
プレビュー記事

レビュー
掻き乱すIHが助演男優賞
16年ぶりにたどり着いたCLの準決勝。2回目のファイナルの舞台にたどり着くにはパリという壁を越える必要がある。
プレビューではパリを抑えるにはガッチリしたローブロックか潰し切るハイプレスかどちらかが重要だという話をした。そして、アーセナルはハイプレスに出ていく形を取るだろうと。想定通り、アーセナルは高い位置から潰しにいく。
ウーデゴールを主導として右サイドから追い込みをかけたアーセナルだが、パリは初手で上回ることに成功。降りるデンベレから左のクワラツヘリアに展開し、折り返しをデンベレ。流れるような外と内を合わせたパスワークからゴールを決めた。
このゴールについては少し掘り下げたいところ。シュートコースがない中であのゴールを決めたデンベレはまずスーパー。ただし、インサイドあの位置でデンベレが自由にパスを受けられる状態なのはアーセナルとしてはまずい。

こうなった前段としてはクワラツヘリアのサイドのケアにライスがダブルチームとして出ていったという要因がある。この場面以降のクワラツヘリアへのアーセナルの対応を見ると、少なくとも正対した時にはダブルチームが基本。
ただし、ダブルチームにおけるティンバーのパートナーはサカ。この場面のようにライスが出ていくことはイレギュラーと捉えることができる。というわけで中央を空けることとの優先度はさておき、ライスがサイドに出ていくことはある程度チームの原則に則る部分だと考えることができる。
ということで、まずはライスがサイドに出ていく形がアーセナルとしてはまずかった。ライスが出て行かざるを得なかったということは裏を返せばサカがダブルチームに戻る時間がなかったということ。この時、サカは前のプレスに出ている。アーセナルにとって誤算だったのはデンベレへの縦へのベクトルが大きなパスが通ったこと。降りるデンベレをアーセナルが捕まえられなかったのが要因だ。

デンベレがパリから見てやや右寄りに流れていたことを踏まえると、キヴィオルが引き取るのが妥当。しかしながら、キヴィオルの付近にはネベスがうろうろしている。ちょうどデンベレとは縦関係。捕まえるのに躊躇する理由はある。
ただし、ハイプレスに出ていくという前提ならば、この降りるデンベレは絶対に捕まえに行かなくてはいけない場面。ネベスがいるから出ていけない!というのであれば、厳しい言い方をすればパリに対してハイプレスに行く資格がない。
逆に言えば、パリのIHの駆け引きは見事。キヴィオルをピン留めすることになったネベスもさることながら、左サイドを駆け上がるファビアンも素晴らしかった。ここで攻め上がりティンバーを巻き取ることでクワラツヘリアは十分なスペースを得ることができる。

