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レビュー
■ブレントフォードの仕組みを復習
ブレントフォードのフォーメーションはプレシーズンで主に使っていた(らしい)4-2-3-1ではなく、昨シーズンの昇格プレーオフで勝ち抜いてきた実績のある5-3-2でアーセナルをホームに迎えた開幕戦を戦うことになった。
システムがプレーオフ通りならば、狙いもプレーオフ通りである。プレビューでも説明したが、簡単にもう一度説明する。保持の局面ではGKのラヤが最終ラインのパス回しに参加。CBの3人のうち2人がGKを挟むように立つ。昨年のプレーオフでは右CBと真ん中のCBが挟む形で左のCBがSBロールだったが、この試合では左右反転。GKを挟んでいたのは左のCBと真ん中のCB。SBロールは右のCBである。
これは右のCBとして出場した新加入のアイエルの影響なのか、はたまたWBのカノスを置くサイドの問題(プレーオフでは左、この日は右)の影響なのか。いずれにしてもカノスがいるサイドの方を前に押し出すような形で4バックに変形するのが特徴である。
後方のパス回しは数的優位を使いながら前線にボールを蹴る。トニーとムベウボの2トップは後方から受けたロングボールを相手と競り合いながら落とす。
中盤の仕事はショートパスをつなぐことではなく、2トップが落としたセカンドボールを拾うこと。そのため、必要となるのは細かなパスワークではなく、ボールを拾う運動量と競り合いを制することができる当たりの強さである。
中盤でボールを拾うと、ボールはサイドに展開。ここからクロスを入れて攻撃は完結。動き直しが上手いトニーやサイドに展開した後PA内に突撃するIHで厚みを増し、クロスをフィニッシュに結び付けるのが狙いである。
ざっくり言うとこの形で敵陣にどれくらい迫れるか。それがブレントフォードの狙いである。ボールロスト後は即時奪回に挑み、波状攻撃を仕掛けることが多い。敵陣深い位置のビルドアップに対しても、積極的に最終ラインまで追い回し、マンマーク気味にプレスをかけて時間を奪ってくる。
したがって、『FWに当てる⇒中盤拾う⇒サイドに展開⇒クロス⇒跳ね返されてもすぐに奪回しもう一度クロス』という流れで波状攻撃になってしまうと非常に厄介。守備は割り切って撤退型の5-3-2に切り替えることもあり、いずれにしても同サイドの圧縮をかけることで大きな展開を阻害し、相手を同じサイドに閉じ込めるのが狙いである。
■トリガーを引くことができたブレントフォード
ちなみにアーセナルがやりたいことも結構わかりやすかった。キーとなるのは中盤中央で前を向く選手を作れるかである。より具体的に言うと、ゴール地点となるのは間受けするスミス・ロウが前を向く状況を作るということになる。
そのためのトリガーはCH。特にロコンガが相手のFWとMFの間でフリーでもち、広い角度でのパスが選択できる状況を作り出すことである。
GKを含めたビルドアップで中盤を相手のFWの後方で前を向けつ選手を作れるかどうかがアーセナルのポイント。ライン間で受けて、スミス・ロウに刺す形でボールを運ぶ序盤のアーセナルだった。
アタッキングサードまでボールを運んだ後はサイドに展開。左右の大外にそれぞれペペ、ティアニーが構えて幅を取る。スミス・ロウ、チェンバースとコンビネーションで打開を狙う右のペペとは対照的に、左のティアニーはボールを受ける段階で深さを取り、相手がいない状態でクロスを上げることを求められていた。左WGのマルティネッリは早めに内側に入ることで、ターゲットがバログン1枚にならないように気を回していた。
それぞれの狙いは互いにはっきりしていた両チームだったが、徐々に明暗が分かれてくる。好循環に入ったのはブレントフォードの方。ブレントフォードの攻撃がうまくいくかどうかは、まずアーセナルのCBに対してどこまでトニーやムベウボが空中戦で優位に立てるかにかかっている。
序盤はやや苦戦していたといえるだろう。アーセナルの前線がブレントフォードのバックラインまで積極的にプレッシャーをかけたせいで時間が与えられず、苦し紛れのロングボールに。全体をコンパクトに押し上げたアーセナルに対して、セカンドボールを拾えずラインを上げられなかった。
しかし、徐々にプレスが止むと、正確なフィードでブレントフォードが徐々に前進に成功する。10分くらいからFWへのフィードから中盤が落とすブレントフォードの時間帯を回すためのサイクルがちらほら見られるようになった。ロングボールに対してはマリは比較的頑張ってはいたが、空中戦が弱いホワイトのところで段々と劣勢に。
