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プレビュー
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レビュー
切れ目からの加速の有無が主導権を分ける
FAカップ3回戦はまずどのようなメンバーで勝負するかのさじ加減が重要。ビッグ6対決となったこのカードでは両軍はリーグ戦と相違ないスターターで激突する。
ユナイテッドはハイプレスでスタート。前5枚でチェイシングを仕掛けつつ、両ワイドのCB、特にリサンドロ・マルティネスが前に出ていくことでプレッシングに追従する。
ユナイテッドの守備の基本線としては前5枚での解決を図る形。中盤はスライドしながら防波堤を作りにいく。
アーセナルはこの防波堤をどのように壊すか?というところからの設計が重要になる立ち上がり。プレビューで書いた通り、ユナイテッドが前からプレスに来てくれる形はアーセナルとしては切れ目を作りやすいのでありがたい。
実際のところ、右サイドではウーデゴール、左サイドではルイス=スケリーが中盤の繋ぎ目でボールを受けられるかが重要なところになる。スライドするCHの脇に入る形でボールを受けることができればここから攻撃を加速させることができる。
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ライン間の切れ目にパスが入った際はアーセナルは縦に速い攻撃を狙っていく。左WGでの起用となったマルティネッリが中央付近から右のエリアで裏を取るようにして一気にゴールに向かうコースどりをしていた事からも、ライン間から加速できる時はゴールに向かう形を逃さないという意思が見える。
ハイプレスがハマらなかったユナイテッドは少しずつ撤退モードにシフト。ゆったりとブロックを組む形をとり、コンパクトな5-4-1を構築していく。
押し込む際の攻撃はアーセナルの悩みどころ。個人的にはこの日のフィーリングはそこまで悪くはなかった。ハーフスペースの奥を取る形を意識するというのはサカを失ったアーセナルにとっては生命線だと思っているのだが、この試合では大外から斜めのランで背後を取るバックドアの形からチャンスを作ろうとする意識が強かった。バックドアについてはここから学ぼう。
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ユナイテッドも5バックなのでハーフレーンには基本的には人がいる形になっており、このバックドアが相手を壊すための必殺技になっていたわけではない。だが、右サイドからライン間に顔を出すウーデゴールの選択肢の1つにはなることができていたように思う。
一方のユナイテッドの保持はなかなかに苦しい立ち上がり。アーセナルは序盤からハイプレスに出てくる形でユナイテッドのビルドアップを封殺。広くボールを動かす意識はしていたユナイテッドだが、左サイドに追い込まれて苦し紛れの縦パスからボールを相手に渡してしまう場面も。GKのバユンドゥルのフィードの荒れ方もなかなかで、いつものオナナと異なり最後方からビルドアップを期待するのは難しい状況となっていた。
この試合のアーセナルは1週間間隔があいたユナイテッドとは異なり、ミッドウィークにも試合があったため、最初から最後までガンガンプレスに行く!というわけにはいかなかった。そのため、ミドルブロックを維持しつつ時折ハイプレスから一気にエンジンをかけていく形を使っていた。
ユナイテッドもアーセナルと同じく中盤の切れ目から攻撃を加速させる形を狙っていきたいところ。ライン間に入り込むガルナチョが加速装置となり、アーセナルでいうウーデゴールの役割を果たそうとするが、ユナイテッドの前線にはアーセナルの最終ラインの背後を取る直線的な意識を持っている選手はいなかったため、スローダウンしながら人数をかけてのブロック攻略に移行することが多かった。
