若干雲行きが怪しくなってきたサッリのチェルシー。悩ましいのは主力の蓄積疲労に加えて、ジョルジーニョの代役が実質不在のアンカーと未だにレギュラーが定まらないCF。セスクを放出してしまい代役探しも難しい前者とは違い、後者はサッリの愛弟子であるイグアインが特効薬になる可能性を秘めている。ナポリ時代はゴールを量産した恩師とシステムに慣れるのは他の新戦力を引っ張ってくるよりはアドバンテージになるはず。異なるのはプレミアリーグという初めての環境。選手批判に始まり、やや低下しているサッリの求心力の回復は急務で、イグアインには通常の冬のプレミア初加入選手以上のものが求められることになりそうだ。
暫定首位に立つマンチェスターシティ。消化試合が1つ多いとはいえ、久しぶりにリーグテーブルのてっぺんに立つのは気持ちがいいはず。「リバプールで決まり!」とされる向きもあったプレミアのタイトル争いはスパーズも含めた三つ巴になりそうな様相だ。一時は怪我人が目立ったスカッドも、徐々にメンバーが戻ってきて万全に。勘案だった左サイドバックはラポルトで一定の目処が立った様子。メンディやジンチェンコとは異なるタイプで使い分けも可能だろう。成績で言えば決して相性がいいわけではないチェルシー相手に勝利を収め、タイトルレースの主導権をしっかり握りたいところだ。
スタメンはこちら。
【前半】
狙いはインサイドハーフの裏側
互いに4-3-3の立ち上がり。共にプレスには積極的にトライ。チェルシーはアーセナル戦で見せたようにボールサイドのインサイドハーフが前線に突撃する形で4-4-2でハイプレス。シティはデブライネが主に前線に出てくる4-4-2。シティのプレスで特徴的なのは、アグエロとIHが協力してサイドチェンジを許容させないようなポジショニングを取っていたこと。仮にサイドチェンジさせる場合は最終ラインを経由し、スライドを間に合わせるように意識していたように見えた。最終ラインには無理には食いつきすぎず、特に一番フィードがうまいであろうダビド・ルイスにボールが入った際、デブライネが捕まえられないと判断した時は引き気味にスペースを埋める動きをするなど、押しと引きをうまく使い分けていた。
チェルシーのプレスはシティより前にベクトルが強かった。インサイドハーフの突撃志向は強く、かなり深い位置まで追っていた。それが若干シティの罠っぽく見えたのは、突撃したチェルシーのインサイドハーフが空けたスペースをシティのインサイドハーフに使われるシーンが多かったから。
ぼやっとラポルト周辺で数的優位になっているのがニクい。シティは前回のアーセナル戦の4-4-2は相手のSHの立ち位置を狂わせるところからスタートしていたが、今回のチェルシー戦はインサイドハーフが前に出てくるため、それに伴って空いたスペースを積極的に使う意識は強かった。
ラポルト発の配球パターンはいくつか前回のレビューで紹介してるので、そちらを見ていただけると。
そんな中で生まれてしまうのが先制点である。
先制点の起点になったFKのシーン。明らかにやっちまっている。マルコス・アロンソは内側に絞る必要はない。内側にマークすべき選手はいないし、大外のアザールへの受け渡しはうまくいっていない。デブライネはグラウンダーの速いパスで間を通したが、浮き球でもチャンスにはなっていたはずだ。最後は逆の大外で余っているスターリングをチェルシーがケアできず失点になった。
というわけでプレスを強める必要があるチェルシー。シティのインサイドハーフが裏を取るならジョルジーニョと突撃していないインサイドハーフが並ぶ形になればいい!
