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レビュー
ユナイテッドのビルドアップの仕組みの功罪
前日にクレイブン・コテージでシティが勝利。アーセナルが敗れれば最短でミッドウィークにもシティの優勝が決まることになる。最終節までアーセナルが望みをつなぐために勝たなければいけないアウェイ最終戦。有観客の状態では2006年以来勝利がないオールド・トラフォードに挑む。
立ち上がり、手応えを掴んだのはアーセナル。サカを使った右サイドでの攻撃から即時奪回に移行し、ユナイテッドを一方的に攻め立てるスタートとなった。
しかしながら、試合がそのままアーセナルの一方的な優位とならなかったのはユナイテッドのハイプレスにアーセナルがそれなりに屈することがあったからだろう。4分のトーマスがマクトミネイに捕まったシーンなどアーセナルファンからすれば「あれ?」というらしくない繋ぎのミスが見られた。
また、アーセナルはユナイテッドのボール保持に対しても少し戸惑っている感じもあった。ユナイテッドの保持はバックライン3枚がベース。広がるCBに加えてCHのアムラバト、もしくはGKのオナナが間に入ってビルドアップを行なっていく。時間の経過と共にオナナを活用したパターンが出てくる。
さらには中盤も低い位置に降りるのがユナイテッドのビルドアップの特徴。メイヌー、アムラバトはもちろんのこと、ディアロが中盤に降りてボールを触りに行く。序盤はディアロについていく冨安が中盤の守備に登場している場面が目撃されている。
もっとも、ユナイテッドのビルドアップの形がハマったパターンとして挙げたいのは13分のシーンである。オナナ→ダロトのミドルパスからダロトがホワイトをターンで交わしてドリブルで進んでいくシーンである。
この形が成功した要因はサカの背後にダロトが走り、そこにオナナが正確なパスを素早く送ることができたことである。そのためにはエバンスでダロトのマーカーであるサカを釣る必要がある。
ただし、普通に考えればエバンスへのプレッシングはウーデゴールの持ち場である。アーセナルファンならわかると思うが、相手のLCBに対してウーデゴールが出て行く形はアーセナルのハイプレスが始まるスイッチである。
しかしながら、この試合ではアーセナルはそのスイッチを入れることができなかった。その要因になっていそうなのは2つ。1つは降りてくる中盤のマークにアーセナルが忙殺されていたこと。アムラバトやメイヌーが中央の低い位置でウロウロしているため、ウーデゴールのマークの優先度がこちらに入れ替わってしまうとエバンスまで出て行くことが難しくなる。
もう1つは右に広がるカゼミーロをハヴァーツが無視できない点である。ウーデゴールがエバンスにプレッシャーをかけるのであれば、ハヴァーツが右足側からオナナにプレスをかけて相手の攻撃を左側に誘導したいところである。しかし、外に立つカゼミーロをハヴァーツが注視するのであればオナナにプレスをかける役割がウーデゴールに回ってくることになる。そうなると、エバンスにプレッシャーをかけることができなくなってしまう。
以上の要因からアーセナルはユナイテッドに対してハイプレスのスイッチを入れることができず、エバンスをサカが監視する機会が多くなり、ダロトが浮くことが増えた。アーセナル側として考えられる対抗策としては放っておく選手を作ることだろう。高い位置から強引に咎めなければいけないのであったり、あるいは左利きでフィードに自信があるリサンドロ・マルティネスが左CBを務めているのであれば無視することは難しいかもしれないが、エバンスであれば、彼にボールをとりあえず持たせて4-4-2ブロックをコンパクトにする方が良かったように思う。
この対抗策が思いついてしまうことがユナイテッドの今抱えるビルドアップの問題点である。要はアーセナルに対してユナイテッドが仕掛けていることは、まるでショートパスをつなぐかのようなポジションをとって、相手のプレス隊を多く自陣に引き付けているという状況を利用して、オナナからのミドルパスから広いスペースで前線にパスを送るということである。
