第1節 オーストラリア戦
■最悪の立ち上がりからギアを踏み込み直して逆転勝利
「優勝を目指す強豪国は序盤にピークを持ってこない」というのは定説になりつつある。その定説の存在を感じさせるのがこの日のフランスの立ち上がりだったと言えるだろう。規律的な緩さを感じ、立ち上がりは同日にサウジアラビアに敗れたアルゼンチン以上に心配になる展開だった。
WGのムバッペとデンベレはプレッシングにおいて積極的に高い位置をとりにいくのだけど、背後のスペースをケアする選手が皆無。遅れてCHが出ていくか、あるいは遅れてSBが出ていくか。どちらにしても後方のユニットは4-3で守るケースが頻発するフランスは中盤の歪みが頻発。オーストラリアにそこにめちゃめちゃ付け入ることを許す立ち上がりだったと言えるだろう。
さらにはWGとSBの1on1においてもオーストラリアは活路を見出すことができる展開に。特にパヴァールはオーストラリアにとって攻めることができていたポイントだった。だが、結果を出したのは逆サイドの突破。右サイドから侵入したオーストラリアがファーへのクロスを上げる。待ち受ける左サイドではパヴァールを出し抜いたグッドウィルがゴールを決める。
フランスにとってはまさに踏んだり蹴ったりな失点。サイドを破られた原因はリュカが一連のプレーで怪我を負ってしまったから。非接触型の負傷で大怪我の公算が強そうな様子だったのは非常に心配だ。フランスにとっては先制点献上と負傷者発生という考えられうる限りの最悪のスタートを切ることとなってしまった。しばらくはなんでもないところでの非常に軽いミスが続き、端にも棒にもかからない展開が続くフランス。先制点と負傷者の動揺が見えた立ち上がりになった。
しかしながら、悪い流れの時間も含めてフランスは攻撃の手を緩めることはなかった。サイドにおいてはオンザボール、オフザボールにかかわらず、ムバッペとデンベレがひたすらスピード勝負を挑んでおり、エリア内にボールを入れる迫力は十分に担保。オーストラリアのコンパクトな4-5-1に対して、勝負できるポイントがあったのは強みと言えるだろう。
懸念であるボール運びも中盤に降りてくるグリーズマンの登場で懸念は解消。保持時においては実質フリーマンのように振る舞うグリーズマンはオーストラリアにとっては常に厄介な存在に。低い位置ではオーストラリアのプレス回避の急先鋒になっていたし、サイド攻撃では両翼を助ける+1として猛威を奮っていた。この日のフランスの攻撃の中心は間違いなく彼だったと言えるだろう。
フランスはセットプレーの流れから同点。ラビオのゴールでセカンドチャンスをものにし、前半の内に追いついてみせる。オーストラリアからするとここだけでは絶対にやらせたくなかったはず。痛恨の失点と言えるだろう。
オーストラリアの受難は続く。前半はポゼッションの起点となっていたフランスのWG背後のオーストラリアのSBが決定的なピンチを作り出してしまう。アトキンソンはトラップミスでラビオとムバッペに挟まれる状況を作られると、フランスはショートカウンターからジルーが勝ち越しゴールをゲット。立ち上がりは攻めの起点にできていたはずのポイントから失点につながってしまうのは辛いところである。
以降のフランスは序盤に見られたような緩さは消え去るように。前線から無理にプレスに行くことはなく、WGはプレスバックを優先。SBが受ける背後のスペースを消すことでオーストラリアの前進のきっかけを取り去る。パヴァールのところは唯一不安が残るポイントではあったが、オーストラリアはそもそもそこまで辿り着く機会が限定的なので問題なしというところだろう。
後半になっても試合の構図はほとんど変わらない。プレスラインを若干前に設定し、高い位置からのプレスを強化したようにも見えたが、試合の展開に大勢を与えることはなし。フランスは前半と同じ仕組みで問題なくポゼッションができていた。
実質トドメとなる3点目は爆走し続けていたWGコンビから。デンベレのクロスはピンポイントでムバッペのもとに。デンベレ、ちゃんとすればちゃんとしてるなというのがこの試合の感想。前回大会でポグバをマンマークの兵隊として鍛え上げることができたことを見ても、スター選手をちゃんとさせられるかどうかがデシャンのフランスの成功の分かれ目なのかなと思う。デンベレがちゃんとし続けられるかはフランス成功の鍵を握っている可能性もあるのかなとほんのり思ったシーンだった。
仕上げとなった4点目はジルー。ベンゼマに「ゴーカート」と揶揄されてはいるが、うまく行く時には常にジルーの影があるというのもまた近年のフランスの特徴でもあったりする。
最悪の立ち上がりからリカバリーをしてみせたフランス。ギアを入れ替えて、エンジンを踏み込んでから完成度は段違い。オーストラリアを一気においていく試合運びで逆転勝利を呼び込んでみせた。
試合結果
2022.11.22
FIFA World Cup QATAR 2022
Group D 第1節
フランス 4-1 オーストラリア
ルサイル・スタジアム
【得点者】
FRA:27′ ラビオ, 32′ 71′ ジルー, 68′ ムバッペ
AUS:9′ グッドウィン
主審:ヴィクター・ゴメス
第2節 デンマーク戦
■不確実性を打ち消すアジリティでベスト16一番乗り
初戦は王者としての風格たっぷりな逆転勝利での白星発進となったフランス。勝てばグループステージ突破を決めることができる一戦で迎えたのはネーションズリーグでフランスに勝った実績のあるデンマークだ。
デンマークのプランは5-4-1で後方を重たくするプラン。ミドルゾーンからPAの手前くらいにラインを設定し踏ん張りに行く。サイド攻撃が主体となるフランスに対して、5-4-1は割と人員を余らせることができている形。左右のどちらのサイドにも顔を出すグリーズマンの効き目はオーストラリア戦に比べると限定的だったと言えるだろう。
