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「押し付けられるのが強さ」~2023.1.22 プレミアリーグ 第21節 アーセナル×マンチェスター・ユナイテッド レビュー

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レビュー

ノースロンドンダービーと勝手がちがう

 「ここから2試合が第一関門」

 ここ2週間の僕の記事を読んでくれた人にとっては耳にタコができるくらい聞いたセリフだろう。トッテナムとのアウェイゲームとユナイテッドとのホームゲームは、優勝という目標が明確になってから初めて訪れる厳しい難関だ。

 まず、着目したいのはユナイテッドのメンバー。注目点は出場停止のカゼミーロの穴をいかに埋めるかである。テン・ハーグはエリクセンとマクトミネイを並べる形で対応することとなった。

 ユナイテッド目線でのこの試合のポイントは、CHの一角に運動量に物を言わせることができないエリクセンが入った時のプレッシングが機能するかどうかである。勝利したシティ戦はカゼミーロを軸としたCHのプレスの範囲の広さでうまくシティの保持をいなすことができていた。同じく、保持に強みがあるアーセナルに対して、エリクセンとマクトミネイでどこまで対応できるのかがポイントになってくる。

 カゼミーロがいなくとも、ユナイテッドは高い位置からのプレッシングを怠ることはない。人への意識は強いが、特定の選手が特定の選手を見続けることはなく、受け渡しを行いながら近くの選手がきっちりとホルダーを潰すことができていた。

 カゼミーロがいないことで過負荷になる中盤の守備のタスクは前線がリトリートで請け負うことで解決。特に非保持での貢献が目立っていたのはベグホルスト。左サイドの低い位置まで下がりながら横パスのケアを中心にアーセナルのビルドアップを阻害する。ラッシュフォードはサボっていたわけではないけども、ブルーノやベグホルストが守備のタスクを負うことでラッシュフォードが前残りできるようケアしていたように思う。

 トッテナム戦ではトーマスがフリーになっていた分、アーセナルの保持は安定していた。だが、中盤を噛み合わせるように捕まえていたユナイテッドはトーマスに自由を与えることはなかったので、ショートパスでの前進はパスを引っ掛けるリスクを伴うものになっていた。それでも、アーセナルは見事に対抗。アーセナルは勝負のパスを1つ通しながら右から左への横断し、左サイドのマルティネッリで勝負する形を作りユナイテッドの陣内に攻め込んでいく。

 アーセナルの攻撃がうまく行き切らなかったのは、マルティネッリの単騎突破が刺さり切らなかったからというのもある。同サイドのSBがビルドアップ志向が強く、自由なポジションを取ることが多いジンチェンコになったこともあり、最近のマルティネッリはサポートを受ける頻度は減った印象がある。なかなか打開できないシチュエーションが増えたマルティネッリだが、こうした部分は考慮する必要があるだろう。

 逆に左サイドは人数がそろえば2分のCKからの流れのようにジャカが抜け出す形を作ることができるし、外に張りながら陣形を広げる役割はその中で十分に活きてくる。ハーフスペースの裏抜けを欠かさないジャカがいれば、カットインからのシュートを放つこともできる。今のアーセナルはビルドアップに注力している分、左サイドの深い位置でのサポートが軽くなっている場面が散見される。

 少し話が逸れたが、いずれにしてもアーセナルがユナイテッドを崩すのに手を焼いたのは事実。プレスからの脱出と左サイドの大外での勝負の両面で、アーセナルはトッテナム戦に比べてタフな展開を強いられたと言っていいだろう。

攻守連動で躍動する両軍の選手たち

 ユナイテッドと同じようにアーセナルも非保持の際にきついプレスを仕掛けてくる。高い位置からのプレッシングに対してユナイテッドはショートパスを繋いで抵抗。バックラインが開きながらボール回しを行いプレスを回避しようとする。だが、ユナイテッドのバックラインには足元のスキルに難がある選手がちらほら。特に、ワン=ビサカとデ・ヘアはプレッシャーをかけられると厳しくなってしまう。

