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レビュー
■速さで振り切る川崎
「GKは高丘だし、今年のマリノスはゆっくりやりたいらしいよ?」というのが知り合いのマリサポから聞いた今年の横浜FMの寸評である。蓋を開けてみれば、GKはオビだしプレスめっちゃかけてくるしで聞いていた話とは全然違うよ!という感じであった。
横浜FMのプレスはオナイウ、仲川、樺山が川崎のバックスにあたる。アンカーのシミッチを天野が監視する。マンマークというほどではないけども、楔を打ち込まれる川崎の選手にはしっかりと当たってくる。
圧力自体は強いプレスだが、川崎にはやり返す手段があった。
①ダミアンのポスト
単純に背負うといえばダミアン。彼を軸に落としを三笘や脇坂など周りの選手たちが拾う形。拾う選手たちのマークを外すためのオフザボールの動きが大事。
②三笘ー旗手の関係性
まぁほぼ①と同じなんだけど、三笘と旗手の関係性は特に川崎にとっての突破口になっていた。特長としては大外での三笘が背負いながら縦パスを受けて旗手が追い越すように裏に抜けていく形。
③大外に開く家長
フリーダムな印象のある家長だが、この日は明らかに右サイドで開きながら受ける動きが多かった。①や②に比べれば縦への推進力がある形ではないが、ボールを落ち着けるという意味では一番だった。
①は今までも見られた形ではあるが、特にこの日は②や③の手法が多く見られた。おそらくこれは川崎の今季のスタイルとこの日の横浜FMのシステムが原因として挙げられるだろう。今季の川崎のプレースタイルは相手のプレッシングを前に進む形で外すことが多い。したがって、プレー選択はボール奪取後比較的に早く縦に進みがちである。①~③のプレーはいずれも前線のポジションの選手へのパスでボールを収めることで前進している。
加えてこの日の横浜FMはボール保持時は3-2-2-3、非保持時は4-2-3-1の形の可変システムを採用。この2つのシステムは攻守におけるポジション移動が多いポジションがある。3-2-2-3⇒4-2-3-1の攻撃から守備の切り替えにおいて大外ワイドのケアがしにくい。特に横浜FMの左サイドはこれが顕著。攻撃時は内に絞るティーラトンは守備時はLSBに。チーム内でもトップクラスの移動距離といえる。
前線外に川崎が起点を作れたのは川崎のスタイルと横浜FMの可変システムの合わせ技と見るのが妥当だろう。
押し込んだ後の川崎の崩しは左右で異なった。左サイドはダミアンからの落としを受けた選手、もしくは三笘のポストで抜け出した旗手のスピード感を活かす場面が多かった。推進力を活かして一気に陥れる動き。後ほど述べるが、ここは横浜FMのDFの距離感が悪かったことに影響することが多かった。横浜FMは岩田ーマルチンス、もしくは仲川ー岩田の距離感が開くことが多く、このギャップを川崎の選手が利用しやすかったことが1つの理由として挙げられる。
右サイドの攻撃はもう少しボールを落ち着かせながらの崩し。復習するとこちらはそもそも攻守の切り替えの際に大外のケアが遅れがちなティーラトンの立ち位置を利用するというものだった。崩しは大外に張る選手を軸に多角形を作りそれを破壊することの繰り返しで成り立っている。大外に立っているホルダーを基準にするならば、後方+内側+裏の3人の選手たちが彼をサポートするようにポジションを取る。このようにしてホルダーに多くの選択肢を与える。
では作成と破壊を繰り返すというのはどういうことか。1得点目を例に説明する。このシーンはまず大外で家長が受けることから始まる。ティーラトンの戻りが遅れるのを利用した③の前進の方法である。そして、その家長から縦方向に脇坂がパスを引き出す。この脇坂が大外に立っているホルダーとなる。脇坂にパスを出した家長は奥に抜ける動きを見せる。したがって裏の役割を果たす選手。そして、田中と山根がそれぞれ内側、後方のサポート役として立つ。
ここから脇坂は内側へのパスを選択。田中はそのパスをリターンした後に外に抜ける。このパス交換の間に起こったことは山根がホルダーを追い越して裏に出ていく動きである。その山根の動きを見て、家長は内側に進路を取る。
