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【前半】
アシメなサイドアタック
アルテタが就任して1か月弱のアーセナルが今節対戦するのは、昇格組ながらトップハーフの座を維持し続けるブレイズ(=シェフィールド・ユナイテッドの愛称)。2016年に就任した昇格の立役者のクリス・ワイルダー監督は、ぱっと見4-4-2でガンガン放り込んできそうな見た目なのだが、特徴的なボール保持を志向するサッカーでプレミア躍進を演出している。
まずはその特徴的なボール保持について。非常に多く見られるのは選手たちのポジションの入れ替わり。特に、動きが大きいのはCB。この日のボール保持時の最終ラインの構成は、CB2枚+アンカーが低い位置を取る形。パッと見ると4バック+アンカーのような可変である。もう1枚のCBは外に張るだけでなく、スルスルとオーバーラップしていくことも特徴の1つである。
この日のブレイズを見てみるとオーバーラップを仕掛けるのはほぼRCBのバシャム。右サイドの菱形の頂点を形成するだけでなく、WBやインサイトハーフを追い越しての前線への飛び出しも担当する。
その分、左サイドはシンプルだった。WBのスティーブンスがオーバーラップして幅を取り、ナイルズをピン止め。ムスタフィとの間に選手が走りこむことでラインを押し下げる作戦。アーセナルはエンドライン付近までえぐられる形を作られてしまう。ペペが戻る前にシンプルに攻め切ることで、ブレイズの左サイドの攻撃は完結していた。
左右異なる攻め方だったが、最終局面はふわりとしたクロス。例えば押し下げたサイドからマイナスの折り返しをする場面はほぼなかった。押し下げられた時のバイタルは人繰りが怪しかったアーセナル。ブレイズの立場からすればこの折り返しのスペースを狙っていきたかったところ。アーセナルとしては比較的シンプルなクロスに終始してくれて助かった部分が大きい。
【前半】-(2)
エジルが左に流れた理由
ブレイズは非保持の局面では5-3-2の陣形。自分たちは相手を動かしたいけど、相手に動かされたくはない!ということかはわからないが、陣形だけ見れば後ろが重たい形である。
しかし5バックと言っても、常に後方に重心をおいてバスを止めるスタイルではない。むしろ、効果的なプレスとリトリートの使い分けが非常に巧みなチームである。この試合の話を例に考える。アーセナルのボール保持を考えた時、まずブレイズが判断すべきなのは、SBにプレッシャーを誰がかけるか?である。
この噛み合わせの場合、ブレイズの立場での対策は大きく分けて2つ。
①インサイドハーフが出ていく
②WBが出ていく
ブレイズが選択したのは①。5バックは最終ラインに張り付けながら前で解決する手段を取った。アンカーのトレイラには、アンカーのノーウッドが出ていって監視をする。
前は前でプレス、最終ラインは連動してグッと押し上げる。過去のレビューにも書いたが、アーセナルの課題は長い距離のキックでこういったプレスの回避をできる人材がダビド・ルイスしかいないことである。
というわけでブレイズのプレスに苦しむ選手もちらほら出てくる。開始5分に判断を誤って決定的なピンチを迎えたムスタフィ、裏を狙った長いパスを引っかけてしまったメイトランド=ナイルズ、そしてバックパスをかっさらわれかけたトレイラなど、中盤より前のプレッシングの網に引っかかってしまう場面が徐々に出てくる。
アーセナルとしては、まず長いキックからアタッカー陣が個々で上回ることでチャンス創出を狙う。ブレイズの最終ラインは人が多い分、降りていくアーセナルのアタッカーへのチャレンジは許されていた。アーセナルがその動きを利用してラカゼットが降りていくスペースを狙ったのが、ペペが抜け出して決定機を迎えたシーン。このシーンではゴールは決まらなかったけど、このシーン以外にも前半のぺぺは「右サイドは俺に任せておいてくれ!」といわんばかりの出来だった。
