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「アルテタ・アーセナルの立ち上がりを振り返る」~マンスリーアーセナル 19-20 vol.3

 19節のボーンマス戦からはアルテタが監督に就任。マンチェスター・シティ様ありがとうございます。20節以降はFA杯も含めて、全試合でアーセナルのレビューを書いているので、個々の試合はそちらを参考にしてください。

 というわけでいつもは各試合の短評で構成するマンスリー・アーセナルも今月は特別編。アルテタ就任後のアーセナルの戦い方を局面ごとに振り返ってみようと思う。

目次

【ボール保持】

 アルテタ就任後、真っ先に大きな変化が見られたのはボール保持の局面である。初陣であるボーンマス戦でまず目についたのは、絞ってポジショニングをする右サイドバックのメイトランド=ナイルズだろう。偽サイドバック、いわゆるアラバロールがアーセナルに初めてやってきた瞬間である。メイトランド=ナイルズに加えて、復活の予感を感じさせたのはジャカとエジル。ボーンマス戦では彼らを経由したビルドアップが有効だった。

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  一般的に偽SBのメリットとして挙げられるのは、WGやSHに大外のパスコースを確保できること、そして被カウンター時に最も危険な中央のレーンをケアすることで、相手の攻撃を遅らせることが可能ということがあげられるだろうか。

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 メイトランド=ナイルズは必ずこの試合のように絞った位置を取るわけではない。例えば、マンチェスター・ユナイテッド戦では絞った立ち位置を取ることが多かった対面のラッシュフォードに対して、メイトランド=ナイルズは開いた位置で受けていた。ボーンマス戦で見られた立ち位置は頑なな決まり事ではなく、相手やメンバーによって柔軟にやり方を変えていくというのがアルテタのスタイルであることは序盤数試合からも読み取れる。

■左サイドの組み立て

 多く見られた組み立てのやり方を左右別にみていく。左は低い位置から長いボールを出すのが主な手法。このやり方の軸になるのはジャカであり、ルイスである。両者とも今季序盤は不安定なパフォーマンスも見られたが、ジャカはアルテタ就任後に復調が見られ、ルイスに関しては低い位置の出し手としてアルテタ就任後最も欠かせない選手の1人となった。人に意識が強く向く守り方のチームならば、相手の中盤を引き出すことができるし、クリスタル・パレスのように縦にコンパクトな陣形を敷いてくるチームに対しては彼らの長いボールがまずはジャブになる。

相手を引き出す左サイドの例(ユナイテッド戦)

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裏に抜けるジャブの例(クリスタルパレス戦)

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 CBが開いたり、CHが降りたりする分、LSBは高い位置を取ることが多い。コラシナツもここにきてパフォーマンスが向上している選手の1人。低い位置でのプレー判断に難は残すものの、オフザボールでのパスの引き出し方は飛躍的に改善が見られる。

 高い位置でサポートできるLSBがいるため、LSHはオーバメヤンやマルティネッリのようなストライカー色が強い人選になる。彼らは右サイドからの攻撃に対してエリア内に飛び込む役割や、オーバーラップしてきたSBと異なるレーンでパスを引き出しつつ、シュートやラストパスにつなげる役割になる。

左サイドの旋回の例(チェルシー戦)

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■右サイドの組み立て

 長いボールを駆使することが多い左に比べて、右は短いレンジのパスが多い。RCBとして多く出場しているソクラティスの足元の技術が十分でないこともあるだろう。彼をサポートするようにSBのメイトランド=ナイルズやアンカーのようにふるまうトレイラが逐一パスコースを作る。相手を自陣側にひきつけながらプレスを脱出するのが理想となる。

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 プレスを脱出させた先に見据えているのはRSHの1on1。ペペやネルソンにはここで仕掛ける役割が与えられている。ライン間で受けるエジルもハーフスペースやや右に流れることが多く、ここでエジルに前を向かせることもアーセナルの攻撃のスイッチを入れることになる。エジルはRSHと連携する場面も多く、右サイドの崩しはこの2人に託されるところが多い。

