プレビュー記事
レビュー
『出張』の収支の話
ACL、ルヴァンカップと停滞感のあるカップ戦での戦績が続く川崎。唯一、星取り的には順調なリーグ戦だが、鹿島に敗れれば今季初のシーズンダブルを喰らうことになる。
この試合のテーマは人についてくる守備をどう利用するか?であった。端的に言えば勝った鹿島はそこを十分に利用できていて、負けた川崎はその点で不十分さがあったということだろう。
序盤は右サイドの家長をめがけて前進を狙う川崎。サイドに複数枚を置きながらローテをしつつ、マークが外れる隙を窺う。
鹿島の守備はマンツーベースなので人についていくのが基本線。原則を一つ付け加えるのであれば、CBはなるべくボックス内から動かさないということだろう。ちなみに、仮に鹿島に鬼木政権を誕生させるのであれば、CBに与えるタスクの広さが今の鹿島とのギャップになる気がする。鹿島はボックス内を守ってナンボ、鬼木監督は広い範囲をカバーしてナンボである。
人についてくる鹿島のバックスを剥がすことができない川崎。川崎の選手はオフザボールの動きがないことはなかったが、対面の相手を剥がせるかどうかをベースに動いていた感がある。他の選手のマーカーにつっかけてマークを受け渡すかどうか?の判断をもっと誘発したかった。
4:10の山本のように逆サイドから出張する選手を作ることも確かにマンツーの対策としては有効である。だが、山本はこの場面でワンタッチでの裏抜けを選択。これではもったいない。
鹿島の守備の原則は人を捕まえることであるため、山本がボールを持っていれば自然と誰かしらマーカーが寄ってくる。山本がボールをリリースするのはその「誰かしらが寄る」アクションの後にするべきである。「誰かしらが寄る」アクションの後にはマークがずれる。例えば、仲間が山本に寄った場合は下のような崩しが期待できる。
よく、自分は「家長の逆サイドへの出張が効くかどうかは収支次第」という話をレビューで書く。この場面に照らし合わせれば、山本が出張することで「誰かしらが寄る」アクションを誘発し、そのアクションによって生じたズレを元に敵陣に攻め込めれば収支は合う。だが、この場面の山本のように何もアクションを待たないままとっととボールを離してしまうのであれば、出張は無駄。ネガトラで構造的な歪みを相手に使われるデメリットの方が遥かに大きくなる。
構造的な歪みという点でもう1つ触れておきたいのは8:00のソンリョンのフィード。相手にパスをプレゼントしたという技術的な話もそうだが、この場面では両CB、降りてくる河原を中心に川崎のFPは明らかに繋ごうとするアクションをしていた。かつ、河原への縦パスは左サイドの佐々木と三浦へのルートが見えており、鹿島のプレスが川崎のショートパスの選択肢を封鎖できているわけではない。
自陣からショートパスで進もうとする場面でそもそも不確実な選択肢であるロングボールを蹴ってしまうというのはとてもリスクがある。失ったときに自陣の陣形が守備面で歪になっている。師岡をオフサイドにかけられないのは流石に不味さがある。よく繋ぐリスクに関しては話題に出るが、この場面は逆。むしろ、蹴ることがリスクになってしまっている。技術的なミスの話よりも、繋ごうとしている陣形で蹴る判断をするという認知面でのミスの方が自分には気になった場面であった。
ボールをどのように前に進めるかの判断で言えば、鹿島は上だった。手段自体はシンプルなロングボールであるが、インサイドに絞る仲間をターゲットにしたり、あるいは師岡が前後に揺さぶるアクションを加えることでCBの佐々木の対応を混乱させたりなど、こちらは移動によって生まれる混乱から攻撃を前に進めることができていた。
前線でボールを収め、柴崎にボールを落とし、裏抜けをするFWにラストパスを送る。この手順で鹿島は順調に敵陣に侵入することができていた。
鹿島の攻撃機会には自陣からの前進だけでなく、川崎の攻撃終了の流れからのトランジッションも含まれる。先に述べたように川崎はサイド攻撃でマンツーを剥がせず、相手にプレッシャーをかけられてしまった場合にはリスクのある判断でカウンターを誘発していたので、鹿島が敵陣で時間をもらえるような攻撃機会はさらに多くなった。
