
プレビュー記事

レビュー
ロングボールの表と裏
プレビューにも書いたようにアウェイで6点差での勝利というのはCLというコンペティション史上に残る大量得点差。事実上、1st legでどちらが通過するかは確定しており、どちらのチームもそれを受け入れたかのようなスターターだった。PSVの現実的な目標としては「この先発メンバーでエミレーツの試合のスコアで勝利を収めること」が落とし所になるだろう。
PSVの守備は4-4-2ベース。2トップに入るペリシッチとババディはアーセナルの中盤に厳しくプレッシャーをかける代わりに、バックラインには特にプレッシャーをかけずにボールを持つことを許容する。「奇跡」を起こすためにはまずは試合序盤の奇襲が重要な要素であるが、アーセナルのバックラインがゆったりとボールが持てる状況ではそういう奇襲が起こる状況にはならない。
PSVが1st legで見せたマンツーマンの要素はどちらかといえば2nd legでは減少傾向。動き回るルイス=スケリーを特定の誰かが捕まえる様子もなく、降りる選手に対してめちゃめちゃ厳しく当たってくるわけでもなかった。
アーセナルの守備も比較的マイルド。まずは4-4-2で構えることでPSVの3-2-5のボール保持に向かい合う。共にゆったりとバックラインがボールを持ちながら何ができるか?を考えるスタートとなった。
先にプレスを仕掛けたのはPSV。バックスにハイプレスにいくことでアーセナルのビルドアップを阻害しにいく。アーセナルはロングボールでこれを回避。トップのメリーノがボールを収め、そこからスターリングが落ち着かないボールをキープしてジンチェンコにパス。ジンチェンコがしなやかなミドルで先制ゴールを生み出す。PSVの仕掛けに対して、まずはアーセナルがきっちりと解答案を示したゴールとなった。
しかしながら、1つ目が失点につながったからといって必ずしもPSVのハイプレスが無意味だったかと言われるとそういうわけでもない。特に圧力をかける価値があったのはアーセナルの右サイド側。左足でボールを持ってナンボのキヴィオルと復帰明けのホワイトの右サイドは適性面と連携面で難があり、なかなかかけられたプレスをいなすことができない。深い位置に下がってボールを受けながらもつなぐことができず、オフサイドの取れないカウンターに直面することもあった。
そして、PSVの同点ゴールはオフサイドの取りづらい状況でのカウンターから。低い位置に下がって、繋ぎの意思を見せたこととは裏腹にロングボールを入れるというこの場面の戦い方は守備側の陣形を縦に間延びさせてセカンド回収を容易にする可能性がある反面、収めることに失敗すればこのように逆に間延びしたスペースから簡単にカウンターを食らうことになる。
簡単に言えば先制点の場面が成功例、この同点ゴールの場面が失敗例の代表格だ。本来のコンパクトな陣形であれば、降りてボールを受けるババディのところをキヴィオルが潰す必要があるのだが、キヴィオルはロングボールが放たれたタイミングではラヤを挟むように立っているので、跳ね返された直後ホルダーまでのラインアップは間に合わない。結果的にキヴィオルは中途半端なポジショニングとなり、背後をとったティルとペリシッチによってガブリエウが挟み撃ちになる結果となった。
去年?くらいのユナイテッド戦でカゼミーロが同じことをやって失点に絡んでいたが、それが今日はキヴィオルのターンだったということである。直接的な原因とは言わないが、やはり繋ぎの匂いを感じさせながらのロングボールは成功率と一蓮托生。少なくとも繋ぎを匂わせるならば、ロングボールを逃げ場にするのは今のアーセナルにはリスクがある部分があるということだろう。
敵陣でイキイキする右のユニット
タイスコアになったことでPSVは勢いに乗る。引き続きハイプレスでアーセナルの右サイドのブロックを狙い撃ちにしつつ、高い位置からシュートを狙っていく。失点をしたことでアーセナルも少しずつハイプレスを敢行。特に目立っていたのは右サイドのスターリング。後方のホワイトと連動しながらPSVの左サイドを高い位置から追い込んでいた。
前方向に矢印を出して圧力をかけるという観点に関してはもしかするとヌワネリよりはスターリングの方が上手いのかもしれない。おそらくはシティで履修済みなのだろう。ヌワネリはまだ若いのだから、この点での思い切りに物足りなさがあるのは特に問題があることではないし、そもそもプレスバックの速さではスターリングを上回っているので、一概にスターリングの方がヌワネリよりも守備で上回っているというわけではない。だが、サイドに追い込むことに関してはスターリングがこの試合でいい働きをしたのは間違い無いと思う。
