プレビュー記事
レビュー
サカが苦戦した理由は?
近年のビッグロンドンダービーは「ロンドンでもっとも強い2チームが覇権を争う」というその名とは異なり、状況に差がある状態での対決になることが多い。一昔前はアーセナルがCL出場権どころか欧州にすら顔を出せないシーズンがあったが、今季はチェルシーが欧州から姿を消している。どちらかが沈んでいるときはどちらかが充実期にあるのも特徴で、同時に低迷期を迎えることはない格差のある状態での対戦になる。
今回で言えば「充実側」に分類できるアーセナルだが、この試合においては苦しい立ち上がりとなった。逆にチェルシーは高い強度と素晴らしい準備で臨むことができたといえるだろう。
序盤でもっとも目に付いたのはアーセナルの保持のバタバタ感である。高い位置から捕まえに行くトライを仕掛けていくチェルシーに対して、アーセナルは平定に苦労。5分もすれば落ち着いてボールを持てるようにはなったが、そこに至るまでの過程において、あっさりと失点してもおかしくないような出来だったのは留意しておきたいところである。
保持においては4-3-3のようにも見えたチェルシーだったが、非保持においては4-4-2をベースにパルマーとギャラガーが前に出るシフト。この2人とCH役のエンソとカイセドでアーセナルの中盤に入るジンチェンコ、ジョルジーニョを受け渡しながらフリーの形を許さない。
アーセナルは3-2型のベースにジンチェンコが外に回り、ライスが降りてくる4-2型を併用する形が多かった。ライスのビルドアップへの関与はシティ戦に比べれば控えめ。これはシティに比べると、チェルシーのプレスの方が自陣の深い位置まで追ってこないため、ビルドアップの枚数を減らしてもいいという判断だろう。
もう1つ、シティ戦では左WGに入ったトロサールがインサイドでプレーすることが多かったが、この試合で左WGに入ったマルティネッリが外側のレーンで無理が効く。前線の選手の使いたいレーンの違いもライスのプレーエリアに影響を与えたかもしれない。
アーセナルはここからジョルジーニョのサリー、もしくはラヤのビルドアップの参加で4バック的にふるまう変形もしばしば。これもすでに今季おなじみの形である。こうして、CBに2トップの外側からの起点をつくってもらいたい状況をアーセナルは作り出す。
プレスの駆け引きのところでうまさが見えたのはスターリングだ。右のWGの彼のところは対面が開くガブリエウになることが多かった。スターリングがうまかったのはガブリエウを離して守っていたこと。後方のパスコースのプロテクトを優先し、ガブリエウにボールが出たら寄せていく。ガブリエウに対して早い段階から近い位置で守ると、後方のパスコース、特にファジーなところで受けるのが得意なジンチェンコにスペースを与えない。4-4-2の陣形はコンパクトでCHは中央の守備に集中できる。
こうした守り方が通用したのはこの日のスタンフォード・ブリッジの芝が雨の影響でパスが走らなかったことと大いに関係している。グラウンドのせいにしていいところといけないところはあるだろうけども、スターリングの行ったプレスの駆け引きにおいてピッチの状況がチェルシーの優位に働いたのは間違いないだろう。
というわけでプレスへの対応が落ち着いても、相手のプレスを誘引しながら陣形を切り崩すというフェーズがうまくいかなかったアーセナル。それでも前線にはサカとマルティネッリがいる。ここを軸に4-4-2をずらしていくという崩しも当然視野には入ってくる。
チェルシーはマルティネッリにはグストとスターリングが2枚監視する形で対応。その一方でサカにはククレジャが1枚で見ることが多かった。
それであれば右サイドから!といきたいところであるアーセナル。だが、サカに対応したククレジャが出色のパフォーマンスを発揮する。ククレジャの守備の出来は対面のWGにボールが入る時点でどれだけ圧力をかけられているかに依存することが多い。要は正対を許さずにぴったりと寄せられるかどうかが大事ということである。
サカは以前ブライトン戦でもククレジャに抑えられていたが、ブライトンの守備は後方がマンツーで対応することは基本になっているため、こうした強気な迎撃を歓迎する仕組みになっていたのだろう。チェルシーにおいては必ずしもそうした迎撃がプランとマッチするわけではない。この日のように前線とのプレスと連動できれば、この試合に限らずククレジャの良さは今後も出すことができるだろう。
