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レビュー
奇襲に立ちはだかる守護神
16年ぶりの準決勝を戦っているアーセナル。同じく16年ぶりのファイナルの地に立つには少なくともこのパリの地で得点を挙げての逆転勝利を挙げなくてはいけない状況である。今のパリの強さを考えれば非常に難易度が高いミッションと言っていいだろう。
追いかけるアーセナルが仕掛けたのは奇襲のようなものだろう。1st legでは最前線ではなかったメリーノへのロングボールから敵陣に一気に進むと、そこからハイプレスに移行。高い位置からパリのビルドアップを片側サイドに誘き寄せるプレスからパリを左サイドに幽閉しにいく。
敵陣での即時奪回が効いたのが前半4分の決定機。右サイドで相手の縦への進撃を阻害したティンバーからひっくりかえすと、右サイドからのクロスをライスが合わせて大きなチャンスを迎える。180分間のパリとの試合を見たみなさんに取っては釈迦に説法だろうが、やはりアーセナルの得点のポイントはドンナルンマをどのように避けるか。このライスのヘディングにはドンナルンマが反応できていなかったため、非常に大きなチャンスとなる。
もう1つ、ハイプレス以外にアーセナルの武器になっていたのはスローイン。いつもは試合終盤の限定的な武器であるトーマスのロングスローを常時実践。こちらはロングボールと同じくセカンド回収ありきなのだろう。跳ね返されたところをウーデゴールがミドルを放つ。
だが、これはドンナルンマがセーブ。同じく、シュートを封じられたマルティネッリのシーンと共に1st legでも大暴れの守護神が早速存在感を見せる。チャンスとしては一番初めに当たるライスの決定機が枠に飛んでいればという後悔がより強くなる2つのセービングであった。
継続課題と返り討ちとなった奇襲
高い位置でのプレス、そしてロングスローをはじめとするセットプレーを武器をアーセナルははじめの15分を制圧。逆サイドのプレイヤーの絞りや高い位置をキープするバックラインによって、パリのポゼッションの機会は完全に阻害される。
だが、ここはCLの準決勝の舞台。立ち上がりに得た優位はジリジリと消えていくこととなる。一手目の反撃として速攻からクワラツヘリアがポストに当てるシュートまで辿り着いたのを合図に、パリはゆったりとしたポゼッションから徐々に陣地回復。1st legで得たリードを元手に、バックスが幅を取りつつ、CHが低い位置でサイドチェンジを繰り返すことでアーセナルの片側誘導のハイプレスを撃退するように。
序盤のアーセナルペースが徐々に消失。交互にポゼッションというフラットな展開にシフト。おそらくは保持でテンポが作れるパリ相手であればこれもアーセナルはある程度想定していたはず。だからこそ、はじめの15分にあった3つのシュートチャンスのどれかでスコアをタイに戻しておきたかったはずだ。
アーセナルの保持で見られた変化は1列目のハーフスペースに入るティンバー。6分のシーンをはじめ、何回か不意に高い位置をとるシーンが目撃されている。特に23分の縦パスは落ちるウーデゴールによってパリの中盤を自陣側に引き寄せ、その間に入り込むことに成功。非常に機能的な前進となった。
その一方でアーセナルは右サイドが機能不全になっているのが気になるところ。特にボールホルダー(主にサカ)が大外からカットインする際に、サカの外側を使う選択肢がないのが気がかりだ。当然、カットインするので、メンデスとクワラツヘリア(今日もサカにはダブルチームがデフォルト)をはじめとする左サイドはインサイドに巻き取るような形になる。そうなれば彼らの背後である右の大外レーンは空いているのだが、ティンバーやウーデゴールといった右サイドのその他の面々がこの位置をとることがない。

そのため、アーセナルの右サイドからのカットインはシュリンク。ホルダーがプレッシャーをもろに受けてしまい、左サイドになんとか逃がすシーンが目立つように。左サイドで奮闘するマルティネッリはクロスまでは辿り着いていたが、ニアで跳ね返されることも多くなかなか有効打にはならなかった。
とりあえず、アーセナルとしてはなるべくパリのプレスを引き寄せながらの前進をしていきたいところだが、ラヤのパスが逸れたところでライスがファウルを犯すと、この流れのセットプレーから失点。セカンドボールをファビアンが仕留めて先制する。
ファウルのきっかけとなったのラヤのパスミスとセットプレーからの失点はリーグのボーンマス戦からの継続課題。セットプレーのリスタートで相手のバックラインを下げた後のミドルというのはウーデゴールが惜しいチャンスを迎えたこの試合のアーセナルの立ち上がりの奇襲の一種。継続課題絡みで自分たちがやった奇襲に似たデザインで失点を喫するというアーセナルとしてはなんとも展開となってしまった。
プレスで成功体験を手にしたパリは序盤のとりあえず引く!というプランから隙あらばラインを上げていきながら保持を咎めるプランに切り替え。特にホルダーにプレスがかかっている時のパスカットにおいて強気のインターセプトを成功させるように。
このパリの方針転換の影響を最も大きく受けたのはルイス=スケリー。相手を引きつけながら剥がすドリブルが武器のLSBだが、パスの出しどころをきっちり封鎖されることでパリにカウンターの起点作りを許してしまうこととなった。
ルイス=スケリーのロストから迎えた大ピンチはなんとか凌いだアーセナルは右サイドの攻め手を模索。メリーノ、ライスを高い位置に流すプランなど工夫を凝らしていたが、結局はサカにダブルチームが来る前に手早く攻撃を完結させるのが一番サイドを剥がすには得策と感じたようだ。