2人のIHによって掻き乱されたハイプレス回避。アーセナルはプレスをひっくり返した1つ目のプレーで先制点を許すこととなった。
プレスから流れを引き戻す
アーセナルの保持も当然ショートパス主体。パリのハイプレスを回避しながら敵陣に進撃していく。明確に悪いかと言われると難しいところだが、パリのプレスは中央のエリアの起点を作らせないことでアーセナルをうまくサイドに追いやっていた感がある。アーセナルのWGはなかなかいい景色でボールを受けることができなかった。
26分に大外のマルティネッリがラヤのフィードからオフサイドになる場面があったが、この辺りも意気が合っていない感。マルティネッリからすれば後方でボールを十分に動かせるため、リポジションをしなくていいと判断したのだろう。このような保持における前と後ろの連結はアーセナルの方がパリに比べるとチグハグだった。
パリはリードをしたこともあり、先制点のシーンのように急激に前に進んでいくような場面は減っていくように。ヴィチーニャを経由してスローダウンする場面を増やしていく。それでも時折見せる同じレーンの縦関係を使う動きからラインブレイクを見せてアーセナルを困らせる切れ味はさすが。
アーセナルはリードされているので、この状況に手をこまねいているわけには行かない。前から捕まえにいく必要があるアーセナルはウーデゴールがヴィチーニャを抑えつつ、サカとティンバーを挙げながら同サイドの縦方向にラインを絞る。おそらくショートパスの起点としてドンナルンマを経由させにくい状況の中でヴィチーニャを抑えてしまえば、逆サイドへの逃しどころはなくなるという算段なのだろう。
この算段はそれなりに機能した。クワラツヘリアが背負えてはいたが、正対されるよりは遥かにマシ。後方からの供給も左サイドは不安定な部分があるので、アーセナルは高い位置からボールを止める場面が少しずつ出てくる。逆サイドのルイス=スケリーも同様に背負うWGであるドゥエや上がってくるハキミをなんとか抑えて対応する。
WGの景色が良くならない問題はサカの強引な突破力で少しずつ回復していくアーセナル。それでもこの試合のアーセナルの前半の大きなチャンスはルイス=スケリーのインサイドへの切り込みから生まれたものというのは特筆しておきたいところ。やはり、インサイドの起点作りは非常に重要だなと感じさせられるチャンスメイクの方向性だった。
だが、このマルティネッリのチャンスはドンナルンマがシャットアウト。アーセナルは前半のうちに追いつくことができないままハーフタイムを迎えることに。
リスクをかけた攻めの線引き
迎えた後半、アーセナルはセットプレーからチャンス。ファーサイドのオフサイドポジションに集まった選手たちの中からメリーノが合わせてネットを揺らす。どう見てもオフサイドになるじゃないか!というのはあるかもしれないが、結果的にオフサイドにかかったメリーノとオフサイドラインの基準になったクワラツヘリアではオフサイドに関する情報量が異なるので、ある程度ファーに仕掛けさえすれば主導権を握れるという考えなのだろう。ちなみに国内リーグではエバートンがファー寄りにマンツーでこの作戦を潰すという策をとっている。
同点のチャンスを逃したアーセナル。ハイプレスをベースになるべく敵陣でのプレーを心がける立ち上がりとなった。パリはハイプレスでボール奪還を心がけていたが、アーセナルの後方の選手たちのドリブルにはかなり手を焼いていた印象。
とりわけ、ライスのキャリーは馬力的にもパリの中盤とミスマッチになっていた印象。プレビューでハキミの背後をうまく取ることができるか?という話をしたが、中央でライスが視線を集めることができれば、サイドの裏をとるアクションは容易になる。いうまでもなくトロサールが得た決定機の話である。このシュートはほぼ完璧。ドンナルンマをただただ褒めるしかないという感じだろう。
ただ、パリも一方的に押し込まれるだけでなく、後半も10分をすぎたところで少しずつ押し返す。サイドにアーセナルが追い込んだ!という場面で53分にファビアン、59分にデンベレが中央でフリーになることでプレスを脱出。アーセナルは急いでリトリートして事なきを得るが、ハイプレスで敵陣でのプレータイムを増やすという目論見は潰れてしまうこととなった。
後半頭の時間で得点を取れないとなるとアーセナルの運用が難しくなる。あくまで主導権争いの土台となっているのはハイプレス。スターリング、ヌワネリというアーセナルの交代カードはその点を補填することができるタイプではない。けども、プレスの頻度は落ちていく。
ならば、攻撃の部分で前進の手段が欲しいアーセナル。先に挙げたドリブルに加えてサリバ、ライスを軸に長いレンジの縦パスを入れていこうとするが、これはカットされた時に即時カウンターというリスクも大きい。対応力の高いパリに対しては数回試した後に、対角パスでWGにボールを届ける形に切り替えた感がある。
後半の攻撃を託されたのは右サイド。ただサカを軸としたサイドアタックはあまり機能しなかった感がある。ヴィチーニャがこちらのサイド寄りのポジショニングを取ることが多かったため、おそらくパリは網を張っていたのだろう。ティンバー、ウーデゴールもサカをなかなか追い越すことができず、ウーデゴールが逆サイドに逃す場面が目立つようになった。
試合のインテンシティは70分を目安にダウン。どちらもボールを動かすことが上手いチームなので、こうなるとリードしているチームが有利なのは仕方ないだろう。アルテタはエネルギーを注入するよりもリスク回避に舵を切った感がある。おそらくは足が生きているうちに追いつければよし、そうでなければある程度1-0でやむなしというのが線引きなのだろう。そうした中でバルコラとラモスに生まれた2点目のチャンスが180分を終えた際に結果にどのような影響を及ぼすかは1週間後に答えが出る。
あとがき
先制点によってプレスをかけ続ける必要が出てきたアーセナル。交代できそうな選手もいない状況でエネルギーを使い続けなければいけない展開は難しかったように思う。
この結果は最悪の中ではマシの方かなという感じ。それこそ、レアル・マドリーのように失点をきっかけに大崩れするチームもある中で、最小失点差で踏ん張れたのは大きい。ホームでの1st legを落としたことが痛いことは間違いないが、中央の馬力が通用しそうな手応えがある中でトーマスが帰ってくるという2nd legには希望があるのも確か。何より、自分たちの目の前に立ちはだかっているのはホームで1st legを落とした状態からアンフィールドで生き残ったチームだ。自分たちにもできることを1週間後に証明したい。
試合結果
2025.4.29
UEFA Champions League
Semi-final 1st leg
アーセナル 0-1 パリ・サンジェルマン
アーセナル・スタジアム
【得点者】
PSG:4′ デンベレ
主審:スラヴコ・ビンチッチ