この試合でククレジャの助けになったのはアーセナルのバックラインが相手を動かせず、チェルシーの陣形がゆがまなかったこと。よって、サカに渡るボールは苦し紛れになり、ククレジャはパスが出るタイミングを早い段階でつかむことができている。さらにククレジャのプレスのかけ方は強く、サカが得意な横ドリブルの角度まで抑え込むような形になることが多い。
サカのアイソレーションが機能しなかったのは、チェルシーの前方のプレスの陣形を乱せないままWG頼みのパスワークになってしまったこと、そしてククレジャの守り方がサカの選択肢を制限していたこと、こうしたことが負傷明けのサカのコンディションと相まった結果といえるだろう。アーセナルはホワイトを大外に移動させたり、サカが裏を狙うアクションを見せたりなど、こちらのサイドの崩しは時間の経過と共に工夫を見せていたが、なかなか実ることはなかった。
ムドリクを利用した前進のメカニズム
さらにアーセナルの展開を苦しくしたのは非保持におけるトランジッション時の中盤の守備の強度がいつもほど高くなかったことだ。いつもであればライスを軸として中盤に芯が通ったような守り方になるのだが、先に述べたようにこの日のライスは比較的ビルドアップのタスクは軽く、サイドに流れる機会が多かった。
そのうえで低い位置でのミスが出る状況はチェルシーにとってはうってつけ。ライス不在の中盤からスムーズにボールを運べること状況は整っている。
チェルシーは左の大外のムドリクが前進のキーマン。彼はサイドライン付近で相手を背負ってボールを受けながらインサイド側に旋回しながらパスやドリブルをする形がシャフタール時代から得意。チェルシーはこのムドリクへのパスからインサイドレーンにランする選手(エンソかギャラガーが多かった)を作り、ドリブルで加速する状況を作り上げる。
ムドリクのこの動きを封じるには単純に2人で挟んでしまうかインサイド側をかぶせるように立つのがいいのだが、アーセナルはそうした対応ができず。加速したドリブラーに対してもジョルジーニョが後手に回る場面が多く、アーセナルはチェルシーの中盤がスピードに乗ることを許すこととなった。
であれば、アーセナルは高い位置からプレスをかけたいところだが、左に流れるエンソがサカのプレスの的絞りを阻害することで暗躍。タッチライン際のムドリクを使った加速と同じく、チェルシーは左サイドから前進をする。
さらには中央には切れ目に顔を出すのがうまいパルマー、右にはアイソレーションでジンチェンコを上回れそうなスターリングがいる。チェルシーはムドリク以降の選択肢も充分に用意ができている状態だ。
守備で後手に回ったジョルジーニョの弁護をあえてするのであれば、前方のプレスの制限がかからない影響から、パスコースの狙いを絞り切れなかったことはあげられるだろう。パルマーの決定機につながったギャラガーの侵入にリアクションが遅れたのも、手前に立っているエンソの影響が否定できない。アスリート能力に長けていないジョルジーニョにとってはこうした外的要因の影響は相対的に大きいものになる。
ライスの不在の中盤がこれだけ受けに回ると弱い(トーマスを使わなかった理由は?という話にもなるのだが)中で、彼がサイドの崩しで高いパフォーマンスを発揮したかといわれると難しいところ。左IHの立ち回りの基本であるハーフスペースの突撃は左足での折り返しはしんどそうだった。あらゆることをやらせることがライスの存在を大きくする意義だと思うのだが、この試合は適正とやや離れたタスクで矮小化してしまったのは痛恨だった。
ちなみにジョルジーニョとジンチェンコのラインは縦関係に変形することで20分にこの試合の前半で最も優れたチャンスメイクに成功している。バランスがとれているかどうかはともかくとして、この2人でしか作れない形は一応見せたということでもある。
さて、ミドルゾーンまで運ばれてしまったアーセナルはバックラインも後手に。ボックス内の動きはレーンを横断する形も多く、アーセナルの守備はマークを掴むのに苦労していた。
ハンドを取られたサリバの動きは「人間の動き的に腕が広がるのは仕方ないが、あの位置に腕があればPKはとられてしまうよね」という類のもの。よって仕方ない部分ではある。だが、そもそも先にムドリクに触られていなければ、そうした現象は起きることはなかった。それを踏まえればチェルシーの先制点はアーセナルが後手に回った結果と分類することはできるだろう。
冨安投入の意図は?
