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「杖を取り、花を咲かせる」~2020.7.18 FA杯 準決勝 アーセナル×マンチェスター・シティ レビュー

 スタメンはこちら。

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目次

【前半】
不均衡な綱引き

 大方の予想通り、ボール保持するのはマンチェスター・シティ。アーセナルは前線と最終ラインをコンパクトにして構える。シティの保持、アーセナルの非保持の状況が試合のほとんどを占める状態の立ち上がりとなった。こうなることは両者織り込み済みだろう。問題はどの高さでボール保持を許すか?である。

 基本的にはアーセナルの前線は背中で相手を消す役割。予想されていた4-3-3ではなく、デ・ブライネとギュンドアンを並べた4-2-3-1のような形にしたのは、ラカゼットが背中を消す相手を絞らせないためだろう。

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 アーセナルはとりあえず縦を塞ぐアプローチに出た。WGは外切りでのプレッシャーが基本、縦のショートパスを誘導。縦のショートパスにはCHがついていき前は向かせない。降りるデ・ブライネにはジャカがついていく。

 アーセナルは前線でパスコースを切って、シティのパスルートを誘導。CHでパスを出すコースにチェックをかける。

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 中盤に前は向かせないという意識は高いアーセナルの守備。前を向けないCHもしくは浮き球でしかサイドに展開できないシティ。時間がかかってしまえば、アーセナルのプレスのスライドが間に合ってしまい、打開にはつながらず。なかなかアーセナルにビルドアップの時間を与えてもらえなかった。

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 バックパスでやり直すと、すかさずアーセナルの前線が高い位置からプレスを再開して、全体を押し上げる。この日のアーセナルはプレスラインを調整することで、全体の陣形の位置を決めていたように見える。マイナスにパスを出してやり直すタイミングでグッと押し上げることでゴールから遠ざける。

 縦パスをチャレンジし前に進めるシティ、それに対してパスコースを限定&プレスを行い後方に押し返すアーセナル。差し詰め、ボール保持と非保持という明確な役割の下で綱引きをしているかのような展開だった。シティは長いパスや速いパスを通さなければ前には進めないし、アーセナルはだれか1人でもサボれば、そこから簡単に前進されるという緊張感のある展開が続く。

 保持率に圧倒的な差はあれど、戦況はまさに均衡といった形。アーセナルはタフなプレーをシティに選択させるところまではいっていたが、タフな状況をシティが厳しいパスを通すことで押し返す。ラカゼットをはじめとする前線のプレス隊がハーフラインとPAの中間あたりまで下がって守備をすることもあった。

【前半】-(2)
理想図を体現した先制点

 アーセナルにとってもう1つのチャレンジはボール保持。即時奪回を掲げるシティに対して、どこまで持てるかという挑戦である。ジェズスにWG1人が加わって、プレスをかけてきた方向から追い込むような形で搾り取るようなプレスが多かった。ハイプレス仕様を強引に数字で表現すれば3-1-4-2っぽく追い込む感じかなぁ。イメージ下図のような。

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 どっちのサイドに抜けられても取り切る!みたいな。縦の速さには弱いけど、横には逃がさない感じのプレス。

 さて、アーセナルのハイプレス打破チャレンジ失敗の代表例は9分だろう。パスの出しどころが見当たらなかったムスタフィがプレスに屈して、決定的なピンチを招く。ハイプレスを志向するチームに対して、ショートパスをつなぐというのは、こういうリスクを背負うことでもある。

 そして、成功例が19分。先制点のシーンだ。中央で落ちたジャカから左サイドでフリーのルイスに展開。相手を引き付けるまでドリブルをして、フリーになった外のティアニーへ。ここから早い楔をラカゼットがポスト、逆サイドに展開してボールを受けたベジェリンがペペとメンディの1on1を演出。ペペが遠めの間合いを利用してファーにピンポイントのクロスを送って、オーバメヤンが飛び込む。

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 3枚の図を使ってしまうほど、このゴールはアルテタの狙いがよく出ていた。