ハイプレスでPSVのポゼッションを阻害したアーセナルは20分過ぎから少しずつテンポを取り戻す。保持においては左右に流れるメリーノのポストからボールを繋いでサイド攻撃を活性化していく。スターリングは右サイド起用時にはシンプルなプレーが目立っていたが、この試合においてはカットインしながらのプレーも悪くなかった。左サイドの際は利き足フォーカスで方向が見えやすいプレーをしているが、右サイドからのカットインだと利き足だけのタッチだけだと難しいぶん、色々と駆け引きをするのかもしれない。
アーセナルはこの右サイドから勝ち越し。深く抉ったスターリングのクロスをライスが叩き込んで勝ち越しのゴールを決める。
前半の終盤は互いの決定機の応酬。ホワイトのパスカットから迎えたチャンスは左サイドから文字通り矢のように飛んできたガブリエウが防ぐ。返す刀で前線に飛び出したスターリングはジンチェンコのスルーパスを受けての決定機を創出。だが、苦手な左足でのシュートは簡単に弾き返されてしまう。
ハイプレス耐性と右サイドユニットにおいてできることとできないことが整理できた前半。試合はアーセナルが2-1のリードでハーフタイムを迎えることとなった。
キヴィオルは引き続き課題に直面
PSVは後半も前半と同じくゆったりとした4-4-2での守備からスタート。アーセナルはCBが余裕を持ってボールを動かすなど前半の頭のようなスタートを見せる。
左右のサイドを幅広く使って敵陣に攻め込むアーセナル。ジョルジーニョがタクトを振りながら順調に押し込んでいく。右サイドではホワイトがオーバーラップからシュート。少しずつリズムを取り戻す作業を積み重ねているという印象だ。
ただ、PSVも前進のきっかけを掴むことができてはいた。55分のババディの反転からシュートに持ち込まれたシーンなど、右サイドで時折見られる脆弱性をつく。さすがにサリバと比べられてしまうのは気の毒ではあると思うが、左右問わず縦への潰しの強度に関してはキヴィオルが今季苦しんでいるところとも言える。この試合でもキヴィオルは同じ課題に直面したと言えるだろう。保持の点は左右の適性も含めて仕方がないとは思うが、こうした縦方向の潰しに関しては変に目立つシーンをもう少し減らしたい。
アーセナルは選手交代。おそらくはある程度事前に想定されていたプレータイムシェアだろう。ライス、メリーノといったスターター継続組を下げてカラフィオーリ、トロサールを投入。自由度の高い2人の投入により、アーセナルはさらにポジションレスの移動が増える。2人の投入で結構カラーが変わったのは興味深かった。カラフィオーリとルイス=スケリーとの併用も連携からなかなか面白いチャンスを作り出していた。
互いにチャンスを作る中でPSVはハイプレスを咎めるところから同点ゴールをゲット。ドリウィシのゴールで試合を動かす。
以降は試合のテンションがなだらかにダウン。ともにこの試合でやるべきことはやったという感じで強度は下がっていく。終盤に張り切ったスターリングがカードを受けて次節出場停止になったことと、そのFKから途中交代のデ・ヨングがあわやというシーンを作り出したのがこの試合の終盤15分の大きな見せ場となった。
1st legの貯金を生かしてベスト8に進んだアーセナル。白い巨人に20年ぶりに挑む準々決勝に駒を進めた。
ひとこと
ハイプレスの耐性と右サイドへの攻撃構築に関してはそれなりに整理できた感がある。スクランブル起用が増える中で特にオープンな展開では攻撃面でジンチェンコが刺さったりカラフィオーリとルイス=スケリーを併用したりなど、メリーノが中盤として使いにくい中でオプションが増えているのは面白い。いくつかこの試合で蒔いた種が今季どこかの命綱になったりするだろうか。
試合結果
2025.3.12
UEFAチャンピオンズリーグ
Round 16 2nd leg
アーセナル 2-2(AGG:9-3) PSVアイントホーフェン
アーセナル・スタジアム
【得点者】
ARS:6‘ ジンチェンコ, 37‘ ライス
PSV:18’ ペリシッチ, 70‘ ドレウィシ
主審:ラデ・オブレノヴィッチ