右の崩しの例(チェルシー戦)

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 そして最も高負荷なのはラカゼットの役割だろう。サイドからの崩しに対して、最終局面に顔を出すのはもちろん、エジルの間受けやサイドアタックのために降りてきてポストプレーを行い、汗をかいている。後の項で触れる守備でもそうだが、チームにとって実質代替不可能な存在になっている。

 長くなったこの項をまとめると、

〈攻撃のスイッチ〉
・間で受けるエジル
・右サイドでのSHの1on1
・左サイドのSHとSBの連携

こういった局面を1試合の中で多く作るために

〈ビルドアップの経路〉
・ジャカやルイスの長いパス
・トレイラやメイトランド=ナイルズのプレス回避
・上下動を繰り返すラカゼットのポスト

 こういった攻撃のスイッチを入れる下準備を行っているというところだろうか。

アルテタ・アーセナルのボール保持
⇒スイッチを入れるために複数ルートからボールを前線に良質な形で送るビルドアップを構築している

【ブロック守備】

 アルテタが就任してから最も変化が大きかったのはボール保持の点だろうが、非保持においても彼はアーセナルに変化をもたらしている。アルテタ就任後のアーセナルは4-2-3-1がベースの並びになる。非保持においてトップ下は前線のプレス隊に加わり4-4-2のような形になることが多い。まず非常に高負荷なのはこのプレス隊。この2人で相手のCBに加えて中盤のビルドアップのキーマン1人の計3人を監視する役割を与えられることが多い。

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 アーセナルの非保持はサイドに誘導するため、プレス隊はスライドもさぼることができない。すなわち上下左右への動きが求められる。ラカゼットは攻守に非常に大変である。

 ボールロスト後は高い位置での即時奪回が第一だが、過剰に人数をかけすぎることはなく、難しいと思ったらリトリートしてブロックを組むことも珍しくない。リトリートした場合でもボールはサイドに追い込んで、逆サイドは捨てて全体がスライドすることが多い。そのため、CHがつり出されてバイタルを空けてしまう現象は比較的減った。

スライドする中盤の図(チェルシー戦)

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 クロスに関しても、ニアでDFが跳ね返すことが非常に多くなった。ルイスやソクラティスはこの点さすがだし、他の選手もうまく体を投げ出している。

    サイドにボールを閉じ込める狙いのため、特に低い位置まで戻ることを求められることが多いのは両サイドハーフ。上の図のオーバメヤンのようにSBが大外に出ていったときはニアのハーフスペースを埋める役割を課されている。

 こうしたローテーションでのチャレンジとカバーは、今日のサッカーでは珍しいものではない。しかし、アーセナルに関して言えば、前線とサイドハーフにここまで明確な役割を持たされていることは珍しい。昨年はラムジーに必死にマンマークをやらせる!とかはあったけど。それはどちらかといえば、対策の中の1つという位置づけだったように思う。そういう意味ではアルテタは非保持でもアーセナルに新しい風を吹かせているといえそうだ。

アルテタ・アーセナルのブロック守備
⇒前線とSHはプレスバックにスライドにハードワーク。守備はサイドに追い込んでニアで跳ね返す。

【ポジティブトランジッション】

 要はボールを奪って前に出る過程のことである。カウンター型の司令塔であるエジル、快足のオーバメヤンなどスカッドだけ見ればここは得意分野に分類されるはずだが、意外と成果が得られていない部分である。

 カウンターを発動する機会そのものは増えた。後述するネガティブトランジッションの向上による部分は大きい。ただ、アルテタがやってくるまでの間、あまりにもいい形で攻撃する機会が少なかった。そういった理由がどこまで関与しているかはわからないが、それぞれがカウンターにてどうやって走りこむか、どのようなパスを要求しているかの共通理解があまり進んでいないように見える。前線は名手ぞろいなので時間が解決して整理が進むことを願いたい。