ただし、アーセナルのアタッカー陣が、ブレイズの最終ラインを出し抜いて一気に決定的なチャンスを迎えた機会はあまり多くはなかった。しかし、アーセナルがブレイズ相手に対策を用意していなかったわけではない。むしろ、この日のアーセナルにはブレイズの中盤の網を破るために入念に準備をしてきた跡が見えた。その対策が見られたのは左サイド。アーセナルのプレス突破のキーマンはジャカだった。
先ほども言った通り、ボールサイドのアーセナルのSBへのプレスはブレイズのインサイドハーフが担当する。こちらのサイドはランドストラムがプレスをかける係である。ただし、このやり方は中盤には非常に負荷がかかる。とりわけ素早くサイドチェンジされた時にスライドが間に合わないケースが多い。ジャカはランドストラムとノーウッドの間が空けたスペースに侵入。ここからスリーセンターの網を突破していった。
低い位置に顔を出す機会も多かったこの試合のジャカ。これもランドストラムにとっては悩ましい。彼は本来SBのサカを見る役割。受け渡してWBに託してもいいが、こちらはマルティネッリにピン止め。ジャカを追うか、踏みとどまるかはかなり悩ましい判断だった。
さらに、この日のアーセナルで特徴的だったのは、これまで右に流れることが多かったエジルが左サイドに流れることが多かった点。ランドストラムには不用意に前に出ていくとエジルに受けるスペースを与えてしまうというジレンマも乗っかることに。
こうなると、ブレイズとしては非常に前から奪いにくいことになってしまう。というわけでプレスをあきらめて撤退を選択することが多くなるブレイズ。アーセナルが押し込む時間帯が出てくるようになったのは、この左サイドでブレイズの判断を悩ませたからだ。
オーバーロード気味になったその左サイドからアーセナルは先制点をゲットする。エジルが囮になり、外でフリーになったサカからピンポイントのクロスをマルティネッリに届ける。そこをよく見ていたなというクロスだった。得点直後にHTを迎えた時は、サカもマルティネッリもめっちゃニコニコしてリラックスしていたから、もう試合終わったのかと思ったよ。。
【後半】
流れはワイルダーの手の中に
後半の立ち上がりはさらにアーセナルの勢いを増す時間帯になった。ボール保持時の配置はさらに修正。特にサカは受ける位置を工夫していて、後方でのボール回しは円滑になっていった。前半のナイルズもそうだけど、内に絞ってサイドチェンジの受け取り役になってるのとか見ると、ほんと感無量って感じ。アーセナルのSBがこんなに後方で気を使えるポジショニング取れるの感慨深い。
しかし、この試合の後半で見事さが際立ったのはアーセナルのポジショニングの優秀さではなく、ワイルダーの修正である。ブレイズは可変が多く、配置の変化はやや見にくいのだが、徐々に配置を変えていくことによって後半はアーセナルから主導権を奪い取っていった。
変化は交代カードと共に。ムセ→シャープの交代は配置こそ変えなかったものの、少なくとも2トップのうちの1枚はやや低い位置でMFを監視する意識を強める。5-3-1-1っぽい形に見えることもしばしば。序盤にアーセナルを苦しめていたMFの網をやや強固にすることで、前半途中から続いていたアーセナルの攻勢を鎮静化させる。
より傾向が見えてきたのは次の交代カードからである。混乱させられまくっていたランドストラム→ロビンソンの交代。これにより、トップ下に人を置く4-3-1-2にシフトしたブレイズ。アンカーをトップ下でケアしたまま、スリーセンターを維持できる形を選択した。もちろん、最終ラインはその分リスクを背負うことになる。アーセナルはボール奪取後、手薄になったブレイズの最終ラインを攻め立てるがなかなかシュートまではたどり着くことができない。
3枚の交代カードの中でもロビンソンの投入はかなり効果的だった。守備時にアンカーを監視するだけでなく、非常に広い範囲でボールを受けることで、アーセナルのMFをバイタルから釣りだす役割を担当する。特にジャカは彼が投入された後は最終ラインに吸収されて中盤中央を使われる機会が増える。
