドの動きはこの試合でも健在。外に流れるだけでなく、外から中に斜めに入り込みながら裏を取る形でフラムのバックラインにアタックをかける。
右サイドにおいてはホワイトが低い位置をとる分、ウーデゴールが右サイドにサポートに入る形を増やす。サカは目の覚めるようなパフォーマンスとは言わないが、簡単に当たり負けはしなかったし、ネガトラの強度も十分。質問箱に状態を不安視する声がいくつかあったが、現段階ではそこまでパフォーマンスの心配はしていない。
SBにちょっかいをかけながらその裏から押し下げるというフラム崩しの鉄則と言える形もたまに見られており、アーセナルはフラムに対して敵陣に押し下げてプレーすること、そして敵陣内で適切な崩しを見せることができていた。そういう意味ではプレビューで言うところのフラム相手に主導権を握る条件を満たしていたように思う。
だが、それでもフラムの牙城は敗れなかった。素晴らしかったのはローラインにおけるバックラインの奮闘である。特に優れていたのは両CBとレノの奮闘である。セービングという最終状態を見ればレノの活躍は一目瞭然なのだが、両CBがシュートする選手に対してコースの制限をかけたのが大きかった。
たとえば、サカの抜け出しによって迎えた決定機。ロビンソンは完全に置いて行かれてしまったが、アダラバイオが振り切られかけながらも最後まで体を投げ出すことができていたので、レノはある程度シュートコースを絞ることができていた。
このフラムの両CBはこうしたコースの限定がうまい。レノがこの試合のアーセナルの選手のシュートを比較的楽なコースでセーブすることができたのはアーセナルのシュートの精度に加えて、フラムの両CBとの連携が大きい。個人で言えばリームがこんなに素晴らしいパフォーマンスができるCBとは知らなかった。
よって、ミドルゾーンから押し込むことができても攻略しきれないアーセナル。前半は点が入らなかったが、アーセナルがどうこうというよりは体を投げ出して守ることができているフラム守備陣を褒める方が正しいように思う。
アーセナルはボールロスト後のネガトラや、ハイラインにおけるバックラインの守備など前半のバックラインの出来は上々。フラムはミトロビッチのように体を張れる選手でなければ、簡単に潰されてしまう状況が続き、敵陣に進むことができなかった。
盤面で言えば明らかに主導権はアーセナル。しかし、フラムのバックラインの奮闘によってスコアに差が現れるまでは至らなかったという前半戦だった。
■失点シーンの立ち位置を深掘りする
後半、アーセナルは右サイドの攻勢を強める。ホワイトの外を回ったオーバーラップは前半にはあまり見られなかったものであり、本格的に点を取るために少し右サイドのバランスを前寄りに調整したのかもしれない。
ただ、ジェズスも右サイドに流れることもしばしばで、ちょっと右サイドは渋滞気味。右サイドのパスワークが停滞することはなかったけども、エリア内に人を掛けられなくなっていたので、少しサイドに人数を裂き過ぎてしまった感は否めない。
とはいえ、後半もペースはアーセナルにあった。だが、先制点を奪ったのはフラム。ハイプレスからアーセナルのミスを誘い、ミトロビッチがゴールを決める。
失点の要因をゴールに近いところから見ていく。もちろん、最も失点に直接つながったのはガブリエウのコントロールミスである。彼が適切にコントロールができればボールロストはしなかった。
だが、右サイドから出てきたサカのパスも酷いものである。バックラインを横切るような高い浮き球のパスは、受け手のコントロールの難易度が高い上、守備者側に受け手に寄せるための時間を与えてしまう。
そのうえ横パスに時間がかかってしまえば、当然相手のスライドもサイドを変えるメリット自体も薄い。リスクを考えなくてもあまり旨味がないプレーであり、選択する意義が薄い。ここまでサイドに追い込まれてしまうのであれば、安全にボールを捨てる選択肢を取るべきだ。
最後になぜそもそもこの場面ではこんなにサイドに追い込まれていたのかを考えたい。ポイントになるのはエルネニーの立ち位置である。前半の項でこの試合のエルネニーが良かったのはポジションをきちんと守ることだと述べた。
だが、このシーンではエルネニーはボールを受けにサイドに流れてしまっている。この動きは余計である。この日のフラムはアンカーの受け渡しに実直。フラムの2トップの距離感はエルネニーが決めていると言っても過言ではない。