アルテタ・アーセナルのポジトラ
⇒機会減によるイップスからの脱出中?連携向上を時間が解決するか。

【ネガティブトランジッション】

 ポジトラの逆、すなわちボールを奪われた後のアクションの部分である。ブロック守備の部分でも触れたとおり、リトリートすることも珍しくないが、ここでは即時奪回を目指した場合について話す。

    まずはこの部分で目につくのはトレイラの活躍。前政権下では、アンカーにおいてもインサイドハーフにおいても、カバーすべき範囲が非常に広大だったため、むしろ彼の幅広い行動範囲はアーセナルの中央に穴をあけることになってしまっていた。昨シーズン後半は、相手との間合いを見誤る場面も増えてきて、本来得意なはずだったボール奪取で非常に悪戦苦闘していた印象を受けた。

    直近でパフォーマンスが好転したのは前線の守備の役割が明確化されたことが大きい。ハイプレス即時奪回を敢行した時に、前線がプレスで追い込んだ先に待ち構えてボール奪取を行う役割が完璧に特性とマッチしている。メイトランド=ナイルズ、コラシナツなどSBもハイプレスから苦し紛れに出たボールは狙い撃ちできるようにはなってきている。前線のハードワークのおかげで後方がふさぐべき穴が整理された分、跳ね返して波状攻撃に移行する機会は間違いなく増えている。

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アルテタ・アーセナルのネガトラ
⇒前線の献身により後方の狙いどころが定まる。

アルテタ・アーセナルについての考察

直面する2つの課題

 アルテタ就任を総じてポジティブにとらえているアーセナルファンがほとんどという現状の通り、局面ごとに見てもやりたいことが明確になり、内容としても改善が見られる状況である。ただし、試合ごとの内容を紐解いていくと、徐々に配置で勝負するチームのぶち当たる第一関門の壁に差し掛かっているようにも思える。

   課題の1つは試合をコントロールできる時間がまだそんなに長くないこと。押し込まれる時間帯が長くなったことで事故を引き起こしてしまったチェルシー戦のようにすでに勝敗にも影響は出ている。どの試合においても少なくとも30分ほどは相手ペースになる展開になっており、展開を手中に収められる時間帯を70-80分と徐々に伸ばしていければ理想的である。

  もう1つの課題はプレーの精度について。クリスタル・パレス戦のレビューのあとがきにも書いたが、仕上げとなるクロスやドリブルの部分の質にはまだ物足りなさが残る。整った舞台の上での最後の花形となる部分の精度はまだ不満が残る。

    後方からのパス出しも同様で、相手に届けるような意図の長いレンジのボールはまだ少ない。ダビド・ルイスを除けば、ピッチの空いているスペースどこにでもボールを届けられる選手はまだいない。主にレノやソクラティスに関してはこの部分が課題になってくるだろう。ここのキャパシティが広がれば、前で勝負できる機会の増加や、勝負できる局面の質の向上などが見込める。土台も仕上げもアルテタが箱を用意してはくれたが、個人個人のスキルに目を向ければ大幅な伸びしろがあるといえる。

    トレイラやジャカ、メイトランド=ナイルズのボール回しでの重要度が上がっていく一方、ゲンドゥージやベジェリンなどの重要度が下がっていくのでは?という懸念もファンの中にはあるようだ。

   現状のCHの役割を考えると、ゲンドゥージよりもジャカやトレイラの方がマッチしていると言える。ただし、よりマンマーク志向の強い相手からのプレス回避においてはゲンドゥージには一日の長がある。

    ベジェリンに関しては全くのブラックボックス。オフザボールでのポジショニングがどこまで向上するか次第だろう。高い位置でのコンビネーションでの打開は本来得意分野。エジル、ぺぺとのトライアングルからの抜け出しは大いに期待が持てる。

    いずれにせよ、アルテタはポジションごとの役割の微調整はできる監督なので、人が入れ替わればそれに見あったタスク調整がされるのではないか。そこには個人的にはあまり懸念はない。

