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レビュー
■許された左サイドでの呼吸
消化試合の差は2つあれど、現在の両チームの勝ち点差は11。首位の横浜FMを追いかける筆頭として名乗りを挙げるには川崎にはラストチャンスといっていい試合である。
ただし、両チームの間には厳然たるコンディションの差がある。小林、佐々木の復帰により公式戦では3試合ぶりに16人のFPが揃った川崎。ミッドウィークに行われたルヴァンカップでもターンオーバーは最小限にとどまり、この試合に向けた戦力運用は満足にできていない。
対する横浜FMは広島戦で大幅なターンオーバーを実施。多くのメンバーにとっては休養十分でこの試合に臨むことになる。このコンディションの差がどこまで出てくるかがこの試合の1つのポイントである。
立ち上がりの両チームは慎重な入りだった。川崎はマルシーニョに向けての裏へのパスでまずはジャブを放っていたし、横浜FMもアンデルソン・ロペスへの長いボールで様子見の様相だった。
しかしながら、そうした様子見は早々に終了。数分もすれば徐々に両チームの本来の狙いが垣間見えるようになった。より高い位置からプレッシングに行ったのは横浜FMの方だ。ロペスを先頭にしたプレッシングで川崎のDF陣から時間を奪うようなアプローチを仕掛けていく。
通常、2トップでアンカーを見る際にはボールの位置によって2トップが受け渡しながら守ることが多いのだけど、この日はシミッチに西村がデート気味。ロペスの援軍にはWGの仲川とエウベルが外から出てくることが多かった。
横浜FMのようなハイプレス志向のチームであれば、WGが前目のプレスに行くならば、SBが連動して高い位置を取りたいところである。そういう意味では両サイドのプレスの精度にはやや差があったように見えた。
ジェジエウの右足側から登場して、SBへのパスコースを封鎖したエウベルのサイドは問題ないのだが、気になったのは逆サイド側の仲川である。この試合の川崎は多少ペースが落ち着いてもなお、マルシーニョへの裏抜けのパスを中心に攻撃を組み立てる傾向が強かった。
よって、マルシーニョには常に小池がべったり。そのため、仲川が前に出ていった際の後方支援を期待するのは難しい。よって、どこまでロペスのフォローをするか仲川には少し迷いがあったように思う。苦しいハイプレスだったが川崎は左サイドからの呼吸ができていたのが大きい。特に谷口はロングパスへの意識が強い日で、同サイドのマルシーニョの裏抜けや逆サイドへの対角パスを狙うだけの準備は出来ていた。
また中央では動き回るシミッチの横に脇坂や家長が登場し、ビルドアップを助けることもしばしば。横浜FMのバックラインはさすがに彼らのところまでは追いかけなかったのでボールの前進どころになっていた。
最近の試合でいうとアンカーを助ける意識が強いのはチャナティップであったが、この試合に置いては彼の降りる動きは控えめだった。理由はいくつか考えられる。
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チャナティップの降りる動きは相手を動かすための要素が強いため、放っておいてもプレスに出てくる横浜FM相手には必要なかった。
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持ち味である強引なターンはギャンブル要素でもあるためを避けたかった。
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アンカーが左に流れがちなシミッチだった分、空きやすい右サイドにサポート役を置きたかった。
こんな感じだろうか。いずれにしてもアンカーのサポートを右サイドに置く判断は悪くはなかったように思う。
■セーフティネットとして機能するダミアン
それでも横浜FMの受け渡しがうまくいってしまうことで後方にパスコースがなくなったしまうことがある。特にソンリョンに苦し紛れのバックパスを送った際にはそうなる傾向が強かった。そんな時に川崎にとって大きかったのは最前線のダミアンである。この日の前半のダミアンはいつになく競り合いでファウルをもらっていた。
正直、そうした駆け引きに固執しすぎて(この日もそうした様子が垣間見られてはいたが)、イラ立ちを自分の中で溜めていくというのが悪い日のダミアンなのだが、この日は岩田とエドゥアルド相手に起点となることに成功。横浜FMのハイプレスに対するセーフティネットとして機能したといえるだろう。
もう1つのポイントであるマルシーニョは抜け出すところまではいくのだが、そこから先のボールコントロールが危うくあまり安定していなかった。なので、彼以外の起点があって助かったというのが本音だろう。
先に言っておくが、この日の川崎のポイントは陣地回復の手段のタイムスケジュールである。時間ごとにどういう前進の準備をしていたかが重要である。両ブラジル人を使った前進に加えて、IHがアクセントをくわえられるときの川崎は強い。チャナティップや脇坂が時折ターンを決めるなど、相手の中盤と渡り合うことが出来ていた。
しかし、やはり横浜FMは強い。一度押し込まれても、ボールホルダーさえ止めることに成功すれば、マイナスのパスを強要し、それに合わせてバックラインを上げる。この一連が非常にスムーズであり、チャンスを作れた!と思っても押し返される場面がしばしば。35分の家長の抜け出しなどはいつもであればチャンスができそうなのに、見事に自陣まで下げさせられる羽目になった。
加えて、横浜FMの怖いところは中途半端なボールは全て食いつぶされるところである。例えば10分の山根の浮き球でのミス。なんでもないボールだが、横浜FM相手ならば奪った途端に一気に危険な場面に持ち込まれる。見込みのないアバウトなボールはチャンスにならないどころか、ピンチを招くことになる相手なのである。
川崎は前進の手段は用意できたが、横浜FMのプレスバック時の精度によりアタッキングサードにおける足止めを食らい決め手に欠ける状態に。シュートまで持っていけるチャンスはあまり多くは作れなかった。
■横浜FMのポゼッションの改良点は?