その分、この日のフランスは純粋なスピード勝負で優位に立っていた節があった。両WGのスピードは相変わらず凶悪。正対した相手を置き去りにすることが平気でできるアジリティを有している。
特にムバッペとテオが縦に並ぶ左サイドはデンマークにとっては非常に厄介。低い位置までおりていくムバッペについていけばテオに背後に走られてしまうし、かといってムバッペがおりていくのを放置すればドリブルを開始されてしまう。網を張っていてもムバッペはそれを突き破る勢いでかかってくるので非常に厄介である。
ムバッペ→デンベレもデンベレ→ムバッペももちろんジルーをターゲットにするエリア内に迫る攻撃もなかなかにクリティカル。デンマークの守備陣は跳ね返しに大忙しだった。
ただ、デンマークのボール保持に対してはフランスはそこまで積極的に阻害する様子はなかった。そのため、フランスが攻める局面のみの試合になっているわけではなかった。
デンマークの保持の狙いとなりそうなのはムバッペの戻りが甘いフランスの左サイド。4-4-2ベースの陣形なのだが、フランスの守備陣形はムバッペが戻らない分、歪む形で守ることになる。デンマークは自由に持たせてもらえるCBから対角のパスを駆使して右サイドにボールを届ける。
ただし、フランスはフランスでムバッペが戻りきれないことは織り込み済みだった。グリーズマンを中盤に下げてラビオを早めにフォローに向かわせたり、大外→ハーフスペースの裏抜けというデンマークの動線はウパメカノが完全に見切ったりなど、戻れないなりに設計されていた。
デンマークの用意した右サイドのプランはウパメカノに無効化されてしまったので、別の前進ルートを用意しなければいけない。ただし、テオの守備は軽かったのでこちらのサイドを崩しの狙い目に設計していること自体は悪くないと言えるだろう。
後半もフランスの左サイドはアジリティ勝負。相変わらずムバッペはテオを相棒に暴れ回る状況が続いていた。撤退色を強めるデンマークに対して、フランスは遅攻気味の右サイドでも攻撃を構築。高い位置での右のワイドに張るデンベレを軸にクンデとグリーズマンを絡ませることでバリエーションをもたらしていた。
特に、グリーズマンの動きは秀逸。右の大外に張り出すデンベレを囮に自らも最終ラインと駆け引きをしながら、裏に抜けるボールを引き出して見せる。決定機の創出はアジリティ第一じゃなくてもできる!と言わんばかりの身のこなしであった。
左右の異なる形で攻撃の目処を立てているフランス。デンマークに対して先制点の牙を向いたのは左サイド。インサイドを走り抜けるテオを相棒にカットインしたムバッペが先制ゴールをゲット。2人を引きつけたテオのフリーランが見事にムバッペのお膳立てに寄与。素晴らしい連携でデンマークのゴールをこじ開けてみせた。
しかし、敵陣に押し込むということに関しては支配的でいれないのが今のフランス。ボールを奪うということに関してはそこまで得意ではない。デンマークにボールを運ばせる機会を与えてしまうと、セットプレーからクリステンセンの同点ゴールを許してしまう。
だが、最後に笑ったのはフランスだった。86分、右サイドに入ったコマンからマイナスのパスを受けたグリーズマンが鋭いクロスを放つ。おそらく、このクロスが少しでも山なりであればシュマイケルはキャッチに行けたはずだ。それだけに絶妙な軌道と言えるだろう。
このクロスの先にいたのはムバッペ。機動力で強引にDFの前に入り、体ごとゴールに押しこんでみせた。
非保持の不安定さを打ち消す破壊的なアジリティで連勝を決めたフランス。ノックアウトラウンド進出第1号となった。
試合結果
2022.11.26
FIFA World Cup QATAR 2022
Group D 第2節
フランス 2-1 デンマーク
スタジアム974
【得点者】
FRA:61′ 86′ ムバッペ
DEN:68′ アンドレアス・クリステンセン
主審:シモン・マルチニャク
第3節 チュニジア戦
■金星と敗退が同時にやってきたチュニジア
すでにグループステージの突破を決めているフランス。首位の座から落ちるにはオーストラリアが得失点差6を埋める形で両試合の結果が終わらなくてはならない。実際問題不可能に近いミッションであり、フランスは首位が確定している状態でこの試合を迎えたと言っていいだろう。
一方のチュニジアは勝利が最低条件。自らが人事を尽くした上で天命を待つ必要があるという状況だ。
首位通過が確定しているフランスは明らかにプレータイム管理優先の選手起用を披露。マルセイユでシャドーをやっている姿をCLで見かけたゲンドゥージは百歩譲ってSH起用を受け入れるとしても、リュカの離脱が原因とはいえカマヴィンカのSB起用はなかなかである。そんなことをやるくらいなら守田と組んでスペイン戦に出てほしい。
ボール保持は4-3-3だったフランスだが、非保持においては4-4-2。ワイドのコマンが2トップにシフトし、フォファナがSHに移動する。チュニジアは3-4-2-1であり、特に噛み合わせを意識したシフトにはなっていない。
それでもうまく持ち場を守ることができれば問題はないが、実際フランスのSHはかなりチュニジアのWBに外に引っ張られていた。そのため、フランスはチュアメニとヴェレトゥの負荷が増加。特に、ヴェレトゥは同サイドのSBがカマヴィンガだったこともありかなりハードなタスクだったはずだ。フランスは深い位置でのファウルが増えてしまいチュニジアはセットプレーのチャンスを得る。
チュニジアは左のシャドーがムサクニからロムダンに入れ替わっていたが、降りてからのプレーが持ち味なのは同じ様子。低い位置でボールを引き取ってのターンからチュアメニからファウルを奪っていた。このファウルから得たFKでチュニジアはネットを揺らす。だが、これはオフサイド。チュニジアのゴールは認められなかった。
