記事を書く理由
「現場で指導に携わるのとサッカーを見るのを両輪で回すのが最強」と師匠が言っていた。「サッカーを見る」ということに関しては、ひとまず見て書いて見て書いてを繰り返したので、できることはやっている感じはある。ただ、現場でサッカーに携わるという部分においては、なかなか取り組めていなかった。プレー経験も指導経験もないただのサッカー好きを手伝わせてくれるところなんてあるだろうか?子供の保護者が不安に思うのも無理はない経歴である。というわけでせめて講習を受講して、ライセンスを取ってみよう!というのが、今回D級コーチライセンス取得を思い立ったきっかけである。
これを記事に書き残そうと思ったきっかけは別にある。率直に言ってサッカーをやったことのない自分が講習の現場に行くのは怖さがあったからである。もちろん、楽しみな気持ちもあった。週末は雨が降らないか天気をずっとチェックしていたし、そもそも楽しみな気持ちがなければ好き好んで休みを2日つぶして講習を受けたりはしない。
しかし、昔サッカー指導者の倉本和昌さんのセミナーに行ったときに「初めての場は殺されるかもしれないという恐怖を本能的に感じる」的な話を聞いて「なるほど」と思ったことがある。ただでさえ、初めて会う人ばかりの場なのに、サッカーを体育の授業でしかやったことがなく、指導の経験もないとなるとさらに怖さは上乗せである。実際に行ってみると、もちろんサッカーが下手な自分を笑ったり馬鹿にしたりする人はいないし、行く前からそんな人はいないだろうことは頭ではわかっている。でも経験がないことは怖いのである。
というわけで自分のように、
・サッカーの競技経験がないがサッカーの指導者のライセンスを取りたい!
・ライセンスを取って指導者がどのようなことをやっているか学びたい!
という人のためにこの記事を書きます。それに加えて、指導経験がない自分の視点で講習を通して感じたことを上乗せできれば。この記事を読んでも完全にコンプレックスはなくならないだろうけど、少しでも緩衝材になればいいなと。
経歴
内容に入る前にまずは自分の運動経験の話を少し。どんな運動をしている人がこの講習を受けたのかという前情報。
・29歳。
・中高野球部。大学時代はバスケットボールサークル。
・サッカー経験は体育の授業のみ。
・サッカーのマッチレビューを書き始めて1年強。
・現在会社員、週に2回ほどジムで45分ほどの運動を行っている。
これがこの講習を受けた人間の大まかなプロフィールである。
概要
【D級指導者ライセンス】
・講習は2日間(9:00~17:00くらい)。
・実技を半日、座学を半日行い、最終日にペーパーテストを実施。
・持ち物はサッカーできる服装、筆記用具など
D級は指導の実践はなく、講師の人が考えたメニューを実際に行うことによって学びを深めるという内容である。D級の新規指導者は講習自体の日程が少ないため、近隣いくつかの県の案内を読んでみたが、千葉県での講習はサッカーボールを自前で持ってくるように書いてあった。自分は埼玉県で受講したためボールは必要なかったが、主催者次第で持ち物は多少変わるようだ。
筆記用具としては一応シャープペンシルも持って行ったが、試験は記述式なのでボールペンでもいいかなと思った。ペーパーテストは合格させるための要素が強いので、心配はご無用。講習の話で聞いていれば間違いなく受かる。
ちなみに、持参すべき書類がある場合はちゃんと印刷した方がいい。自分をはじめ数人はスマホの画面で書類を見せたけど、結局手書きでその場で書くことになった。「そうか。印刷してくれって書かないと今の人はスマホで持ってくるのか」と講師の人がぼやいていた。
実技
大まかに下記の4つの章で構成された内容を2日間に分けて行う。
1. ゲーム
2. テクニック
3. 複合練習
4. シュート
先ほども言った通り、D級の場合は指導実践がなく、講師の人が考えたメニューを体験する形。全体的なメニューの構成は上のテーマに対してアップ、ドリル、ドリル形式のゲーム、ゲームのようなサイクルを回していくイメージだった。
一つ一つのメニューは短く、似た内容の中で難易度を徐々に上げていく形が多かった。例えば、ドリブルならばまずは体の入れ方を覚えさせるために、ボールは手で扱うところからスタート。陣地の中でボールを相手に取られないように体を入れる練習から始める。そこから徐々に足で扱いながらスキル磨いていくなど、段階的に難易度を上げていく。
時にはお遊び要素が入ることも比較的楽しみながらメニューを消化できた。周りの状況を把握するトレーニングでは複数のボールを使ったドッジボールが取り入れられていたり。いずれのメニューも大人の自分にはなんとなく意図がくみ取れるようなものばかりだった。おそらく反復も大事なのだろうが、この講習では練習の組み方というか、鍛えたい部分から逆算してアップからゲームまでがつながるような構成が意識されていたと思う。
