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プレビュー記事
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レビュー
山田の果たすべき役目
浦項に0-4で勝利し、初陣を飾った長谷部フロンターレ。休む間も無く挑むのはJ1の開幕戦。4年目のシーズンに挑む長谷川監督が率いる名古屋との一戦で新チームの国内へのお披露目に臨む。
立ち上がりに目についたのは名古屋のプレッシング。GKの山口だけオープンにしつつ他は原則マンツーマンという形のハイプレスを組む。浦項はハイプレスを組んできたわけではないので、川崎にとっては水曜日とは異なるところから打開を求められる流れとなった。
川崎の提示したやり方はCBがGKを挟むように開き、CHが降りるアクションをすること。それでいて数タッチで前線の山田を目掛けたロングボールを蹴るやり方だ。
どうせ数タッチで前に蹴るなどポゼッションをそこまでしないのに、わざわざショートパスを繋ぐような振る舞いを見せるのはなぜか?個人的には後方のスペースを空けるためだと思う。先にも指摘したように名古屋のプレスは基本的にはマンツー。つまり、川崎のCBが広がればついていくし、CHが降りれば前に出てくる。
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名古屋の選手がついてくる前提であれば、自陣に下げた川崎の選手によって、名古屋のMF-DFの間のスペースは間延びする。このスペースを開けさえすればロングボールを収める山田はまず名古屋のMFとDFの挟み撃ちに遭うことはない。川崎は長いボールを入れるためのリスクヘッジをしていたとも取れる。
19分手前の山田の状況が一番わかりやすい。収めた後にワンタッチでボールをコントロールできなくても、跳ね返されなければ簡単に名古屋のDFとMFには挟まれない。名古屋のMFのベクトルはあくまで前だからだ。
もっとも、このやり方はリスクもある。川崎は一時的に極端にラインを下げた状態になる。仮にこの状況で名古屋がボールを奪えば、川崎はまずオフサイドは取れないし、中盤はスペースだらけということになる。
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つまり、山田は一発でボールを奪われてカウンターに移行されることだけは何がなんでも避けなければいけない。収めて捌くことも大事ではあるがそれは付加価値。まずは「一発で名古屋に奪われて縦パスを入れられる」のを防ぐのが山田の役目である。
切り口の違う一進一退
序盤は名古屋がハイラインで川崎の保持に対してマンツーで十分に対抗ができていた。おそらく、三國がこれくらい山田と張れるのであればマンツーで押していくことは可能という判断はできそうであった。山田も山田で「一発で名古屋に奪われて縦パスを入れられる」ことは回避できる様相だった。
川崎はボールを動かしながら縦関係を作ることでマンツーを動かそうとする。まず動いたのは脇坂と河原。10分手前に脇坂のパスを受ける動きで河原がマンツーを外せた場面だった。ただ、名古屋も稲垣に加えて新加入の加藤が広い範囲をカバーしながら潰す機能を果たしており、中盤で川崎は相手を外す機会をたくさん重ねることは難しそうな展開だった。
しかしながら、この日の川崎の本命は山田。山本の試合後コメントに「相手はマンツーマンでボランチの稲垣さん(稲垣祥)のストロングが出てくるのを想定していたので、リスクをかけずシン(山田新)のところに入れることを考えていた。そこで勝てると思っていたし、セカンドボールを拾って前進したほうが相手も前に来ているぶんショートカウンターのような形になる。」とコメントがあるように、やはりここで勝つことが川崎の前提。序盤は少し手を焼いていたが、10分くらいから徐々に山田は三國相手にボールを収めるようになる。
山田がポストの落とし先としてメインにしていたのはヴェロン。対面である河面のマークが明らかに緩いヴェロンは山田がボールを収めて預ける先としては理想。間延びしたスペースでセカンドを回収し、前を向いてボールを運ぶ。
前を向いた時のプレーに関しては現状ではまだヴェロンにはクオリティに課題があるように思う。山田のロングボールの「付加価値」を生かすのであれば、前を向いたヴェロンが攻撃を加速させる必要がある。だけども、そこまでは至らなかった感があり、山田が満点の仕事をしてもヴェロンは推進力を見せることはできなかった。前半終了間際のクロスにおいてもヴェロンが山田に届けていればおそらくは1点だったはず。この辺りのクオリティはきっちりと磨いていきたい。
もっとも、この試合を見る限りヴェロンに関してはそこまで心配はしていない。非保持で悪い意味で目立たないことは証明できたはず。今の長谷部システムであれば、非保持で踏ん張ることができる選手に関しては我慢をして待つことは十分に可能。9人のベンチ枠ということを考えるとSHに不在者が多いスカッドの序盤戦は若いヴェロンには十分に時間を与えられる可能性はある。
