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「アキさん、任せてください!」~2022.9.10 J1 第29節 川崎フロンターレ×サンフレッチェ広島 レビュー

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目次

レビュー

■広島のメンバー起用の狙いは?

 天皇杯を挟み、中2日で等々力に乗り込んできた広島は大幅にメンバーを入れ替え。中でも際立っていたのは大きく分けて2つ。直近のリーグ戦の主力である森島やベン・カリファをベンチに置き、ドウグラス・ヴィエイラとエゼキエルをスターター起用した前線と野上を起用したWBである。

 この試合の広島は前線からマンマーク気味でハイプレスに来た。もちろん、彼らの基本的なスタンスでもある。だけど、直近の広島はきっちり前から人もかみ合わせてハメるというのを徹底しているわけではないので、この試合に入るにおいての特徴といっていいだろう。

 WBに野上を起用したこともあり、おそらく広島は川崎の左サイド側にボールを追い込んでいきたいという考えがあったはず。28分のように何回かは川崎の左サイドにボールを捨てさせることは出来ていた。

 野上の起用はマルシーニョを挟むなど撤退時の同サイドの守備強化の意味合いももちろんあるだろうが、基本的には前から奪い取り切るためのものといっていいだろう。竹内さんがこんなことを言っているし、そもそも野上をマルシーニョにぶつけることを念頭に置くのならば、野上とマルシーニョとかみ合わせから外れるマンマーク強めの作戦を採用するのはやや違和感がある。

 よって野上のWB起用において、「川崎にボールを捨てさせる」ことが広島にどこまで成功なのかはわからない。もちろん、失敗ではないだろうが、ショートカウンターへの移行を念頭に置くならば、捨てられてしまっている時点でセットにはなっていない感もある。

■狙い目攻略と家長の関係性

 ではどのように川崎がプレスを回避したのか。プランのヒントは鬼木監督のコメントにある。

「アグレッシブであればあるほど空くスペースがあって、そこのスペースに人が走っていくこと、そこにボールを落とすことというのを意識」

https://www.frontale.co.jp

 プレビューで自分が広島の狙い目として指摘したのは彼らのCHの周りのスペースだ。降りていった選手についていくか、背後を狙う選手を警戒するのか?という負荷をかけたいというものである。

 上の鬼木監督の言葉をCHとのスペースの駆け引きに当てはめてみる。「アグレッシブであればあるほど空くスペース」というのはCHの背後のことだろう。広島が前から川崎を捕まえようと高い位置を取れば取るほど空く。

 この駆け引きをするのに適しているのは大外でマルシーニョが高い位置を取ることで相手のDFの位置を決められる左サイドだ。SBが低い位置を取り、広島がマンマーク的についていくのならば、広島のCHがカバーするエリアは広くなる。

 「走り込んでいく」というのはもともとその場所に立っていない選手がスペースに入り込むことを示唆する言葉である。よって、FWの知念が降りたり、上の図でいうとボールサイドと逆である脇坂と家長が流れて受けに行くイメージになるだろう。

 ちなみに「落とす」という言葉のイメージは11:30のシミッチ→橘田へのパスが近いだろうか。半身で前を向けなくとも浮き球であればつなぐことはできるし、大体の場所の共有ができれば、多少アバウトでも使うことができるスペースが広島のCHの背後にはある。だから鬼木監督は「落とす」という表現にたどり着いたのかな?とか思ったり。

 よって、誰かが高い位置に流れて入り込む動きが広島攻略のトリガーになる。繰り返しになるが、広島はマンマーク色が強めではあるが原理主義的なチームではない。脇坂、家長、山根、橘田あたりは試合の中である程度動き回ることで、どの程度までマーカーがついてくるかを探っていた感がある。どこまで行ったら振り切れるか、そのタイミングならマーカーを置き去りにできるかを探っていたからこそ、解き放たれるタイミングで高い位置に顏を出すことができるのだ。

 橘田は試合後のコメントで「湘南戦は知念が孤立していたので、自分が近くでプレーするよう気を付けていた」と振り返っている。高い位置でプレーするためにポジションを取り直していた彼は湘南戦の反省を生かしたともいえるだろう。

