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レビュー
■サカのマッチアップと主導権の関係性
2022-23シーズンのプレミアリーグのオープニングマッチを飾るのは、セルハースト・パークでのクリスタル・パレス×アーセナル。フライデーナイトのロンドンダービーが今年のプレミアリーグ開幕の号砲を告げる一戦となる。
プレビューでも触れたが、この一戦はアーセナルにとって因縁のある試合。昨シーズン、3-0で完敗を喫して3連敗のきっかけになった苦い思い出である。
しかしながら、この日序盤からペースを握ったのはアウェイのアーセナルの方だった。パレスは1トップのエドゥアールにエゼが助ける形で前からいくプレスに出る。アーセナルは高い位置からハメにきたパレスを外しながら前進する。
昨シーズンの上積みとして捉えたいのは左サイドの仕組みである。この日、ビルドアップにおいてトーマスの脇に人を置くのは左サイドの役目になることが多かった。CHに入ったジャカとSBに入ったジンチェンコがこの役割をこなすのは正直想像の範疇なのだが、WGのマルティネッリまでこの役割を普通にやっていたのは驚いた。
つまり、左サイドはトーマスの脇、大外、インサイドの高いレーン(トーマスの脇の選手の前方に当たる選手)の3つのポジションを軸に選手がローテーションしながらボールを動かしているということである。
たとえば、これがマルティネッリが大外で固定されていて、ジャカとジンチェンコが2人でインサイドの高低のコントラストをつけるだけだったら相手としても対応がしやすい。だけども、この試合の内外レーンの使い分けはバリエーションが豊富。インサイドの低い位置にマルティネッリが降りていく動きもそうだし、外から早い段階でカットインするマルティネッリに合わせて、ジャカが開く動きを合わせて行うようなこともできていた。
従来であれば、大外にマルティネッリを置く形で固定することが多かったアーセナル。だが、ジンチェンコが入ったことでビルドアップ時のポジションニングにだいぶ自由度が出てきた。前半のパレスはこのアーセナルの入れ替わりについていくのに苦戦。カットインするマルティネッリや中央の高い位置に立つジャカを捕まえることができず、逆サイドへの展開を許すことで押し下げられてしまう。
アーセナルは大外左右に起点を作りながら前進。全体の陣形を押し上げて厚みのある攻撃を展開する。深い位置をとったジェズスはパレスの守備陣相手に体を当てながらボールをコントロールし、狭いスペースでの上質なスキルがあることを証明していた。
ウーデゴールからのトーマスのレイオフなど、去年のアーセナルで既にお馴染みだった形で大きな展開を生かすパターンも。アーセナルは内と外を使い分けながら順調に前進を続ける。
左サイドからはジャカが比較的高い位置をとり、時にはエリア付近まで入り込めていたことからもアーセナルがパレス陣内に押し込みながら攻撃できていたことが窺えるだろう。押し込む状態を作れるということは仮にボールを奪われたとしても即時奪回までのアプローチがスムーズに行けることを表している。
苦し紛れにクリアするパレスの長いボールはラインを上げたDF陣が回収。実績十分のガブリエウはもちろん、これがアーセナルでのデビュー戦となったサリバも非常に落ち着いた対応で高い位置からのボール回収を行っていた。
右の大外のサカにとってはこの試合はリベンジ。マッチアップするミッチェルは例のセルハースト・パークの大敗でボコボコにされた相手である。結果としては五分五分という感じだろう。サカもあの日のようにやられっぱなしだったわけではなかったが、ミッチェルは流石のパフォーマンスだった。
重要なのは、サカが明確に対面の選手に優位を取れなかったにもかかわらず、アーセナルが順調に前進ができたことである。昨季までのアーセナルであれば、両翼のマッチアップの優劣、特にサカのサイドの優位はアーセナルの前進のキモだった。だけども、この日のアーセナルはいい意味でここのマッチアップに左右されなかった。
したがって、この日のアーセナルの前進は昨シーズンほどサカに依存していないということである。個人的にはこれはいい傾向と捉える。サカど同レベルの代役が不在という現状において、プレー中の彼の負荷をいかに軽減するかは今季のアーセナルの課題になるからである。
押し込んでいる中で先制点を奪うことができたのもいい傾向だ。セットプレーから先制点を奪ったアーセナル。ジンチェンコの動きを見ると、このCKは準備されたものと言っていいだろう。フリーでの折り返しを逆サイドのマルティネッリが決めてプレミアリーグ今季第1号ゴールを手にする。
■自在なサイド勝負を可能にするアンデルセン
順調な立ち上がりだったアーセナルだったが、時間の経過とともにアーセナルが敵陣に攻め込める状況は減っていくことになる。その理由はアーセナルの攻撃に対して、パレスが対抗手段を講じることができたことが大きい。
まず、この日の最大の特徴だったアーセナルの左サイドの旋回に対して、パレスが徐々に対応できるようになったことが大きい。パレスの右サイドのアイェウは個人的にはリーグでも屈指の守備的WG。根気よく守ることができる。
同サイドのドゥクレと連携しながらアーセナルのポジションの入れ替わりに適応。むやみについていくのではなく、受け渡しを行いながら旋回するアーセナルの選手をフリーにしない。
その上でCBのアンデルセンがジェズスにタイトにマークいくように。アーセナルは高い位置での起点をなかなか作れない。その上でパレスは2トップがプレスがサボらない状況が続く。アーセナルは保持で安定した形を作れない。