チームとしては押し込んだ後の攻撃にも課題は残る。浦項戦で示した通り、川崎は外からフリーでクロスを上げるために中に視線を集める形を作っていきたい。
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しかしながら、この形もリスクは大きいことはこの試合の前半で示された。25分に永井のシュートがポストに当たったシーンは脇坂のボールロストから。中央に目線を集める作業の下準備の最中でのミスだ。この位置でボールを奪われるとサイドや裏で勝負をする場合に比べてカウンターにスムーズに行かれる可能性は高い。
川崎は山田にボールを収めるところまでは安定。ただし、そこからのスピードアップ及びサイド攻略に関してはまだクオリティが不十分である。
名古屋は基本的には川崎の4-4-2に対して外循環のビルドアップで対応。川崎のロングボールのように相手の構造を利用してギャップに入り込むシーンは少なかった。和泉がライン間のスペースに入り込むシーンくらいだろうか。
ただ、ボールを加速させる準備が整った後の手札は川崎よりも豊富。永井とマテウスは加速すれば十分相手に脅威を与えることになる。アクシデンタルにこの形を作れれば、高井や丸山がファウルを犯してしまうようにスピード面ではアドバンテージは取れる。
川崎は前進のルートは安定、ただし前進した後の加速及び仕上げが足りていない。名古屋は加速する手段の豊富さは十分な一方で後方からの前進で安定したルートを確立することができず、川崎のミスに頼る必要があった。そういう意味では一進一退の力関係と言えるだろう。
名古屋は前半の終盤に押し込む機会を得たが、川崎のサイドの守備は安定。マテウスを軸とした左サイドのユニットからズレを作っていこうと模索をする名古屋だったが、川崎のマーカーを剥がすことはできず。ヴェロンの「心配はいらない」と感じたのもこの時間帯の守備面での貢献が大きい。
クロスに対してもニア側のCBを中心に跳ね返しは安定。スピードに乗った状態であれば名古屋は川崎にアドバンテージを取れそうではあるが、川崎が自陣にブロック守備の構築が間に合ったあとであれば、手段を見つけるのは容易ではないという状況だった。
先制点で独壇場に持ち込む
迎えた後半、序盤の川崎はGKからのリスタートにおいてCB、CHが自陣に下がる形を取りやめる。山田がボールを収めることができるという点を踏まえると、セカンドボールの回収のスペース確保よりも前に人数をかけることを優先としたのかもしれない。
アタッキングサードにおいては前線の連携が光る立ち上がりとなった。シューターとなったのはヴェロン。一つ目は左サイドの奥を取ったマルシーニョに対してマイナスへの飛び込みを見せる。この形はボールサイドと逆側のSHがきっちりとボックス内に飛び込むという今季の傾向をガッチリと踏襲している格好。
二つ目のシーンは右のハーフスペースに三國を連れて流れる山田の矢印の根元を狙っての侵入だった。
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一つ目のシーンでも山田の通ったルートを通ることでフリーになったヴェロン。フリーになるための動きとして、味方の選手についていく相手選手の矢印の根元を狙うというのはとても有効。ヴェロンはこの2つのシーンでオフザボールの精度を示したと言っていいだろう。
前半には見られなかったアタッキングサードの連携がようやく見えてきた川崎。ただこの形は単発であり、明確に川崎がアドバンテージを握ったわけではなかった。
前半と変化が見えた川崎に対して、名古屋はなかなか前半からの上乗せが見つからない。個人で言えば原はギャップにボールを通そうとする意識は見えたが、なかなかこれがチャンスに繋がる頻度は低く、基本的には川崎の4-4-2に対してU字でボールを動かすだけだった。
個人的な印象としては川崎の4-4-2ブロックに対してポジションを移動しての揺さぶりは欲しかったところ。この日の名古屋は後方を3枚にしてビルドアップをしていたけども、原はSBのカラーが強い選手なので例えばこの3枚をそのまま3バックにするのではなくて、GK+三國、河面にしてみるとか。
ただ、この日の名古屋の武田を見ると、あまりGKをビルドアップに組み込むリスクは取れそうにないので、それならば中盤がもう少し降りるアクションをするとか。いずれにしても原の移動範囲を増やして「この選手をどうやって監視しようか?」という負荷を川崎に強いるトライはしたかった。
名古屋の後半最大のチャンスは52分。山本の背後をとった和泉に縦パスが入ったシーンから。慌ててラインを下げた丸山のミスにより永井のオフサイドを引っ掛けることができず。丸山の背後をカバーすべき山口の飛び出しも遅れたシーン。ミスが連鎖し、誰もカバーできなかった場面だったので名古屋のパスがつながらなかったのは幸運だった。