それでもボール保持で主導権を握ったのはチュニジア。細かくパスを受ける位置を変えながらショートパスを繋ぎつつ、フランス陣内まで攻め込んでみせた。
フランスの保持の局面は個々のスキルは流石ではあるが、チームとして機能するということに関しては無理があるだろう。前線でコロ・ムアニがボールを収めることができればもう少し勝手が違ったとは思うが、そもそもこのメンツで保持をなんとか機能させようという方が難題なミッションという話だ。
後半、フランスはややテンポアップ。高い位置からのプレッシングを仕掛けながらチュニジア相手に自分達のペースを引き戻そうとする。
しかしながらチュニジアはこのフランスのテンポアップに上手く付き合うことができた。中盤のライドゥニを軸に小気味いいテンポのパスワークでフランスのプレスを脱出し、敵陣に迫っていく。
そんなチュニジアは高い位置からのプレスでついに念願の先制点をゲット。フォファナをプレスで捕まえたハズリが独走し、敵陣の深い位置まで侵入。自らシュートまで持って行き得点を奪ってみせる。フランスからするとややヴァランの対応がやや甘かったように思う。
裏でオーストラリアが先制してしまったため、この時点では他会場の結果はチュニジアに不利な状況に。しかも、フランスは続々と主力を投入してくる。プレータイムをある程度与えてコンディションを維持したかったのかもしれないが、デンベレが右からガンガン仕掛けて、ムバッペがエリア内で待ち構えている状況を「コンディション維持」という名目で作られてしまうチュニジアはたまったものではない。
それでもチュニジアはGKを中心にフランスの攻撃をシャットアウト。ハズリの先制点を守り切ってみせた。だが、裏のカードの結果は思うようには動かず。ベンチが目の前のフランス戦そっちのけで観戦していたオーストラリア×デンマークの結果が思うように動かず。フランスへの金星と同時にチュニジアは敗退が決定してしまった。
ちなみに終了間際のグリーズマンのゴールが取り消された解説については以下のスレッドを参照。
試合結果
2022.11.30
FIFA World Cup QATAR 2022
Group D 第3節
チュニジア 1-0 フランス
エデュケーション・シティ・スタジアム
【得点者】
TUN:58′ ハズリ
主審:マシュー・コンガー
Round 16 ポーランド戦
■仕上げのムバッペの前になす術なし
まるっとスターティングメンバーを入れ替えたチュニジア戦はご愛嬌。優勝候補として名高いフランスはここから再始動といった風情だろう。
初戦の相手はポーランド。あと1失点で敗退が決まっていたグループステージでのアルゼンチン戦は動けなかったのか、動かなかったのかはよくわからないが、何もできずにただただ時間が過ぎるのを待っているという印象だった。
より強敵であるフランスに対して、ポーランドは意外や意外、高い位置からのプレッシングに出ていった。4-1-4-1で組まれたフォーメーションは前から相手を捕まえに行く。
10分くらいはプレスに出て行き続けたポーランド。しかしながら、フランスがポゼッションで試合を落ち着けると徐々にプレスラインは後退していく。フランスの保持はチュアメニをアンカー気味において、サポートの枚数は相手の出方次第という感じ。ただ、ポーランドは撤退意識を高めて以降はプレス隊に人数を割いてこなかったため、ビルドアップにチュアメニ以外の中盤が積極的に降りてくることは少なかった。
ポーランドのプライオリティはインサイドをクローズすること。ライン間を塞ぎ、攻撃が加速することを抑制する。しかし、インサイドを防ぐだけではなんともならないのが今のフランス。外循環でムバッペとデンベレで勝負をかけることができる。
前半のフランスの大外は単騎でのスピード勝負を挑むことが多かった。奮闘が目立ったのはムバッペと対面したキャッシュ。裏へのパスになんとか食らいつきながら抜け出しを防ぎ、決定的なピンチを防ぐ。逆サイドのデンベレも含め、前半のポーランドはサイド攻撃に食らいつきながらある程度は対応することができたと言えるだろう。
一方のポーランドのボール保持は2枚のCBと3枚のCHが中央でビルドアップを行い、SBは大外で幅を取っていくスタンス。フランスは特に前線から積極的なチェイシングをかけてくることはないので、CBは落ち着いてボールを持つことができた。バックラインから急いでパスをつけることはしないが、インサイドに刺すパスはことごとくカットされてしまいなかなか前進は難しい。
トップのレバンドフスキはサイドに流れながら起点を探す旅に出てしまうほど、中央は強固。そして自らが動かなければいけないほど他の選手が起点を作るのに苦労しているということだろう。
狙い目にできるのは左サイドの方。ベレシンスキの積極的な攻撃参加を活用し、ドリブルでフランスの右サイドを切り裂く場面もよく見られた。
しかし、相手陣に攻め込む機会を得ると突きつけられるのはカウンター対応。フランスのムバッペとデンベレのコンビからの速攻はポーランドのボールロストの仕方次第で牙を向いてくる。
前半のうちに先制点を得たのはフランス。左サイドからジルーの裏抜けを生かして先手を奪う。ポーランドはグリクのポジションミスだろう。ハナからジルーの裏抜けはないという決めうちのせいで、ジルーに一発で抜け出しを許してしまった。
ビハインドになった後半、ポーランドのプランは前半の継続。特に前半の頭のようなハイプレスでブーストをかけることなく、4-1-4-1でひたすら我慢を継続する。
よって、後半もフランスのターン。左サイドではラビオ、右サイドではグリーズマンが前半以上にサポート役として存在感を発揮。特に緩急をつけつつ、ボールを放すタイミングが読みにくいグリーズマンはポーランドに取っては厄介極まりない存在だったと言えるだろう。
ポーランドは押し込まれてしまい、前半のような陣地回復もままならない状態に。前半すら厳しかった陣地回復はほとんど後半は絶望的なものになった。