段々と保持の機会が増えてきたクリスタル・パレス。アーセナルは高い位置からプレスに出ていくが、ボール奪取の機会は限定的。厄介なのはアンデルセン。左右に豪快に蹴り分けるロングボールでプレスを無効化できてしまう。
このアンデルセンのスキルは大外で勝負できるザハと相性がいい。アーセナルはインサイドのスペースを潰すことはできていたが、大外のザハを抑えるのにはなかなか難儀。
アーセナルが押し込むことができた序盤は同サイドのSHであるサカがプレスバックし、ダブルチームで対応することでうまくつぶせていた。だが、パレスがバックラインから繋げる機会が増えることで徐々に1on1の機会が増えていく。ザハの対面のホワイトも奮闘していたが、流石に苦戦は免れない。
しかしながら、パレスも逆サイドにおいてザハのように明確なポイントを作れる選手は不在。同数で受けるアーセナルに対して決め手になるアタッカーがおらず、サイドを崩し切ることができない。頼みのザハからの攻撃もサリバとガブリエウ、ラムズデールを中心とした守備陣が凌ぎ切る。
パレスが作ったチャンスらしいチャンスはハイプレスを引っ掛けた流れで迎えたものくらい。ボールを握り返すが、チャンスを作り切るところまでは辿り着かない。
■修正策がもたらす思わぬ結果
後半もペースは変わらず、攻め込むのはビハインドのクリスタル・パレス。アーセナルはボールの失い方が悪い。前半の項で述べたように、もちろんパレス側が質が高いというのもあるのだけど、後半は特にアーセナルのミスによるロストが目立つ。
横パスがずれたり、前線が体を張っても潰されてしまう。パレスのビルドアップがアーセナルが翻弄したというよりも、アーセナルのボールの失い方が前半と比べて悪いことで、即時奪回ができずに簡単にボールを運ばれてしまう機会が増えたというニュアンスが強い。
パレスのプレスは後半も積極的ではあったが、アーセナルは後方からのボール回しで相手を外すことはできていた。しかしながら、最終的にラムズデールが蹴っ飛ばすことでボールを失う場面が目立つ。前線もボールを引き出すためのオフザボールの動きは減ってしまっていた。
前半のようにアーセナルのペースに引き戻すためには、やはりボール保持の時間を増やす必要がある。繋げる局面で蹴ってしまうというのは流れを引き戻す機会をみすみす逃してしまっていると言ってもいいだろう。
こうなってしまうと、前線に体を張ってくれる選手がいない限りは優位は取れない。パレスは途中交代でマテタを前線に投入することで保持の局面でも肉弾戦を挑んでくるように。
この展開を前にアーセナルは後手に回る。前半は保持で持ち味を見せた左サイドもジンチェンコとマルティネッリでは非保持では分が悪い。
この流れを受けて、アーセナルがエンケティアで体を中央で張る選手を入れ替え、ティアニーで左サイドの手当をしたというのは妥当な交代策と言えるだろう。そして、その修正は思わぬ形で結果を出す。
交代直後、保持で押し込む機会を得たアーセナル。前線に残るティアニーに向けたロングボールをキープし、ジャカとエンケティアで逆サイドまで展開すると、右サイドのサカが久しぶりに仕掛けるチャンスをゲット。右サイドから深い位置まで侵入したサカが早いボールをインサイドに入れると、これがオウンゴールを誘発。ワンチャンスで決定的な2点目を手にすることに成功する。
試合はこれで決着。危うい時間帯を過ごしたアーセナルだったが、バックラインの奮闘で耐え凌ぐと、終盤にダメ押しゴールを決めて完勝。昨年は苦渋を飲んだセルハーストパークで、昨年は手にできなかった開幕戦の勝利を手にすることに成功した。
あとがき
■手堅い守備と保持における伸びしろ
パレスは非常に手堅いチームだった。守備における対応力はさすが。特にミッチェル、アンデルセン、アイェウあたりが抜群。新加入のドゥクレも潰し屋としての持ち味を十分に発揮した。アーセナルの左サイドの旋回が早い時間に捕まったのは、アーセナル側のスキルの問題なのか、パレスの対応力が高いのかはきっとそのうちわかるだろう。いずれにしてもこの試合で流れを引き戻したのは彼らの守備だ。
保持においては左右に自在にボールを届けられるアンデルセンがいることが大きい。本文でも述べたように大外で勝負できるポイントを作れるアタッカーとの相性が抜群。ザハに加えて、エビオウェイやオリーズがその役割で定着できるとよりいいし、外に起点を作ることでスペースができた中央をエゼで破壊できるとより良さそう。こうした点は今季のチームづくりの上積みになるだろう。
■課題を潰すための時間が得られる予感
アーセナルはやはり主導権を握られた時間があまりにも長いのが課題。せっかくバックラインでプレスを回避したのに、蹴ってしまう場面が多いのが気掛かりである。この辺りはもう少し哲学を貫く心意気があってもいいように思う。ライン間を降りながらボールを引き取り、ドリブルで前に運ぶ役割の選手がいればもう少し楽になったはず。ウーデゴールがこの役割ができればいいのだが、この日は精彩を欠いていた。
それでも難所での開幕戦勝利なのだから上出来だろう。上記のような課題の解消には少し時間がいるかもしれないが、強固なバックラインはそのための時間を稼いでくれるかもしれない。デビュー戦となったサリバは飛躍のシーズンの予感を感じさせたし、ティアニーもジンチェンコとは異なる持ち味をみせた。チームとして見せた幅の広さは悪くはない。
前半の左サイドの旋回もそうだが、新しいものにチャレンジできているのはいいこと。開幕戦の結果は昨年よりもはるかに前向き。ファンの大きな期待に応える好スタートを得ることに成功したアーセナルだった。
試合結果
2022.8.5
プレミアリーグ 第1節
クリスタル・パレス 0-2 アーセナル
セルハースト・パーク
【得点者】
ARS:20 マルティネッリ, 85′ グエーイ(OG)
主審:アンソニー・テイラー