名古屋は徐々にマテウスの守備の貢献度が落ちてくる。対面の三浦が少しずつ敵陣での存在感を発揮し、川崎は押し込む状況を確保する。そして、セットプレーから川崎は先制点をゲット。マテウスの不用意なハンドをきっかけに三浦→高井の流れで先手を奪う。オフサイドに関わる判定はややブラックボックスではあるが、素晴らしいキック&素晴らしいシュートであったことは確かだ。
川崎はこのゴールをきっかけに主導権を握る。後方からの広いポゼッションから名古屋の守備をサイドに揺さぶっていく。川崎の2点目は右サイドに流れた山田(後半はよりサイドに流れる頻度を増やした印象だ)のポストからファン・ウェルメスケルケンを経由し、左サイドに展開した流れから。
川崎は大外のマルシーニョ→追い越す三浦へのワンタッチで左サイドを切り裂くと山田がクロスを仕留めてリードを広げる。浦項戦ではなかなか刺さらなかったマルシーニョを追い越す三浦の連携がようやく刺さった場面だった。
名古屋目線でいえばやはりマルシーニョに引っ張られた原のスペースを埋める役割を誰も果たしていないのが気になるところ。山田を捨てることになるとはいえ、川崎のボックス内の侵入枚数は多くないことを踏まえれば三國はスライドして良かったと思う。
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名古屋があくまでマンツー至上主義ということであれば、サイドでマルシーニョを潰せなかった原と三浦に追い越された野上が悪いということになる。まぁ、それならそれでいいと思うけどもあくまでマンツー!ということであれば、名古屋のワイドのCB2人は潰し切るスキルの足りなさは気になる。ここまで離してしまうと対面を潰すという前提がミスった時にリスクの大きい後方で成立しなくなる。それならば穴が空いた時にどのようにするかはもう少し設計してもいいように思う。
ここからは川崎の独壇場。名古屋は前向きの守備を増やそうとするあまり、川崎の1人の選手に2人が強引に向かうというシーンが頻発。そういうシーンが出てくれば名古屋の中盤は一気にスカスカに。恩恵を受けた脇坂が自由に中盤で暴れ回ることができて、川崎は加速しながらアタッキングサードに入ることができるように。パスを受けた選手に対するサポートランを川崎がサボらなかった側面はあるだろうが、1人目にバグが出ると広大な範囲のカバーを強いられる中盤が細かいパスワークによる方向転換に耐えられずに崩壊するというのはここしばらくの名古屋でよく見るシーンな気がする。
終盤に輝きを放ったのは山内。右サイドではファン・ウェルメスケルケンとの細かいレーンチェンジから抜け出すシーンを作りつつ、積極的なボックス内の侵入を敢行。崩しとスコアリングの両面で効果的な動きを見せて、アシストとゴールの両面で結果を出した。
川崎はリーグでも開幕戦で4-0の勝利。上場の船出でホームのファンに華々しい自己紹介を行った。
あとがき
名古屋はスコアよりも何をトライしたかのところが気になった。本文中で触れた原を使った陣形を動かすためのトライは失敗したというよりも取り組んでいなかったように見える。それであればマテウスがバテた後に入れ替えた前線の選手たちが新しい価値を作れないのは苦しいところでもある。原が加入したことによる保持の再設計か、豊富な前線のタレントを生かした90分間をリレーする前進の手段の確保のどちらかは早い段階で成立させたい。
川崎は浦項戦に続き勝利のパターンを提示した感がある。大量得点に目が行きがちだが、まずは相手とガッチリ組んでジリジリと我慢する展開で負けない!っていうところが出発地点。堅い入りで悪くてもタイスコアで試合を運びながら、終盤に展開がほぐれた時に川崎らしさを乗っけて迫力のある保持から得点を重ねていくっていうのが理想の90分の紡ぎ方になるのかなと思う。名古屋戦も浦項戦も主導権を明確に握っている時間自体は長くなかったので、握っている時間のシャープさとアドバンテージを取った際の手堅さは絶対に手放したくはない。
週2で試合が続く序盤戦や疲労が溜まる夏場に「相手とガッチリ組んでジリジリと我慢する展開で負けない!」という前提が成立するかもわからないし、ビハインドになった時の抵抗力も不明。まだ未知数な部分が多いのは確かでもある。改善されたポイントやこれから改善していきたい箇所がクリアになっているのは非常に良いことだが、持続力と成長力を継続できるかが川崎が今季リーグタイトルを争う舞台に立つための重要な要素になるだろう。
個人で言えば山田には触れておきたい。対面も強い相手だったが、きっちり競り続けてセカンド勝負に持ち込めている。クロスもロングボールも簡単に跳ね返させないことで、この日の川崎のプランの根幹を握っていた。ゴールはもちろん価値があるけど、ゴールがなくても貢献できているストライカーへの階段を一歩ずつ上っている。
試合結果
2025.2.15
J1リーグ
第1節
川崎フロンターレ 4-0 名古屋グランパス
U-vanceとどろきスタジアム by Fujitsu
【得点者】
川崎:58′ 高井幸大, 67′ 山田新, 79′ 山内日向汰, 87′ 宮城天
主審:高崎航地