1. 最終ラインでフリーの選手(ルイス)が持ち上がり、外の選手(ティアニー)をフリーにする
2. ラカゼットのポストから手薄なサイドに素早く展開、SB(ベジェリン)がやや絞り目で受けてペペの1対1を演出
3. ファーへのクロスをWG兼ストライカータスクのオーバメヤンが飛び込む

 というアルテタのゲームモデルが詰まったゴール。我慢の展開から理想の得点を生み出したアーセナルが先手を取る。

 飲水タイムを挟むと試合の雰囲気はほんのり変わる。シティはデ・ブライネをインサイドハーフの立ち位置に戻して4-3-3が主体に。デブライネにビルドアップでの関与より、先のフェーズでの役割を優先したということだろう。実際、詰まったらシルバが降りてきてくれるので、ビルドアップでプレスを回避できれば、デ・ブライネが下がる意味はあんまりないような気がする。

 アーセナルはシティのハイプレスへの対応が落ち着くように。功労者はラカゼットで、ショートパスを彼が受けると全て収めてくれるため、シティの即時奪回につながらない。ポストを決めてくれるおかげで長いパスを蹴れるセバージョス、ジャカ、ルイスが余裕をもって前を向ける時間が作れるように。

 ハイプレスを受けたアーセナルの長いパスが単なるクリアにならなかったのはラカゼットのおかげ。ベジェリンだけでなく、メイトランド=ナイルズも長いパスのレシーバーとなって運び屋のタスクをこなせていたのは驚きだった。

 ボール保持においてシティが少し縦に早くなりやり直しが減ったのと、アーセナルがシティのプレスに耐性がついた分、機会やポゼッションも含めてイーブンになった印象。飲水タイム後は互いに互いのプレスをボール保持で回避しあう正真正銘の綱引きになった。

 試合は1-0。アーセナルのリードでハーフタイムを迎える。

【後半】
飛び道具、三位一体

 綱引きは後半も続く。後半に優勢に立ったのはマンチェスター・シティ。動き出したのはめんどくさいデ・ブライネである。ボールをある程度前進させたところで外に開く動きを見せる。WBはマフレズでピン止めされており、出ていけるのはCHかオーバメヤンのプレスバック。後者は間に合わないことが多く、実質的にはCHを含む後方でなんとかしなければいけない。

 アーセナル側が出した答えとしては、中央のコースを消すことが最優先。ファーにはムスタフィを待機させて、クロスが上がったら祈るのみ。近場を消して、難易度の高い遠くのクロスだけを失敗したら祈るという形だった。

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 左サイドはスターリングが内側に絞り、メンディに大外を任せるように。デブライネで相手を右に引っ張った分、左の内側が空くという判断だろう。目論見通り、内側で楔を受けてドリブルを開始するシーンが目立つようになる。デ・ブライネの開いて受ける動きと、スターリングの内側侵入でシティが押し込む機会が再び増えることになる。

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 機会の面で再度優位に立ったシティ。しかし、困った時の飛び道具がいるのがアーセナルの今のスカッド。ペペのキープからティアニーがフリーでボールを持つと、裏に抜けたオーバメヤンにパス。エデルソンの股を抜いて貴重な追加点を決める。

 ペペのキープ力、ティアニーのキックの精度、オーバメヤンの抜け出しとフィニッシュ、飛び道具三位一体!という感じ。前半のシステマティックな得点とも対照的なのが、アーセナルファン的には味があるように思えてしまう。

 さて、ここからは徹底してひきこもるアーセナル。ウィロック、トレイラを投入し、ペペとラカゼットを下げる。5-3-2のベース立ち位置でウィロックは非保持時は中盤の守備にも参加して5-4-1。時にはオーバメヤンもPAの中にも戻って守備をしており、3点目の優先度はさすがに低かったようだ。

 ペペが下がったことでカウンターの脅威が薄れたと判断したのか、ラポルトは積極的に進撃するように。スターリングのドリブルを中心に、左サイドから仕掛けを増やすシティ。しかしながら、苦手な高さ勝負に持ち込まれた様相で、決定機を創出できないまま試合は進む。