さらに厄介だったのは後方からのフィードで工夫をつけられること。人目掛けての長いボールだけでなく、スペースに抜ける長いボールを最後尾のラヤから送り、アーセナルのラインを下げていく。
先制点はこのスペースに送り込んだボールにより始まった波状攻撃から。ラインがPA内まで下がったアーセナルは、セカンドボールを拾われてカノスの股抜きスーパーシュートでプレミア開幕ゴールを被弾する。
上で述べたブレントフォードの時間帯にハマってしまったアーセナル。初手である長いボールの競り合いの部分でブレントフォードに後手を踏んだことで大きな代償を払うことになってしまった。
■裏切れないビルドアップ
一方のアーセナルは徐々にビルドアップが立ち行かなくなる。理由としてはブレントフォードのプレスの方向が規定されるようになったからである。わかりやすいのは得点前のシーンだが7分。ブレントフォードは明らかに最終ラインへのプレスでアーセナルの左サイドに誘導している。そうなると、マリにボールが渡った時はもうプレス隊が目の前。どうしても時間が無くなってしまう。
確かにこの試合でのマリはうまくボールを前に運ぶことはできなかったのだけど、こういう形で時限爆弾的にボールを渡されるのは気の毒な部分もある。この場面ではレノには持ち直してもらって、ホワイトにボールを出し直したかった。つまり、ブレントフォードの誘導を裏切る形でのパスワークを入れたかったということである。
余談だけど、この試合を見ていて、レノは浮き球を送ればパスが通る状況だけど、ライン上に人が立っている状況でパスを選択する頻度が極端に低いと思う。昨季、決定的なパスミスで失点を許してしまったこと、気にしているのかなぁとか思ったり。
ただ、後方からボールを保持を頑張る!という意識でホワイトを獲得したチームなので、そこを通せないとなると色々まずい。13分のシーンのようにスミス・ロウの抜け出しを誘発したホワイトはさすがにボール運びの部分で別格の違いを見せてはいたが、最終ラインの他の面々がとにかく運ばない。簡単にボールを離してしまい、保持はホワイトの独り相撲感が拭えなかった。ついでに言えばホワイト自身も最後に体を張る部分で物足りない部分も。ムベウボのシュートシーンにおいてシュートコースを開けてしまったことはいただけないといわざるを得ない。
それでもホワイトがいないと困るのは確かだ。29分のシーンはアーセナルのビルドアップの困窮をよく示した場面。ボールを持たされたレノはどうしたらいいのか迷っているように見えた。ホワイトへのパスルートがないレノは結果的には前線になんとなく蹴り飛ばし、相手のGKにキャッチされてしまう。
真横でもっとも安全に出せるマリにパスをつけても前に進めてくれるという信頼がない。ライン上に人が立っているチェンバースには届ける自信がない。しかし、前に蹴っても前線の動き出しが共有されている様子はなく準備がない。結局、ホワイトが消されてしまえば、ろくに運ぶことができない。迷ったレノがどうしようもなくなったことがよく分かったシーンであった。
そうなるとボールが受けられないアーセナルの中盤が段々降りてくるように。中盤の重心が下がると、徐々にサイドにつけるタイミングが早くなる。これまでは中盤のボールを触る位置が高かったおかげでティアニーは裏に抜ける形でフリーになるようなパスを受けることができていた。
しかし、だんだんと中盤の位置が下がり、ティアニーが受けるタイミングが早くなるとサイドに逃げるようにボールをつけるように。そうなると、ティアニーは2人くらいドリブルで交わさないとクロスを上げることができなくなる。
そういう状況になってしまうと今度はサイドにはサポートが必要である。だが、それがマルティネッリの仕事かといわれると微妙なところ。バログンへのマークを分散するという目的において、彼にはエリア内にとどまってほしい部分もある。
むしろ、中盤が後ろで受けることによって、ティアニーが受ける形が悪くなったことが気になる。ブレントフォードは2トップが起点になることでいい循環を生み出したが、アーセナルはDFラインがボールを運べず、中盤の重心が下がったことで悪い循環にハマってしまった。
■急ぐタイミングが折り合わない
後半のアーセナルはいい入りを見せた。理由としては中盤が中央で受けることにもう一度トライをし始めたから。ロコンガ(48分)、スミス・ロウ(51分)がマンマークに来る相手の逆を取り運び始めるシーンが徐々に出てくるようになる。