そして仕上げになったのはムバッペ。トランジッションから一気に敵陣に攻め込むと、相手と正対した状態からニアを撃ち抜くミドルで追加点をゲット。シュチェスニーは逆サイドへの突き刺すシュートを予測していたのか、少し虚をつかれた感じになっていたのが印象的だった。
ポーランドからすると4-4-2で勝負をかけた直後の出来事。レバンドフスキとミリクの2トップが必死こいてボールを繋ごうとしたところからのロングカウンターで一気にムバッペに仕留められてしまった。
この2点目で試合は完全に終戦ムード。後半追加タイムにムバッペが今度はファーに衝撃的なシュートを決め切って仕上げの3点目。「ニアだけじゃないでしょ?」と知らしめるかのようなシュート。23歳にしてワールドカップ9得点目である。
最後はウパメカノのハンドから、フェイント式PKにこだわりまくったレバンドフスキがW杯にさよならを告げるゴールを決めて一矢報いて終戦。未だ決勝トーナメントでは負け知らずのムバッペと共に、フランスが再進撃を始めた感のある一戦となった。
あとがき
序盤はややゆるっと入ることは多いものの、後半になればほとんど無双状態になるフランス。ややサイドの守りが緩慢な序盤に必死こいて敵陣に入り込み、得点を狙いにくるチームはいるのか。なお、前線にはいつだってゴールを狙っているムバッペが残っている状態である。サイドバックの守備に関しては不安が残る部分はあるので、虎穴に入ることができるチームが撃破の最低要件のような気もする。
ポーランドはEUROに比べると非常に真っ当でソリッドなチームになった一方で、劣勢に陥った時の手数の少なさには悩まされ続けた印象。苦しい状況を変える一手が見当たらなかった。レバンドフスキは調子がいいのか、悪いのかは最後までよくわからなかったけども、それでもここまで来られたと考えれば、チームの底上げは成功していると取ることもできる。
試合結果
2022.12.4
FIFA World Cup QATAR 2022
Round 16
フランス 3-1 ポーランド
アル・トゥマーマ・スタジアム
【得点者】
FRA:44′ ジルー, 74′ 90+1′ ムバッペ
POL:90+9′(PK) レバンドフスキ
主審:ジーザス・ヴァレンズエラ
準々決勝 イングランド戦
■WGはズラされる前提で
ベスト4の最後の一枠をかけた試合はイングランド×フランス。ブラジルがいなくなった今、この試合に勝利したチームが本命に躍り出ることになるだろう。
立ち上がりはフランスのボール保持で試合が進む。左右のサイドでスピードを生かしたトライアングルを形成しての攻略はイングランドを十分に振り回すことができていた。
しかしながら、立ち上がりのようにフランスがボール保持でイングランドを攻略していく!という場面自体は非常に限定的。試合はイングランドの保持とそれに対抗するフランスのカウンターに集約されながら進むことになる。
イングランドのボール保持はバックラインがゆったりとボールを持ちながらスタートする。セネガル戦でも見られたようにウォーカーは枚数調整役。3人目のCBとしてバックラインに加わるか、列を越えて受けるかでビルドアップの枚数を管理する役割である。
対面がムバッペということもあり、この日のウォーカーは高い位置でボールを受けることには慎重だった。その分、ヘンダーソンが右サイドに流れながらムバッペの背後を狙っていく。ただし、この動きは立ち上がりに流れた後のプレーをカットされてからはあまり見られなくなってしまった。
そもそもフランスはムバッペの背後は取られる前提の設計をしていた感がある。同サイドへのスライドは非常にスムーズで後方は4-3ブロックで守っても強度は十分。WGの背後を取られれば普通のチームはズレが見られるものだが、フランスに関して言えばそうしたズレはあらかじめ埋められていたと見ることができる。
フランスの守備で効いていたのはそうした違和感のないスライドの主役となっているラビオと即時奪回でイングランドの攻撃を阻害するグリーズマン。ムバッペが前に残り、カウンターの脅威を突きつけることができるのは彼らの存在があるからである。
イングランドはムバッペの背後である右サイドを軸に攻撃を組み立てていく。主役となっていたのはサカ。カットインを軸に対人に不安のあるフランスの左SBのテオを攻め立てていく。右サイドに流れることが多いケインとサカの相性は好調。サカ→ケインの斜めのパスからケイン自身がPAに侵入することや、リターンを受けたサカがカットインするなどでチャンスを作っていく。
だが、この右サイドの攻撃には3人目が絡んでくることができない。よって、フランスはプレーの予測を立てやすい。サカのインサイドへのカットインは可能性を感じる反面、カウンターのリスクを表裏一体。ましてや、通常のロストを縦に速い攻撃からの決定機に変えることができるフランス相手ならば、尚更リスクになる。
フランスの先制点もこのイングランドの右サイドの攻撃を防いだところから。もっとも、イングランドの帰陣は十分に早く、この場面においては速攻からゴールに直線的に向かう動きは阻止できたかに思われた。しかし、ムバッペがライスを交わし逆サイドに展開したことで、イングランドの最終ラインを押し下げると、この恩恵を受けたチュアメニが強烈なミドルシュートで先制。多少寄せが甘くなった部分はあるが、シンプルにこれは打った方を褒めた方がいいと言える場面だろう。
ビハインドになったイングランドにとっては悩ましいところである。攻撃のテコ入れをするのならば、ヘンダーソンを代えたいところ。ただ、右サイドの3枚目としてヘンダーソンはなかなか上手く絡めていないが、CBがボールを運ぶ部分に不安があるイングランドとしては中央でボールを引き取る役割は助かる部分もある。バランスを崩してでも攻撃に傾けるかは難しいところである。