問題なのはフリである「ショートパスをつなぐかのような」のところ。これがシティであれば、ショートパスを実際に繋いで敵陣に侵入することができるので、エデルソンのロングパスとの両睨みで勝負することができる。だが、ユナイテッドのバックラインや中盤はそうした適性がない選手が多く、実際にハイプレスを受けた時にショートパスを繋いで脱出することができない。中盤の降りるアクションやSBのレーン移動など保持形チームっぽい振る舞いは見せているのだけども、それが効果的な前進に繋がる例は稀である。
よって、ユナイテッドはショートパスをつなぐ陣形をとりながらバックスで最もキックの精度が高いオナナのミドルパスからボールを前に進めることを繰り返すことになる。ただ、いくら足元の精度が高くともロングキックはショートパスほどの精度を出すのは難しい。ユナイテッドの攻撃陣がアーセナルの守備陣相手にめちゃめちゃアドバンテージがあるのであればなんとかなるかもしれないが、そういうわけでもない。
そうなると、ネックとなるのはオナナのミドルパスがロストしてしまった時の状況。ロスト時にラインを低く構えた影響から後方が間延びしてスカスカの状態で相手の攻撃を受ける形が出てくることである。バックスのラインも低いので当然オフサイドも取りにくくなる。
そう。お分かりの通り、ユナイテッドの保持のスタンスは結果的に失点につながることとなった。ショートパスでのポジションを前提にしたカゼミーロはオナナのミドルキックに対してラインを上げるのが遅れてしまう。その結果、ギャップをついたハヴァーツによって押し下げられてしまい、トロサールの先制ゴールを許すこととなる。正直押し下げられた後の対応はエバンスもカゼミーロもなんとかなったやろ!という感じはするが、そもそもラインブレイクを許してしまったのはユナイテッドのビルドアップの負の側面が原因と言えるだろう。
少し気になったのはオナナのキックの前の両CBの振る舞いである。カゼミーロは開いてショートパスを受ける準備をしている一方で、エバンスはラインを上げてロングキックに備えている。一般的にGKがロングキックを蹴るのであれば、エバンスのアクションがスタンダードである。
だが、先に述べたようにユナイテッドはショートパスを受ける動きをフリにしている。現にユナイテッドの面々の中で初めからロングキックを蹴る前提のポジションをとっているのはエバンスだけ。ダロトやアムラバトはカゼミーロと同じくショートパスをつなぐためのポジションをとっている。エバンスがそれに呼応するポジションをとっていれば、ハヴァーツヘの初動対応は少し楽になっていたかもしれない。
もっとも、重要なのは誰が悪いかというよりもこうした認識のギャップ、カゼミーロのラインアップ遅れによるプランのコミット、そしてショートパスでの繋ぎでの脅威を与えられないという構造の問題だろう。急造のDFラインでどこまで!というのはあるが、リサマルを失ったユナイテッドの平常運転はこんな感じなので、チームとして今季改善しきれなかった課題と言えるのではないだろうか。
主導権を握る場所
先制点を取る前のアーセナルはトーマスがサリーで最終ラインに降りるなどボールを落ち着かせることを前提としていた。冨安、ライスが左サイドでレーンを入れ替えたりなど、CB前のポジションはやや自由度が高め。1stプレスラインを超えた後は左右のDF-MF間のハーフスペースにボールを入れて前進を狙う。左は冨安、右はウーデゴールが縦パスのレシーバー。3-2と2-3を行き来しつつ1列ずつ丁寧に超えて行くポゼッションだった。
先制点を手にしたことでユナイテッドは高い位置からのプレスを強化する。アーセナルはこれに対して、一気にハイプレスをひっくり返すことで2点目を狙いに行く。こちらも使うのは相手のプレスを引き寄せてその背後を狙う形である。
狙い目としたのはMF-DFの間のスペース。ポイントとなるのはウーデゴール。彼の降りるアクションからアムラバトを引き寄せて、DF-MF間を広げる。つまりウーデゴールは囮である。
この動きに合わせて、ライン間には前3枚のいずれかが入る。23分のトロサールのレシーブや、その後のサカの横断などが成功例である。なお、ウーデゴールが降りるスペースを確保したいので、冨安は絞らずに大外に立つ機会が多くなっていた。
ただし、この日のアーセナルはボールを動かすフェーズでミスが多く、ユナイテッドのプレスに間に合ってしまう場面が多かった。さらにはウーデゴールに釣られていたアムラバトが中盤のスペース管理に参加するように。プレスバックで潰すアクションが増えたユナイテッドはアーセナルの加速を阻害する。