前半のユナイテッドでもっとも手応えがあった攻撃の形は右サイドからごちゃっとして背後をとり、マイナスのブルーノがジェズスに後方から潰されたシーンだろう。ルイス=スケリーとガブリエウの周辺のスペースからアーセナルは後手を踏み、ユナイテッドの侵攻を許した。
感覚的な話なので勘違いの可能性もあるが、左サイドのこのユニットはこのシーンのように結構背後を取られている気がする。ルイス=スケリーとガブリエウの間は空きやすく、IHがメリーノの場合は戻りが遅く、チャレンジが失敗した時の保険が効いていないように見える。
この場面のプレーでジェズスが負傷交代したアーセナル。怪我が重そうなのは心配ではあるが、試合の展開には大勢は与えず。ジェズス→スターリングが入った右サイドはハイプレスに出ていける機会は少なかったが、それでもきっちり押し込みながらの時間を過ごすという構図に変化はなかった。
サカ不在の右サイドの攻め筋
後半も引き続き、アーセナルは押し込みながらのスタート。ハイプレスも巻き直しながらユナイテッドに攻守ともにプレッシャーをかけていく。
そんな中でユナイテッドはハイプレス回避から先制点の奪取に成功。ロングボールからガブリエウとルイス・スケリーを外すという前半のブルーノの決定機のような形から右サイドをガルナチョが進むと、折り返しをブルーノが仕留める。シュートは凄まじかった。ティンバーはほぼコースを切っていたが、わずかに空いたボール一個分のコースを完璧に通した一撃。文句なしのワールドクラスだった。アーセナルにとっては前半に燻っていた不安の種が爆発した失点シーンだった。
追いかけるアーセナルは右サイドを軸に攻撃。レーンわけを流動的にしつつ、大外の軸となるスターリングに預けユナイテッドの最終ラインを固定。そこからバックドアからの右の奥を取る形を意識する。ジョルジーニョはこの大外からの斜めのランに合わせるパスが世界一上手いんじゃないかと思っている。
いわばこれが奥を取る形なのだとしたら、手前を取るのはウーデゴールの役割。ペナ角からフリーでボールを持つとここからロブ性のボールをファーに入れてメリーノ、ハヴァーツにチャンスを供給する。
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大外ローテからの背後を取る形+手前のウーデゴールからのファーへのクロスというコンボは個人的にはサカ不在を現有戦力でカバーするためにできることを割と総動員した形なのかなと思う。そういう意味ではスターリングを絡めた形である程度右が見えたことは負けた試合の中で見つけられた収穫なのかなと思う。縦突破から抉る形でマイナスを除いたスターリングはプレーのキレも悪くなかった。
60分手前でユナイテッドはダロトが2枚目の警告で退場。アーセナルはこのファウルで得たFKをショートパスでスタート。全くケアしていなかったユナイテッドに対して左サイドをするすると侵略すると、ここからのクロスのこぼれをガブリエウが仕留めてゴール。クロスに対応したバユンドゥルとしてはできるだけ遠くに飛ばしたかったところだろう。
勢いに乗るアーセナルは5-3-1で構えるユナイテッドに総攻撃を仕掛ける。中盤の隙間が空きやすくなったユナイテッドに対して、アーセナルはティンバーのドリブルからボックス内でハヴァーツがPKを獲得。接触はソフトでPKはない!という声もわからなくはないが、多分自分はアーセナルの選手がこのシーンのマグワイアのように腕だけでなんとかしようとするようなプレーをすれば、その選手に改善を促すだろうなとは思った。
リードのための絶好のチャンスを得たアーセナルだが、このPKはミス。ウーデゴールが蹴ったキックはコースは悪くなかったが、バユンドゥルの素晴らしいセービングが上回った形となった。特に左サイドでハーフスペースを抜け出したライスが決定機を防いだシーンは素晴らしかった。ライスのシュートはグラウンダーでスピードも十分でコースも厳しかったが、驚異的な足抜けの速さでなんとかボールに触ることに成功した。