田中と山根の動きによって多角形は一度破壊される。が、そこから再度異なる多角形の形が作られている。もちろん個々のプレーはスーパーだが、この関係性を崩さないことでフリーの選手をうまく作り出していたことは記しておくべきだろう。この後、裏に抜けた山根へのパスからの落としを家長が受けて今季の川崎の初ゴールを決めた。
2得点目もスクランブル気味で1点目ほどきれいではないが似た形。大外に抜けるように動く田中のケアを横浜FMがすることができなかった。急戦的な左サイドの攻撃に、やや静的ながらフリーランでホルダーとの立ち位置を変えつつ崩していく右サイドのコントラストで川崎は前半から横浜FMを攻め立てた。
■新システムが機能しなかった理由
一方で前半の横浜FMのビルドアップはなかなか苦しいものになった。3-2-2-3での保持のプレーはおそらく冒頭の「ゆっくり」という部分にかかってくるとは思うのだが、この試合ではそれをうまく実現することができなかった。ここは後程まとめで説明する。
うまくいかなかった理由としてはこちらもいくつか考えられる。
①可変システムの弊害
攻撃時に川崎に大外を使われたメカニズムはまんまこちらにも当てはまる。横浜FMは守備から攻撃に移動する際にボールを奪った後に適切なポジションに移動する時間を生み出す必要がある。川崎のハイプレッシングはこの時間を生み出すことを許さず、横浜FMがポジションを取る前にボールを取り切ってしまった。
②3-2-2-3というデザイン
そもそもの個々のポジショニングのデザインがこれでよかったのか?という部分はある。おそらくこの形を志向する以上は、大外でのWGのドリブラーが崩しの決定的なカードになると思うのだが、ここに至るまでの動線が不足しているように思えた。
例えば左のWGの樺山。前半に最も躍動した横浜FMの選手の1人ではあるが、彼にボールが収まるまでの過程が準備されているとはいいがたかった。同サイドで言えばティーラトンも天野も内側に絞りがちでCBからのパスを引き出すことができなかった。直接届けるには少し遠すぎる。①と関わってくる部分でもあるのだが、パスコースがなくなったことでロングボールを樺山にとりあえず届ける!という場面が多かった。
ちなみに樺山はプレーのキレ自体は抜群だった。だが、こういうようにやや苦しい状況でボールを届けることになってしまったり、もう少し低い位置まで降りてきて効果が薄くなってしまったり、あるいはいい形でボールを持てても味方をうまく使えなかったり、後半志向した前線からより強度の高いプレスというスタイルと相性が悪かったりなどHTの交代にはいくつかの要因があるように思えた。
③個々の選手の距離感
②と並行して出てくる問題なのだが、このシステムの中での互いの距離感の悪さは気になった。もっとも顕著なのがDFライン。開始直後を見てもわかるように横浜FMはオビを使ったビルドアップを積極的に活用したかったはず。しかし、3人のCBはかなり狭くポジションを取ることが多く、ボールを引き出すのが難しかった。
ダミアンがオビにプレスをかけるシーンは多かったが、互いに狭く密集する横浜FMにとってはこのプレスによって縦に並びがちな配置になる扇原もマルチンスも使いにくくなってしまうという弊害があった。
選手個々のポジションをボードに並べてみると盤面上は3-2-2-3は川崎の4-3-3に対して中央で浮くはずである。しかし、それを横浜FMはうまく活用できなかった。
特に窮屈そうだったのは扇原。CBが開かないので角度をつけたパスも受けられないし、それなら降りたいのだがそのスペースもないというしんどい状況だった。
先ほどの樺山までの距離感が遠い問題や、ロスト時の川崎の左サイドに素早く攻め落とされてしまう問題もこのDFラインの距離感の遠さが原因だろう。GKを使った3CBのビルドアップをやるのならば、もっと広い間隔をとって最終ラインで幅を取る必要があったように見えた。そうすれば選択肢に詰まりがちだったオビにもより豊富な選択肢があったはずだ。
■速さで精度をショートさせる
後半の横浜FMの選手交代+システム変更の意図はシンプル。樺山と扇原を下げて水沼と前田を起用。ボール保持時と非保持時のポジション変化を少なくし、まずは攻守の切り替え時に発生していた川崎の優位を取っ払おうとした。攻守ともに4-4-2に近い形に整理にしたことにより、ティーラトンと岩田がサイドに開くように立つことができたため、前半に苦しんでいた幅が取れない問題も合わせて解消した。