バシャムをベシッチに代えてスリーセンターの一角をより攻撃に出る仕様に変更すると、よりそのエリアを使った攻撃ができるようになる。得点シーンもトレイラが空けた中盤中央でボールを受けたベシッチが起点になったゴールだった。サカを引き付けた後、右サイドに展開したことでアーセナルのマークはズレる。フィニッシュは見事だったが、ベシッチを狙ったエリアで起点として仕えたこと、それがきっかけでルイスがPAから釣りだされた結果、マッチアップがずれてしまい、シャープにメイトランド=ナイルズが競り負けたのも含めてブレイズの設計がうまくいった証拠といえるだろう。
アーセナルの後半の攻撃は縦に速く進む傾向が強かった。ブレイズが4-3-1-2にシフトした当初はまだよかったものの、ラカゼットがベンチに下がってしまい、マルティネッリやエジルも押し込まれて空いたバイタルの守備に奔走する展開になると、カウンターはペペとエンケティアの個人技に頼らざるを得ない状況になっていく。こうなると威力がどうしても弱まってしまうアーセナル。
気になるのはこうした強引なカウンターの選択が、同点に追いつかれる前からすでになされていたこと。リードしているにも関わらず、アーセナルが強引なカウンターを「仕掛けさせられている」かのような展開になっているのは非常に気がかりであった。後半の試合展開がブレイズの手中にあった証拠ともいえるだろう。失点もトレイラの縦へのパスをカットされたことがきっかけ。無理に縦に速いアーセナルのカウンターを逆手に取られたような形だった。
試合は1-1で終了。アーセナルはまたしても勝利を飾ることができなかった。
あとがき
■地道な手段を正当化する説得力
粘り強い戦いで終盤に追いついたブレイズ。試合を手中に入れた後半も、まずはリトリートでアーセナルを食い止めることに注力したりなど、非常に地道に主導権を奪い返す流れになっている。このやり方を我慢して選手に実践させるには相応の説得力が必要であるだろう。やり切って同点に追いついて見せる展開は、ワイルダー監督に寄せられる信頼感の大きさを感じる試合運びだった。
前線に理不尽な選手がいないのは気になるが、失点も少なくここからの大崩れは考えにくい。初年度のリーグ終了を待たずして、2024年までワイルダー監督との契約延長を発表したのは、残留争いと無縁のここまでを考えれば当然だ。夏にチームにハマるアタッカーを上乗せできれば、更なる面白い存在に案るだろう。
■ゲンドゥージという「たられば」
またしても追いつかれて勝ち点を失ったアーセナル。前半のシェフィールド・ユナイテッド対策が見事にハマっただけに、後半にジリジリ主導権を握り返されて、追いつかれてしまうのは切なかった。ただ、今の両チームの完成度を考えると、こういった主導権を分け合う展開になるのは仕方がない。彼らはそんなに簡単な相手ではない。配置で主導権を握っていた前半か、その流れが続いていた後半の頭に押し切るか、それとも急戦カウンターを仕掛けた後半にボール保持で落ち着ける時間を増やすべきだっただろうか。ボールを持つことを物おじしないゲンドゥージを失点前に投入できていたら、もしかすると展開を握り返すきっかけになったかもしれない。
いずれにせよ90分のコーディネートには改善は必要そうだ。手中に入れられる時間を延ばしつつ、その質を上げていく。勝ち点がなかなかついてこない状況で、改善のために奮闘している姿を見守ることしかできないのはもどかしいが、この日の後半のシェフィールド・ユナイテッドのように、地道に徐々に改善していく様子を支えていくしかないだろう。
試合結果
プレミアリーグ
第23節
アーセナル 1-1 シェフィールド・ユナイテッド
エミレーツ・スタジアム
【得点者】
ARS:45′ マルティネッリ
SHU:83′ フレック
主審: マイク・ディーン