プレビュー記事
レビュー
『ロングボール or dead』
鬼木フロンターレのACLラストゲーム。等々力に迎える相手は山東泰山。2月にタイトルを失った状況のリベンジという最後を飾るのにふさわしい舞台は整ったといえるだろう。
立ち上がりはバタバタとした落ち着かない展開。両チームから長いボールが行きかう流れであった。序盤にはっきりとした方向性を見せたのは山東の方だった。狙いとしたのはゼカのロングボール。バックスで多少パス交換をしながら川崎の前の4枚をなるべく引き付けつつ、ゼカを狙ったロングボールで前進を狙う。
IHの謝文能と李源一の2人はゼカの背後にぴったりとつくようにロングボールの回収を狙う。右のIHである謝文能は時には自らがターゲットになることもあった。
ロングボールとセットでセカンドボール回収を設計することは非常に重要。だが、山東の問題点は両IHを上げきることでロングボールがあくまで競り勝つことが出来る前提で設計している点である。IHを完全に攻めあがらせているため、ロングボールを奪い取られれば、アンカーの黄政宇の周辺は完全にがら空きになる。
リスクが大きい分、成功すればリターンが大きいということだろう。うまくいったケースの代表例としては11分の抜け出しからソンリョンのビックセーブで川崎が何とかしのいだシーンが挙げられる。
だが、川崎は割とゼカとロングボールを封じることが出来ていた。特に丸山の対応はほぼミスがなかった。ゼカは前後に駆け引きをせずに決まったポイントでロングボールを構えて受ける形ばっかりだったので、先読みを効かせやすいという丸山にとっては対応が平易な状況だった。
ボールを奪うと、川崎はさっさと山東のアンカー脇にボールを差し込む。小林、瀬川は特にアンカーの脇で縦パスを受けることを意識する位置取りになっていた。
要は山東のプランは「ロングボール or dead」。川崎はそれを「dead」側に転がすための反撃を狙っていたということになる。先制点のマルシーニョのゴールもまさにアンカー脇に立った小林が一気に縦パスをゲインしたところからスタート。山東のロングボールが起点となった序盤のデュエルはまずは川崎が制する。
避けたい類の保持でのミス
先制点を取ったこともあり、川崎は徐々にボールを自陣で持つ機会が増えていく。丸山、ジェジエウのCBコンビに加えて、左のSBである三浦が最終ラインに入ることで3バック気味になったビルドアップでボールを持つ局面を作る。
山東の守備はやや曖昧で、CBは放置しつつ基本はマンツー。トップのゼカが河原を監視し、IHの謝文能が山本を見る、そして左のSHのカザイシュヴィリはファン・ウェルメスケルケンについていくというのが基本線のように見えたが、左のIHである李源一のマークはややあやふや。一応ジェジエウの担当なのかなとは思ったが、何もしないまま宙ぶらりんになっていることもしばしば。川崎は少し角度を付ければ自陣からのボール保持でも山東のアンカー脇にボールを差し込むことが出来る。というわけで川崎は自陣からの攻撃も簡単に成立していた。
川崎のプランは右のハーフスペースのライン間で受ける瀬川or小林から同サイドの裏もしくは逆サイドのマルシーニョが1つ。もしくは最終ラインに降りる三浦がマルシーニョとのワンツーで同サイドの奥を取る形もあった。
逆に山東は引き続き自陣からのロングボール狙いだが、時間が経過すると徐々に川崎のロングボールの対応は落ち着きを増すことに。CB陣の対応はもちろん、挟み込みで力を発揮していた河原がセカンドボール回収に一役買っていたことも当然大きかった。
しかしながら、山東も川崎のミスが絡めば前進は可能。ロングボールの迎撃がうまくいった要因は自陣をコンパクトに保てていたからという部分が大きい。変な形でロストをした場合、川崎は自陣の守備がコンパクトに保てない状態からカウンターを受ける機会があったため、山東にもチャンスはそれなりに訪れた。
もっとも避けたいのは5分の丸山のパスミスのケースだ。相手は深い位置まで追ってきている+ドリブルできるスペースがあるという状況で手前のスペースに蹴ってカットされるのは最悪。これだけラインが下がっていると山東がカウンターで自在に使えるスペースは相当大きくなる。
これが裏へのパスならばミスをした時のダメージが全然違う。別に必ずしも運べというわけではないけども、表で受けてロストをするという最悪なケースを簡単に引き得るパスをカジュアルに選ばないでほしいということはもっと意識をしてほしい。
アンカー脇に起点を作った右サイドでも気になるところはあった。同サイドでの崩しにおいてボールの預けどころがない分、個人個人がターンで反転したり、味方に時間を作ったりすることが出来ないケースがあった。そうして発生したロストは山東の縦に速い攻撃の養分になり得る。
どちらかといえば川崎がチャンスを作ったのはアンカー脇でボールを受けた後に、細かいパス交換をするよりも縦に加速する選択肢まで結びつけられたケースが多かった。サイドに流れるエリソンに預ける形などはその一例である。