 そんなユナイテッドのボール保持を中盤から助けていたのはエリクセンとアントニー。彼らがブロックの外まで降りてきてボールを持つことでユナイテッドは預けどころを確保する。前線ではベグホルストが抜群のポストプレーで前を向く選手を作ることに成功。アントニー、エリクセンでアーセナルの守備ブロックを広げ、スペースのできた中央でベグホルストの落としを受けた選手が前を向く。これがショートパス主体のユナイテッドの保持の流れである。

 もちろん、よりお手軽なのは一発で裏を抜ける形を作ること。後方ではリサンドロ・マルティネスが一発で裏に抜けるラッシュフォードを狙っていたし、ブルーノも6分に決定的な抜け出しを見せたようにいつもよりも前に出ていく意識は強かった。

 左サイドではルーク・ショウが積極的なオーバーラップ。低い位置でのパス交換からインサイドのレーンを駆け上がる形を狙っていく。この動きは今季決定的な得点につながっている反面、引っ掛けてしまうと後方がガラ空きになりピンチを迎えてしまう。実際にこの試合でもアーセナルがオーバーラップの最中にボールをひっかけ、ショウの背後をカウンターでサカが強襲する形を作った。リサンドロ・マルティネスがカバーして事なきを得たが、こうした得点に向けたチャレンジ的なアクションは失点の危険性と隣り合わせである。

 だが、この試合でこうした後方の選手のチャレンジが失点につながったのはアーセナルの方。抜ければ大きなチャンスになる裏のホワイトを狙ったトーマスのパスは、近くのユナイテッドの選手に当たってしまいカウンター発動のきっかけになってしまう。ボールが渡ったのはラッシュフォード。ボールを引き取って加速すると、奪い返しにきたトーマスをいなし、強烈なミドルシュートでラムズデールが守るゴールネットを揺らすことに成功する。

 前節はトーマスのチャレンジパスがことごとく得点につながっていたが、この試合では失点に直結。この辺りはさすがビッグマッチといった感じ。裏に抜けるホワイトへのパスが繋がれば、アーセナルのチャンスになっていただろうし、そのチャレンジに失敗すれば、自軍は失点の危機にさらされる。先に挙げたショウのオーバーラップと同じように、アーセナルのビルドアップもそうしたリスクをはらみながらボールを保持している。もちろん、ユナイテッドのプレスがここまでキツくなければ、こうしたミスが出る確率は格段に減るのだけど。

 先制を許したアーセナル。以降はチャレンジングな一本のパスを狙うよりも、確実に相手を外しながらの前進を狙うように。そうしたスタンスにおいて頼りになるのは左サイドの面々である。ジャカ、ジンチェンコのレーン交換から相手のマークを分散して安全なルートを確保する。

 横断をする位置も低く設定し、DFラインで横に振る機会を増やしたアーセナル。右サイドでボールをもち、左サイドに逃しながらジャカとジンチェンコのレーンの入れ替わり主体で勝負を仕掛けていく。

 押し込み続けるチャレンジに成功したアーセナルは左サイドから同点に追いつく。左サイドの大外から抜け出したジャカからクロスが入ると、これに合わせたのはエンケティア。ジャカの抜け出しというサイド攻撃が機能している裏付けのようなシーンからアーセナルは同点に追いつくことに成功。スコアラーのエンケティアもワン=ビサカを出し抜く形でエリアに入り込む、ザ・ストライカーの動きを大一番で成功させてみせた。

 圧力をかけてくるアーセナルに対して、徐々にユナイテッドは前進の手段がロングカウンターに偏るように。それでもカードを持っているホワイトを狙い撃ちにし、ラッシュフォードとブルーノを軸にきっちり抜け出すところまでは持っていく。この辺りはユナイテッドもカウンターを準備しているのだなと思わされた。しかし、立ちはだかるのはアーセナルのCBコンビ。ガブリエウとサリバがカウンターのお掃除に成功したことで、アーセナルは更なる失点を防ぐ。