 広島のCHに手前側を意識させるというのは知念を利用する上でも効果がある。これまでの対戦相手以上に広島のCBは強固。よって、まともに体をぶつければロストのリスクも避けられない。事実、序盤の数タッチは強引な収めからロストすることが多かった。

 知念から広島がボールを奪えた時は体をぶつけられたCBとCHが挟み込めた時。9分の野津田のカバーなどはその一例である。

 だが、動き回る川崎のIHに広島のCHが気を取られてしまうのならば、挟み込むのは難しい。知念もそれをわかっていたのか、ボールのコントロールを自陣側に大きめに流すことで無理に広島のCBに体を当てずに勝負することが出来ていた。そういった部分も含めて、知念が広島のバックラインとの駆け引きになれたのは川崎にとって大きかった。

 同サイドの奥行きを使ったプレーにおいてポイントになるのは、家長が逆サイドに流れていくプレーの捉え方だ。川崎ファンならお馴染みだろうが、こうした本来の立ち位置ではない場所に+1として顔を出すのは家長の十八番である。

 こうしたプレーは数的優位を生み出すのにはお手軽である一方、逆サイドへの展開が失われてしまうリスクもある。左サイドに人が集まった場合、多くがマルシーニョの抜け出しからフィニッシュまで向かうことになるのだが、そうした時に家長が左サイドに顏を出していると逆サイドのフィニッシュ役として待ち構えられないという難点もある。

 よって、家長の出張は前進の上では効果的ではある。だが、この試合のように脇坂や橘田が1つ前のスペースに入り込むプレーを見せることが出来るのならばマストではない。逆サイドに残っていてもこの前進の形が作れるなら、そちらの方がベターである。

 川崎は広島のCHのスペースを取るところまでは安定してできてはいたが、ここから先のスピードアップに苦戦。広島の帰陣が早く、優位な状態で敵陣まで運ぶことができない。

 特に貢献度が高かったのは住吉。マルシーニョへのスピードアップを許さないことで、一気に川崎にゴールまで向かわせなかった立役者といっていいだろう。川崎はミドルゾーンまでのボールの動かし方はよかったが、エリアに迫るところはまだ不十分だった。

■「落とす」→「つける」でペースは川崎に

 広島のビルドアップに対して川崎は積極的なプレッシングを行い、なるべく高い位置でボールを奪いたい姿勢を見せる。広島はビルドアップでバシバシ川崎のハイプレスを外すという感じではなかったし、かといって川崎がビルドアップのパスミスをひっかけてのカウンターを連発するというわけでもなし。捨てるときは裏かサイドラインを割ることが多く、広島は危険なロストを極力抑えることが出来ていた。

 ハイプレス時(プレスバックは実直にやっている)に自由に動き回るマルシーニョが対面だった分、住吉が時間をもらえる場面もあった。しかし、時間を前に送るような前進は出来ず。キックの質は高いので、もう少し運びながら相手を動かせるとよりよくなると思う。

 というわけで広島の攻撃は川崎の攻撃が終わったタイミングでのトランジッション色が強いものが多かった。特に狙い目にしていたのは山根の裏に走り込んだエゼキエル。ここの抜け出しを狙い、大きな展開を行って一気にゴールに迫る形を作ろうとする。

 しかし、この裏抜けにはジェジエウがほぼ完ぺきに対応。むしろ、右サイドにおける川崎のプレスへの積極性を見ると、川崎はジェジエウにここをカバーさせることまで仕様にしているかのようだったともいえる。

 唯一、エゼキエルがジェジエウを置いてきぼりに出来たのは3分のシーン。開始直後のこのシーンが最も流れの中での広島の攻撃がうまくいった場面だ。それだけに、このシーンで絞りながら川村に対応した佐々木旭は大きな仕事を果たしたといえるだろう。

 どちらのチームも相手のミドルゾーンは越えることができるが、スピード感のある攻撃が刺さり切らないという序盤。この時間帯の展開は五分五分か、中盤をスピーディーに通過できる頻度では上を行っていた広島にやや分があるという感じだろう。