対する横浜FMのボール保持に対しては川崎は慎重だった。いつもであれば絶え間なくダミアンとマルシーニョがプレスをかけながらテンポを上げることを狙うのだが、この日はコンディション的に不利があることを踏まえてか、強引にプレスに行く頻度はいつもよりも少なかった。ダミアンを起点にスイッチが入った際には後方との連動も見事。浦和戦ではボロボロだったIHとのプレスの連携(下図)もこの日はあまり気にならなかった。
前線は省エネモードもあったハイプレスだが、ミドルゾーンから後ろはかなり奮闘。こちらは逆に徹底的に人についていく思想。入れ替わりでのポジションチェンジを行うが、川崎は徹底的にそれについていった。
川崎の守備の基準でいうと、ボールが入る前の段階でこれだけ最終ラインが持ち場を離れながらマーカーをケアするのは結構珍しいこと。おそらく、ここは決まり事だったのだろう。
川崎にとって一番避けたいシチュエーションはスピードのある横浜FMのアタッカー陣に背走させられながら対応すること。2019年の等々力の神奈川ダービーがそうだったように、速さでミスマッチを作られてしまってはどうしようもない。
特に、この日の横浜FMは右のWGに水沼ではなく仲川を先発に起用しており、スピード面での優位はかなり意識をしている。よって、川崎からするとまずは相手に自由を与えず、背走させる状況を作るくらいなら潰すことが重要。最終ラインは勇気をもってこのアプローチが出来ていた。特に橘田は対面が仲川であり、並走する状況になってしまえばほぼデュエルは完敗(失点シーンで証明されている)になる。ならば、手前の段階で!ということで前に出てのインターセプトを積極的に行うことが出来ていた。
同サイドの守備においてはマルシーニョのプレスバックも効いていた。31分のネガトラに代表されるようにこの日のマルシーニョはプレスバックの意識が高く、非常に効果的。保持では決め手にはならなかったが、同サイドの守備をクローズするための一員としては上質な役割を果たしたといっていいだろう。彼がおらず、仲川が小池の力を借りれるようになれば、橘田が同サイドを抑えるミッションの難易度はさらに上がったはずだ。
それでも、前線からのプレスの機会が限定的である分、横浜FMはクリーンにボールを運ぶ機会が出来た。17分のように藤田がフリーでボールを持つことができれば、横浜FMは押し込みながら川崎陣内でプレーすることができる。
川崎にとって背走してのカウンター対応の次点として避けたいことは押し込まれてしまうことである。しかしながら、この部分に関しては何とか避けることが出来た。
原因としては中央からサイドに出ていった川崎の守備者がつぶし役として機能していたことが1つ。シミッチとジェジエウがサイドに出ていく場面は散見されてはいたが、出ていった彼らがつぶし切るので大きな問題にならなかった。シミッチはこうした移動の速さではなく判断の早さが問われる場面においては滅法強い。この日はフィルターとして十二分の働きをすることが出来ていた。プレビューで触れた横浜FMの強みであるサイドで複数のパスコースを作りながら、エリア内に抉って迫ってくる場面を限定できたのは彼らの働きに拠るところが大きい。
一方で、横浜FM側にも原因はあるように思う。この日の横浜FMは勝負のパスを入れるタイミングが早く、ポゼッションで支配する意識がいつもよりも低かった。川崎のスライドがきつかったとはいえ、中盤を経由してサイドに振りながら勝負はできたのではないか。体力面に不安のある川崎にとっては押し込まれたり、ボールを追い回す時間が長くなることはストレスになりうる部分。早い段階で勝負のパスを入れる上に、やや精度が足りないとなると川崎にとって嫌なことを徹底できたとは言いにくい。
というわけでどちらもアタッキングサードにおける問題点を抱える展開となった。その問題点を先に解決したのは川崎。左サイドからの谷口の対角パスを山根がダイレクトで中に折り返すと、ダミアンがこれに体を伸ばして合わせて先制。横浜FMに戻って食い止める隙を与えない2本のパスで一気にゴールまで陥れる。
しかし、前半追加タイムに横浜FMにも狙い通りの形が。自陣からのロングカウンターで同点ゴールをゲット。マルコスとエウベルで加速し、最後は橘田を置いていった仲川がループで無人のゴールに押し込んだ。横浜FMとしては高速アタッカー陣の先発起用を生かした同点弾といえるだろう。
