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「まだまだつづく」~2020.8.1 FAカップ 決勝 アーセナル×チェルシー レビュー

スタメンはこちら。

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目次

【前半】
上に乗るものは高完成度

 無人のウェンブリーでの開催になったFA杯決勝は、プレビューで予想した通りの3-4-3のミラーフォーメーションでの対決となった。しかしながら前進の仕方は異なった両チーム。

 プレビューでも書いた通り、チェルシーの前進の仕方はCFの人選によって異なる。ジルーを使った場合は彼に当てるパスを後方から狙い、その落としをシャドーの2人が拾うパターンが多かった。ジルーを起点として2列目を前向きで受けさせて相手陣に押し込むような組み立てである。エイブラハムをCFとする場合はより裏を使ったダイレクトな展開に。縦に早いスピードアップした流れに持ち込むなら彼とオフザボールに優れたプリシッチがいると鋭さが出てくる。

 この日の先発はジルーだったので、彼にまず当てて拾うというのがチェルシーの組み立ての軸であった。アーセナルはこのチェルシーのボール回しに対して後手に回っていた。ホルダーへの制限もままならないまま縦にボールを入れられて、前進を許してしまう。

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 先制点のシーンでジョルジーニョからの楔を受けたのはジルーではなくプリシッチ。セバージョスは一番通したくない場所への縦パスを許してしまった。サイドのマウントに流すと、ジルーのポストから最後は再びプリシッチ。この場面ではジルーのポストは仕上げに使われた。絶品ポストスキルを持つジルー、彼との相性が抜群なマウント、そしてチャンスメイカーとしてもフィニッシャーとしても優秀なプリシッチを前に、アーセナルのDF陣は劣勢を強いられる。

 ただし、チェルシーの組み立てにも問題はあった。ボトルネックになったのはバックスの足元。GKも含めてジルーに長いボールを繰り返し届けられるキック精度はない。したがって縦パスをつけられるコバチッチとジョルジーニョがどれだけフリーで持てるかが勝負。しかし、アーセナルの前からのプレスが強化された上に、ジャカとセバージョスは対面の2CHを捕まえる意識が高まった。よって、チェルシーはCHが自力で対面相手を引きはがすしかない。

 特にコバチッチはこの点で非常に優秀で、ターンやドリブルタッチなどでセバージョスの逆を取り、ボールを前に進めることができていた。だが、個人のスキルに拠るものだとさすがに頻度の部分で限界がある。先制点を境にジルーのポストから前進する場面は徐々に減っていくようになる。立派なスキームは持っているけど、それを支える土台がぐらぐらしているチェルシーのビルドアップであった。

【前半】-(2)
一点の「光」から見つけた同点のチャンス

 一方でアーセナルのビルドアップ。チェルシーは非常に高い位置からボールを捕まえに来た。当然、アーセナルの縦へのスイッチになりうるジャカとセバージョスはコバチッチとジョルジーニョが監視。自由を許さなかった。遅攻による攻撃がうまくいかなくなってからのチェルシーのチャンスはアーセナルをプレスで仕留めてからのショートカウンターが多かった。

 ただし、アーセナルのバックスはチェルシーのバックスと比べるとキックのスキルが高い。特にダビド・ルイスとティアニーの2人。アーセナルは変形の仕組み的にもこの2人のところが空きやすくなっていた。

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 ビルドアップの入り口がルイスとティアニーならば、ボールの届け先はメイトランド=ナイルズとオーバメヤン。彼らのどちらかを裏に走らせてアスピリクエタとのスピード勝負を挑む。この勝負自体の勝率は悪くないものの、メイトランド=ナイルズは右利き。抜け出しきれないまま左足でクロスを上げるのはハード。切り返した後のアスピリクエタとの対面はさすがに重荷だった。前線に張ってポストまでこなすマルチっぷりには舌を巻いたけども。

 難はあるが、光が見える左の崩しに比べると右はやや苦しかったように思う。ホールディングにボールが渡るとチェルシーのプレッシャーは一段と上がる。ベジェリン、セバージョスなど右サイドのボールの渡りどころには厳しくチェック。ここは狙いを定めていたように思う。

 アーセナルのプレスへの対応策はペペを自陣に下ろすことだった。ただし、効果は微妙。ペペのドリブルは成功率の高さはイマイチだが、あっと驚くプレー選択で対面の相手を剥がす。アタッキングサードにおける最後の仕掛けには向いていても、ビルドアップにおける打開策にするにはリスクが大きい。彼自身が高い位置まで出ていけないことも問題で、右サイドで詰まらなくなったとしてもアーセナルにリターンがあったかは微妙なところだった。

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 ピーキーだったアーセナルのボール保持だったが、左サイドの「光」から打開する。ティアニーのパスが裏に走るオーバメヤンに。ボールを受けつつアスピリクエタより少し前に出る。ここまで狙い撃ちにされながらもよく対応していたアスピリクエタだったが、この場面ではたまらずPKを与えてしまった。アーセナルは苦しみながらもわずかな活路から貴重な同点弾を得た形であった。

 流れを変えたのはこのPK献上に加えて、直後のアスピリクエタの負傷交代。これを境にチェルシーの配球時に見られた前後分断はより大きいものになる。だんだんと前からのプレスがハマるようになったアーセナル。オーバメヤンーメイトランド=ナイルズとペペーベジェリンの両サイドでチェルシーのDFラインをスピードで振り回す。