というわけで川崎は主導権を握りつつも、完全ではなかったし、むしろ不完全なところから殴り返されるリスクも充分はらんでいる展開だったといえるだろう。だからこそ、前半の終盤にもぎ取った山本のFKでのゴールは価値の高いものとなった。
神田が見せたストロングポイント
後半の立ち上がりは再びバタバタとした展開となった。まずは瀬川の負傷。直後の不用意な謝文能のファウルも相まって試合の緊張感を感じられる後半の立ち上がりとなった。
川崎は悪くはないものの全体的に急ぎ過ぎ感が見られた。ライン間で受けた小林や縦横無尽に遠野などそれ自体は縦パスを受ける動きとしては十分な一方で、アタッキングサードでの急ぎ方によってそこから川崎に優位な状況を作ることが出来なかった。
2点ビハインドの相手からすればいち早く反撃のきっかけを作りたいのにいちいち押し下げられるという状況はストレスフルになるはず。サッカーというかこの世のあらゆるゲーム形式のものは基本的には「ルール(とモラル)の範囲内で相手に迷惑をかける」ことを意識しなければいけない。人数をかけて押し下げていちいちやり直しを強いるという形は試合後に悪い意味でバズるような迷惑行為にはならないので、もっとガンガンやってもよかった。
逆にバックラインが左右に揺さぶりながら前への圧力を増した山東のプレスを丁寧に外していたのには好感が持てた。ここで焦って相手ボールにしてしまうと山東ペースに一気に持っていかれるので、そこを最低限防いだのはバックスとCHの貢献なのだろうと思う。
山東は前半の途中からロングボール一辺倒ではなくショートパスへのトライが増えた。3-2-5に変形して川崎の4-4-2に対して後方からズレを作るという意識は見られた。だが、パスの目線が近場近場となっており、川崎のスライドは簡単に先手を打つことが出来ており、彼らがショートパスから何かを作り出すことはなかった。
速攻に関しても左サイドは三浦の戻りが堅実で、右サイドはジェジエウがぜんぶサイドを潰すことで無効化。ゼカへのロングボールは後半も丸山の対応が安定しており、前半の方がまだ可能性を感じる攻め筋ができていたかもしれない。
隙はあるが主導権を握るという前半と似た文脈の中で川崎はセットプレーで追加点。ジェジエウのヘッダーで3点目を決める。
このゴールで山東はさらにコレクティブさを失うことに。河原や三浦をやや後ろ重心でビルドアップに組み込む川崎相手にハイプレスの出足が鈍くなる。
川崎のバックスは右サイドからのジェジエウのキャリーという新しい選択肢が追加。前に家長という預けどころがあったのもジェジエウが持ち上がるための保険としては大きかったかもしれない。
左サイドでは山田や遠野のファウル奪取が光る。特に山田は時折推進力を見せて相手を引きちぎるなど、相手との力関係に余裕があるときの暴れ方を東京V戦に続いて再び見せることが出来ていた。
そして仕上げは神田である。中央やや左から河原の縦パスに反応して抜け出し、折り返しを山田にアシスト。抜け出しもさることながら、あのコースのあのスピードが最適!という折り返しの優しいボールも印象的だった。
直後の自分でシュートに持ち運んだシーンにおいても速度を落としながらどのプレーがいいかを探れる余裕があるのがいい。どちらが先に来る話はわからないけども、あれだけゆっくりプレー出来れば周囲の環境も把握しやすいから、彼の持ち味の視野の広さも発揮しやすそうである。
先輩方もカウンターでやたら急ぎたがってしまうケースはあるので、この年齢でそういう柔軟さを持っているのは個人的には好感が持てる。数字がついてくるのもそうだけども、こういう緩急で勝負できるところを上のカテゴリーでパッとやれちゃう感じはまだまだプレーを見てみたいなと思わせられる。苦手な分野も出てくるだろうしね。
終わってみれば4-0。川崎は山東に大勝。ACLラストゲームで2月のリベンジを果たした。
ひとこと
4点差での勝利はチームのムード的にもレギュレーション的にも大きいけども、基本的には反省が先立つ試合かなと思う。前半も後半も特に攻撃面でもっとコントロールしながら戦えるところはあったし、そういうところを甘く見積もると不用意に決定機を相手に与えてしまうとかいう学びはあった。
山東泰山には申し訳ないけどもここに負けるようではACL制覇を掲げることすら甘いという完成度のチームでしかないというのは2月も今回も感じたところはあったので、勝ったことに喜びつつも、このチーム相手に出来なかったことに目を向けなければいけないような90分ではないだろうか。なにぶん、川崎はそうやって強くなってきたチームなので。
それでも2月の試合がこの試合の比にならないくらい決定的なミスが多かったのも確か。展開としてはより良いものをつかみ取り、2月の等々力で来れなかった道にたどり着きACLの年内最後を飾れたことはとてもポジティブなことだと思う。
試合結果
2024.12.4
AFC Champions League Elite
リーグステージ 第6節
川崎フロンターレ 4-0 山東泰山
等々力陸上競技場
【得点者】
川崎:3’ マルシーニョ, 41‘ 山本悠樹, 65‘ ジェジエウ, 90’ 山田新
主審:アデル・ハミス・アルナクビ