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レビュー
■ズレをどこで許容するかの話
アーセナルにとっては大きな試金石になる試合である。8試合連続負けなしでの順位は最下位から5位まで順位を上げてきた。ウェストハムに続いて、アーセナルにCL出場権争いに本格参戦することができるかどうかを試せる舞台である。
まずはこの試合にアーセナルがどのように取り組むかがポイントの一つ。アルテタはエメリや晩年のヴェンゲルに比べてビックマッチにおいて結果を出してきた部分はあるが、ベースになったのは専制守備+ロングカウンターのコンボだ。
だが、現行のスカッドや直近の戦い方を見るとこの戦い方とはだいぶ切り口が異なる。近年の成績で見れば格上のリバプール相手に対してどのように立ち向かうかがポイントの一つ。チェルシーやシティと戦った時には整っていなかったスカッドが出来上がった現状でアンフィールドでどのように戦うかである。
序盤に戦ったチェルシー戦を振り返ってみるとアーセナルが特徴的だったのはプレッシングである。高い位置から人を追いかけ回しにいくものの、敵陣で1人相手を余らせる形に。後方は同数で受けることを避けて遊軍を作りつつ、その分前線では過負荷な状況でプレスをしている。
しかし、相手はチェルシー。1人少ない形でプレスを掛ければ当然前に運ばれる。前の選手が外された際にプレス隊に後乗りで加わったのがジャカである。チェルシーはこのジャカが出てくるタイミングを外す形で前方にボールを運ぶことで前進を一気に進めた。なので、このやり方はギャップを生かされる形で撃沈。アーセナルのCHが判断の過負荷に耐えきれずに沈没したという形である。
まとめるとプレスのポイントは
・プレスは相手のFPに対して1人少ない形。
・人基準でプレスを行う。
・前プレの遊軍を特定のプレイヤー(=ジャカ)に課すことでプレスのフォローを行う。
リバプール戦もエッセンスを考えるとこのチェルシー戦と下地は同じ。前のプレスは1人余らせる形である。ただし余らせ方は異なる。浮かせたのはCHではなく、左のSBであるツィミカスである。普通にピッチに並べればツィミカスをみる役割のサカはファン・ダイクにプレスに行くことが多かった。
というわけでツィミカスをみる役割を担ったのは冨安。すなわち、チェルシー戦でいうジャカの役割を冨安が請け負う形。1人プレス隊が少なくなるという判断をカバーする大役を冨安に任せたということである。
このアプローチ自体は個人的には悪くなかったように思う。アーセナル目線で言えば冨安が3バック気味に受ける形の方が理想だったかもしれない。戸田さんがYouTubeで言っていたようだが、タバレスが前に出ていき冨安が控えると言う形も異なるアプローチとしてあり得る話である。
しかし、今のリバプールのストロングポイントは明らかに右サイド。左が使えないのではなく、右が強すぎるというニュアンスだけども。レーンの使い方が流動的で多くの選手が流れてくる右サイドでアーセナルが積極的にギャップを生む動き(冨安やジャカが担う前プレのフォロー)を行えばリバプールにとっては格好の狙い目になる可能性が高い。
それならば、プレビューで触れた通り内側にマネが絞り、外側をSBが使うというスペースの使い方の予測が立てやすい左サイドでこのようなギャップに立ち向かう方がベターだったはずだ。時間を与えるならばツィミカス!という選択自体もこのリバプールのメンバーを見ればわからないことはない。
つまり、自チームの形がしっくりくるのを優先するならタバレスが前にいく形、リバプールに対応する形を優先するならば冨安が前にいく形がベターのように思う。
思い切って同数で嵌めるという強気のプレスにいけなかったのも理解はできる。相手のIHはチアゴと今季縦パスへの意欲が強いオックスレイド=チェンバレン。この2人相手にスペースができやすいハイプレスは危険という判断だったのだろう。
結果から見ればこのツィミカスのところでギャップができる場面もあったが、特に前半はギャップができることで決定的な働きをさせなかったので、アルテタの判断は正しかったように思う。後半の失点はまた別の話。それは後ほど。
■結局狂わせられるCH
プレスに対する準備はしてきたアーセナル。立ち上がりの10分くらいはこの形は通用していたように思う。しかし、10分を過ぎたあたりから試合は一方的なリバプールペースに転がるようになる。その理由としてはアーセナル側に対応できないリバプールの動きがあったからである。