しかしながら、サイドで剥がす最適なタイミングがインサイドで必ずしも得策とは限らない。ニアのメリーノに合わせたシーンは惜しかったが、アーセナルのサイドのクロスはインサイドの動きと噛み合い切らないまま進んでしまった印象。
そんなアーセナルを尻目にパリはロングキックとポゼッションのメリハリをつけた前進で翻弄。序盤のピンチを凌いでからは確実に自分たちの時間を増やした上にリードを広げるゴールまで奪い取る完璧な前半となった。
キープできなかったリズムと抜群のジョーカー
後半、リードをしているパリは低い位置でやり直しを繰り返すポゼッションでボールを動かしていく。前半と同じく、まったりとした時間が流れれば自分たちに取って都合がいいということを承知しているのだろう。そうした中でのWG主体のサイド攻撃にSBのオーバーラップを絡める形は厄介この上ない。
当然、ゆったりとした流れを受け入れられないのは追いかけるアーセナル。ハイプレスからアップテンポなリズムを生み出しにいく。攻撃においてもロングボールをベースにした縦に速い形を積極的に採用。前半のように早い段階で高い位置をとるティンバーを逆にサカが追い越した形は確かにダブルチーム回避のアイデアとしては面白い設計ではある。
しかしながら、こうした縦に速い展開でもパリのアタッカーは守備で役割を果たすことができる。リーグ戦で常にこれをやっているとは思えないので決戦仕様だとは思うが、ティンバーを追い越すサカを一人で潰し切ったクワラツヘリアの守備能力の高さには驚いた。ジョージア代表のエースは確かに守備はサボれないだろうけども。
もう1人、守備面で目立っていたのはジョアン・ネベス。やたらとプレビューで活用しているBBCが守備スタッツを取り上げるなとは思っていたが、中盤でのトランジッションにサイドの守備のケアとあらゆるところに顔を出していた。さすがにサイズがない分、空中戦は厳しそうだが、逆に言えばそれ以外の部分ではアーセナルの中盤と互角以上にやり合った上で、サイドの潰しにも参加できる影響力の大きさは舌を巻くばかりだった。
縦に速いボールを陣地回復に使いつつ、サイド攻撃は手数をかけていくアーセナル。パリはファストブレイクでロングカウンターをベースとしてチャンスクリエイト。互いにシュート機会を生み出す方法を模索する中で、豪快なハキミのオーバーラップがルイス=スケリーのハンドを誘発し、パリがPKを獲得する。
このPKを決めればその時点でアーセナルの敗着となりそうであったが、ヴィチーニャの駆け引きに耐え抜いて動くのを我慢したラヤがストップ。アーセナルは首の皮一枚で繋がった。
だが、アーセナルはこのPKストップを流れに繋げられず。このあたりは主力を注ぎ込んだボーンマス戦の影響があったかもしれない。特に厄介だったのはパスミスで相手に反撃のきっかけを与えてしまったことだ。
72分のハキミのゴールはあくまで失点を防ぐことにフォーカスするのであれば、間合いをミスってボールを掻っ攫われたトーマスのミスが大きいファクターだが、2点ビハインドでリズムをキープしなければいけないという観点で言えば、やはりキヴィオルのパスミスに目を向けないわけにはいかない。与えてもらった流れを掴みきれずに自分たちから手放してしまうのはシンプルな力不足を感じる。
それでも左サイドの縦関係は投入直後から躍動。トロサールはロングボールさえも収めどころとなり、ハキミの背後のカバーに入るマルキーニョスを出し抜くことに成功。サカのゴールをお膳立てする突破を果たす。
直後のサカの決定機もカラフィオーリと2人でサイドに網を張りに集結したパリの守備陣を一網打尽。決めていれば勝負はわからない!というドンナルンマを外したシュートチャンスを創出してみせた。紛れもなくこの試合のトロサールはジョーカーだった。
事実上、このシュートが追いつくためのラストチャンスだった。このシュートを逃したアーセナルは以降もサイド攻撃を粘り強く続けていくが、パリの守備網にこれ以上の穴を開けることができず。試合は2-1でパリがアウェイに続いて連勝。堂々ミュンヘンの切符を手にすることとなった。
あとがき
躍進元年である22-23が優勝争い、23-24がCLとリーグ優勝争いの並走と来て、今季はプレミア上位層3年目。成果としてはベスト16クラスの相手には格の違いを見せつける一蹴、そして常連組とはそれなりに組み合うことはできつつ、その年のトップオブトップには実力差を見せつけられたという感じだろうか。
去年までは感じられなかった距離感を感じることができたのは成長とも言えるし、未だ勝ち点70に届いていないリーグ戦を犠牲にした割には不甲斐ないと感じる人もいるはず。怪我人をどう考慮するかも踏まえて、それは人それぞれでいい話だろう。擦り合わせようとするとろくなことにならない。
確かだったのはCLはワンチャンスのコンペティションであること。奇襲の支配力は長くは続かないし、絶望からカムバックするための反撃のチャンスは限られているということ。ヴィチーニャのPK失敗とサカの追撃弾とパリは2回も絶望からのカムバックチャンスを与えてくれたが、どちらもアーセナルは活かせず。
まだ試合は見れていないが、バルサもインテルもおそらく相手が手放した流れに喰らいつくことで劇的な210分を演じたはずで、準決勝でその領域に進めなかったのは自分たちだけというのは実力不足を感じる部分である。「チャンスの女神は前髪しかない」という格言があるが、だとすればCLの女神も絶対に同じ。指をすり抜けたCLの女神の前髪を掴む機会はまた来年以降にお預けだ。
試合結果
2025.5.7
UEFA Champions League
Semi-final 2nd leg
パリ・サンジェルマン 2-1(AGG:3-1) アーセナル
パルク・デ・フランス
【得点者】
PSG:27′ ファビアン・ルイス,72′ ハキミ
ARS:76′ サカ
主審:フェリックス・ツバイヤー