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レビュー
我慢を優先した結果の先制点
アーセナルにとっては優勝戦線に踏みとどまるための重要な一戦。勝ち点差5で首位のリバプールをホームに迎える大一番である。
どちらのチームも主力クラスに欠場者はちらほら。そして2人の日本人選手も代表活動によりこの試合は間に合っていない。メンバー表とスターターの並びを照らし合わせた時に少し意外だったのはアーセナルの方か。ライスとジョルジーニョをフラットで並べる4-2-3-1もしくはジョルジーニョをアンカーに置く4-3-3が有力とされていたが、実際の並びはアンカーにライス、左のIHにジョルジーニョを置く形での4-3-3となった。
この日のアーセナルの振る舞いはいかにもジョルジーニョが起用されている意義を突き付けるようなものだった。立ち上がりからボール保持のフェーズへのこだわりが強く、パスのテンポはスローリー。リバプールのプレスのスタンスはGKにまでプレッシャーをかける強気のスタンスだったが、アーセナル側はむしろプレスを食いつかせることこそが狙いだった。
後方の並びはCBの2人がラヤを挟みながら幅を取り、その前にライスが立つ形。アンカーのライスの相棒はジョルジーニョもしくはウーデゴールが務めることが多く、ジンチェンコがインサイドに絞るタスクは前節よりもさらに少なめといった状況だった。
アーセナルが見出したリバプールの守備のズレの狙い目は開くCBにリバプールのWGがついてくるケースだろう。ここが食いついてくれればリバプールの守備のズレはスタート。IHを壁にSBを解放。WGの背後から前進を狙っていく。
このようなズレを使った理詰めの前進というのがこの日のアーセナルのテーマだった可能性は相当高い。右サイドでもディアスの背後を使ったホワイトがカーティスと対峙する場面はあったが、基本的にはアーセナルのズレを使った前進は左サイドの方が多かった。ジョルジーニョ、ジンチェンコというスモールスペースでのパス交換に強い選手がいるというのも大きいだろうが、アレクサンダー=アーノルドのカバーをコナテが行うことが常態化しているこちらのサイドの方が、初手で作り出したズレのダメージを最大化できるという判断だったのではないか。むしろ、だからこそIHにジョルジーニョを置いた可能性もあるだろう。
ガクポは自分が出ていってしまうと背後を使われてしまうことにすぐに気づいた様子。前半のかなり早い段階でガブリエウにプレッシャーをかけることをやめて、サイドのスペースを埋めることを優先する。
アーセナルとしてはガクポが出てこなくなると初手でズレが作れない構成となった。ここからロングボールを蹴ってしまう選択もあっただろうが、アーセナルはひたすら我慢をチョイス。ジンチェンコ、ジョルジーニョ、ハヴァーツの3枚が中盤と左のSB付近にかわるがわる顔を出してマークを攪乱、後方はGKを絡めたパス交換でひたすら自陣側にリバプールを食いつかせるためのエサを巻き続ける。
アーセナルの我慢に対して痺れを切らしたように見えたのはグラフェンベルフだ。リバプールは相当慎重に追う追わないの判断を繰り返していたが、グラフェンベルフの判断は他の選手に比べて遅く、かつ距離が長めの位置から追ってしまっており、アーセナルのパスワークに対して間に合わないケースが多かった。
ちなみに出ていくという役割自体はある程度託されていたのかなと思う。逆サイドではカーティスが同じようにスイッチを入れていたし、IHが前向きのプレスのスイッチをいれるという判断はヘンダーソンがいたころからリバプールが何度もやってきたこと。チームの約束事して共有されていたとしても不思議ではない。アーセナルがこの判断をより積極的に利用したのがグラフェンベルフのいたサイドだったということだろう。
何回かグラフェンベルフが列を越えてプレスに出ていくケースがあったが、もっともわかりやすかったのは先制点のシーン。この得点の起点はガブリエウが出てきたグラフェンベルフのスペースに入り込んだジョルジーニョにパスを入れたところから。
ポイントになるのはさらに降りてきたハヴァーツにより、ガクポが内側に引き寄せることでジンチェンコが解放されたこと。上の図のように左の大外でジンチェンコへのパスがつながると、ここからは完全に理詰めである。