 結局、アーセナルが逃げ切りに成功。2-0で一足先に決勝にコマを進めた。

あとがき

■気がかりな長いパスの頻度

 試合中に生み出した機会の差はさすがだったものの、無得点に終わってしまったシティ。特にアタッキングサードの質はやや微妙だったように思う。

    気になるのは長いパスの少なさか。アーセナルのプレスはショートパスを封じて、長いパスを蹴らせるアプローチだった。デ・ブライネあたりに長いパスの精度勝負に持ち込まれたらどうなっていたかはわからなかったようにも思うが、アーセナルのDF陣を左右に揺さぶるようなボールをあまり蹴ってこないのが不思議であった。

 最後のようにパワープレー勝負になってしまったらスカッド的にも万事休すだろう。それより手前の時間帯で優位を取れなかったのが痛い。崩しの精度がイマイチで、フィニッシュまで持ち込めないシーンが目についた。アーセナルが我慢を強いていた時間帯はわからなくもないが、前半の飲水タイム後に迎えた両者比較的オープンになった展開で決定機を得られなかったのは意外であった。

 絶好調のレアル・マドリー相手には、より多局面に対応する力が求められるはず。CLの上位進出に向けてやや懸念を残した内容になってしまった。

■アルテタが杖を授けた

 今のアーセナルがシティと戦うことを考えると、どうやっても守る時間が必要になる。時には相手のミスを祈ることにもなるだろうが、タフなプレーを選択させ続けれなければ、同じ土俵で戦うことさえ許されない。12月の対戦はそれを示した好例だろう。無抵抗なアーセナルは2分で失点してしまい、同じ土俵に上がることができなかった。

 あれから7か月、アーセナルは指揮官も標榜するサッカーも変わったが、シティとの力関係は変わっていないだろう。上のレビューの中でも例えたようにアーセナルにとってシティは、ハリーポッターのヴォルデモートのような強大な存在である。あ、悪い奴らって意味じゃないですよ。強大って意味ね。

 アルテタのアーセナルを初めて見た印象は「ジェネリック・シティ」である。似たサッカーのチームの対戦は力の差がスコアに表れやすい。6月のシティ戦でもそれを痛感したし、「カメレオン・サッカー」を掲げたエメリの方が、ひょっとすると相性としてはシティと戦いやすいかもとも思った。

 しかし、アルテタのアーセナルはウルブス戦から流れが変わった。相手のパスコースを制限し、制限した先には後方からプレスの援軍が来る。そうして相手にやり直しを強いる。レスターとトッテナムには勝てなかったが、自分たちの時間以外でも相手が嫌がることができた手ごたえはあった。リバプール、シティ相手の連勝でそれは確信に変わったといいっていいはずだ。

 半年前は丸腰でヴォルデモートに臨んでいたアーセナルだったが、ついにアルテタの下で杖を手にして同じ土俵で戦うことができた。

    まだシティに一度勝っただけ。力関係はそう簡単には変わらない。でも、この試合のプレーが繰り返しできたら?次の試合も、その次の試合も彼らにタフなプレーを強いることができたら、同じことはまた起きる可能性がある。

 加えて、この日の1点目はアルテタがこれまでビルドアップの総決算。こうやって点を取りたいという見本である。この日のアーセナルは杖を持つだけでなく、杖を振り、これまで積み重ねてきた土台の上にきれいな花を咲かすことができた。

 瞬間的に輝くことができても、それを継続してできなかったのがこれまでのアーセナル。しかし、悔しさにまみれたシーズンの最後に、タイトル獲得というチャンスを得た。輝き続けることができる証明と、より大きな花を咲かせるために、もう一度杖を握って戦う準備は彼らにはできているはずだ。

試合結果
2020.7.18
FA杯 準決勝
アーセナル 2-0 マンチェスター・シティ
ウェンブリー・スタジアム
【得点者】
ARS: 19′ 71′ オーバメヤン
主審: ジョナサン・モス

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