加えて、水沼や前田という運動量とスピードを兼ね備える選手たちによってオフザボールの量と質を確保。前半から主にアンカー脇で行われていたオナイウのポストの効果は飛躍的に向上し、川崎は徐々に自陣からの脱出が出来なくなっていった。
川崎がボールを落ち着かせられなかったのは、まずは横浜FMが前半以上に高い位置からプレスをかけてハメきったこと。そして、川崎の選択肢がそれでもなお縦に早い部分にプライオリティを置いていたからである。こちらも盤面上、川崎の4-3-3は横浜FMの4-4-2に対して余るのだが、ボールサイドに過剰にプレスをかけてくる横浜FMに屈する場面は多かった。特に大きなサイドチェンジが出しにくい左サイドに追い込まれて囲まれると苦しかった。
この試合を振り返ってみると、前後半通して互いにペースをどうしたかったか?というのが大きなテーマになっていると思う。横浜FMは前半の形がおそらく今季チャレンジしたい形のはず。冒頭の「ゆっくりやりたい」が本当なのだとしたら、3-2-2-3に変形したボール保持においてはポゼッションしながら押し込みたいと考えていたはず。ただし、保持するためにはボールを取り返せねばならない。となると当然プレスをかけるフェーズはテンポが速くなる。
ボールを取って落ち着けるのが横浜FMの理想だが、川崎も即時奪回を掲げているため、横浜FMの保持の局面でもペースは落ちない。その上、保持で落ち着かせるほど整っていない。したがって、本来は奪回して落ち着けたいはずのペースがコロコロと展開が速くなる方向に転がっていってしまっている状態の前半だった。
今季の川崎は圧力強めなプレッシングに対して、正確ながらも縦への選択肢を優先しながら速さと正確さを兼備したプレーでテンポを上げながら振り切ってしまうという傾向がある。後半ペースを握れられてしまったのは横浜FMの前からのプレッシングの速度が高まったことで、振り切るための川崎のプレースピードがさらに上がってしまい、精度を兼備しづらくなったことによる。テンポの速さで押し切った横浜FMが優位に立ったということだろう。
ただ、そこから速いテンポの中でゴールに向かう精度やメカニズムによって保証される頻度の部分は両チームに差があった。この部分で川崎が優位に立って2つのゴールを手にした試合だったように思う。横浜FMも川崎もスローにするためのテンポを手にするための手段をとれなかった、あるいは取らなかったために速さ+精度に終始した開幕戦となった。
あとがき
■テンポに対するそれぞれのチャレンジ
本編最後の続きになるけど、横浜FMは単純にゆっくりプレーするためのシステムとか相互理解とかがまだ不十分だったように思う。相手が速いテンポでボールを取り返す相手というのも誤算だった。その部分は今後改善の余地があると思うし、見込みもあると思う。が、それがスカッドにあったスタイルなのかはわからない。
川崎は多分ゆっくりプレーできる選択肢も持てるチームだとは思う。ただ、現状それを選択する頻度はとても低い。前線の控え選手たちがどちらかと言うと展開が速いダイレクト志向にマッチしていることもあって、スピードは後半に入っても上がる傾向にある。ここまでの流れとしては2試合とも前半にプレスで主導権を握り、後半頭に高い位置からのプレスにつかまりペースを渡し、終盤に交代選手で前を活性化して互角に持ち込むという展開である。
1試合に勝つという意味では静的に支配する時間を設けたほうがきっと良い。でも、今の川崎は速いテンポを志向しながら試合を握る時間をどれだけ長くするか?という命題にチャレンジしているように思う。こちらも過密日程に合うスタンスかはわからないけど。このチャレンジがどの方向に向かうか?という点は注視していきたい。
本文では全く伝わらないだろうけど、開幕戦をマリノスに完封勝利は超うれしいです。皆様、今年もよろしく。
今日のオススメ
この日の川崎の選手のプレーを個人にスポットを当てて紹介するコーナー。三笘の変態トラップは必須として、ダイレクトで縦にパスをつける意識の高さが目立った山根のプレー選択は今後気にしていきたい。
試合結果
2021.2.26
明治安田生命 J1リーグ 第1節
川崎フロンターレ 2-0 横浜Fマリノス
等々力陸上競技場
【得点】
川崎:21′ 43′ 家長昭博
主審:西村雄一