サッカーファンをやっている以上、縁あって応援している選手との別れが突然やってくるという現象を避けることはどうしてもできない。移籍のプロセスを報じないJリーグは特にこの傾向が強い。
6/24の朝、スポニチを第一報として高井のトッテナム行きの報道が出た。今は日本の報道各社による基本合意の報道と英国の各種有力移籍アカウントが日本の報道をベースとして情報の追認を済ませた段階であり、よほどのことがなければあとは公式発表を待つだけという段階と位置付けていいだろう。
今この記事を書いているのは6/24の朝である。「10時にはこなかった」と今さっき思った自分のように、多くのファンは00分の時報とともにやってくる移籍の公式リリースに怯えることになるのだろう。この記事は公式リリースが出てから公開すると決めているので、今読んでいる皆さんはその待ちの苦しみからは少なくとも解放されているはずだ。お疲れさまです。
移籍の報道が突然ならば、餞の記事を書きたくなる気持ちも突然。この記事では「高井を追っかけてトッテナムを見たい!」という川崎サポをはじめとするJリーグファンや、「プレミアに来る高井ってどんな選手?」というトッテナムサポをはじめとするプレミアファンに向けて、高井の特徴と今季のトッテナムにおける展望を簡単にやっていきたいと思う。
なお筆者の情報量としては川崎はファンであり毎試合プレビューとレビューを書いており、トッテナム(と新監督が昨季率いていたブレントフォード)はリーグ戦を1年間通して欠かさず見てきたがファンではない。それくらいの立ち位置でみてほしい。特にトッテナム方面に関しては自分よりも詳しい人は多くいるだろうが、あくまで自分から見た目線で展望するということでご容赦いただきたい。
これまでのキャリア
若くして川崎から世界に羽ばたいたCBとして真っ先に名前が挙がるのは板倉滉だろう。「川崎フロンターレ後援会の最高傑作」という異名をとる板倉だが、その異名や代表における川崎セット売りのパブリックイメージとは裏腹に川崎のトップチームでのキャリアはわずかなもの。
川崎で出たのは3シーズンのキャリアトータルで1100分ほど。そのほとんどがカップ戦であり、リーグ戦の出場時間は100分。翌年、仙台にレンタルされると帰ってきたその足で欧州に旅立っていった。自クラブではカップ戦要員という枠組みを出ることはなく、リーグ戦でレギュラーだった時期は皆無なのだ。
その点で高井はトップカテゴリーにおいても川崎で多くのプレータイムをこなしている。実質的な昇格初年度と位置付けられる2023年にはすでにリーグ戦だけで1200分以上を記録。3シーズン目となる今季はハーフシーズンで1600分を超えており、シーズントータルで3000分を超える超主力コースを歩んでいる。
Jリーグで高卒なこのように所属元のトップクラブのリーグ戦で序列を上げていくことができるのは順調この上ない。特に前線や中盤に比べると途中投入が難しく、ミスが失点に直結しやすいCBはカジュアルにチャレンジ起用ができるポジションではない。
特にリスクを多く背負うプレー判断が続く川崎のプレースタイルであればその負荷は非常に高いものとなる。そういう環境の中で高卒でプレータイムに困ることなく成長を続けてきた高井は本当に稀有な存在だと言える。初年度は課題が先行する試合も少なくはなかったがこの年代の選手にとって試合に出ながら課題を抽出できることは幸せなことだなと感じていた。今の高井を見ればその考えはあながち間違えじゃなかったのだろうと思う。
プレースタイルとキャラクター
チーム事情により川崎では左右のCBのどちらも経験。右利きではあるがプレークオリティは左右で変わらず安定しており、ここはトッテナム側の事情に合わせることができるだろう。
わかりやすい持ち味は身体能力とサイズだ。192cmという恵まれた体格と豊かなスピードを合わせ持っており、身体能力であればJリーグのCBの中では屈指の存在ということができる。その上でドリブルでのキャリーや対角への長いレンジのパスという現代のCBに求められる足元も備わっている。
以前は空中戦を中心に簡単にマークを外すこともあり、身長ほどのポテンシャルを見せることができていなかったが、今季の頭からクロス対応は非常に安定。ボックス内で予測を見誤るケースは激減しており、構える守備においても存在感を発揮している。攻撃時のセットプレーでは打点の高いヘディングも披露しており、Jリーグでは有数のセットプレーのターゲットということができるだろう。
スピードもあるのでハイラインでも対応は可能。スピードを武器にするアタッカーに対しても引けを取らないアジリティで潰すことができる。