具体的にはリバプールの左サイドの動きである。チアゴが徐々にラインを下げながらボールを受けるようになってきたのがズレを生み出す初めの部分。マンマークに対して『どこまでついて来れるんだい?』と問うように動き回るのは非常にオーソドックスなアプローチである。
チアゴのマーカーはトーマス。彼の判断は非常にはっきりしており、降りていくチアゴは無視する!というものだった。おそらく背後のスペースを空けないことを優先したのだろう。だが、そうなると今度は迷いが出るのはサカだ。チアゴが周りにいるとなるとファン・ダイクに安易にプレスにいったところで縦パスを出されておしまいである。
そもそも、初期の状態ですらサカはツィミカス(アーセナルが時間を与えることを許した選手)も警戒しながらプレスに行く必要があった。そこにチアゴがやってきたのでもう完全にオーバーフロー。途中からサカはSHの位置までポジションを下げる形に専念。これでアーセナルは4-4-2で受ける形にシフトする。
1人足りないとはいえアーセナルの守備は人が基準である。撤退が安全なのは理解できるが、このサカの撤退によりアーセナルの守り方は基準を失うことになる。特に混乱したのはCH。降りていくチアゴ、縦パスを受けに絞るジョッタやマネ、そしてサイドに逃げていくオックスレイド=チェンバレン。どこを優先すればいいのかがさっぱりわからない。しかも、チアゴのライン落ちの影響でリバプールのビルドアップ隊は前を向いてフリーでボールを受けることができるようになっている。パスコースへの制限はかかりにくい。
これで押し込むことに成功したリバプール。アーセナルにとって困ったのはCHが機能不全に陥ったこと。ジョッタやマネが中央のスペースを埋める限り、中央のスペースは簡単に空けることができない。この状況に恩恵を受けたのがリバプールの大外である。アーセナルは5レーンに対応する時の守備はCHが最終ラインに入ることで5人並べるパターンが多い。
だが、すでに説明した通りアーセナルのCHは中央を空けにくい。ファビーニョやファン・ダイクからの対角パスが通ってしまえば、5枚最終ラインを揃える間もない。当然、アーセナルの優先度が下がるのは大外。だが、リバプールの大外にはアレクサンダー=アーノルドがいる。大外からクロスで打ち抜ける彼がいればリバプールとしては中を動かせなくても問題はない。
かつ、リバプールはオックスレイド=チェンバレンやジョッタがサイドに流れるなどして右サイド側にオーバーロード気味に人を配置する。この動きでガブリエウがサイドに釣り出されれば、アーセナルは明らかにエリア内のクロス対応の精度が落ちるので、リバプールとしてはなおよしである。
このようにアーセナルが狂ったのはアーセナルがギャップを許容したところ(冨安-ツィミカス)ではなく、中盤のチアゴの列落ち起点のリバプールの右サイド側である。結局、過負荷で死んでいるのはCHなのはチェルシー戦と変わっていないやんけ!!というオチだ。
■プレス、ビルドアップ、トランジッション。それぞれの誤算
アーセナルにとって誤算だったのはトランジッションで優位を取れなかったこと。両IHがチアゴ、オックスレイド=チェンバレンの2人ならば、攻撃に転じた際の守備には軽さがあるという見立てがあったはず。ラムズデールを中心になんとか跳ね返し続ければ少ないチャンスでもゴールに迫れる可能性はあったはずである。
だが、両IHとSBのところのデュエルは軒並み劣勢に。アーセナルとしてはここで絶対に勝ちたかったはずである。体を入れ替えて前を向くことができたのは右サイドのサカくらいのもの。だが、ここもファン・ダイクやチアゴがカバーに飛んでくることであっという間に捕まってしまう印象。むしろ、前を向かなくてもプレーできるラカゼットの存在の方が大きかった。
トランジッションで優位を取りきれない分、フォローをする選手側のランも非常に重要なアーセナル。冨安はこのランがうまく、オーバーラップでチームの前進を助けていた。逆にタバレスは周りと息が合わず、早い攻め上がりが仇となり、自分が上がったスペースからカウンターを受けることもしばしば。彼だけの責任というよりはリバプールがそれだけ彼らの陣内で時間を与えなかったことの裏返しだったように思う。
たまに中盤を超えたとしてもファビーニョ、ファン・ダイクの壁は高く、アリソンまでは辿り着くことすらままならなかったアーセナルであった。オーバメヤンは直接的にゴールに向かう形のオフザボールが多かったように思う。普段だったらそれでいいのだけど、ダイクかファビーニョのせめてどちらかはサイドに釣り出さないとチャンスになるのは難しかったので、もう少しサイドに流れて中央の選手を引っ張る意識があっても良かったかもしれない。