ジンチェンコのカバーに入ったのはアレクサンダー=アーノルド。ジンチェンコはいったん止まっている間にウーデゴールはインサイドの受け手として立ち、ハヴァーツは列を上げ直している。グラフェンベルフとカーティスはいなくなってしまったので、中盤に1人残るのはマック=アリスター。列を上げ直すハヴァーツと中央に立つウーデゴールの二択を迫られている状態である。
一瞬ハヴァーツについていこうとしたが、結果的にフリーズしてしまったマック=アリスター。折り返しを受けたウーデゴールに対して、ファン・ダイクが出ていくも間に合わない。普通であれば列を上げるハヴァーツに対してはマック=アリスターが逃がしたとしても右のCBが対応するのがセオリーである。
だが、コナテの行動の原則にはアレクサンダー=アーノルドが出ていった際のお守りが存在する。ましてやこの場面はアレクサンダー=アーノルドが自らのマークを捨ててジンチェンコに出ていっている。サイドに意識が行くのは当然であり、その分ハヴァーツへのマークは遅れることになる。先に述べたアーセナルがリバプールの右サイド側を狙う理由が最後に伏線回収のようになっている。
というわけで完全に自由を得たハヴァーツ。理詰めのパスワークでリバプールの中盤に穴を開けて得た1on1のチャンスは止められてしまうが、こぼれ球をサカが押し込んでアーセナルが先制する。本来、レビューで書きたくなるようなそのチームの狙いが結果とリンクしないことも結構あるのだけども、この先制点の場面は恐ろしいほどきれいにアーセナルの狙いがハマったシーンといえるだろう。
マック=アリスターをめぐる駆け引き
リバプールの保持に対しては立ち上がりのアーセナルは高い位置からプレッシャーに出ていく。立ち上がりのリバプールに対して4-4-2ベースのアーセナルは2トップの誘導からボールを高い位置で刈り取るための仕組みを見せていた。
パターンとしては大きく分けて2つ。1つ目はハヴァーツがいわゆる外切りのプレスでインサイドに誘導。マック=アリスターへの縦パスを誘い、マーカーのジョルジーニョで奪いきる。リバプールはビルドアップの時にアンカーに人を並べるケースが多い。相棒はジョッタだったり、ゴメスだったり、カーティスだったり様々なのだが、ここはウーデゴールもしくはライスで潰す。
2つ目のパターンはスイッチがウーデゴールになる形。ファン・ダイクの右足からプレッシャーをかける形でリバプールの保持を左サイドに誘導すると、降りてくる選手(ジョッタやカーティス)をライスで潰して奪いきる形である。
アーセナルにとってシビアになるのはマック=アリスターの受け渡しである。ジョルジーニョの背後には右のハーフスペースで重なり合うジョッタとガクポがいる。そのため、ジョルジーニョが出ていけないケースも出てくる。その場合は2トップのうちのどちらかがマック=アリスターを受け取ることになっているのだが、主にウーデゴールが受け取り損ねた結果、マック=アリスターがフリーになるケースがちらほら。序盤に見られたガクポが抜け出しての決定機などはマック=アリスターの受け渡しの典型的なミスである。
しかしながら、こうしたシーン以外にリバプールが前進できるケースは稀。アーセナルの出ていく出ていかないの判断はリバプール以上に冴えており、かつ出ていったときにボールを奪いきるスキルはアーセナルの方が上だった。ウーデゴールとハヴァーツのプレスの旗振り役と手綱の締め方はほぼパーフェクトだった。
マック=アリスターをフリーにするチャレンジは時折見られてはいたが、ライスに潰されてゴメスが警告で止めなければいけないという失敗のケースも存在。ハイプレスの収支は明らかにアーセナルに分があったといえるだろう。
先制をしたことでアーセナルはプレスのラインを下げる。バックラインにはプレスをかける頻度を減らし、マック=アリスターの管理は2トップがメインに。中盤は出ていくよりも降りてきて間で前を向こうとする選手をひたすらに潰す方に徹することとなった。
マック=アリスターからの縦パスはこの時間以降ほぼ通ることはなくなったリバプール。彼らに残されていた前進のルートは右の大外に立つアレクサンダー=アーノルドだった。この日はインサイドに絞ってのゲームメイクはほぼ行わなかったアレクサンダー=アーノルド。右のWGのガクポは右のハーフスペース付近でジョッタと重なりながら、アーセナルの守備のマークを揺さぶっていたので、アレクサンダー=アーノルドに大外を託すプランは間違いなく意図的なものだろう。