押し込む鹿島はセットプレーの流れから先制。スローインでサイドに流れた柴崎をチェックできなかったのは日立台で喫した失点と同じ流れ。インサイドでは誰かがどのマーカーにつくかの判断が遅れた結果、佐々木と高井の間に入り込んだ知念が先制ゴールを決めた。
『三竿の足が埋まるか?』がバロメーター
川崎側の話としてビルドアップの不具合の話にもう1つ触れておきたい。気になったのは左サイドでのビルドアップである。鹿島のFWは川崎ほどとは言わないまでも、割と自由に相手を追い回す傾向があるので、左右にボールを振ればCBが簡単に1stプレスラインを超えることができていた。
例としてあげたいのは11:20の場面。知念が一時的にピッチを退き、10人になっている鹿島に対して佐々木は簡単に1stプレスラインを超えることができた。ドリブルでボールを運び、ライン間の三浦→マルシーニョの裏へのパスのシーンを作り出したというのがこの場面であった。
惜しくも見えなくない場面だが、三浦→マルシーニョのパスに対しては鹿島は樋口(横を切って縦にパスを出させる誘導役)、三竿、植田の3枚がパスの出る前の時点で矢印を向けることができている。三竿、植田のラインコントロールは怪しいものではあったが、裏抜けの選択肢だけにフォーカスをされてしまうと、対応されるのは容易だろう。
川崎がこの場面をチャンスにするには三浦→マルシーニョのパスへの注意を分散させる必要がある。具体的にはパスをカットした三竿が「パスを出す前に裏に走る対応ができない」状況に持っていくのが理想だ。
ではなぜ、この場面では三竿が裏抜けの対応にフォーカスできたか。それはマルシーニョの前の選択肢である三浦に樋口がチェックに行くことができるからだ。
仮に三浦が樋口の手の届かないところでボールを受けることができれば、三竿には「三浦を捕まえる」と「マルシーニョの裏抜けに対応する」の2つの選択肢が出てくることになる。2つの選択肢を突きつければ、三竿がマルシーニョの裏抜けに対応することは難しい。そうなれば、三浦→マルシーニョのパスが通る確率は上がる。
樋口が三浦にチェックできないようにするためには、今度は樋口に選択肢を増やすことが重要だ。映像を見ると、樋口は佐々木がパスを出す前の時点ですでに三浦に向かうことができている。佐々木がドリブルを樋口の足を止めるまで続けることができていれば、三浦に対して三竿が出て行かざるを得ない。
この場面では鹿島は10人だったが、11人でも鹿島の2トップを外してCBがフリーになる場面はあったため、原理としては同じ。CBのキャリーからの前進はもっと精度を高めたいところである。
川崎の攻撃はマルシーニョの裏抜けが出口になることが多いが、この日のように相手の守備者の全ての矢印が裏抜けにフォーカスできる状況になると、いくらマルシーニョの足が速くても刺さりにくい。後方から時間を作り、最後に貯金をマルシーニョに渡す形を作る必要がある。
ちなみに、鹿島の左サイドはこの動きがよくできていた。バックスでボールを持つ動きに加えて、安西のマーカーからの距離の離れ方が上手い。外でボールを待つ安西から裏を狙うことで鹿島は攻撃のルートを構築することができていた。
CHがサイドに落ちる意義
もう1つ、触れておきたいのは山本や河原などボールサイドのCHが自軍のCBの横に立つ動きである。この試合ではそこそこの頻度で見られたアクションである。
まず前提として、佐々木が鹿島の2トップを外してボールを運べるときは同サイドのCHは落ちる必要はない。高い位置に出ていって、三浦やマルシーニョの手助けをするべきだ。
その上でCHが列を落とすことに意味を持たせるのであれば、鹿島のSHをプレスに引き出し、SH-SBの幅を引き延ばすことである。CHのサイドへの列落ちは右サイドの方ができる予感があった。17分のシーンの陣形は悪くなかった。川崎のCBが2トップを引き付けた上で低い位置に立った河原が仲間を引き寄せる。浮いたギャップに橘田が顔を出す。橘田には中央の山本という安全で有効な選択肢が準備されている。
ただ、この試合では肝心の河原と橘田のコンビネーションが不十分。相手の動きに対して、パスを出すタイミングやズレが発生してしまい、ボールがつながらない。2失点目の遠因もここのコンビネーションのロスト。カウンターでサイドからマークをずらされた鹿島は最後に樋口のマークを誰が行うかが不明瞭になってしまった。