ハーフタイムのサウスゲートの判断は選手交代を見送るというものだった。しかし、メンバーはそのままでも後半のヘンダーソンは右サイドに流れてサカのプレーの補助に入るようになる。立ち上がりの右サイド深く走り込んだサカのフリーランは前半には見られなかった部分である。
ケイン以外のサポートを得られるようになったことで後半のサカは躍動。ニアに入り込んだベリンガムのフリーランにより、カットインするスペースを享受したサカはチュアメニに倒されてPKをゲット。これをケインが決めてイングランドが後半早々に追いつく。
試合のスコアが動こうと、イングランドの攻め筋の手応えが変わろうとフランスは淡々としていた。中央に甘いパスをつけてきたらカウンターを発動し、素早く攻め切るということを徹底。後半においてもそうしたスタンスは揺らぐことはなく、縦に速い攻撃から一発を狙う展開が続いていた。
均衡した展開を分けたのはセットプレーである。CKからの二次攻撃から左サイドでボールを受けたグリーズマンがピンポイントでジルーに合わせて勝ち越しゴールをゲット。点で合わせる精度でこの日2つ目のアシストを決めて見せた。
直後にイングランドは同点のチャンスを迎える。中盤から抜け出したマウントがテオに倒されて再びPKを獲得。だが、これをケインが枠外に外してしまい、イングランドは追いつく絶好の機会を逃してしまう。
これ以降、選手交代もなかなか機能しなかった。右サイドに入ったスターリングは前向きな意識が見られずにカットインの頻度が減少。左サイドはショウの攻撃参加が増える一方でクロスそのものには焦りの色が見られる部分があった。決定的なチャンスとなったのはセットプレーからのマグワイアくらいのものだろう。グリーリッシュをもっと早めに投入し、異なるアクセントをつけるのもありだった。
ラストチャンスとなったFKを託されたのはラッシュフォード。これが枠からやや上に逸れたところで終了のホイッスル。接戦を制したフランスがイングランドを下し、ベスト4最後の椅子を掴み取った。
あとがき
ボールを持ちながらトライする機会は確保することができたイングランドだったが、効果的に攻め筋を見つけられた時間は少なかった。後半頭からサカが下がるまでの間くらいだろうか。前半のうちに有効打を多く打てなかったこと、後半のビハインドに対しての手打ちがかなり後手になってしまったことは反省点になるだろう。手堅いが自分たちのリズムを紡ぐのが得意ではないイングランドらしい敗退の仕方とも言える。
勝利したフランスはここまではムバッペを軸とした破壊力抜群の攻撃が前に出ていたが、この試合ではラビオやグリーズマンの老獪さが光った。これまでも同じように彼らは試合の中で効いていたのだけども、この試合においてはそうした働きの効果がより前面に出たと言える。ムバッペが暴れ回らなくてもフランスは強いということを示すことができたという点では意義の大きい勝利ではないだろうか。
試合結果
2022.12.10
FIFA World Cup QATAR 2022
Quarter-final
イングランド 1-2 フランス
アル・バイト・スタジアム
【得点者】
ENG:54′(PK) ケイン
FRA:17′ チュアメニ, 78′ ジルー
主審:ウィルトン・サンパイオ
準決勝 モロッコ戦
バレていても狙うのはムバッペの背後
決勝で待つアルゼンチンの対戦相手を決める準決勝2試合目。ブラジル不在のトーナメントで本命に躍り出たフランスは2大会連続のファイナル進出がかかっている。対戦相手となるモロッコはある意味今大会の主役となっているチームといっていいだろう。アフリカ勢初のベスト4進出を決めて、驚異的な快進撃を見せている。フランスには胸を借りる形にはなるだろうがスペイン、ポルトガルに続く大物食いのチャンスを狙うことになる。
どちらのチームともメンバーには一部変更があった。フランスは蔓延している風邪の影響でウパメカノとラビオがスタメン落ち。コナテとフォファナをリプレイスする形で4-2-3-1を維持する11人を送り出した。一方のモロッコは最終ラインを増員する5-4-1を採用。負傷を抱えているレギュラーCBであるサイスとアゲルトは共にスタートメンバーに名前を連ねてはいたが、アゲルトは試合直前でメンバーから外れることに。アリが代わりに3バックの一角に入ることになった。
立ち上がりは両チームとも相手にボールを持たせる格好になる。フランスはそもそもプレスをかけてテンポを上げていくタイプのチームではないし、この日のモロッコはまずは後ろを固めることを重視するフォーメーション。前から捕まえに行くことを優先せずにまずは構えて受け止めることを重視した形である。
そのため、前日のアルゼンチン×クロアチアのようにジリジリした展開が予想されたのだが、先制点が入ったのは思いのほか早かった。フランスは縦パスを収めたグリーズマンからDFをかわして穴を空けると、そこからモロッコの守備対応はドタバタ。フランスは最後にファーに余ったテオ・エルナンデスが高い位置でのボレーを決めて先制点を奪う。
モロッコからするとDFのヤミークの飛び出しが甘かった。飛び出すならば入れ替わられてはいけないし、サイスもカバーしなければいけなかった。ただ、実質負傷持ちのサイスにそこまでをお願いするのは酷だろう。20分で限界を迎えて負傷交代をしたことからもこの試合におけるサイスに人の手助けをする余裕はなかったように思う。実質、飛び出したヤミークがうまく対応する以外にモロッコが陣形を崩さずに守り切るための手はなかった。。
明らかにプランが崩れる先制点を奪われてしまったモロッコ。しかし、前進の形を明確に作れている分、先制点により希望が完全に途絶えてしまったということはなかった。