相手の出足が悪くなったのか、アーセナルの中盤の面々がプレスの間合いに慣れたのかはわからないが、後半の頭からアーセナルはこの日一番の前進ができていた時間帯。ブレントフォードのプレスが一歩間に合わずにアーセナルがターンで相手を交わすことができるようになった。
51分のシーンのようにスミス・ロウの反転からブレントフォードが望まない後退をした場面はアーセナルにとって最も崩しに近づいた場面。彼らは整わない状態での後退をさせられてしまうと、非常にもろい。
逆に言うとアーセナルはその状況を作ることがなかなかできなかった。攻撃のスイッチが入る瞬間(このシーンにおいてはスミス・ロウのターン)からシュートまでうまく進めたのはこの場面と終了間際のペペのシュートシーンくらい。それ以外のシーンにおいてはプレスで相手の攻撃を引っかけた時もスローダウンしてしまい、相手陣に迫ることができなかった。
一方で相手を押し込んだ後の攻撃については逆にややシュートが早く、詰め切れないシーンが多かった。もう一手、二手くらい相手を動かして崩さないとさすがにゴールの可能性が出てこない。急ぐ場面、急がない場面の選択がちぐはぐだったように思う。
我慢の時間を耐え凌ぎ、反撃に出たブレントフォードに追加点が入ったのは70分過ぎのこと。レノへのファウルは議論の余地があるが、それよりも気になったのはニアでボールを処理しきれず、ファーに簡単に流してしまったこと。その直後、あわや3点目という場面においても全く同じようにニアでボールを触れずにファーに流された形だったので、完全に研究をされていると思った。CKにおけるニアそらしのファーは最強なので、ニアでつぶせる処理の仕方はマストで習得しておくべき内容である。
結局、開幕戦はホームのブレントフォードが逃げ切り。アーセナルは開幕黒星でシーズンをスタートすることになった。
あとがき
■通用する片鱗は十二分に
この日のアーセナルのパフォーマンスがプレミアの中でどれくらいの強度か?というエクスキューズはあるが、ブレントフォードの2トップへの長いボールを軸とした攻撃は十分にプレミアで通用することを示したといえるだろう。むしろ、その初手での優位をとれたかどうかがこの日のアーセナルとの差を分けたといっていいくらいだ。
前線からの厳しい守備と最後方を引き締めて、最前線にフィードを送れる守護神ラヤの存在も非常に頼もしい。率直にプレミアでこの陣容でどこまで進めるのが楽しみになった。
■「どっちが?」ではなく「どっちも!」
ダメでしたね。ホワイトをとったということでハイラインへのトライは理解できるが、カウンターへの移行がスムーズでなくリターンがそこまで大きくなかった。ビルドアップにおいては各プレイヤーのできることの幅が狭く、限られたできることの中でブレントフォードに絡めとられて前進できる場面は多くなかった。
よく、ビルドアップがうまくいかないのは個のスキルか?システムか?みたいな二元論の質問をもらうのだけど、普通にどっちもだと思う。確かに選手を守るような決まりごとが少なく、それが危険を招いているのは間違いない。だが、ブレントフォードが撤退し時間がある状況でもただただ周りにつけるだけの最終ラインの個人スキルにも問題があるのは確かである。やればできることだと思うし、求められていること(ホワイトの獲得からも読み取れる)でもあるので、このオフシーズンでもう少しよくなっていると思ったのだけど。
いずれにしてもこの試合で作れたような数十分のいい時間で仕留められるほど今のチームには優れたストライカーはいない。ラカゼットは崩しの局面に忙殺されるし、オーバメヤンは不振。マルティネッリやバログンにはまだ荷が重いだろう。得点の期待がかかるペペは右サイドに幽閉され、2人をぶち抜かなければチャンスすら作れない状況だ。
まずは機会を増やす必要がある。ビルドアップもハイプレスもあらゆる手段を使いながら敵陣に迫る頻度を上げること。狭いスペースの崩しはプレシーズンよりはマシだった。問題はそこにたどり着くまでの方。土台から悪循環に陥っては意味がない。いくらバログンに救世主になるように祈っても、そもそもボールが届けられなければ彼も救世主になりようがない。
試合結果
2021.8.13
プレミアリーグ 第1節
ブレントフォード 2-0 アーセナル
ブレントフォード・コミュニティ・スタジアム
【得点者】
BRE:22′ カノス, 76′ ノアゴール
主審:マイケル・オリバー