プレビュー記事
レビュー
設計図通りにいかないボール保持
12月31日にプレミアを戦ったアーセナルにとっては実に20日ぶりのリーグ戦。2024年のプレミア初陣はクリスタル・パレスとのホームゲームになる。
ドバイでキャンプを張るくらいには日程に余裕があったアーセナルに対し、FA杯の再試合で中2日でのランチタイムキックオフとなったパレスは苦しいスケジュール。直近のリーグ戦ではハイプレスを基調とするスタイルを見せていたが、詰まっている日程の中でどう振る舞うかが問われる試合となる。
パレスはこの試合では5バックでのスタート。リーグ戦では4バックの試合が続いていたが、Googleのスタメン表によるとエバートンとのFA杯の再試合では5バックを採用していた様子。アーセナル戦のスタメンはこの試合の流れを踏襲したものかもしれない。
5バックといってもベタ引きの5バックではなく、アタッキングサードでの枚数を合わせたうえで前からプレスに行こう!というのがパレスの狙いに見えた。特に捕まえたそうにしていたのは中盤CHの役割に入るライスとジンチェンコのところはケアしたいのだろう。
ただ、ライスとジンチェンコの2人は行動範囲が広くバックライン付近まで落ちることが多い。ヒューズとレルマがついていきすぎると自らの後方が空いてしまう。片方がついていきつつ片方が中盤に残ることでバランスをとっていた。
逆にアーセナル目線で言うと、この背後のスペースは狙うべきところ。ライン間でハヴァーツやウーデゴールが加速して、ここから一気に攻め切る形がアーセナルの青写真だった。
一方のパレスは広く幅を取るボールの動かし方でピッチの横を使いながらボールを前に進めていく意識を持っていた。アーセナルはウーデゴールとハヴァーツの高さを合わせるなど、パレスのDFラインに対する保持の阻害は限定的。パレスのバックスは比較的余裕をもってボールを進めることができていた。
ただ、アーセナルにしてもパレスにしても保持に回った際に簡単なパスミスやコントロールミスで狙いが台無しになることがしばしば。そういった意味で設計図通りにボールを動かすことができなかった。
そうした中でセットプレーからスコアを動かしたアーセナル。ライスがコーナーのキッカーだから、何か仕込んでいるのかな?と思いきやガブリエウが根性でマークを外してファーに走りこんでヘディングを叩き込むという割と強度勝負のデザインだった。先制点以降も再三ガブリエウに合わせる形にこだわりながらセットプレーを進めていたため、少なくともセットプレーが苦手なパレス相手であればファーでガブリエウに競らせる形は有効という判断だったのだろう。
ヒューズとレルマの背後を取る方策
失点したパレスはプレスを強めながら反撃に出る。アーセナルの狙いは同じ。ヒューズとレルマの背後にボールを届けられるかどうかである。
ヒューズとレルマの背後にパスを届ける方策はいくつか見えた。先に述べたようにジンチェンコとライスに対してはレルマとヒューズは追い掛け回すが、常に密着マンマークというわけではない。なので、一番シンプルな方策はプレスが来る前、もしくは遅れて出てきたタイミングで縦にパスを通してしまうことである。
もう一つは構造による解決の方策。先制点以降のようにべったりとライスとジンチェンコにパレスがプレスに来た場合、より動きながら解決する形を意識する。一番よくあった形はラヤからアンカーのライスにパスをつけて、ライスが前を向かない状態でサイドのホワイトに展開をする形。14分のシーンが一例となる。
ホワイトのところからライスがリターンを貰い、自らボールを運んでいく形だ。ライスのランの動線は、ホワイトにプレスにいった選手の根元を通るようにするのがポイントである。
あるいは26分のようにホワイトの縦のパスコースが空いているのであれば、サカのポストをベースに逃がす形でもOK。背負う形でマーカーを外すことができれば、アーセナルは簡単にボールを前に運ぶことができる。
ただし、この形が万事OKかといわれるとそういうことでもない。まず、初手となっているラヤ→ライスのパスだが、降りていくライスに対して仮にヒューズがついていくのだとしたら、いくらボールを逃がすスキルに長けているライスであってもリスクは高い。ラヤのパスが少しでも相手に有利な方向にズレれば、そこから1対1が生まれることになる。リードをしている状態でそうしたリスクをどこまで抱えるかは議論の余地があるだろう。
ホワイトのリターンをライスがサイドに流れながら、ボールを前に運ぶシーンも同じ。プレスの根元を狙うライスの動きはオフザボールの原則としては非常に理にかなっているように思えるが、アンカーが持ち場を離れてサイドに流れてしまうと、ロストした時のしっぺ返しは怖い。
特にエゼがライス不在の中盤を自在にカウンターで泳げるのであれば、パレスとしてもチャンスを作るのはそこまで難しくはない。パレスの攻撃の手法は収まるマテタとスペースにドリブルで侵入するエゼの2択だったが、その先のルートが描きやすい分、エゼのドリブルの方が有力。そういう意味ではそのためのスペースを進んで渡すことになるライスのサイドへの流れは収支を考慮しなければいけない部分といえるだろう。
この辺りの判断は正直傍から見ていて難しいなと思う。新しいスキーム自体をトライすること自体はキャンプ明けということもあって理解できるし、この試合でやらなかったらいつやるねん!というのもわかる。ただ、1点リードでそこまでリスクをかけてやることなのか!といわれると難しい。もしかしたら、何もやばいことが引き起こされなくてよかったねくらいにとらえる方がいいのかもしれない。