鹿島はさらに3点目をゲット。大量リードでハーフタイムを迎えることとなる。
2つの決定機は『足を埋めた』ところから
後半、川崎はやや持ち直した感がある。ロングボールに対して、前半ではあまり見られなかった挟み込む対応が出るようになったし、小林が中盤の競り合いに顔を出すことで空中戦で一方的な不利に陥るケースは減った。
攻撃においては左サイドから光を見せる。大外のマルシーニョを囮にハーフスペースに侵入する選手からチャンスを作れている。
攻撃がうまくいくかのポイントは前半と同じ。「三竿の足が埋まるかどうか?」である。山田が逃した2つの決定機はこの攻撃成立の要件を満たしている。1つ目の51:30の場面では三浦のオーバーラップに知念と樋口のどちらもついていけないといういわゆるサボりによって発生したチャンス。マルシーニョが正対して三竿の足を埋め、裏に抜ける三浦へのパスルートを切り拓いている。山田の大決定機逸に見えるシーンだが、直前に早川が触ってコースが変わっている分、見た目よりは難しいシュートシチュエーションだったことは述べておきたい。
2つ目の53分手前の決定機はよりクリティカルに川崎が鹿島を崩したシーン。河原のニアサイドへの突撃により、柴崎が川崎の右サイドのケアに忙殺される。この動きを利用してインサイドに入ったのは橘田。ここから山本へのパスを各駅で繋ぐことにより、逆サイドの三浦が完全に樋口から解き放たれることになった。
こうなると当然三竿の足は埋まる。そうなればマルシーニョの裏抜けは非常に効果的なものになり、山田の決定機につながる。こちらのシーンは山田にとっては逆足とはいえ、枠を外してしまうのは言い訳の余地がない印象だ。
余談だが、鹿島は柴崎が決め打ちでサイドのカバーに入った結果、周辺のスペースが空いてしまい、そこから数珠繋ぎ的に破綻するケースが予習した試合でそれなりに多かった。橘田というMF的なSBを活かすのであれば、柴崎の手前に登場するようなインサイドのタスクをもっと増やし、柴崎周辺に圧力をかけたかった。
鹿島は右サイドに流れる鈴木のキープと相変わらずロングボールの引き出し方にバリエーションがある師岡により、陣地回復は安定。津久井の投入でバックスを増やして5バック気味に受けるようになってからは川崎の左サイドへの防衛は落ち着いた印象だ。
個人的には相手がきっちり引いた場合の左サイドの山本のフォローはもっと欲しい。一発で裏を取れないのであれば、作り直すアクションは必要だし、山本はサイドに顔を出せば十分にそのタスクを担うことができる存在。前半も含めてマルシーニョと三浦へのサポートが不十分だったことは、終盤のFKだけでは打ち消せないかなという印象だった。
あとがき
相手の守備が警戒するところをどう分散させるか?という面で鹿島と川崎には差があった。鹿島が常に川崎のDFに多くの選択肢を突きつけていたというわけではないが、川崎がボールの失い方の悪さによって、単一ルートであっても攻め切れるような構造をプレゼントしていた印象である。
後半に三竿の足を埋めた左サイドが躍動したように、やることをやれば今のチームでもきっちり崩せる。今季で長期政権が終わることで選手たちの心持ちは難しいものになっているかもしれない。サポーターとしては選手の難しい気持ちに寄り添うことはできるけども、リーグにおいて相手チームががそういうチーム状況に寄り添ってくれることは決してない。川崎側の先行きが不透明だったり、今季が大きな節目になったりすることは敵やリーグにとっては全く関係がない。
目の前の相手に勝つために必要なことを積み重ねることを怠るならば、成長のチャンスは逃し続けるし、誰が監督になろうが、どんな選手が来ようがそれまでのチームにしかならないと思う。逆に言えば、またタイトルを掴むチームに成長するためには、目の前の試合で何点差で負けていようがやるべきことはそこにまだあるということでもある。次の試合もこの試合とやるべきことは同じだ。
試合結果
2024.11.1
J1 第35節
川崎フロンターレ 1-3 鹿島アントラーズ
U-vanceとどろきスタジアム by Fujitsu
【得点者】
川崎:90+2′ 山本悠樹
鹿島:10′ 知念慶, 18′ 樋口雄太, 28′ 三竿健斗
主審:谷本涼