このPKを境にバユンドゥルは大活躍。ハイボール対応とフィードで怪しさが先行していたバユンドゥルだが、セービングでリカバリーに成功する。アーセナルは左サイドにライスを入れて左右のサイドからハーフスペースの裏抜けを軸に攻撃を仕掛けていくが、バユンドゥルのセーブと自軍のストライカーの決定力の低さからチャンスを活かすことができない。ユナイテッドもザークツィーのキャリーから一撃を狙うという展開だった。
90分で試合は決着がつかず、迎えた延長戦もアーセナルが押し込むスタート。ユナイテッドは左右のWBを入れ替えてマラシアを左に投入。露骨ではあったが縦を切ることを優先する対応はこの日のスターリングには効果的。インサイドに無理につっかける悪いスターリングの召喚に成功した感がある。
スターリング封じに加えて、ティンバー、ジョルジーニョの負傷により右サイドの機能性は延長戦で時間を追うごとに低下。とりわけジョルジーニョが先導する右のハーフスペース裏の攻略パターンが消えたのは痛かった。
延長後半の頭などは逆にユナイテッドがチャンスを迎えるシーンがあるなど、展開は終盤に向かうにつれてフラットになりつつ収束気味に。1-1のまま延長は終わり、迎えたPK戦ではラヤの早すぎる動き出しをユナイテッドが易々と攻略。またしても厳しいコースのハヴァーツのキック(これは少しスピード不足)をセーブしたばユンドゥルがユナイテッドを4回戦に導いた。
あとがき
古畑任三郎が好きなのである。SMAPの回を見たことがある人はいるだろうか。SMAP5人が協力して草彅くんをいじめていたプロデューサー(宇梶剛士)を殺してしまうという話である。この事件において、SMAPは5人が連携する形で偽のアリバイを証明している。
SMAPはアリバイを作り出すために様々な工夫をした。例えば、稲垣くんがカスタネットをわざと壊したり、香取くんがリハーサルで急に暴れたり、木村くんが突然スタッフに紙吹雪作りを発注したり、中居くんが弁当を大量に差し入れたりなど。これが古畑のSMAPを疑うきっかけになっている。彼曰く「たまたまが続いていいのは2回まで」ということらしい。
さて、話をアーセナルに戻そう。別に困り果てているわけではないのだけども、最近のアーセナルを見ていて自分で悩んでいることがあったりする。アーセナルは大方の試合でとても試合をきっちりと制御して過ごしていると思っている。そうした中で相手の素晴らしいシュートが決まって勝ちきれないという試合がそこそこ出てきている。
個人的には相手が「たまたま」ワンチャンスを仕留めてくるなと感じる試合が多かった。また、いくらアーセナルに20点取れるストライカーがいないとて、この日の決定機の逃し方はさすがに下振れと捉えていいレベルだろう。要は「たまたま」決まらなかったようにも思える。
だけども、古畑の言葉に則れば「たまたま」が続いていいのは2回まで。特に薄いシュートチャンスを仕留められる方は2回では効かないレベルでアーセナルは数多くの再現を許している。
たくさん再現しているということはダメじゃん!というのは簡単なのだけども、何回も何回も続いているということは何か原因があるはずだ!と考えながら見ても、自分はどうにも「たまたま」感を拭えない。ほとんどの勝ちきれなかった試合でもアーセナルはきっちりと勝ち筋の濃い試合運びはできている。カラバオのニューカッスル戦は例外だけども、ブライトン戦やこのマンチェスター・ユナイテッド戦は当てはまると思っている。まだ12日しか経っていない2025年だけで2回のたまたまが出てきているのだ。
だから、「勝てなかったし怪我人は多いからアーセナルは崩壊している」という論調には首を傾げたくなったりする。どうにもたまたま感は拭えない。でも勝てない試合は積み上がっていく。別に周りのアーセナルファンがどういうテイストで喚こうが、そこはどうでもいいのだけども、自分の中でもうちょっと自分の「たまたま」を疑うことが必要なのか、それとも「たまたま」の感覚を信じていいのかに迷いがあったりはする。
試合結果
2025.1.12
FA Cup 3回戦
アーセナル 1-1(PK:3-5) マンチェスター・ユナイテッド
エミレーツ・スタジアム
【得点者】
ARS:63′ ガブリエウ
Man Utd:52′ ブルーノ・フェルナンデス
主審:アンディ・マドレー