 PK以降の主導権を握ったアーセナルだったが、チェルシーにしのがれてハーフタイム。1-1で前半を終えた。

【後半】
幅が狭まっていくランパード

 前半の頭と同じく、ボールを持つチェルシーと受けて立つアーセナルの組み合わせでスタートした後半。チェルシーは開始直後にリュディガーからジルーを使った理想的なポストの流れでの攻撃が見られたが、残念ながらこのプレーでプリシッチが負傷。チェルシーは攻撃の推進力を担う選手を失った上に、2回目の交代を使わざるを得なくなってしまう。

 それでもボールは握れるチェルシー。右は内に絞るジェームズと外に開くマウントのコンビネーションでアーセナルのDFの的を絞らせない。左は高い位置でマルコス・アロンソがボールに絡むように。ニアのハーフスペース裏側にボールを送り込み、ホールディングとスピード勝負を挑む。

 プリシッチと交代したペドロはご存じポジショニングの匠。縦パスを引き出すポジションは取っているものの、そこからの仕上げの個の力という部分ではプリシッチと比べてしまうとさすがに見劣りするという風情であった。

 アーセナルの攻め手はロングカウンター。とりわけ右サイドを軸に反撃が見られた。チェルシーはリュディガーの軽い対応から穴をあけてしまう。後半初めてのオーバメヤンの決定機はペペがリュディガーからボールを奪ったところから。そして決勝点となったゴールは、ドリブルで進むベジェリンに対してリュディガーがあまりにも軽い対応をしてしまった。

 右サイドで歪みを作った分を左に送ったのが両方のシーンの共通点。そして2回目はオーバメヤンがズマの逆を取り、カバジェロを上を通したチップでこの日2得点目を決める。

 巻き返しを図りたかったチェルシーだが、73分にコバチッチが退場してしまい数的不利によって攻撃に厚みを作れなくなってしまう。アーセナルはこのままのメンバーでも主導権は握れそう!なんなら追加点も取れるかも!というところで選手の交代は延び延びになっていた。

 チェルシーはエイブラハムの投入で裏へのスピード勝負を挑むも決定機までには至らず。この日3人目の負傷者であるペドロがピッチを退いて9人になってしまうともう反撃の力は残っていなかった。

 試合は2-1でアーセナルが逃げ切り。FA杯の最多優勝回数を更新し、14回目となる歓喜の雄たけびをウェンブリーで上げた。

あとがき

■攻守に気になるバックス

 これだけのアクシデントがあれば勝つのはなかなかに難しい。試合の中での采配においてはランパードにできることはほぼなかった。コバチッチの退場も議論を呼ぶところであり、退場の判定にチェルシーのファンが疑問を持つのも理解はできる。アスピリクエタ、プリシッチ、ペドロの一日でも早い復帰を願いたい。

 そういった制御不能な部分は別としても、この試合のチェルシーはいい部分と課題の両方が出たと思う。バックスの出来は大きな課題だろう。途中交代のクリステンセンの奮闘は目立ったものの、全体的に攻守に不器用な部分がある。チームスタイルを考えると特にボール保持で違いを作りたいメンバーをそろえたいところ。イマイチな連携を見せていたカバジェロだけで来季を乗り切るのはかなり難易度は高い。

 一方でジルーを軸とした攻撃のメカニズムは非常に洗練されていたように思う。ただし、この夏はチェルシーの攻撃陣が一変。ジエフ、ヴェルナーに加えて、ハフェルツの獲得の噂もある。ここまで行けば大刷新になるだろう。というわけでこの日見せた攻撃ユニットの強みが来季の強みになる保証はない。もちろん、新しい強力なユニットの誕生の可能性もあるけど!それはランパードとジルー次第な気がする。

■あるGKの物語

 チェルシーがアクシデントに見舞われたこともあり、時間が経つにつれて有利に試合を進めることができたアーセナル。確かに助けられた部分はあるが、同点弾は難しい状況に陥りながらも解決策を見出した。チェルシー相手にも自分たちの強みを見せることで流れを自分たちに引き寄せた。勝ち越し弾もチェルシーの弱みに付け込んだ結果。課題はあったものの、決勝で何よりも大事なタイトルを手にしたことは間違いなく評価に値する。これから始まるアルテタのアーセナルの第一歩を見事に飾ることができた。

 そして、この試合でキャリアに輝かしい一歩をようやく刻むことができたのがGKのマルティネス。10年間、レンタルを繰り返したチーム最古参のGKがタイトルを争う試合でゴールマウスを守っていることを開幕前に想像できたファンはほとんどいないと思う。それもレノを脅かすパフォーマンスを叩きつけて選手や監督、サポーターから絶大な信頼を得た守護神になっているのである。

 まだ27歳。GKとして成功を収めるには全然遅くない年齢である。このFA杯のタイトルがアルテタのアーセナルの逆襲の船出になることを願うとともに、マルティネスが偉大なるGKとして大輪の花を咲かせるきっかけになることを願ってやまない。チームもマルティネスのキャリアもまだまだこれからつづく。2020年に輝きだした才能がアーセナルを押し上げる未来を期待したいところだ。

試合結果
2020.8.1
FA杯 決勝
アーセナル 2-1 チェルシー
ウェンブリー・スタジアム
【得点者】
ARS: 28′(PK) 67′ オーバメヤン
CHE: 5′ プリシッチ
主審: アンソニー・テイラー

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