大外のアレクサンダー=アーノルドのマーカーとしてはマルティネッリが基本的には見ることになるのだが、比較的高い位置を取った前半の中盤からややジンチェンコとの受け渡しが曖昧に。25分付近に持ち運びながら危ういクロスを許すシーンが続く。
というわけでマルティネッリの位置を下げたアーセナル。2列目が彼に合わせて位置を下げるため、全体のラインはさらに低くなる。ハヴァーツが中盤のような高さで守備をすることもしばしばであった。それでも前線にはロングボールのターゲットはいるし、陣地回復の目途は立つという判断をこの日のアーセナルはしたのだろう。実際にサカまでボールを届けてアーセナルは休憩をはさむことができていた。
リバプールはゴメスの対角パスや根性でマーカーを振り切るカーティスからアレクサンダー=アーノルドにボールを供給してはいたが、やはりプレス回避としては単発。個人的には右サイドでもマック=アリスターをフリーにする動きはあってもいいように思えた。アレクサンダー=アーノルドが絞ってしまうと、ミドルゾーンからフィニッシュまで設計が見えなくなるというのは理解できるので、彼がビルドアップに関与するのは仕方ない部分もある。もし、グラフェンベルフが上下動すればジョルジーニョの判断はよりシビアになったように思える。
そんな状況ではあったがリバプールは前半終了間際に同点ゴールをゲット。グラフェンベルフから放たれた裏へのパスをディアスが根性でつっついてオウンゴールを誘発する。
このシーンではラヤを責める声も聞かれたが、あの山なりの球筋とディアスやサリバの位置を踏まえれば、初手で出ていく判断をするのは酷だと個人的には思う。サリバがディアスと完全に入れ替わられてしまったのであれば出ていくこともあり得ると思うが、サリバがディアスよりもインサイド側に体を入れることができているのであれば、ラヤが出ていくことでサリバの動きを邪魔したり、あるいはボールをこぼしてしまうような対応になったりしてもおかしくはない。基本的にはサリバがクリアで処理しきるべき場面という認識である。
クロップの3枚替えの誤算
後半の頭はリバプールが主導権を握る。ジョルジーニョとハヴァーツのマーカーの受け渡しミスや、サカがプレスに出ていきすぎてしまうなど細かいスキをリバプールに与えてしまう。このミスをポゼッションでついたリバプールは左の大外に立つディアスでアタッキングサードの攻略に挑む。内外をカーティスやゴメスで突っつくことで左サイドからアーセナル陣内にクロスを放り込んでいく。
アーセナルはハーフタイムでジンチェンコに代わりキヴィオルが投入されており、保持面でリバプールのプレッシャー下で勝負できるかは不安があった。が、この点ではジョルジーニョが師範代としてきっちりフォロー。彼とガブリエウがキヴィオルに必ずパスコースがある形で時間を与えるパスを渡していたのが印象的だった。
実際にキヴィオルが与えられた時間を正しく使えさえすれば、ハヴァーツにマック=アリスターがギリギリで対応したシーンのようなクリティカルなチャンスが作れていたのは興味深い。保持面では難なくフィットし、非保持ではロングボールに対して非常にシャープに対応。途中から入るのが難しい試合に食らいついていった。
この日のジョルジーニョのパフォーマンスは群を抜いていた。ボールを預ければいい感じで整えてくれるシーンは数えきれないほど。立ち上がりにプレス回避から主導権を握ろうとしたリバプールだが、アーセナルは少しずつジョルジーニョを中心とした保持からリズムを奪いに行く。
57分にクロップは3枚の交代カードを切る。この交代の采配は結構いろんな見方ができると思う。まず、この時間帯は互いにバチバチしていた時間帯。どちらのチームも主導権を奪いに行く時間帯でショートパスとロングボールを問わず、前進から相手を押し込む手段を模索しているタイミングである。
まず、アレクサンダー=アーノルドの交代はプレータイムの制約があった可能性がある。そうなれば交代策はロバートソンとのスイッチ一択だろう。タクティカルな局面にフォーカスすれば、守備のカバーのためにコナテがズレずに済むというメリットもある。また、グラフェンベルフは個人的には攻守にもう1つ足りない印象があったので、早いタイミングでの交代は妥当なように思える。