■二歩目、三歩目を見逃したくない

    未来は非常に明るいように見えるが、成績だけに目を向ければ、まだ爆発的な向上は見られていない。公式戦は5戦2勝。無得点試合こそないものの、複数得点はマンチェスター・ユナイテッド戦だけ。勝敗や得点だけ見れば、目に見えた改善はまだないことは認めなくてはいけない。上に取り上げたように徐々に新しいスタイルの課題も増えてきている。

   アルテタは目先の勝利についてもこだわっている節はあるが、ファンの1人としては今のアーセナルは明らかに再建のフェーズにあると思う。結果以上にやっと、勝つか?負けるか?の話ができるようになって自分は素直に嬉しいし、アーセナルの試合がかつてのように楽しくなったというサポーターも多いのではないか。まずはファンがクラブに戻ってきたことは大事。アーセナルはアルテタとともに止まっていた時計を動かす必要があったが、内容を紐解けば力強い一歩目を踏み出したことは明らかである。

    アーセナルを追いかけて、レビューを書いている自分としては結果とともに、アルテタ・アーセナルの二歩目、三歩目を見逃さないようにしていきたい。

ヘッダー画像引用:
https://web.gekisaka.jp/news/detail/?293605-293605-fl

おまけ

 リュングベリのラストマッチ、地獄のエバートン戦の簡易振り返りを乗せてなかったので、本当に暇な人はどうぞ。

第18節 エバートン戦(AWAY)

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 次期監督がスタンドから見つめている状態で暫定監督が率いるチーム同士の対戦というのは過去に例があるのだろうか。あるのかないのかわからないが、スタンドから見つめるアルテタとアンチェロッティが試合後に共に遠い目をしていたとしても不思議ではない。

 アーセナルはスタメンをガラリとユース化。アルテタはリュングベリに「勝つために最善のラインナップをお願いした」といっているがほんまかいな。それに付け加えて今までとは違う自分たちを見せられたと暫定監督も新監督もレノも手ごたえを感じているようだった。

 傍から見ている自分にはメンバーが変わったこと以外何が変わったのかわからなかったというのが正直なところだ。同じかみ合わせの相手にビルドアップの配置の工夫がなくて困るのも、マルティネッリが孤軍奮闘しているのも、オーバメヤンが孤立しているのもここ数試合おなじみの光景である。

 後半はジャカがCB間に落ちるなどのギャップを生む動きをつけることで、トレイラやスミス=ロウが徐々に間で受ける機会が増えていく。相手のプレスには60-70分位にようやく慣れた様子で、不用意にふらふら前に出てくる癖のあるエバートンが再三このスペースを与えてくれたのも一因だろう。

 しかし、どんなにサイドから突破してもエリアに待ち構えるのはオーバメヤン1枚。それも基本的には2人のDFがついている状態。それに対してサイドからひたすらクロスを上げ続けて跳ね返されるのは切ない。というかそれはそうだろ。エリア内の人数を増やすか、エリア内の相手選手をもう少し崩せるようにもう一手の工夫をこなすかのどちらかが選択肢になるが、リュングベリはそこにはほぼ手を付けず。交代カードも残したまま試合を渉猟し、中央の密度不足は最後まで解消されなかった。

 非保持に関しても課題は据え置き、1stプレスの狙いは不明で、守備が課題といわれるエジルがいなくてもプレス隊はほとんど機能を果たさなかった。左サイドでサカがデイビスを捕まえられないのは仕方ないが、シティにあれだけ簡単にやられたにも関わらず、CBの持ち運びに対してはっきりとした対応がなかったのは見過ごせない。1週間の準備期間にも関わらず、ほぼ修正がほどこされていないといっていい部分である。

 毎日練習を共にしているコーチからは若手選手の頑張りは見えたのかもしれないが、個人的には約束事のないまま右往左往する顔ぶれが変わったようにしか見えなかった。助かったのは相手も同様のクオリティであったということくらいだろうか。起伏のないランチタイムゲームはスタンドの新指揮官たちが石のような表情でピッチを見つめる画だけが印象に残った試合だった。

試合結果
2018/12/21
プレミアリーグ
第18節
エバートン 0-0 アーセナル
グディソン・パーク
主審:ケビン・フレンド

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