カウンターの迎撃における判断は以前は非常に大きな課題だったが、これも去年から今年にかけて大幅に改善。プレーの予測の精度と間合いの読みが当たる頻度が非常に高くなり、自分が外してしまえば一気にゴールに向かわれてしまうというシーンにおける最後の砦としての安定感がグッと増した。
ただし、先日の神戸戦では2失点目のシーンで予測でおそらくパスコースがないと見切ったところを通されてしまうなど、予測を外してしまった時に事故を引き起こしてしまうケースもなくはない。この辺りは伸びしろになるだろう。
インタビューは柔和でのほほんとした雰囲気が先行していたが、今年に入って試合中の声掛けやインタビューではむしろ向上心の高さを感じるような感情の発露が増えた。苦しい時に下を向きやすい川崎の守備陣においてはこうした精神面での成長はよく目立つ。もしかすると、この点が海外で挑戦を行うにあたり最も必要な成長なのかもしれない。
トッテナムの事情
移籍先のトッテナムのスカッド事情はどうだろうか。チームとしては悲願のメジャータイトルを獲得し、来季のCL出場権も確保というカップ戦においては充実のパフォーマンスを見せた反面、リーグ戦では近年ワーストのレベルで沈んでしまうというなかなかファンにとっては感情が難しいシーズンとなった。
馴染み深いアンジェ・ポステコグルーに別れを告げて、今季は新監督としてトーマス・フランクをブレントフォードから引き抜いたシーズンとなる。Jリーグしか見ない!という人にこの人事を説明するのならば、数年来安定してJ1に在籍し続けた例えば湘南の監督をより規模が大きいクラブが再建のために引き抜いたという構図なのかなと思う。
トッテナムのCB事情としてはレギュラー格は明確。アルゼンチン人のロメロとオランダ人のファン・デ・フェンがレギュラー。ただし、両者は負傷で昨季はリーグ戦で2000分前後しかプレーしておらず、23-24に途中加入したドラグシンやシーズン途中にダンソを補強するなどでカバーを図った。それでも負傷者は絶えず、本職SBのベン・デイビスやマルチロールの若武者であるグレイを回すことでシーズンを戦い抜いた。
昨季基準であればトップチームのプレータイム自体には困らないだろうが、今季はフィリップスやヴスコヴィッチといった高井と同年代のCBを獲得しているため競争は熾烈となる。「トップチームで合流する」という報道の高井だが、プレシーズンの出来次第ではレンタルへの方針転換が出てくる可能性も十分に考えられるだろう。
ただし、トッテナムに関しては上のレギュラークラスを切り崩すまでの道も見えなくはない。先に述べたように両CBは負傷のリスクがある。ロメロはそこに加えて移籍の噂もある。
ロメロに関しては昨季後半戦はプレーした試合におけるクオリティ低下が大きく、パフォーマンスの改善が見られなければ序列の変化はあり得るように思う。不用意なミスにカードと見ていて危なっかしいシーンが格段に増えていたのが24-25の後半のロメロだ。
フランク監督はブレントフォードでは3バックも4バックも採用した経験があり、これといったシステムがある監督ではない。ロングボール主体の縦に速い攻撃を組むこともあれば、GKを組み込んだビルドアップを行いながらショートパスでの繋ぎを重視する場合もある。ラヤ-トニーのロングボール殺法のイメージが強いかもしれないが、昨季のブレントフォードはプレミアにおいて最も繋ぎの諦めが悪い部類のチームだった。
守備においてもプランは様々。ハイプレスを採用することも、ローブロックで構えることもある。決まったスタイルがあるのではなく、手元の戦力と相手の手札を見極めながら中期的にスタイルを構築していく監督だ。
したがって、現段階で明確にフランクにフィットするための能力としてこれが必要!ということを言うこともできない。トッテナムの他の新獲得選手との比較はトッテナムファンに任せたい。
しかしながら、あらゆるスタイルを組みながらテストすると言う方向性自体は高井にとって悪いものではないように思う。初めは身体能力を活かしてレギュラー争いに殴り込みに出てきた感のある高井だったが、昨今ではむしろローブロックやハイラインにおける対応力にも持ち味が出てくる。川崎においてあらゆる局面での守りを経験済みなのは心強い。
その上で、リーグを跨いだ彼の身体能力や読みがどこまで通用するかだろう。求められる強度も判断速度もJリーグとプレミアリーグでは異なる。言葉は悪いが、大きくて速いだけの選手ならたくさんいるのがこのリーグなので、その中でキラリと光るものを見せることができるかがレギュラー争いに割っていけるかの大きなポイントとなる。
あとがき
もう川崎の記事を書くたびに「高い」と「高井」が混同されることなく変換されるのだろうか。面倒くさくないから助かるは助かる。でも、プレミアの記事を書くときに今度は同じ悩みが出てくるとそれはそれで嬉しいんだろうな。面倒だけど寂しいよりはいい。心身ともに健康で頑張るんだよ。