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【前半】
2分で大勢がわかる
前半開始直後にあった2つのシーンはこの試合の90分の象徴と言えるシーンであった。1つ目はマルティネッリが対峙する相手を振り切ってシティのゴール前に迫るシーン。うまく体を入れたマルティネッリは、フェルナンジーニョを振り切って抜け出す。仮に並走していたオーバメヤンが、マルティネッリとクロスするようなコース取りで走っていたのならば、このシーンはよりシティにとって脅威なものになっていたはずである。しかし、90分を通してアーセナルにはそういった攻撃陣の連携は見れなかった。というか今季を通してできていない部分ではあるが。ユニットの機能不全と孤軍奮闘するマルティネッリ。この試合のアーセナルの攻撃を表した立ち上がりのシーンだったように思う。
もう1つのシーンはこの試合のアーセナルの守備を象徴したシーンになる。シティのこの試合のフォーメーションは直近のリーグ戦で採用している4-3-3ではなく4-2-3-1。やや後ろに重たくなる陣形である。アーセナルのプレス隊2人に対して、後方はフィールドプレイヤーだけで4人。シティの後方はボールを持つことを許された形になる。
ボールを持つ側の強みとして挙げられるメリットとして「相手に判断を強いることができる」ことがある。後方が重たいシティにとって、DFがボールを持ちあがるという動きは、まずはアーセナルに「これに誰がついてきますか?」と問うステップ1である。しかし、2分のフェルナンジーニョの持ち上がりに対して、アーセナルの明確な回答はなし。オーバメヤン、ペペが捕まえられないままフェルナンジーニョの侵入を許した末に、ゲンドゥージが引っ張り出されたところで、ジェズスの裏抜けに合わせるスルーパスを送られる。全体のラインを一気に下げられたあと、簡単にチェンバースがクロスを上げられ、デ・ブライネがミドル。しいて言えばここはマルティネッリが埋めてほしいスペースではあったが、それで何とかなっていたかは定かではない。
4-3-3→4-2-3-1の変更という相手の問いかけに対して、リアクションすることなく彼らのシステム上のビルドアップのメリットを阻害できないアーセナル。一発で決められたのはデ・ブライネの見事なスキルではあるものの、決定機を序盤から大量に作られることは、もはやシティが相手でなくても今季おなじみの光景となっている。
ただ、シティがすこぶるよかったか?といわれると微妙なところだろう。アーセナルの拙いビルドアップに対してハイプレスには出たものの、相手をつかみきれなかった。アーセナルもビルドアップが特に整理はされていなかったため前進はできなかったが、シティが従来の出来だったならば、早々にこのハイプレスから追加点をゲットしてもおかしくはない。ボール保持においても同様で、低い位置でのパスミスは散見され、アーセナルのカウンターを許すことになる。そのカウンターはそんなにうまくいかないのだけど。
ただ、アーセナルのボール保持に比べればシティのボール保持が立派に見えるのも事実。アーセナルの最終ラインはボール保持において深さを取るものの、ソクラティスやチェンバースは負ったリスクに見合った違いは作り出せず。シティのプレスをかいくぐってゴールに迫るシーンは見られなかった。ブロック守備の攻略においてはペペにボールを集めるアーセナル。シティはSBのメンディではなく、SHのフォーデンが決闘相手を務めることが多かった。
どこまで意図的だったかはわからないが、アーセナルはペペにはほとんどサポートがない状態でボールを持たせることが多かった。時には2人を相手にするペペの周りでパスコースを作らずにふわっとアーセナルの選手がいる状態は結構不思議であった。フォーデンの後方のメンディはかなりポジショニングが怪しかったので、ナイルズはガンガン追い越してほしかったんだけど。
2失点目はそんなペペのロストが起点に。といってもその後のカウンターは本来はアーセナルは十分に対応が可能だったはず。特にファーに流れるグラウンダーのクロスを防げなかったコラシナツの立ち位置は重罪。スターリングのマーク以外に守備の基準を置くべき場面ではないだろう。
2失点目を喫したあとはアーセナルがしばらくボールを握る展開が続く。握ると言っても本当に握るだけ。シティのブロック守備といえば片側圧縮で逆サイドが手薄になるが、サイドを脱出してその手薄になった逆サイドをつく展開はほぼ訪れなかった。
たまに見られるプレス突破はことごとくシティのファウルで潰される。ファウルでしか潰せないシティもそれはそれで平気なのかという気もする。と言うわけでセットプレーの機会はやたら多かったアーセナル。しかし、この日はエジルもぺぺも精度が伴ったプレースキックはほとんど蹴れず。セットプレーはチャンスにならなかった。ビルドアップできない、プレスがかからない、セットプレーが決まらないの三重苦に加えて、コラシナツの負傷でひっそりと左SBが全滅するアーセナルであった。
シティのボール保持に対して、アーセナル は徐々にプレス隊の重心を下げて対応するようになる。エジルはようやくロドリを気にするようになってきたのが2失点を喫した後というのは切ない。ただ、シティのボール保持においてアーセナルがどこをケアするのかという部分においてチームとして同じ画を描けていたのかは怪しい。そのためCHが簡単に動き回ることでバイタルで最も危険なデ・ブライネに自由を与えることに。デ・ブライネがハットトリックではなく、2得点でとどまったのはレノのおかげ以外の何者でもない。
試合は0-3。シティのリードでハーフタイムを迎える。
【後半】
修正は10分で