 流れが変わったのは広島の守備陣がマンマークのプレスを緩めたことだ。広島の前線は3枚で谷口、ジェジエウ、シミッチをマークしていたのだが、前から追っても奪いきれないことにしびれを切らしたのか、徐々にヴィエイラがシミッチをフラフラと空ける場面が出てきてしまう。

 シミッチが問題なく前を向いてしまうことができれば状況は変わる。先に紹介したCHの背後のスペースを利用するために動いた選手へのパスは時間がかかる「落とす」パスではなく、縦に速いパスを付けることができる。左の大外のマルシーニョに対しても直接正確に速いボールを蹴り込める。

 シミッチが解放されたことでペースは川崎に。敵陣深い位置でブロックを攻略するところまでたどり着く。というわけで川崎の課題はブロック攻略のフェーズに移行する。

■ペナ角付近での仕掛けが先制点に

 この試合の川崎のブロック攻略においての最適解は何と言っても先制点のシーン。これが最高であり、最高の崩しが得点につながったという感じだ。なので、このシーンを軸に説明する。

動画

 ポイントになるのはまずは選手の位置関係。ゴールシーンを例に説明する。まずは大外に1人(脇坂)、そしてペナ角付近のハーフスペースやや手前に1人(マルシーニョ)立つ。動きとして大事なのはこのマルシーニョの位置に入った選手だ。

 この場面、マルシーニョはややマイナス方向に動きながらこのゾーンに入り、ワンタッチでさばいている。この試合でペナ角ハーフスペースに入る選手はこのマイナスの動きを駆使することが多かった。

 で、広島の選手は人基準で守るのでこの動きについてくる。その時に効くのが川崎の第3の選手。マルシーニョの引く動きに対して、ラインを破る動きをする選手。この場面でいえば佐々木旭である。

 引く動きとセットで抜ける動きを組み合わせることで、広島のバックラインの逆を取る。理想的な動きで抜け出し、家長へのゴールまでの導線を引いて見せた。

 実はこのゴールシーンの動きは試合開始直後の1分にすでにみられていた。

 大外→マルシーニョ
 ペナ角→家長
 抜け出し→橘田
 の関係性で早々に描かれていたのである。

 1分の場面と先制点のゴールの場面で違うのは大きく分けて2つ。1つは1分の場面では抜け出した橘田へのパスが通らなかったこと。これは技術的なミスである。

 2つ目はPA内の人数。ゴールシーンは知念と家長がいたのに対し、1分の場面では知念が1人で待ち構えていた。先制点の場面では、知念が佐々木旭の突破に合わせてニアに入り込むような動きを見せている。

 この知念の縦方向の動きがなければ、右サイドから内側に入り込む家長の横の動きに合わせるパスコースは生み出せなかったはず。つまり、佐々木旭にボールが渡って以降の川崎の攻撃は知念と家長の2人の動きの関係性で完結されたものといえる。

 先制点の場面では家長は左サイドで抜け出す橘田にパスを出している。左サイドで出張しているのである。左サイドに流れる家長は効果的ではあるが、右にとどめて置いたままで攻略できるならば、それに越したことはない。

 先制点の場面では家長が左に流れないことによって生まれるメリット(=フィニッシャーになれる)が出た。家長が左に流れることなく佐々木旭が抜け出す形を作れたことが先制点を呼んだ大きな要因といえるだろう。

■ネガトラと柔らかさで蹂躙する脇坂

 ビハインドを背負った上に、エゼキエルがジェジエウに封じられた広島は後半の頭に勝負に出る。ポイントは森島と満田を投入し右サイドの攻撃を強化し、勝負できる場所を増やすこと。そして、ハイプレスを強化し、敵陣の深い位置でプレーする時間を取り戻すことである。

 後半の頭は広島の狙い通り、非常に不安定な時間になったといえるだろう。中盤で時間をもらえなくなった川崎はパスミスで引っ掛ける頻度は増えるし、広島も高い位置から攻撃をスタートさせることが出来ていた。