基本的には横浜FMを褒めるべきシーンである。残された4人の守備者にできることは少ない。シミッチにはイエロー覚悟でファウルを犯せそうな場面もあったが、おそらく一瞬の判断でありミスとまで言えるかは怪しいところ。むしろ、相手が横浜FMであることを考えればニアで跳ね返された山根のクロスもカウンターの危険性として無視ができない因子としてとらえられるだろう。「アバウトさは食いつぶされる」という横浜FM相手の教訓を非常に痛い形で学ぶことになった川崎だった。
■沈黙の家長の理由
前半のプレーで気になっていたのは家長。他の選手と比べて守備をしないというイメージはあるが、ここぞという大一番ではプレスバックも前からのプレスも割と熱心にやるタイプ。ミッドウィークは途中投入という状況と誰が見てもわかる大事な一戦でここまでプレスバックをしないのは自分にはむしろ不自然。
おそらく、90分間プレーすることを念頭に置いていたのだろうと前半終了間際の自分は思った。全員がオーバーペースでかつダミアン&マルシーニョ、そしてIHの強度を念頭に置いた前進の手段は前半で持たなくなる。そうした中で後半にチームを前に押し上げる推進力を維持しようと考えたのではないか。
後半の入りは両チームの体力差を非常に感じる内容だった。行くと決めた時は行くことが出来ていた川崎のプレスが前後に分離する色が強くなり、ライン間のスペースが徐々に間延びするようになった。48分に右サイドから刺しこまれたロペスへの楔は前半にはあまり見なかった類の物。後半は類似したシーンが多く見られたことからも、川崎の陣形がコンパクトに維持できなくなったことを示唆しているシーンだったといえるだろう。
加えて疲労は保持面でも感じられた。後半は横浜FMが一層プレスの意識を高めたため、川崎のバックラインはボールを持つ時間の余裕がなくなることが多かった。そうした中でロングボールというのは当然選択肢に入る。だが、川崎の選手は横浜FMのラインアップについていけず、ソンリョンのロングキックの的がない事態が起きるように。
自分が現地で目視で確認した際には5人がオフサイドポジションからボールを受けられる位置に戻ることができない場面もあった。これではロングボールを拾うのは無理である。
そんな状況であれば一気に試合が横浜FMペースになってもおかしくはない。それを防いだのは自陣からのショートパスによるビルドアップが死んでいなかったからである。谷口-ジェジエウ-シミッチのユニットは小回りが効かず、ボディアングルがわかりやすいためプレス耐性は低い。だが、この日は冴えていた。
特に、59分に見られたシミッチがフリーになるパスワークは絶品。チャナティップや橘田を絡めたこうした外し方ができるからこそ、川崎はサンドバック状態になることを避けつつ、苦しい時間帯を押し返すことができていた。
ビルドアップでの自陣脱出からの出口として徐々に存在感を高めていったのが家長。前半はマルシーニョならば、後半は家長がボールの収めどころとなり、自陣から味方の上がる時間をかせぐようになる。横浜FMはベンチメンバーからしても後半は押し込んでのワンサイドゲームをしたかったはず。SBの縦スライドを強化するなどプレスの意識を高めたのもその一環。であれば横浜FMの狙いはある程度外されたということになるだろう。
川崎は小林の投入から2トップに移行。裏に走るマルシーニョや中盤で相手と対峙できる脇坂とチャナティップがいなくなったことにより、ショートパスをつなぎながらの前進は難しくなったため、より長いボールを主体とした手法に切り替えていくという判断。4-4-2移行もまた90分での陣地回復のプランの1つなのだろう。
長いボールを増やしながら殴り合うというのは終盤に体力を残している横浜FMには分が良いとは言えない。が、自分たちがチャンスを作らなければ勝てないので仕方がない。川崎はオープンさを許容したため、ここからはバックラインの踏ん張りどころになる。彼らの奮闘はいわずもがなだし、右サイドに入った水沼への対応に奮闘した瀬古の存在も大きかった。