3点差を追いかけることになったアーセナル。奇跡を手繰り寄せるために必要なのはボールである。というわけでシティのボール保持は阻害していかなくてはならない。アーセナルが修正を施したのは中盤。ゾーン気味の配置から、マンマーク気味の配置に変更。主にゲンドゥージが1列前にあがり、シティのCHを早い段階で捕まえる仕様に変更。
割とそのやり方は悪くなかったと思う。シティのボール保持はしばらく慌てた形になったし、この試合においては最も圧力をかけられた時間帯だったと思う。ただ、グアルディオラの手打ちは早い。10分が経つとベルナルド・シウバをフォーデンに代えて投入。この交代と同じタイミングでビルドアップでウォーカーが内側に絞るようになる。アーセナルがマンマークで捕まえきった中盤に現れたシティの選手。再びシティはボールの預けどころを見つけた形になる。ベルナルドを投入した意味はフォーデンよりも外で勝負できるからだろう。
こうしてボール保持でペースを取り戻したシティ。修正の早さはアーセナルにない部分でうらやましい。ブロック守備においては、MFのラインの前後をエジルに使われてボールを運ばれることはあったものの、決定的な場面は作られることはなかった。アーセナルはペペが引いて受けるシーンが前半に比べて多く、右サイドで勝負できる状況をほとんど作れなかった。追い越したナイルズで勝負したかったのかもしれないけど、それで良かったのかは微妙なところ。サカがSBとして入った、捨て身の左サイドの方が後半はうまく使えていたように思う。
マフレズを投入してベルナルドをCHに落としてからはよりボール保持は安定。アーセナルはスミス=ロウとウィロックを投入するが、むしろプレッシングのタイミングが合わず、ペースを全く引き戻せなかった印象である。60分を過ぎたころには、アーセナルのプレスもボール保持も全く脅威はなくなる。アーセナルがボール保持で引っかけて決定的なピンチを迎える場面とシティがボールを回し続ける場面が続くことに。試合終了を待たずに帰宅したアーセナルファンで「帰らなきゃよかった」と思った人はまずいないだろう。
試合はそのまま終了。シティファンがいるスタンドだけが埋め尽くされた観客席がこの試合のすべてを表している。
あとがき
■何も保証できない勝利
スコアだけ見ればダービーでの敗戦からうまくリカバリーを決めたシティ。ただし、内容を見れば怪しい部分は多かった。ボール保持は不安定な部分があり、アーセナルの秩序立ったとは言えないプレスにもひっかかるシーンもしばしば。後半にベルナルドが低い位置に入り、アーセナルの気力がなくなるまでは安定はしなかった。ブロック守備の精度の怪しさも健在で、スピードアップされるとカードで止めるシーンが増えたのも気がかり。よりセットプレーに優れたチーム相手ならば、この部分が致命的になった可能性もある。
サイドで思ったほど優位を取れなかったのも気になるところ。この日のアーセナル相手ならスターリングはもっと存在感があってもいいのでは?とも思った。デ・ブライネが好調をアピールしたのは好材料だが、この勝利がチームとしての復調をアピールできているものかは怪しいところ。次のレスター戦がシティの状態を見極める試金石になりそうだ。
■杖を持て
筆者はハリー・ポッターが好きなのである。ハリー・ポッターシリーズの1巻「ハリー・ポッターと賢者の石」は幼いハリーが生涯の強大な敵となる最強の魔法使いヴォルデモートと初めて対峙する物語。とある事情で失ってしまった力を取り戻そうとするヴォルデモートとの対決にハリーが何とか勝った後、彼の恩師であるダンブルドアがハリーにこう語りかけるシーンがある。
(ハリーの勝利は)ヴォルデモートが再び権力を手にするのを遅らせただけかもしれない。そして次に誰かがまた一見勝ち目のない戦いをしなくてはならないのかもしれん。しかしそうやってヴォルデモートの狙いが何度も挫かれれば・・・ヴォルデモートは二度と権力を取り戻す事ができなくなるかもしれん。
まだ幼く力のないハリーはヴォルデモートを完全に倒すことができない。ひとまず食い止めることで精いっぱいなのである。
強引にこの試合に置き換えれば、アーセナルはハリー・ポッター。シティがヴォルデモートのような悪党というわけではないが、ここ数年のチーム作りでいえば強大な力をつけたチームであることは確か。いくら彼らの調子がイマイチでも、指揮官すら定まらないアーセナルが真っ向からぶつかって敵う相手ではないことは確かである。
ただ、サッカーは常に強いチームが勝つわけではない。弱いチームはハリーのように、強いチームが嫌がることをし続けて、得点を取るという相手の狙いをくじかなければいけないのである。それを続けることで、少しずつ勝利の可能性を広げていくのが弱いなりのやり方である。
それだけにシティの1点目は非常にダメージが大きかった。この日のアーセナルがシティの攻撃に対して、ほとんど準備してこなかったことがうかがえたからである。戦術的にも個のデュエルにおいても、自分たちより強い相手に何かを成し遂げてやろうという部分が見えないまま、開始2分で出鼻を挫かれるのはファンからするとつらいものがある。
すぐに調子が上向くのを望むのは早計である。アーセナルは今、ここ数年のチーム作りのツケを払わされている真っ最中なのだ。ただ、弱者なら弱者なりのやり方はある。弱いからといって勝てないわけではない。しかし、まずは杖を持たないと。ファンは華麗なビルドアップとか、美しい崩しからのゴールを今すぐに求めているわけではない。まずは杖を持って、目の前の相手から何かを成し遂げてやろうという姿勢を見たいのではないだろうか。
試合結果
プレミアリーグ
第17節
アーセナル 0-3 マンチェスター・シティ
エミレーツ・スタジアム
【得点者】
Man City: 2′ 40′ デブライネ, 15′ スターリング
主審: ポール・ティアニー