いずれにしても、デュエルでこれだけ勝てないとなるとなかなか勝つのは難しい。前半を凌げれば100点、31分の美しいコンビネーションが得点を生み出せれていれば150点をあげてもいいくらいだ。もっともどちらも達成できなかったのだけど。
後半、リバプールは強気のプレスに打って出る。アーセナルにとって、リバプールのハイプレスは当然バックラインへのプレッシャーが高まるが、リバプールの後方でちっとも時間を作れなかったことを考えれば、これを回避できれば前方にスペースが開けるというチャンスを与えてもらった形でもある。
だが、リバプールはこのプレスをやりきり、後半早々にタバレスのエラーを引き起こして追加点を奪う。リバプールが動かすことで変わったゲームバランスから追加点を取られてアーセナルとしては万事休すである。
こうなるとアーセナルも当然なりふり構ってはいられない。同数のハイプレスに打って出るのは必然である。このシフトチェンジについていけなかったのは冨安。3点目、4点目のところは彼がツィミカスのプレスが遅れてしまったゆえである。裏を空けてマネに背後を晒すのは怖さはあるだろうが、2失点している中で前線がプレスにいったのならば、前に出て行かない選択肢はない。遅れた時点でNGである。
ただ、彼個人だけ抜きん出てリバプールのボール回しに耐えられなかったのではなく、チーム全体としてプレスの二度追いや動き直しの精度は低い。後半頭からのリバプールのハイプレスを見た後に、68分のアーセナルのプレスが簡単に交わされるシーンを見ると両チームの差は如実に表れていると言わざるを得ないのが現状だろう。
あとがき
■聞いてないよ、オックスくん
試合のスイッチの入れ方、個々人の質の高さを含めて完勝である。アレクサンダー=アーノルドかサラーがMOMかなとは思うが、個人的にはオックスレイド=チェンバレンの活躍が際立った。ネガトラでの強さはアーセナル時代とは別人。彼のところを狙ってファビーニョの負荷を増やしたいというアーセナルの狙いをひっくり返す形で、アーセナルのカウンターを止めまくった。オフザボールも含めて各局面で成長の跡が見られるパフォーマンスであった。
■若さを成長速度に繋げる必要がある
本文で触れたようにアーセナルのこの試合のアプローチは理解できるものが多かった。チェルシー戦のように『え、ジョルジーニョを空けちゃダメじゃない?』という違和感や、シティ戦のように試合序盤から選手がプランをぶち壊すミスをして早々に試合が終わった形とは異なる展開。タバレスがミスをしたのは確かに決定的ではあるが、すでに試合の天秤はリバプールに大幅に傾いていた時間帯でもあった。
で、この結果である。戦い方はしっくりくるのにこれだけ負けるし、選手たちが大きなミスをする以前に天秤がこれだけ相手に相手に傾くのである。遠いですね。残念だけど、今季のトップ3との差は明白。個人的には理解できる戦い方ができたゆえに、かえってトップとの距離感を感じた試合となった。一朝一夕にはこの差を埋めるショートカットはできないのが現実ということなのだろう。
月並みだが、このような一瞬でもミスすれば終わりという試合を重ね続けるしかないのだなと思う。アーセナルはただでさえ、今季は欧州カップ戦がない。ヒリヒリする試合の数は例年と比べてどうしても少ないのである。それゆえに、1試合ごとの成長が求められる。
少ない機会で他のチームよりも成長することができる可能性は今のアーセナルにはある。スカッドが若いから。若さゆえに成長を遂げることができれば、他チームよりも少ない機会で短期間の進歩を遂げるポテンシャルはある。ただし、若いだけで勝ち点をくれる大会はない。若さゆえの成長を遂げなければ年齢はただの数字。若手を使うこと自体が目的になってしまっては何の意味もない。
この試合で炙り出された課題はこれまでの試合でも勝ちながら見えていた部分が多い。監督としては90分を通してのチームの色を変えながら戦うこと、選手たちは1人1人ができることの幅を広げ、質を高めていくこと。そして、その成長速度を上げること。今のプレミアでトップ4を狙うということはそれだけハードであると突きつけられたアンフィールドでの一戦となった。
試合結果
2021.11.20
プレミアリーグ 第12節
リバプール 4-0 アーセナル
アンフィールド
【得点者】
LIV:39′ マネ, 52′ ジョッタ, 73′ サラー, 77′ 南野拓実
主審:マイケル・オリバー