 広島にとって誤算だったのは川崎のネガトラのスピードが速かったことだ。特に中盤。今の川崎の中盤の3人はネガトラでいえば完全に他の追随を許さないユニット。1週間の休みがあればその優位は際立つ。広島のプレスで流れが完全にワンサイドにならなかったのは川崎の中盤がボールを取り返すことが出来ていたからだ。

 攻撃を止めた後に時間をもらえなかった広島は1本目のパスの精度が下がってしまい、カウンターからのスピードアップができない。広島は選手交代の効果と狙いはある程度は出ていたが、実効性は限定的で試合を完全に掌握することが出来なかった。

 そうした中で川崎がペースを取り戻すきっかけになったのはやはりシミッチ。広島が彼を捕まえきれずにフリーにする時間が増えてから。左のマルシーニョ、右の家長、そして前線の知念と自在にボールを振りまくるシミッチ。

 特に野上が退いた広島の右サイドは撤退守備時の強度が低下。前半以上に攻め上がりに積極性を見せる佐々木旭の迫力にも苦しみ、徐々にエリアに迫られるようになる。

 仕上げの部分で、違いを見せたのは脇坂。2点目のゴール、3点目のPKはいずれも相手の逆を取るやわらかいボールタッチで得点につながる決定的な働きをして見せた。

 特に住吉からPKを奪った3点目はこの日の真骨頂。相手が自分を管理できていないと見るや、動き出してエリア内に入っていく動きはこの日脇坂がずっと続けていた仕事。それを得点に結びつけて見せた。

 これで試合をほとんど決定づけた川崎。広島は前線を入れ替えながら攻撃力を高めていくが、プレスの部分での効果は見込めず、川崎が危険な攻撃を繰り出し続ける展開に。

ダメ押しとなる4点目を家長が奪い、結果的には4-0と川崎が大勝。優勝争いの挑戦者の名乗りを挙げるために等々力に乗り込んできた広島を退け、いよいよリーグは神奈川での覇権争いが本格的にスタートする予感である。

あとがき

■コンディション以外の改善点は?

 まず、広島はコンディション面だろう。中2日がきついのは湘南戦で何もできなかった川崎もよく知っている。広島のチーム内での大会のプライオリティはわからないが、リーグ一本ではない分、戦力をピーキングする余裕はなかったかもしれない。

 作戦部分の話でいうと、エゼキエルの裏抜けが詰まった時の二の矢が欲しかったところ。例えば、エゼキエルのところでジェジエウに防がれるならば、ロスト後の即時奪回まで見越して重心を一気に上げたカウンタープレスをかけるとか。そのためにはボールを回しながら重心を上げる時間をかせがないといけないけど、川崎の前線のプレスならばそれくらいの時間は作れるように思う。

 川崎は広島のCHのスペースを使うところと先制点のアタッキングサードにおけるペナ角中心の崩しの二段構えで試合を優勢に進めた。その部分の方策の厚さはこの試合では川崎の方が上。実際にプランを描くためのスキルも含めて、この試合では差を見せられた格好だった。

■270分のプランが次の課題に

 会心の勝利だったといえるだろう。ポイントはやはり家長を崩しから外しても攻撃が機能したところか。崩しの部分では「アキさん、任せてください!」という感じで脇坂、橘田、佐々木が躍動。知念が佐々木翔までまとめて引き付ける頼もしさを見せたことも相まって、家長はフィニッシャーにかける比率を高めることが出来た。知念がPKを家長から譲ってもらったというところも含めて、家長から20代の選手たちがいい意味で仕事を奪っていったのが象徴的な試合だった。

 この試合ではかなり主力を長い時間引っ張った。前回の3連戦の反省は270分のマネジメントだ。今回、優位を取れたのが脇坂や橘田の動き出しであることを踏まえると、コンディションの寄与するところが大きいことも再確認ができている。ボールを落ち着かせるための大島というカードも負傷で失っている鬼木監督がどんな中期プランを持っているのかが、次の試合の大きなポイントになるだろう。

試合結果
2022.9.10
J1 第29節
川崎フロンターレ 4-0 サンフレッチェ広島
等々力陸上競技場
【得点者】
川崎:34’ 78‘ 家長昭博,59’ 脇坂泰斗, 68′(PK) 知念慶
主審:上田益也

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