前半に見られなかったサイドでの閉じ込められ方をしたのはエルネニーがサイドによってしまい、フラムの2トップがサイドに集結したため、スペースが狭くなってしまったからである。
中央で立ち位置をキープしておけばペレイラの立ち位置はこんなにサイドにはよらない。サカからするとボールを捨てるにしても繋ぐにしても、この場面で立っていたエルネニーの方向にパスを出したいはずで、その選択肢が潰れてしまったのはよろしくない。理想は寄らないでトップ下と共にその場を離れる下図のような振る舞いだ。
サカはボールを捨てる余裕があったし、ガブリエウはコントロールミスがあった。失点の直接原因は明らかにそちら。ただ、そもそもなぜこうした苦しい状況になったかを考えるとエルネニーのポジションが誘発した部分もあるということである。
ビハインドを背負ったアーセナルは3バック+2トップに布陣を変更。アルテタの手打ちは素早かった。エリア内の人員確保と大外の選手を明確にすることでレーンわけをきっちりと行う部分を整理した。4バック相手のフラム対してはこれは有効。最終ラインのスライドの量は増えた。守備時にサイドが手薄でフラムのクロスの頻度が増えたマイナスポイントはあったが、ビハインドの状況では受け入れるしかない。
特に存在感があったのはウーデゴール。右のハーフスペースの低い位置からボールを引き取り、1枚を剥がしながらニアの狭いスペースと逆サイドの使い分けしながらフラムのバックラインを壊していく。
交代で入ったエンケティアも上々のパフォーマンスだ。中央でもサイドでも体を当てながら相手を上回り狭いスペースでの起点となった。
狭いスペースを強引にこじ開けたウーデゴールのミドルでの同点ゴールからアーセナルの攻勢はさらに加速。フラムは5バックに変更したものの、その勢いは止まらず。
マルティネッリはサカと頻繁に左右を入れ替えながらプレーをしていたが、右サイドにおいては深い位置をえぐりながらクロスを上げて、左サイドにおいては交代で対面に入ったムバブをボコボコにしていた。
そして決め手になったのはセットプレー。先制点に繋がるミスを犯したガブリエウがなんとかゴールにねじ込み決勝点を叩き込む。
終盤はフラムのパワープレーに全CBを投入して守るアーセナル。試合にしれっと入り、セットプレーからファウルを誘発する冨安はとても頼もしい。クロスを跳ね返すだけでなくクロスを上げさせない方でも体を張り続けたアーセナルはクロージングに成功。苦戦をしたものの、なんとか開幕4連勝をキープすることに成功した。
あとがき
■ローブロックは残留の後押しになる
質の高い試合であり、その一端を担ったのはフラムの出来であることは間違いない。前線にミトロビッチという核とこれだけの後方のブロックがあれば調子のいいアーセナルでも苦戦するのは当然だ。試合に入るのに苦労したムバブが逆説的に途中から入るのが難しい水準だったことを証明している。しれっと普通にやる冨安が異常な感じもする。
残留の後押しになりそうなのはローラインでの出来。ミドルプレスのもう一段奥にこの防波堤が存在するのは心強い。レノが加入でより強固になった最終ラインがこのクオリティを保てれば、残留争いの大きな後押しになるはずだ。
■逆転に向けた正しいアプローチが奏功
過去3戦ほど圧倒的ではない部分はあったかもしれないが、全体的な出来やアプローチとしては非常にアーセナルの出来は良かったように思う。欠場者が出て思ったようなスタメンは組めなかったかもしれないが、その中で調整をかけながら大枠を維持し、個性を上乗せするアプローチができていたと思う。
メンバーを入れ替えて、スカッドの質を担保できるかは今季の大きな課題だが、アルテタはこの試合で一定の答えを示した感じがある。やや序盤はプレータイムがもらえていないヴィエイラやスミス・ロウも同じように馴染ませていければチームとしては大きな上積みになる。
ビハインド時のアルテタの修正策の早さも好感。やや鈍重だった手打ちがスムーズになれば、特にトーナメントのような一発勝負には心強い武器になるだろう。
試合結果
2022.8.27
プレミアリーグ 第4節
アーセナル 2-1 フラム
エミレーツ・スタジアム
【得点者】
ARS:64′ ウーデゴール, 86′ ガブリエウ
FUL:56′ ミトロビッチ
主審:ジャレット・ジレット