そうなると今度はトップのアグエロがMF-DFの間のスペースを使いだすという地獄。チェルシーからしてみればたまったものではない。「お前らは地獄の何重構造だよ!」といってやりたくなるだろう。この形から生まれてしまったのが2点目である。縦パス1つでカンテを無力化し、ジョルジーニョ1枚の防波堤をアグエロが中央から破壊。アグエロのミドルはスーパーだったけど、フェルナンジーニョからのボールの引き出し方ひとつで、一番厄介なカンテをあっさりクリアしてたところもすごい。
【前半】ー(2)
近そうで遠いチェルシーの得点
このあと、バークリーのチョンボで試合は実質終焉を迎えてしまう。しかし、チェルシーにも得点のチャンスはあったと思う。結果的に無得点に終わったけども。
3つほど見てほしいシーンがある。
シーン①
ボールを保持しているチェルシー。ジョルジーニョの前方にはギュンドアン、デブライネ、フェルナンジーニョのトライアングルでパスコースはほぼない。ついでに言えば、主審の位置もパスコースの妨げになっている。
それでもジョルジーニョはイグアインに向けてパスを通した。イグアインは前を向いてプレーすることが可能になるパス。局面を前に進められるパスだ。
シーン②
ペドロがサイドから内側に切り込んでドリブルをする。
ジョルジーニョへリターン。
一発で裏へ抜けるパスを出す。
シーン③
左下のアロンソからバークリーがパスを受けた瞬間のシーン。この時点ではアザールにフリーで縦パスが入れられそうである。
その直後のシーン。もうアザールへの縦パスは無理そうである。左上のタイマーを見れば、1秒もたっていないことがわかる。
ジョルジーニョはサッリのチームのキーマンだ。シーン①もシーン②も、彼の認知力はシティが空けたわずかな穴すら生かせるポテンシャルである。しかしながら、シーン①も②もいずれもチェルシーはシュートに至っていない。
シーン①はイグアインが独力でこじ開けようとした結果、シュートブロックにあう。同じく前を向けたアザールをうまく使えれば違ったかもしれない。
シーン②はパスが合わず。ジョルジーニョのパス精度か、もしくはイグアインの動き出しのタイミングが合えば決定的なチャンスになっていたはずだ。
ただし、忘れてはいけない前提がある。このシーンでシティが空けた穴はわずかであるということ。シーン②はダイレクトでパスを出さなければ、ギュンドアンに寄せられてパスを出すことが難しくなったはず。シーン①はそもそも限りなくコースが狭いシーンだ。こういう状況を生かせる選手はそう多くはない。シーン③のバークリーを見ればわかるだろう。①も②もいずれもジョルジーニョだからこそできたトライだといえる。これらの穴は失点シーンでチェルシーが空けた穴に比べればはるかに小さい。ジョルジーニョが中盤1枚で残る2失点目のような形もそうだし、1失点目のシーンなどもってのほかである。
加えてシティはチェルシーと比べて属人性が低い。個々の技術でいえば、ジョルジーニョは設計図を持っているプレイヤーだし、アザールのドリブルやルイスのフィードは相手の穴をこじ開ける武器になりうる。しかし、シティは高いボールスキルに加えて、全員が1枚の設計図を共有しているのだ。その分、相手の大きい穴を見つけることができるし、相手のどこに穴をあけさせるかも共通認識として持っているのだ。アーセナル戦ならSHを機能不全に追い込んで試合から締め出すことだったし、この試合ならチェルシーのMFラインの裏、もしくは4-5-1の撤退守備時ならアンカー脇だろう。シーン①ではそのような相手の穴を共有する動きは見られなかった。無理もないことだ。サッリの哲学はまだ浸透してないし、イグアインはつい先日やってきたプレイヤーだ。完璧に設計図を共有できている方が驚きである。
そんなチェルシーを尻目にシティは得点を重ねる。4点目もアンカー脇の侵入から。アグエロがアンカー脇からスターリングにパスを出して、全体のラインを下げる。空いたバイタルから最後はギュンドアンが押し込む。フィニッシュまでの過程では相手に当たったりなど、ボールがすべてシティの思い通りに動いているわけではないものの、相手の配置は思い通り動かしているため、こぼれ球を拾えればすかさずチャンスを得られる仕組みになっている。
序盤は悪くなかったものの、穴を見つけられてきっちり使われてしまったチェルシー。4-0になったのち、シティはややペースを下げる。シティの撤退守備は割と怪しかったし、撤退後はジョルジーニョやルイスといった良質なパスを出せる選手を特に意識的に抑える感じもなかったので、危ういところにボールを入れることはできてはいた。しかしながら得点には結び付かず、4点という重たいビハインドを背負って、ハーフタイムを迎えることになった。
【後半】
シティががっちりペースを握る
4点目を取って以降の前半と同じく、プレスの位置は若干下がったシティ。ルイスへの警戒はやや強めたらしく、アグエロを常時配備することで対応。前半に比べると、ボールの奪い合いの応酬はかなり減って、両チームともまったりとしたポゼッションをするように。