 ユナイテッドではリサンドロ・マルティネスが躍動。ボールをクリーンに奪ったところからベグホルストに縦パスを刺し、マクトミネイのミドルシュートを呼び込んだシーンは敵ながら痺れる。プレスバックしながらボールを奪い取り、カウンターのパスを繋げ続けたウーデゴールもそうだが、攻守の連続した流れの中で活躍する個人がこれだけ揃っていれば試合は当然ハイレベルになる。

 システム論ではなかなか一方的な展開に持ち込むことが難しい試合の中で、こうした個々人のデュエルが次のチャンスを呼び込めるかに直結する。両チームにとっては1つのミスが命取りになる一切気が抜けない前半になったと言えるだろう。

メインストリームになったジンチェンコ

 立ち上がりは右サイドに張るアントニーを軸にユナイテッドが攻め込む後半のスタート。だが、試合の主導権はアーセナルも譲らない。後半のボール保持の主役になったのはジンチェンコ。ジャカとのレーン交換はもちろんのこと、行動の範囲を大幅に広げながらユナイテッドの前プレの回避どころとして機能するようになる。

 ジンチェンコのポジションはどちらかといえば「ズレを作る」という意味合いが強かったように思えたが、この試合の後半においては攻める方向を自在に決める司令塔のような役割といったほうが適切。彼のポジションはバグではなく、メインストリームになっている感があった。味方の選手との狭いスペースでの関係性の構築も非常に優れている。細かいパス交換で前を向く選手を作りながらボールを安全な方向に逃すことで、アーセナルは前半以上に敵陣に押し込むことができていた。

 ジンチェンコがこうした動きは一見フリーダムに見えるが、きっちり押し込めてシュートに持って行けるような時間帯ほどこういう動きを意図的に増やしているように思える。きっちりと押し込むことができれば、ネガトラにおいて自分の自由な動きが相手のカウンターの際の穴にはならない。タイミングを図りながら自由度の調整を行っているため、大胆な行動の割にネガトラ時のアキレス腱になるケースが少ない。危機管理能力も彼の良さの1つである。

 押し込みながらサイド攻略を試行錯誤するアーセナル。だが、アーセナルが出した答えは崩し切るというよりはぶっ壊すという類のもの。右サイドからカットインしたサカが全てをぶち破るスーパーミドルを決めて、組織を個で打ち破ることに成功する。魔法の杖を振ったサカの一撃でアーセナルは逆転に成功する。

 ラッシュフォードも前半のゴールを踏まえると、この試合の存在感はサカと双璧と言っていいだろう。後半、ラムズデールに冷や汗をかかせたカットインなど躍動は継続。両軍のイングランド代表アタッカーはそれぞれエースであることを明確にパフォーマンスで示すことができていた。

 ハーフタイムにそのラッシュフォードの対面に登場した冨安は十分に奮闘した。完封とは言えないが、ラッシュフォードを手こずらせてはいた。先に挙げたラムズデールに冷や汗をかかせたシュートシーン以外はラッシュフォードに食らいついていく。保持面でのオーバーラップのタイミングの遅さやボールを持ってフリーになった時のスキルなど課題となる部分もあるが、時間の経過とともにチームに馴染んでおりさすがの順応性をみせたパフォーマンスと言えるだろう。

 だが、アーセナルの2失点目はその冨安とラムズデールの連携の部分がネックとなってのものだった。被った分、不十分となったクリアのこぼれ球をリサンドロ・マルティネスが押し込んで同点となる。視野が確保できるラムズデールからの声かけで2人の連携が成立すれば、存在しないピンチだったので勿体無いことは確か。連携の話なのでどちらがどのくらい悪いかはわからないが、このシーンでは噛み合わなかった連携がユナイテッドのゴールに繋がってしまった。

 終盤になると過密日程でここまで駆け抜けてきたユナイテッドのプレスの足が徐々に止まるようになる。低い位置でのプレスバックは遅くなり、アーセナルのボール保持に対するプレッシングのスピード感も徐々に失われていく。よって、終盤は一方的にアーセナルが攻める展開に。左右のサイドを広げながらエリア内に迫っていく形を作り、セットプレーの手助けをしてもらいながらシュートコースを確保する。ここまで押し込むことができれば、冨安やガブリエウまでが前に加わりながら崩しの手助けをすることができる。