モロッコの攻め筋はいつもと比べると少し風情が異なった。右サイドのツィエクと左サイドのブファルを軸に両サイドからバランスよく攻撃を仕掛けるのが彼らのスタイル。しかし、この日のモロッコは狙いをフランスの左サイドに集約した感があった。フランスの守り方の定番といえば、ムバッペの背後のラビオがカバーし4-3型に変化する形。ラビオがフォファナに入れ替わってもそうしたフランスの守備のバランスは変わらなかった。
まず、フランスが狙うのはこのムバッペの背後のスペース。ここから数珠つなぎでフランスの攻略を狙うモロッコ。次に狙うのはムバッペのカバーに出て来たフォファナの背後である。ここから仕上げになるのはテオとコナテの間のスペースへの裏抜けである。
ムバッペの背後→フォファナの背後→テオとコナテの間という形で段階的な狙い目を定めたモロッコはフランス陣内に攻め込むことが出来ていた。同サイドを徹底的に攻略するために、ブファルが右に流れる機会が多かったのもモロッコのプランがいつもと違ったことの証明になっている。
しかし、フランスからするとムバッペの背後を突かれるというところは想定内。逆に、きっちり同サイドに閉じ込めながらコナテに早めに潰しに出てくる形に持っていければ攻め込まれたとしても問題はない。特にツィエクが抜け出す形はほぼ抑え込まれていた感じ。逆にハキミやウナヒのような選手の飛び出しにはワンテンポ遅れることが多く、エン・ネシリもフランスのDFの前に入ることが出来ていたので、ぴったりとクロスが合えば得点できる形は作ることが出来ていた。
だが、失敗すればフランスはカウンターから反撃を行うことができる。撤退してても受けるのが難しいフランスのアタッカーにスペースが加わるのだから、止めるほうもさらにピンチになる。それでもモロッコは勇敢にそのリスクを受け入れる。サイスの負傷に伴い4バックにシフトし、いつも通りの布陣に戻すなど1点ビハインドという状況から強引に引き戻すためのプランを打って見せる。
敵陣深くまで攻め込んでからのロストが多かったこと、そもそも5バックでもそこまで堅く守れていなかったことなどを踏まえるとモロッコの4バックシフトによる急激な失点のリスクの上昇は避けられたといってもいいだろう。たまにフランスの想像を超える形でのチャンスメイクが出来ていたことも含め、モロッコの失点後のリアクションは軒並み優れたものだったといえる。それでも失点のリスクをロングカウンターで突きつけることができるフランスは恐ろしいのだけど。
後半、フランスはより手堅いプランに移行する。まず、ムバッペのプレーエリアを気持ち下げることで左サイドの守備を強化。フォファナはムバッペのスペースを埋めることから解き放たれ、最終ラインが出て行った時のカバーに入れる高さまで位置を下げるようになる。
逆サイドではグリーズマンが3センターの一角まで位置を下げる。PA内での跳ね返しに加わることで盤石の態勢を構築する。グリーズマンは前向きの状況でも守備で貢献。後半はブファルの右サイド流れを減らしつつ、左サイドからの攻撃も狙っていきたかったモロッコだが、下がるのをサボらないデンベレとグリーズマンが延々とスペースを消し続けるためどうしようもなかった。
モロッコが光を見つけることが出来たのは大外アタックのところ。アッラーはクンデを時折出し抜くことが出来ていたし、右サイドではハキミがオーバーラップを欠かさないことでウナヒ、ツィエクとトライアングルを形成する。フランスが手を打った後半も右サイドからの攻め手が死ななかったのはSBハキミが終盤もオーバーラップの量が減らなかったことが大きい。
ゴールに迫るシーンもいくつかあったモロッコ。だが、ロリスのスーパーセーブとフランスDF陣のシュートブロックに遭いまくり、なかなかごーるまでたどり着くことができない。
フランスはジルーに代えてテュラムを投入し、左サイドの守備のさらなる強化とロングカウンターにおける人員の増加を図る。この交代から徐々に押し返す機会を増やすと、最後はムバッペの左サイドの突破から転がったボールをコロ・ムアニが押し込んで決着をつける。
モロッコの激しい抵抗をなんとか振り切ったフランス。連覇という偉大な記録への挑戦権を手にし、メッシが待つファイナルに駒を進めることに成功した。
あとがき
このトーナメントは格上と目される方が余裕を持って入ったものの、追いつかれたりなかなか点が入らなかったりした際にギアチェンジが出来ずに苦しむところがある。クロアチアに敗れたブラジルはその代表例といえるだろう。
この試合のフランスも同じ展開に陥る可能性もあったが、モロッコの猛攻をしのぐ守備陣の奮起とデシャンの手当てで流れを取り戻すあたりが今のフランスの強さである。デンベレやグリーズマンや4年前のポグバなど攻撃的なタレントに守備における高負荷な仕事を押し付けることができるのはデシャンのチームの特色である。グリーズマンはほぼシメオネのおかげだけど。
モロッコに関しては言うことはほぼない。手負いの状態でフランスと立ち向かい、できることはほぼやった。最終ラインが万全なメンバーならという悔いは残るが、それはアンダードックの宿命でもある。
低い位置でのブロック守備とハイプレスに対するプレス回避、そして敵陣でのトライアングルアタックなど現代の代表チームにおいてほしい要素をコンプリートしており、今のモロッコは代表チームが目指すべき要素の詰め合わせといっていいだろう。そこにアムラバトをはじめとするタレントの個性も乗っける形で質を上乗せしたモロッコは間違いなく今大会のベストチームの1つだ。
試合結果
2022.12.14
FIFA World Cup QATAR 2022
Semi-final
フランス 2-0 モロッコ
アル・バイト・スタジアム
【得点者】
FRA:5‘ テオ・エルナンデス, 79’ コロ・ムアニ
主審:セサル・ラモス
決勝 アルゼンチン戦
中盤の数的優位で創出した時間をディ・マリアで出力
ついにメッシの悲願まではあと1つ。初戦のサウジアラビア戦の敗戦により第2節から勝ちしかない!という状況になったことを考えると、アルゼンチンは一足早く決勝トーナメントを迎えた状況に陥ったと言っても過言ではない。