最後は2日ともゲーム形式。直前のドリルや練習テーマを踏まえた声掛けが講師から出る。
実技を通して感じたことは以下の3つ
① 「声掛け」と「考えさせること」の重要さ
インストラクターの方が強調していたのは声掛けの重要性である。ただ声をかけるのは簡単だが、どのように声をかけるのかは難しい。先ほども述べた通り、メニューは指導者側が意図をもって組んだもの。当然、「これをやってほしい」という部分はある。しかしながら、直接「これをやってほしい」と伝えるだけでは子供は答えを待つようになってしまう。ただし、止めすぎると今度は説明ばかりで子供たちはうんざり。プレー機会の確保も難しくなる。声かけは子供に意図を考えさせる上で、簡潔に行う。そのさじ加減が難しそうに思えた。
② 受講者の中で指導チームを持たないのはレアケース
練習メニューの説明の際に「普段、こういう時に自分のチームの子供にはなんて声を掛けますか?」とか「これを鍛えたいときにはどういうメニューを組みますか?」という問いかけを講師の人がしていた。自分が話をした数人も実際にチームの指導に普段携わる人だったよう。サッカーが趣味で休日に「指導者が何をしているか知りたい」という理由で、片道2時間かけて埼玉までくる自分は変わり者であるということを悟った瞬間である。ただ、指導するチームを持つ受講者の人と話した時は「チームも持っていないのに勉強熱心で偉い!」というニュアンスが強かったし、もちろんチームを持った経験もサッカー経験がなくてもバカにしてくる人はいなかった。
③ 子供はなかなか異変を言い出さないのでは?
普段サッカーをやる機会がなく、下手くそな自分でもボールを蹴るのは楽しい。しかし、不慣れな動作で普段動かさない筋肉を使ったせいか、実技の2日目は多少の腰の張りを感じた。ただ、自分はサッカーをやる機会が普段ないこともあり、「今、ボールを蹴らなければ次いつ蹴れるかわからない」と思いながら実技を継続してしまった。断っておくが、講師の人が無理にプレーを強要したわけではない。むしろ「体力的に難しい人はすべての実技を無理にこなす必要はない」と何回か述べていたくらいである。それでも自分は申し出ずに最後までプレーを続けた。
自分のケースでは大した怪我にはつながらず、数日腰の張りを感じながら生活する程度で済んだが、より重いけがにつながるケースもあるだろう。サッカーをする子供もボールを蹴ることが好きな子は多いはず。楽しんでボールを蹴るのは素晴らしいことだ。
しかし、この日の自分がそうだったように、子供が自分の体に異常を感じても、楽しさが勝ってしまうケースもあるのではないか?グラウンドを持っておらず、練習環境が十分でないチームは多いだろう。活動日も少なく、せっかくのボールを蹴る機会をフイにしたくないと思っても不思議ではない。さらには、自分の体の異常に気づけないケースもあるだろうし、気づいたとしても恥ずかしさが勝ってしまい、進んで申し出られないケースもあるはずだ。子供の異常を完璧に察するのは難しいかもしれないが、少しでも何かに気付けるように普段から感性をとがらせなくてはいけないと感じた。
座学
座学も実技同様に半日の講習を2セット行う。
内容としてはざっと挙げると以下の通り。
・育成年代に関する知識
・コーチング
・メディカル
・実技のまとめ
そのほかにも内容は多岐にわたるのだが、大まかなところを述べるならまずはこのあたりだろうか。キリがいいところ(およそ1時間~1時間半くらい)ごとに休憩が5-10分くらいある。ちなみに、講習の1日目はちょうどルヴァンカップの決勝の日。川崎ファンの筆者は「講習後に帰宅してから録画を見よう!」と固く決意をしていたので、休憩に入るとすぐにイヤホンをつけて外部とのコミュニケーションを完全に遮断した。周りの人には「なんだあいつ」と思われていたかもしれない。
2日目にはペーパーテストがある。記述式の問題だが内容はそこまで難しくはなく、講義の内容を書きつつ、自分の考えを述べるような設問もあった。繰り返しになるが、基本的には合格させるための要素が強い。自分が参加した回は全員合格だった。
S級からD級までの分類は2019年現在、年代ごとにカテゴライズされている意味合いが強いようだ。S級はプロ、そこからどんどん年代が下がっていきD級は小学生にあたる。というわけでD級の場合はサッカーの話以外に、子供とどう接するかの話もたくさん出てくる。少し話がそれるが自分は親がクリスチャン(自分はクリスチャンではないけど)であり、大学生の時は近くの教会の子供たちの面倒を見るボランティアをやっていたので、サッカーを見て記事を書く経験よりも、キャンプなど泊まりで人の家の子供を預かる機会があった教会での経験の方がピンとくることの方が多かった。