失点後のユナイテッドは押し込む時間が増えたものの、アーセナルの戻りが間に合うとWGにダブルチームをつけるプランに対して手の打ちようがなさそうだった。ガルナチョが2人マークを引き寄せられることをSBやMFが利用できない。こういう状況で押し込んでもなんともならないというのはサカとマルティネッリにダブルチームをつけられることが多いアーセナルファンもよくわかることだろう。
よって、WGが少なくとも1on1で持てる状況を作りたいユナイテッド。そのためにはファストブレイクが生命線である。先に挙げたプレスを誘引してからのオナナ→ダロトへのパスもそうだし、アムラバトが潰した中盤からの反転速攻もそのための手段である。
つまり、先制点以降のアーセナルとユナイテッドの主導権を決めるのはアーセナルがユナイテッドのDF-MFの間の選手にボールを届けられるか。ここに届けられればアーセナルが一気にカウンターに移行できるし、咎めればユナイテッドがWGをオープンにする攻撃機会を得ることができる。
得点直後はアーセナルがカウンターに移行する場面が多かったが、徐々にユナイテッドが食い止める場面が増加。それでもアーセナルは最後のところをやらせない!というところでハーフタイムを迎える。
割り切ったアーセナルが徐々にユナイテッドを手詰まりに
後半も展開は陸続き。ユナイテッドはハイプレスを仕掛けながらアーセナルのビルドアップ隊に圧力をかけていく。アーセナルの対応策も同じ。自陣からのショートパスをベースに左右に広く動かしながら、ユナイテッドのプレスの綻びを狙う。
おそらくは続けていけば相手が疲れてくれるはずという目論みはあったのだろう。中盤より前で長い時間プレーできそうなユナイテッドのベンチメンバーはアントニーとエリクセンの2人だけなので、相手がバテるまではやってやろう!という気概を感じた。
しかしながら、アーセナルは後半もパスワークが戻らずに苦戦。半端にボールを捨てることが増えていく。オールド・トラフォードの芝が合わなかったのか、パスのスピードが全体的に低調だった。
雨が降ってきたこともありつなぐのに固執するのはまずいということになったアーセナルは徐々に安全策にシフト。ハヴァーツへのロングボールからの前進を狙う。ボールを届けられなくともユナイテッドの中盤は間延びしているのは確かなので、セカンドボールを回収することに走ればフィフティーまでは持っていけると判断したのだろう。
実際、このセカンドボールを回収し、押し込むきっかけを作ればアーセナルは右サイドを軸に優勢に。アタッキングサードに侵入さえできれば崩す手段の豊富さでゴールに迫ってチャンスを作ることができていた。
甘さがあったプレッシングも含めてユナイテッドには後半ガルナチョがオープンになるチャンスはあった。だが、マクトミネイがボックス突撃とガルナチョの仕掛けのタイミングが合わず、ガルナチョの突破からのシュートしか攻撃のレパートリーはなし。アタッキングサードでの手数の少なさは苦しいものがある。
雨が強まったこともありアーセナルはトロサール→マルティネッリでアバウトなロングボールからの前進手段を増強。さらには負傷により、サカ→ジェズスのスイッチを行うことで、時折フリーになっていたユナイテッドの左サイドの穴を封じることができるように。さらには5バックと段階的に自陣を固めたアーセナルに対して、徐々にユナイテッドは攻め手がなくなっていく。
得点量産とはいかなかったが、できることをハンドリングして鬼門を突破したアーセナル。昨季、V逸が確定した37節を乗り越えて、優勝争いは最終節にもつれ込むことを確定させた。
あとがき
まずは最後までタイトルレースを楽しめることが幸せである。最後までどうなるかはわからないけども最後までどうなるかわからないところまで持っていけたのは成長である。
苦しい試合の内容となったが、きっちり中身を紐解くと今のアーセナルはその日の自分たちができることに合わせて展開をある程度ハンドリングすることができる。そこは単純に成長。勝敗が明らかにコンディションに左右されにくくなっている。もちろん、それを支えるのはバックスの強固さである。苦戦することで逆に成長を感じさせる90分だったように思えた。
試合結果
2024.5.12
プレミアリーグ 第37節
マンチェスター・ユナイテッド 0-1 アーセナル
オールド・トラフォード
【得点者】
ARS:20′ トロサール
主審:ポール・ティアニー