意図を汲み取るのが難しいのはヌニェス。おそらくだが、ここからクロップはアーセナルとリバプールで主導権を握るために試合がよりオープンになる可能性が高いと踏んだのではないだろうか。それであればそうしたフィールドにうってつけのヌニェスを早めに投入したのも合点がいく。もっとも彼もまたプレータイム制限がかかっており、単純に上限が30分強だったという可能性もあるけども。
しかしながら、試合は直後に顔を変える。ロングボールからアーセナルはリバプールの守備陣のミスを誘発して勝ち越し。リバプールのロングボールが押し戻されていたことを踏まえると、おそらく風はアリソンが守るゴールマウスの側に強く吹いていたのだろう。その分のギャップがアリソンの飛び出しの遅れにつながり、生まれてしまった連係ミスなのではないかと想像する。
ということでアーセナルはここからよりクローズドなスタンスを徹底。前進のルートは左サイドのマルティネッリもしくはハヴァーツへのロングボールにフォーカス。右のWGは自陣に下がりながら、ロバートソンのオーバーラップに対応する形でリトリートするタスクがメイン。サカが負傷してネルソンになってもその役割は引き継がれていた。
こうなるとリバプールは苦しい。スペースがほしいヌニェスはローラインで構えるアーセナル相手ではさすがに相性が悪く、ラインブレイクからのチャンスメイクは不発。ガブリエウにカードを出させるのが一杯で、決定的なシュートチャンスを作ることができなかった。ここは失点の影響で交代時に意図したイメージとギャップが出てきてしまった部分なのかなと思う。
ブロックの外から壊すにしても、現状のスカッドで最強の武器といえるアレクサンダー=アーノルドはもうベンチに下がっている。博打感の強い浮き球で一発の打開を狙う策が繰り返されているのを見ると、右の大外をひねり出すためにディアスをSBに置くという奇策がクロップから出てくるのにも一定の理解は示すことができる。
保持でのアプローチが続くリバプールに対して、アーセナルは少ない手数と人数のロングボールからコツコツダメージを与えることに成功。その結果がコナテの退場につながることとなる。ハヴァーツは渋いながらも確実にリバプールのバックスにダメージを与え続けていた。
最終的にはエリオットとディアスで守ることになった右サイドをトロサールがぶっ壊してアーセナルが3点目をゲット。これで試合は決着。上位対決を制したのはアーセナル。無敗が続いたリバプールを止めたのはまたしてもノースロンドン勢。首位を走るリバプールはまたしてもロンドンで足止めを食らうこととなった。
あとがき
シティとリバプールにあって、アーセナルにないものといったら理不尽な得点力だと思っている。優勝するのであれば、アーセナルはその2チームよりも理詰めであり続けなければいかない。守備でのミスは減らす必要がある。攻撃では時間を前に送ってチャンスを作り続けなければいけない。局面でのデュエルで負けないことなど大前提である。
こうしたことは文字にするのは簡単でも実行するのは難しい。特にリバプールのようなタフな相手であればなおさら。シンプルにアーセナルはこのタフなミッションを90分間やり切ったことが勝因だろう。出ていく出ていかないの判断、ジョルジーニョを起用しての引き付けながらのスペース創出。特別なことでなくても高い水準のプレーを積み重ねることでアーセナルは多くの時間の支配をして、リバプールを上回った試合だった。まさしく、アーセナルがタイトルレースをする上で絶対に譲れない部分を提示して奪った勝ち点3だったといえるだろう。
結びになるが、コナー・ブラッドリーの父親の訃報に哀悼の意を表したい。ブラッドリーに穏やかな日常が戻り、一日でも早くまたピッチで活躍できる姿を見ることをひとりのプレミアリーグファンとして心から待ち望んでいる。
試合結果
2024.2.4
プレミアリーグ 第23節
アーセナル 3-1 リバプール
エミレーツ・スタジアム
【得点者】
ARS:14‘ サカ, 67’ マルティネッリ, 90+2‘ トロサール
LIV:45+3’ ガブリエウ(OG)
主審:アンソニー・テイラー