ビハインドで後半を迎えたアーセナル。ジンチェンコ→冨安と左のSBを入れ替えて逆転を目指していくことになる。
アーセナルの変化点は右サイドのヘルプにジョルジーニョが出ていく機会が多くなったことだ。ジョルジーニョは前半の途中から右サイドに出ていくことは少なくはなかったが、より高い位置でのサポートが増えたのが変わった部分である。
狙いとしては右サイドの後方のサポートを増やすことでククレジャにつかまっているサカ以外の攻め手を作ることだろう。特に裏に流れるようなスルーパスが得意なジョルジーニョがこちらのサイドに顔を出すことにより、やり直しからの裏抜けというパターンができることとなる。
冨安の登場はこうした構造を採用するにあたり、発生する歪みを解消するためだろう。ジョルジーニョがサイドに出張っているのであれば、中央を守るのは1人。トランジッション時における中央のプロテクトと定点攻撃におけるスターリングの相手の両方をイエローカード持ちのジンチェンコに託すのは怖い。冨安であれば問題ないということだろう。アルテタは多少リスキーでも保持での解決策があるかどうかからものを考えることが多いので、ビハインドで登場した冨安は個人的には信頼を増しているのかなと思った。
しかしながらテコ入れした右サイドのロストからアーセナルは失点。カウンターからこのサイドを駆け上がったムドリクは角度のないところからラヤの頭の上を抜く技ありシュートを披露。リアルタイムで見ているときには個人的にはそこまでポジションに違和感はなかったのだが、「狙っていた」と相手が言っていて、実際にそこを破られているのだから問題はあるのだろう。ボックス内とのクロス対応とのバランスは見直す必要があるのかもしれない。
サイドから失点をしたからといってアーセナルの後半の修正が無意味だったかというとそれは別の問題だ。ククレジャからサカを解放するのに、右サイドのオフザボールの増加は有効であり、明らかに前半ほど狙いを絞った守備をククレジャには許さなかった。
ただし、チェルシーもラヤの不安定なパスワークを見てプレスの圧力を強めることで反撃に。50分から60分にかけては決着をつけるための3点目を奪うためのアクションが増えた時間帯である。
この時間帯以降のチェルシーはやや攻撃がトーンダウン。理由の1つ目は前プレをやめるようになったため、いい形でボールを奪える機会が減ったこと。2つ目はCFがパルマーからジャクソンに代わったことによって発生する特性の変化をいまいち掴んでいなかったことである。具体的にはもっと前線に速い段階で入れて広いスペースでの馬力勝負を挑んでもよかったと思う。投入直後はそうしたパスもあったが徐々に減ってしまい、それと共にジャクソンの持ち味も消えてしまった。
そのうえ、ショートパスからアーセナルにゴールを許してしまうのだからもったいない。サンチェスのエンソへのパスがずれると、これをライスがダイレクトに無人のゴールに蹴りこんで1点差に。そこまで流れを持って来れない中であっさりと1点差に迫るゴールを掴む。
しかしながら、交代でトップに入ったエンケティアやスミス・ロウは前プレスからスイッチを入れることができず、ライスのゴールからアーセナルが流れに乗れたとは言い難い。スミス・ロウは左のIH起用だったが、左サイドに流れながらの崩しの関与はせず、ビルドアップにも顔を出さず。もともと万能性が高い選手とは言えないが、カバーできるポジションの少なさゆえにプレスやパスワークで勝負に出たいところではある。
ハヴァーツの投入で短い距離からのパスワークが整理されるようになったアーセナル。少しずつ密集に閉じ込めていきたいチェルシーのプレスを反転させることができるようになっていく。
流れが好転せずに苦戦するアーセナルだが、最終的にはチャンスを生かして同点に。サカの右サイドのクロスをファーで仕留めたのはトロサール。ようやく飛び出した右サイドから質の高いクロスをトロサールが押し込んで試合をふり出しに戻す。
チェルシーは大外のケアがしやすい5バックにシフトしていれば防げそうな形だった。直前の交代で入ったジェームズはSHではなくWBの方がよかったかもしれない。
同点までもっていってなおなかなかスイッチが入らないアーセナル。チェルシーも含めて最後までゴールを奪うことができず。試合は2点差を失ったチェルシーが勝ち点2を落とす結末で幕を閉じた。
あとがき
うまくいくいかないは置いておくとして、何もアクションがないと評価のしようがない。そういう意味でエンケティアやスミス・ロウの出来は頭が痛かった。チームとして出来が悪い日はあるので、そうした中で何をピッチに置いておけるかどうかはとても大事。ククレジャに苦戦したサカが少ないチャンスからアシストを記録したことはとても意味があることのように思う。
試合結果
2023.10.21
プレミアリーグ 第9節
チェルシー 2-2 アーセナル
スタンフォード・ブリッジ
【得点者】
CHE:15′(PK) パルマー, 48′ ムドリク
ARS:77′ ライス, 84′ トロサール
主審:クリス・カバナフ