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レビュー
技術的に可能でも…
名古屋のブロックに対して川崎が立ち向かう。序盤の構図はこのカードの展開として予想しやすいものだったといえるだろう。川崎のバックラインは4バックから山根がインサイドに入る3バックに変形する形がメインストリーム。ここ数試合は4-2-3-1型にポジションを取っていた関係で2人のMFが中盤中央に並ぶ形が多かったが、久しぶりにアンカー役のMFの相棒を山根が務める形となった。
3-4-3で守る名古屋に対して、川崎が変形する3-2型はそこまで構造的なアドバンテージを取れる形ではない。しかしながら、川崎は十分に名古屋のプレスをひっくり返せるチャンスはあった。プレビューで述べた通り、名古屋のCFはユンカー。運動量に難がある選手が中央のトップにいる。GKを使ったビルドアップができれば十分にプレスを外すことができるはずだ。
しかし、それができないのが今の川崎。5分半のシーン。右からパスを受けたソンリョンが左に流すことができれば、川崎は名古屋の1列目を突破できる公算が強いシーンである。だが、この場面ではソンリョンはそのまま大南にリターン。名古屋が人数をかけている右サイドに追い込まれた川崎はボールを捨てる流れになってしまう。
仮に左に流すことができれば、左サイドからの持ち上がりにスライドするのは稲垣だろう。名古屋はCHに守備における広い裁量を持たせているのは今に始まった話ではないし、米本と稲垣がコンビを組む今季はよりその様相が強まっているといえる。
川崎からすれば稲垣を前に引っ張り出すことができれば、縦にパスを入れるスペースを作ることができる。今の川崎が縦パスを通すことができない大きな要因の1つは相手の2列目が引っ張り出されるような1列目の超え方ができていないからだ。相手のCHとCBの間がコンパクトであれば、優秀なCFでも収まらないというのは先週のパナスタでのジェバリでのプレーを見ればわかる話である。
脇坂「ただ、こちらが1点取った形のように、相手がいてもボールをつけていくことが大事。あのシーンはゴール前にアキさん(家長昭博)もいたわけで、相手の配置に関係なく割って入っていくことをもっとできれば、守備を固めているチームでも外が空いてくると思う。」
https://www.frontale.co.jp/goto_game/2023/j_league1/08.html
脇坂の試合後のコメントを要約すると「中でのポイントを増やす」ことと「中を使うことで外が空いてくる」という2つの話が中心になっていた。だが、個人的にはこのポイントの提示には違和感が残る。名古屋はインサイドを固めるのは非常にうまく、強引にインサイドを使われてもそこから失点の心配は少ないチームである。だが、その一方でCHは行動範囲が広く、割と簡単に動いてくれるという特性がある。
こうした名古屋の特性を踏まえれば「中を使うことで外が空いてくる」のはむしろ逆で「外を使うことで中が空いてくる」か「もしくは中を使う前に広げるアクションが必要」のどちらかが必要ではないか。インサイドに置く選手を増やすという数的な優位を作る発想は狭いスペースであるほど効きにくい。ボールを保持する側は狭いスペースでのコントロールが必要だし、守る側は2人の相手に1人で管理できるケースが出てくる。こうした状況はあまりおいしくはない。
ソンリョン→上福元にGKを変更すれば、技術的な側面では広げるアクションは可能にはなるだろう。その一方で、この試合は家長、小塚といった降りて起点として機能したがる選手の起用と山根のインサイド配置の増加などによって、中央でのポイントを増やしたいという狙いが見て取れる。初めからそういう狙いであるのならば、GKを超えて先に挙げたプレーを実装できたとしてもあまり意味を感じない。
狭くともボールを入れる。そこで難易度の高いパスを複数回つなぐことに挑戦し、失敗しても仕方がないという割り切り。名古屋の誘導に乗っかり、狭いスペースでプレーしていた川崎は前半早々に永長のパスミスからロングカウンターを起動させて失点することとなる。名古屋からすれば、網を張っているところに自分から飛び込んできてくれるのでこんなに楽な話はないだろう。
縦の幅は使いたい
脇坂のコメントに再び立ち返れば、川崎は「名古屋の前線の守備が押し込まれると緩慢になる」ということを把握していたように見えた。それであれば、サイドチェンジをチラつかせながら稲垣と米本を揺さぶりつつ、薄いサイドから攻めるのが鉄則だろう。
もちろん、そうしたサイドチェンジをつかさどるシミッチがいないだとか、途中からカウンターケアのために登里が位置を下げたせいで左サイドの大外に基準点がないといった事情は分からなくもない。だが、左サイドが使えなくとも右サイドでもできることはある。
例えば、奥行きを使うアクション。35分、右サイドのハーフスペースの奥に抜け出した宮代の折り返しを大外で受けた山根がそのままファーにクロスを狙ったシーン。ここはハーフスペースに遅れて飛び込んできた脇坂にリターンパスを通したかった。