そして、どちらに転がってもおかしくない展開を最後に制したのは川崎だった。決めたのは足が攣ったため、山村と入れ替わる形で前に残ったジェジエウ。勝利が必要だった川崎がラストプレーで試合を決める一撃をお見舞いする。
追う展開におけるパワープレーは何度かやったことはあったが、この日はかなりこれまでよりも力を入れた形になっていた。今までは4-4-2の形を維持しながら、山村を前線に入れる形でクロスを行うくらいだったが、この試合ではシミッチやジェジエウも高い位置を取りながらロングボールの受け手として動いていた。山村とジェジエウの入れ替えも含め、短時間で整理された攻勢をかけることが出来たのは今後の大一番の糧にもなるはずだ。
そして家長。後半に自陣からのビルドアップの出口となっていたのは紛れもなく彼。そして、最後のクロスも彼。後半冒頭にも触れたがやはり終盤に大仕事。頭の下がる思いである。多くの要素が絡まって生まれた等々力劇場で、川崎は優勝戦線に生き残る勝ち点3を手にした。
あとがき
■短期的には非合理的でも・・・
横浜FMには十分勝つチャンスがあった試合だった。押し込んだ後の崩しのパターンが豊富だったのは横浜FMの方だったし、交代選手を含めたアタッカー陣のコンディションも川崎に比べて良かったように見えた。
前線のアタッカーにおける優位は同点弾で還元できたので、やはり押し込むフェーズからやり直しを挟んで敵陣でのプレータイムを増やしつつ、あわよくば得点という部分が足りなかったように思う。川崎にとって嫌なことであるはずだった押し込んで支配するというフェーズはより重視した戦い方をしても良かったし、今の横浜FMにはその力があると思う。
同点でもOKというシチュエーションで終盤攻め込んだことに関しては横浜FMサポーターではないので「こうすべき!」という提言はしたくない。なので、一意見として聞き流してほしいが、その試合単位で見れば非合理的でも自分たちのやりたいことを目指すという方向性が将来の自分たちを助けることもある。
なので、個人的には横浜FMが見せた攻める姿勢はすごく肯定的に見ている。今の横浜FMを見ているとそうした姿勢が長い目で見た時に財産として残るような気がするし、そうした姿勢を大一番で見せられるチームが増えることでJリーグが強くなっていくはずである。次の対戦がいつになるかはわからないが、次回も神奈川ダービーのレベルの高さをJリーグファン全体に知らしめることができるよう、互いに切磋琢磨していきたいところである。
■首位ストッパーは健在
「どうせ横浜FMが勝つだろう」という試合を制し、Jリーグファンの予想外の結末を引き出した選手やスタッフのパフォーマンスには敬意を表したい。何が起こるかがわからないのがJリーグであるし、その結果を掴むために今日できることを全て準備してくれた。チームを誇りに思う。
プレビューでも触れたが、これで首位相手の対戦では直近7戦で6勝。首位ストッパーとしての優秀さは健在である。近年唯一首位ストップに失敗した2019年の神奈川ダービーでは、敗戦が横浜FM優勝を決定づけたので非常に悔しかったが、今回は独走に歯止めをかけることができた。本当にいくつタイトルをとってもこのチームはチャレンジャーという立場が似合うのは変わらないものである。
個人的には今のチームでこれだけやれることを証明できてうれしい。昨年、一昨年に比べて凄みのあるチームではないけども、今のチームでできることはたくさんあるし、何より課題に向き合って改善できるチームではある。試合を見返してレビューを書く作業を繰り返しながら思い続けてきたことをこうした形で表現できて本当によかった。
嬉しい気持ちでいっぱいではあるが、試合はすぐに控えている。大一番は制したが、依然優勝争いの運転席に座っているのは横浜FMである。週中には勝ち抜けがかかるカップ戦もあり、さらに中2日でリーグ戦と満身創痍にムチを打つような日程であるが、選手たちが試合後に口にしているようにこの勢いをつなげる形で逆襲の8月を走りきってほしいところだ。
試合結果
2022.8.7
J1 第24節
川崎フロンターレ 2-1 横浜F・マリノス
等々力陸上競技場
【得点者】
川崎:25‘レアンドロ・ダミアン, 90+9‘ ジェジエウ
横浜FM:45+3’ 仲川輝人
主審:木村博之→佐藤誠和