ミドルゾーンで相手を外し、ヒューズとレルマの背後を狙える格好になったら、いよいよアーセナルは攻撃を加速させるフェーズ。ライン間に降りる役割を主に狙っていたのはハヴァーツとウーデゴール。彼らにパレスのワイドのCBが気を取られるようであれば、その背後をジェズスが狙っていく。WGのサカとトロサールは対面のWBが出てきにくいようにポジションを守るケースが多かった。
トロサールの役割としてはアタッキングサードにおける幅取り役という囮と、パスワークに絡んでいく中でニアのハーフスペースの奥を取ってボックスに侵入していく役割。マルティネッリとの個性の使い分けという意味でもオフザボールでスルスル入っていくイメージは悪くはない。ただ、前後半一度ずつバイタル付近の密集エリアに突入して無理にミドルを打って、カウンターを食らっていたのでここは少し軽率かなと思った。
右のサカは大外からアイソレーションを仕掛ける役割。こちらはいつも通りだろう。とりあえずボールを渡すケースよりも、左からの大きなサイドチェンジ等ひと工夫してからボールを渡されるケースが多かった。
失点後に強気に出てきたパレスのプレスは回避できたアーセナル。だが、アタッキングサードでのボールタッチはあまり優秀とはいえない状況は継続。決め手に欠く中でスコアを動かしたのはまたしてもセットプレーであった。またしてもガブリエウに合わせた形でゴールが生まれ、アーセナルは2点のリードを手にした状態でハーフタイムを迎える。
押し込まれる状況を逆手に取るロングカウンター
後半はまずアーセナルが押し込むフェーズを迎える流れに。アタッキングサードでのオフザボールの動きは前半よりも活性化。特に右の大外のサカの背後をオーバーラップする動きは前半よりも明らかに増えた。
一方のパレスも攻撃のフィーリングは悪くはなかった。マテタは背負うだけでなく、反転して自ら前を向くことまでできていたし、ヒューズでライスを引き出した結果、エゼがミドルシュートを打つことを演出出来た場面もあった。
アーセナルはサリバやホワイトが後手に回るなど少し受けに回った際の苦しさも見えた展開。しかしながら、アーセナルは押し込まれた状況をラヤ起点のカウンターからひっくり返す。クロスをキャッチしたラヤは素早いリスタートで右に流れるジェズスにスロー。並走したトロサールにラストパスを送る。パスを受けたトロサールはクラインをステップでかわすと、最後は豪快にシュートを決めて3点目をゲット。これで試合を決定づける。ミドルをひっかけたり、直前のカウンターでの不発だったり、少し怪しい部分もあったトロサール。それだけにきっちりと結果を掴んだことは大きい。
ラヤのリスタートへの意識も素晴らしかった。この直前の場面にも右に流れるハヴァーツへの素晴らしいロングキックを見せていたし、この辺りはブレントフォード時代の良さが少しずつ出てきつつあるのかなと思う。間違いなく3点目の立役者の1人である。
後半のアーセナルは前半よりも安定感重視。後方からパレスのプレスを受ける形でショートパスを回すが、最終的には蹴ってボールを逃がす場面もしばしば。この辺りは自然なバランス感覚のように思う。後方にボールを戻せるコースを常に用意することができていたし、アタッキングサードでも無理につっかけなくなったので、非常に安心して試合を見ることができた。
スミス・ロウは少しずつ兆しが見えてきた。そうしたひたすら最善手を探るようなパスワークに混ざっても違和感はないし、アタッキングサードでも相手が見えているようなプレーが増えてきた。後半のアーセナルはロングカウンターからポジション的に自由度が高い攻撃を繰り出すことがあったので、追いかける状態での定点攻撃ではどこまで機能するかをチェックする必要があるが、それでも上向きの状態がほんのり見えてきたのは大きい。
アーセナルは安定したポゼッションと前がかりなプレスを外しながらのロングカウンターでパレスを攻め続ける後半に。カウンターでは長いボールの的になることができるハヴァーツ、マルティネッリ、エンケティアを軸に速い攻撃を素早く繰り出していた。
後半追加タイムのマルティネッリの2ゴールはゴールを決めた本人の動きはもちろんのこと、マルティネッリの対面に位置するトムキンスに必ずつっかけて動きを止めていたエンケティアも見事。4点目とかはわかりやすいが、トムキンスの方に向かっていくことで相手の動きを止めて、マルティネッリの裏抜けのベクトルの効果を最大化できている。
カウンターにおいて相手の足を先に止められるかどうかは重要な要素。下がっている状態のまま裏にとっととパスを出してしまえば、マルティネッリはここまでフリーにならない。エンケティアの素晴らしい判断だったといえるだろう。
前半はやや重い立ち上がりかと思われたが、後半はロングカウンターを軸に得点を量産したアーセナル。再開初戦を快勝で飾り、リーグ戦およそ1ヵ月ぶりの勝利を手にした。
あとがき
前半はリスクを取り過ぎのようにも思えたが、相手との力関係等を踏まえれば、ここで構造的なテスト色を強めなサンプリングをしておくのは悪いことじゃないように思える。この辺りのテストと試合自体の制御のさじ加減はもう少し長い目で見ないと結果が出ない部分だろうし、そこは見守っていきたいところである。
試合結果
2024.1.20
プレミアリーグ 第21節
アーセナル 5-0 クリスタル・パレス
エミレーツ・スタジアム
【得点者】
ARS:11‘ ガブリエウ, 37’ ヘンダーソン(OG), 59‘ トロサール, 90+4‘ 90+5’ マルティネッリ
主審:ポール・ティアニー