具体的な内容はもちろんここで語るよりも講師の人から直接話を聞いた方がよほどいい。自分が講義を受けた際には、講師が自らの経験談を踏まえながら多くの話で本編を補足してくれた。結構興味深い話もあった。どこまでそういった話をしているかは講師の人次第な気もするけど。
講習の中で気になったのはGKの取り扱いである。若い年代では可能性を狭めないという意味でも、GKは人を決めずに交代で回したり、GKのみの練習は少ない練習時間の中でもさらに限られた時間にした方がいいとされていた。もちろんそれ自体は正しいことのように思うのだが、どうもこの扱いだと指導者がGKに関する専門知識を身につけよう!とはなりにくいのではないのかなと思った。知っていて教えないのと、知らないから教えられないのは全然違うんだろうなと。自分も今はGKのことは全然わからないけども、なるべく聞かれたときには答えられるように勉強をしなければいけないなと感じた。
というわけでいろいろあったが、2日間の実技と座学を経て、無事D級コーチライセンスを取ることができました。やったね。
あとがき
ここからは完全にプライベートな後日談である。ライセンスを取得して数日後にたまたま高校時代の野球部の同期、1つ上の先輩たち、そして当時の監督と酒を飲む機会があった。監督や先輩とは卒業以来会っていなかったのでおよそ12年ぶりの再会である。
監督は自分が高1の夏に野球部の監督に就任した。彼は高校のOBでもある。彼が初めて指導する生徒が自分や1つ上の先輩たちだった。当時の自分は比較的言われたことをまじめにやる性分だったので、監督のいうことは基本的に守り、同期の中でも規律を大事にするタイプだったと思う。一応キャプテンには任命されていたし、言われたことを率先して理解し、守ることに関しては評価されていたと思う。こう書くといいことばかりなので付け加えておくと、野球は非常に下手だった。守備ではエラーが多いし、ボールを握り替えるのも遅い。打撃の方はまだ自信があるが、ランナーがいない状況でしか打てず、公立高校で控えとレギュラーを行ったり来たりの野球生活だった。
当時の自分を考えると、非常に規律正しかったが、言われたことをちゃんとこなす以上のことはなかなかできず「どういった選手になりたいのか?」とか「これは何のための練習なのか?」を考えることはほぼなかったように思う。野球は好きだったが、上達する喜びを感じないから、練習は好きではなかった。自分が考えずにただただやっていたということもあるし、指導する側の監督が当時は駆け出しということもあっただろう。ちなみに高校時代の平日の部活動は基本的には2時間のみ。監督が意図を説明する時間がなかったという要素も大いにある。
監督は今では野球を生業としている。公立高校の新米監督だった当時とは違い、誰もが知っているチームに所属して第一線で活躍している。飲み会の中で盛り上がったのは、「今の指導力で、当時に戻ったら自分がどのような指導を自分たちにしていたか?」である。高校時代に戻ってその場にいる1人1人について監督はこういうプレイヤーになってほしい!という話をしていた。
あるピッチャーには「うまく指導していれば140kmは出せた」といい、あるピッチャーには「そのあとのキャリアを見据えて大きくなるには、高校の段階ではフォームの矯正が必要。ただ、大学になってからも競技レベルで戦うかはわからないので、今を追求するか、未来を取るかは本人次第」といっていた。
ちなみに自分は「打撃は当然やらせる。体のサイズは申し分ないのでホームランは打てるはず。あとは話の呑み込みが早くて従順だったから、走塁を仕込んでいれば伸びたかもしれない。」といわれた。当時はうまくならない守備にやきもきばかりしていた自分が、こういう役割で生きることに気づけていたらどうだったか。
今では会社で「どの分野なら周りの人に勝てるか?」とか「どの役割がこの部署に足りていないか?」ということは習慣としてよく考えるが、高校時代の自分はそういったことを考えることもなく、ただ必死で毎日を過ごしていた。
自分が目指すべき選手はどこか。それを把握しながら日々の練習を過ごせていたらさぞ楽しかっただろう。自分はもう一からサッカーを練習して上達する過程を踏むことはないが、一からサッカーを練習する子供たちのサポートをする機会はあるかもしれない。そうなった時には、選手の可能性に気づき、気づかせてあげられるようになりたい。
思えば野球部時代は雨が好きだった。練習や試合がなくなるからである。しかし、このライセンス講習を受けるときは雨が降らないことを祈っていた。自分が指導する機会がこの先にもし与えられるのだとしたら、子供たちには雨が大嫌いになってもらえるような指導者になりたい。やっぱりサッカーは楽しいからね。