長身CFを並べてくるトランスフォームを果たしたファン・ハールによって苦しめられもしたが、基本的にはこの大会のアルゼンチンは右肩上がりでコンディションを上げてきた。そんな彼らにとって、決勝で対戦するフランスはここまで対戦してきたどのチームよりも強大な相手と言っていいだろう。
メッシには勝って欲しいけど戦力としてはフランスが有利。そうした下馬評が目立つ状況において、前半の展開は意外なものだった。主導権を握り続けたのはアルゼンチンの方である。この大会のアルゼンチンは軒並みスロースタート(ノックアウトラウンドではなだらかに改善傾向ではあるが)なのだが、よりによってファイナルでは立ち上がりから攻守に主導権を握る展開になる。
アルゼンチンが最も安定して優位を構築することができていたのはボール保持の局面だ。バックラインからのビルドアップに対して、フランスはついていくことができなかった。
フランスで混乱していたように見えたのはグリーズマンである。トップ下のように振る舞ったグリーズマンに対して、デシャンはある程度中盤からCBに飛び出しながら前線にプレスをかけていい裁量を与えていたように思う。基本的には中盤のマーク。しかし、行けると思ったらアルゼンチンのCBにプレスをかけてよし!そうした役割を任されていた。
ここまでの大会においては守備のキーマンとして機能していたグリーズマンだが、この試合では前線に飛び出す判断がことごとく空振りに。グリーズマンのプレスのタイミングはむしろアルゼンチンにとっては前進の好機に。グリーズマンがいなくなった中盤においてフランスは3対2で数的不利を突きつけられる格好になる。
もう1人、中盤中央でキーマンになったのはメッシ。彼の降りる動きに対してどのように振る舞えばいいのかを悩んでいたのがウパメカノである。でていく動きは見せながらもどこまで潰しに行けばいいのかには迷いがあり、自陣に飛び出してしまった穴を開けるだけになってしまっていた。
フランスはグリーズマン、ウパメカノの前がかりな姿勢が機能しないまま、中盤中央でボールを奪えない状況だけが続いていくことになる。前がかりになり、捕まえられたと思ってもデ・パウルが華麗なターンで交わしたりなど、前半のフランスの出ていく守備はことごとくうまくいかなかった。
中央で得た時間をアタッキングサードに還元する出口としてアルゼンチンが利用していたのはディ・マリアである。アルゼンチンは中盤中央でのパス交換で前を向くことができるフリーマンを作り、サイドに展開してディ・マリアが相手と1on1に挑む形を作る。中盤の数的優位を安定的に作り出していたため、アルゼンチンは非常にクリーンにディ・マリアにボールを届けることができていた。
この大会では苦しんでいたディ・マリアだが、この日はキレキレ。この大会では好調だったけど、この日はさっぱりだったデンベレと非常に好対照なパフォーマンスを見せる。突破に加えて抜ききらないクロスもある状況では対面のクンデやデンベレも離して守るわけにはいかない。
アルゼンチンはこのディ・マリアのところからPKをゲット。ディ・マリアがデンベレ相手に入れ替わり、PA内に侵入したところを倒されて得たPKをメッシが決めて先制する。
ボールの非保持においてもアルゼンチンは好調を維持する。非保持においては4-4-2に変形するアルゼンチンはミドルゾーンでのボール奪取からフランスの陣地回復を許さない。特に狙い目になっていたのはフランスの左サイド側。右の SH役を務めていたデ・パウルのプレスがスイッチになっているのはこの大会においてはお馴染みの光景である。
後方に穴をあけてでも出ていく姿勢はフランスと同じくリスクがある状況ではあったが、アルゼンチンはこの賭けに勝っていた。アルゼンチンのバックラインはことごとく降りていくフランスの前線について行っては前を迎える前に仕留める形。ボールを持つことができていたフランスのバックラインから裏へのフィードが出てこなかったこともあり、フランスの前線では降りてはボールロストを繰り返す格好になっていた。
試合前に報道された体調不良に関してはフランスに対してどこまで影響があったのかはわからない。ただ、プレスに出て行っても仕留めきれなかったり、プレスがかかっていない状況におけるビルドアップにやたらミスが連発していたことを見ると、それなりに影響はあったのではないだろうか。
ディ・マリアのカウンターからゴールを奪い、リードを広げるアルゼンチン。得点どころかシュートまで行けないフランスは前半のうちに2枚の交代に踏み切る。ジルー、デンベレに代えてコロ・ムアニとテュラムを投入するが、後方のボール出しのところから前線に時間を与えられていないという状況は特に変わっていないので、個人でなんとかする!以外の解決策はフランスにはない。ハーフタイム前に交代に踏み切ったデシャンだが、即効性がある采配にはならなかった。
対人守備優位復活が微かな同点の予兆
後半もそこまでペースは変わらない。フランスは特別高い位置まで出て行ってプレスをかけることもなかった。むしろ、グリーズマンは明確にアンカーのエンソ・フェルナンデスを気にするようになり、CBまでプレスにいく機会は減った。前がかりな姿勢ではないが、前半のズレの起点となっていたので悪くない変更のように思える。どちらかといえば変化をしたのはアルゼンチンであり、デ・パウルがスイッチを入れて中盤より前でプレスを開始する場面は目に見えて減ったように見えた。
これによりフランスのプレーエリアは前半よりは高くなった。アルゼンチンはバックスの背が高くないため、セットプレーが増えたことに伴ってチャンスが出てこないこともなかった。だが、全体のラインが高い分アルゼンチンから致死性のカウンターを喰らうこともしばしば。前半よりも押し込んだからフランスが主導権を握った!とするのはやや早計と言えるだろう。