 この試合を通してアーセナルとユナイテッドで差を最も感じた部分は、押し込んだ後の崩しのバリエーションである。フリーの選手が抜け出してクロスを上げることが非常に多いアーセナルに対して、ユナイテッドはホルダーが自身のスキルでこじ開けなければクリーンにエリア内に攻め込むことができない。もちろん、ユナイテッドには突破力に優れたアタッカーが揃ってはいるが、フリーの選手を作ることに長けているアーセナルに比べるとどうしても成功率には差が出てしまう。

 質の高いサイド攻撃が実ったのは90分のこと。この日デビューを飾ったトロサールがラインギリギリで抜け出す大外のジンチェンコにボールを回すと、鋭いクロスはインサイドでつながり、最後はエンケティアがボールを押し込んで勝ち越しに成功する。

 土壇場で再びリードを奪ったアーセナル。最後は5バックにシフトして相手の攻撃を受けつつ、トロサールとエンケティアが敵陣で時間稼ぎに勤しむことで時計の針を進める。

 最後の最後で勝利を奪う決定的なゴールを決めたアーセナル。強敵・ユナイテッドへのリベンジに成功し、優勝候補としての名乗りを本格的に挙げる1勝を手にした。

あとがき

手応えは十分も懸念は続いていく

 カゼミーロの不在と日程が詰まっていることによるダメージは少なからずあっただろう。確実にこの日の終盤には体力面の皺寄せがくる形になったと言える。それでも質の高さは十分にみせた。ベグホルストも存在意義を見せたし、ラッシュフォード、リサンドロ・マルティネスはリーグでの屈指のタレントであることを証明してみせた。この日のメンバーなりにバランスを見出すことに成功していたテン・ハーグも手腕の確かさをアピールする一戦となった。

 だが、今後も続く過密日程は順調なチームづくりにおける一抹の不安となっている。2月末までほぼ毎週2試合のペースが続く日程はシーズン終盤の息切れに繋がる恐れはある。主力の勤続疲労やコンディションの大幅低下によるリーグ戦の低迷を回避できるか。テン・ハーグの手腕はこの観点からも試されることになるだろう。

自信を持って送り出せる

 よく質問箱に「今のアーセナルのベストなスタメンは誰ですか?」という質問が来ることがある。去年まではそんなの相手次第やろ!と返すことが多かったのだけど、この日のアーセナルの11人はどこのチームが相手でも送り出せるような安心感がある。もし、次の試合の相手がどこであっても、自分が次の試合のプレビューで予想する11人は今日のスタメンかもしれない。

 自分はオードリーが好きで番組をよく見るのだけど、若林が「あちこちオードリー」で以下のような言葉を述べている。

ある種の、天下獲るっていう言葉はもしかしたら古いかもしんないけど、自分のお笑いの教科書強い人が結局、芯とるじゃない。教科書を押し付ける力だと思うの、現場に。お笑いのルールを自分のルールにしちゃう人。

 この言葉を借りるならば、今のアーセナルはスタメンの11人での戦い方を相手に押し付けながら勝負している感じがある。スタメンで戦い方を「押し付けて」みて、引き起こされたトラブルにつけ入って勝ち切る強さがある。どんなチームが相手でも自分たち主体で持ち味を発揮すれば、成果を得られるという確信があるからこそ、今のアーセナルのスタメンはベストメンバーと言う言葉がしっくりくるのかもしれない。強敵と感じたユナイテッドにすら、守備に奔走させるアーセナルの姿を見て、このチームは強いという確信を深められた一戦となった。

試合結果

2023.1.22
プレミアリーグ 第21節
アーセナル 3-2 マンチェスター・ユナイテッド
エミレーツ・スタジアム
【得点者】
ARS:24′ 90′ エンケティア, 53′ サカ
Man Utd:17′ ラッシュフォード, 59′ リサンドロ・マルティネス
主審:アンソニー・テイラー

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