そんな中で違いを見せたのはスターリング。確かに日々成長を感じるプレイヤーの一人ではあるものの、静止の状態からアスピリクエタをぶち抜いてしまうとは思わなかった。アグエロ、ラポルト、デブライネ、フェルナンジーニョ、ベルナルド等規格外の選手たちが数多くいるが、スターリングもその一人であることに違いない。スアレスの薫陶を受けてメキメキ頭角を現したリバプール時代に続いて、当代随一の指揮官に師事することで、よりスキルを高めているのだろう。利他的な役割をこなせる稀有な現代型ドリブラーの理想形になりつつある。
大量リードしているチームに後半初めの得点が入ったことで、試合はさらにシティペースに。自陣の深い位置までピッチを縦に広く使うビルドアップを意識的に実施することで、チェルシーのプレス時の陣形を縦に間延びさせていた。後方には足元の技術、前方にはパスコースを作る動きにそれぞれ自信があるからこそ、あえて相手を引き込む戦い方ができるのだろう。ちなみに大量リードしている中での、フェルナンジーニョ→シルバへの交代は講師によってはマナー違反になる場合がありますので、今後はご留意いただけますよう。そのシルバを起点に、シティに6点目が入り試合は6-0で終了する。
チェルシーに関して少し述べれば、この試合を通じてブロック攻略に関しては可能性を感じられたといっていいと思う。相手を押し込んだ局面では比較的有効なパスを出すことできていた。問題はマンチェスター・シティ相手におしこめる機会がそもそも少なかったこと。特に先制されてから4点目が入るまでは、文字通り息をつく間もないまま立て続けに失点を重ねてしまった。3点目を除けば、シティがチェルシーの穴をいずれも見逃さなかった形だった。チェルシーには点を取れる可能性はあった。しかしながら、穴の大きさや穴をあける頻度をシティと比較すると、この試合で勝利を収める確率はかなり低かったと言わざるを得ない。
まとめ
内容でもスコアでも完勝といっていいシティ。アーセナル、エバートン、チェルシーとトップハーフのチーム相手に1週間で3連勝は見事である。内容を見てもここ数試合の好調を維持。各個人の特性をうまく掛け合わせたチーム作りには脱帽である。ベルナルド・シルバは見るたびに貢献度の高さを示しているし、プレーはハードだが常に冷静を保っている振る舞いにも好感が持てる。個人的にもお気に入りの選手である。
優勝争いは終盤までもつれる様相であり、念願のCLもプライオリティを落とすことはできない。コンディショニングは厳しいが、年末年始の低調さを見ると、ここからもう一段ギアを挙げられる可能性もある。グアルディオラのシティはすでにプレミア史上でも有数のチームだが、CLとリーグの2冠を達成することでこのチームの輝きをさらに増すことができるだろうか。
心身ともにダメージが大きい敗戦を喫してしまったチェルシー。サッリへの批判は免れないだろう。正面でぶつかったチェルシーだったが、ジョルジーニョの認知力や技術はチームに誰しも備えられているものではないのは試合前から明らかだし、カンテでカバーできないスペースを量でカバーできるMFがこの世にいるかは怪しい。インサイドハーフが前線のプレスに飛び出した時のスペース管理はアーセナル戦からの課題は解決していない印象をうけた。まずはどこにボールを追い込み、奪うのか。チームとしてのプレスのベクトルの向きは明らかにシティの方が上に見えた。
加えてサッリの振る舞いもチェルシーのネガティブな空気に拍車をかけている。握手拒否や選手批判はさすがに心象が悪い。巷では案の定、サッリの解任報道が出始めている。代役候補の1人であるシメオネ就任が実現すれば、ライバルチームからしたら厄介な人事だろう。しかしながら、今のチェルシーはサッリに合わせた人員を徐々に補強している段階。ジョルジーニョにしてもイグアインにしてもそう。今の移籍市場は選手1人の単価が高く、1回のオフで監督の希望の選手をそろえられるとは思えない。仮にシメオネを招聘したところで、今のチェルシーがシメオネ色になるには数年の時間がかかるはず。リーグ内にはより完成度の高いチームがいる現状で、シメオネでも短期的に結果が出ないリスクもある。今のサッリに我慢できないチームが、その時にシメオネで我慢できるだろうか。サッリの規律に我慢できない選手が、重い守備のタスクを課すシメオネを受け入れられるだろうか。少なくとも、サッリに関しては今季終了までは様子を見るべきだとおまう。厄介なのは、今季のリーグカップ決勝でまだシティ戦を残していること。同じようなアプローチで同じような結果を生めば、さらに強くなる向かい風にフロントが耐えるのは難しいかもしれない。
今季のプレミアの順位表はとても残酷だと思う。長期的な視点に立っての強化が進められたかどうかが如実に表れているからだ。アーセナルやユナイテッドはリバプールやシティに比べると長期的な視野でのチーム強化で大きな差をつけられている。さらに残酷なのは、長期的なクラブの強化においてお金よりも重要なことがあるということをトッテナムが証明していることだ。サッリを迎えたチェルシーは今まさに分岐点に立っている。アーセナルファンの1人としては一刻も早くサッリを解任してほしいのが本音だ。プレミアに長期的な視点で腰を据えた強化ができるチームがこれ以上増えるのはたまったものではない。
試合結果
プレミアリーグ 第26節
マンチェスター・シティ 6-0 チェルシー
エティハド・スタジアム
【得点者】
Man City: 4′ 80′ スターリング, 13′ 19′ 56′(PK) アグエロ, 25′ ギュンドアン
主審: マイク・ディーン