フランスの反撃にはアタッカーに前を向かせることが必要になる。ジルーに比べるとムバッペ、コロ・ムアニ、テュラムの3人は明らかに前を向いた時の推進力がある顔ぶれ。一方で前を向かせるジルーがいなくなった分、前を向いて推進力を活かす状況を作る難易度はやや上がっている。前半の交代はそもそもフランスがジルーのポストにすら辿り着かなかったので、それならば前を向いた時に陣地回復できる枚数を増やそうという発想だろう。
後半のフランスの振る舞いとして目についたのは左サイドにおける密集を意識して作るようになったことである。テュラム、テオ、ラビオの3枚に加えてムバッペやグリーズマンのように盤面上は中央に配置されるプレイヤーも左に流れる機会を増やす。距離を近づけ、パス交換のスピードを上げることでだんだんと前線に前を向かせる機会を作れるようになってきたフランスであった。
加えて、非保持では選手交代による変化も。コマン、カマヴィンガなどプレスで奪い切れる選手の登場でフランスは前半よりも迎撃守備が機能するようになる。特に、左SB起用のカマヴィンガは秀逸なアイデアと言える。GSの消化試合であったチュニジア戦でも試されたプランだが、この試合では明らかに不発。だが、決勝戦においては前向きなボール奪取とボールを奪った後のインサイドの攻撃参加において光るものを見せていた。
とはいえ、カウンターで敵陣に迫る機会を作り続けるアルゼンチンに対して、フランスが明らかに主導権を握り返した感じはしない。それだけにコロ・ムアニの抜け出しからのPK奪取は青天の霹靂だったと言えるだろう。ロメロが前に釣られてしまった分、オタメンディがスライドしなければならず、その分対応が遅れたツケを払う羽目になった場面だった。
PKをムバッペが決めて反撃の狼煙をあげたフランスはすぐさま同点ゴールをゲット。右サイドでのコマンのボール奪取から、左サイドでワンツーを展開する形に持っていくと、抜け出したムバッペがダイナミックなボレーを沈める。80分間余裕を見せていたアルゼンチンに対し、フランスはわずかな時間で2点のゴールをチャラにして見せる。
中盤の強度で優位に立ったフランス。後半頭の修正以降、アルゼンチンは前半ほどボールをクリーンにサイドに展開することはできていなかった。ディ・マリアが下がったことでサイドの突破力は下がっていたが、アクーニャも大外でポジションを取ることは諦めていなかったので、サイドにボールを届けられないというアルゼンチンの保持における問題はその手前に原因があると言えるだろう。無論、先に触れたフランスの迎撃守備の成功が原因である。
勢いに乗り、前線がスピードを生かしたアタックをかけるフランス。アルゼンチンはなんとかこの状況をしのぎ、延長戦に辿り着く。
延長戦で変化をつけたのは交代枚数を多く残していたアルゼンチンである。試合のテンポを落とすべく、アンカーとして入れたパレデスに最終ラインに落ちる動きを使いながらボール保持を安定させる。前線では推進力の失われたアルバレスを諦め、ラウタロ・マルティネスを投入。前線の運動量が復活したのに伴い、少ないタッチからの中央のパス交換からチャンスを迎えることになる。
ラウタロはフィニッシャーとしてはやや頼りない部分があるが、チャンスメーカーとしては優秀。アルゼンチンの3点目も彼の抜け出しから生まれたもの。一度はロリスに跳ね返されたボールを押し込んだのはメッシ。延長後半に再びアルゼンチンが前に出ることになる。
ペッセッラの投入で5バックにシフトし、逃げ切りを図るアルゼンチンだが、交代で入ったモンティエルのハンドによりPKを献上。ムバッペがハットトリックとなるPKを再び決めて同点に追いつく。その後もどちらのチームも決定機を迎えつつ、ラウタロ、コロ・ムアニといったストライカーが決め切ることができず。特にコロ・ムアニの決定機におけるE.マルティネスのセーブは驚異的な反応だったと言えるだろう。
試合はPK戦にもつれることに。平時のW杯決勝以上に重圧がかかる状況を迎えていたアルゼンチン代表だったが、メッシに加えてモンティエル、ディバラ、パレデスと交代選手が続々と成功。コマンのPKを読み切ったマルティネスはここでも活躍、2人がPK失敗したフランスを下し、アルゼンチンとメッシが念願のW杯のタイトルを手にすることになった。
あとがき
フランスは苦しかったが、後半の立て直しは見事。少ないチャンスを活かした部分もあるが、カマヴィンガ投入を成功させたり、前線を早めにスイッチするという2点ビハインドの状況を生かしたデシャンの大胆采配は流石である。ムバッペの躍動のラスボス感も異常で、最後までアルゼンチンに対する強大な敵として立ちはだかっていたと言えるだろう。
対するアルゼンチンは立ち上がりから並々ならぬ勢いを見せた。この出来のアルゼンチンを突きつけられれば、おそらくサウジアラビアは100回やっても勝てなかったはずである。中盤の数的優位から左サイドのディ・マリアで時間をPA内に送り込むアイデアは秀逸であった。
オーストラリア戦の迅速な素早い5バック以降を見ると、2点リードの段階で5バックに移行し引きこもっても良かったように思うが、延長戦も残した交代枠をうまく使いながらフランスに流れかけた主導権をイーブン以上に引きもどしたのはさすがである。7試合を通してのチーム構築を含め、スカローニの手腕が際立つ大会だったと言えるだろう。
優勝おめでとう。メッシ、アルゼンチンのイレブン各位に心からの祝福を送りたい。
試合結果
2022.12.18
FIFA World Cup QATAR 2022
final
アルゼンチン 3-3(PK:4-2) フランス
ルサイル・スタジアム
【得点者】
ARG:23′(PK), 108′ メッシ, 36′ ディ・マリア
FRA:80′(PK), 81′ 118′(PK) ムバッペ
主審:シモン・マルチニャク