宮代の裏抜けは今の川崎が有効活用できていないスキルの1つである。もちろん、後半にランゲラクを脅かしたシーンのように、抜け出しかけた状態でスーパーシュートを狙うという独力で流れがっていけるのだが決まるならば最高ではある。だが、多くの場合はそんなに簡単によーいドンで味方を振り切ることはできない。
じゃあ、タイミングを外せない裏抜けは意味がないのかといわれるとそんなことはない。オフサイドのラインが押し下がるのだから、マイナス方向のスペースの有効活用は可能だろう。ニアに侵入する脇坂は明らかに宮代の裏抜けの恩恵を受けている。
今の川崎は本当に裏抜けの恩恵を味方が活用できるシーンが少ない。マルシーニョの裏抜けが例外なのは、彼はよーいドンでも相手を振り切れるスピードを持っているし、抜け出した先にはほとんどシュートが打てる場面になっていることが多い。よって、誰ともつながらなくても成立しうる裏抜けなのだ。
だが、そうした絶対的なスピードがない選手にとっては周りとのリンクが大事になる。この場面の脇坂のように味方のスペースを作りだしたり、あるいは自らが押しのけられるような裏抜けでスタートの段階で相手を置いていったりなど。そうした抜け出しの状況を整える工夫が必要不可欠だ。
今の川崎にはこうした裏抜けの文脈がない。抜け出した選手は仮にパスが出たとしても見殺しにされることが多い。裏抜けを見殺しにすれば、当然次に起こることは裏抜けの頻度が減るという現象だ。やっても無駄なことをしても大量がもったいないだけである。そうなれば、この日のように足元、足元の連続で網に引っかからないかどうかのチャレンジを延々を繰り返すことになる。
もう1つ、抜け出しに関しては37:30のシーンを取りあげたい。大外でボールを持つ家長。2人の名古屋の選手が近くにいるが、インサイドへの斜めのコースは消されていないといった状況だった。インサイドには脇坂と山根がスタートポジションにいたが、どちらもボールから離れるような動きを見せた結果、家長にインサイドのパスコースが無くなったシーンである。
個人的には離れること自体は全く問題ではない。気になるのは離れ方。特に山根の離れ方である。この場面で必要なのは山根の対面には稲垣がいるということ、そして彼は人についていく意識が強い選手ということである。よって、彼が動けば、その方向に稲垣を釣りだせるというのは容易に想像がつく。
脇坂と山根が家長から斜め方向のパスを受けられるスペースを離れた時、パスを受ける第一候補は中央に入っている小塚だ。彼がサイドに流れてくることでボールを引き取る形が一番想像しやすい。そして、大外で待つ脇坂にスルーパスを送り、右サイドをえぐる。この形が理想的だろう。
この形を作れれば困るのは藤井だろう。サイドに流れる脇坂について行くのを継続すべきか、抜けてきた山根を稲垣から引き取るべきか、あるいは自分のサイドに流れてくる小塚を捕まえに行くのか。インサイドに人を多く置くプランの真骨頂は、こうした悩みを相手に突きつけられるかどうかである。
しかし、実際は山根は小塚の方に稲垣を引き連れていってしまった。これでは小塚がこのスペースに入ってこれないのも無理はない。山根の動きにより家長のパスを受けられる選手がいなくなってしまった。インサイドでは小塚と山根が2人いるという「中央に多くのポイントを作る」というテーマ通りの形になっているのだが、ここに2人いたって意味はない。ただ、闇雲に人がいるだけだ。縦と横を切られている家長から斜めのパスを引き取る選手がいないのだから、このサイドから脱出する術を川崎は備えていないのである。藤井は何の迷いもなく脇坂をケアすればいいだけである。
川崎の1点目も「インサイドに多くのポイントを作ることが効いた」という旨のコメントが見られたが、本当にそうだろうか。手前に引いた家長が米本の位置を手前に引き出すことでライン間のスペースが空いたのではないだろうか。それであれば、やはり中に入れる前に広げるアクションは必須だろう。
ゴールシーンにおける一連で小塚のフリックは引っかかっていたし、脇坂のところではフィフティーの競り合いがあった。多少広がったライン間のスペースですらこうなるのだがら、決して流暢な崩しとは言い難い。米本、稲垣相手であればやはり引き出すアクションはもっと積極性をもって行いたかった。
もちろん、名古屋の抵抗は厄介だった。先制点を奪って以降はポゼッションから川崎の攻撃の時間を削ることもしていたし、中盤のフィジカルバトルでは川崎に引けを取らない強度。特に小塚はファウルを犯して速攻を止める場面が多く、その癖が得点に直結するマテウスのFKを招いてしまった。
1点のビハインドで名古屋を追う終盤の川崎はどちらかといえば「ズレを前に送る」というよりも「ズレないままフィジカルで解決!」というプランに見えた。エリア内でシミッチや高井がヘディングする機会が増えた。
終盤に川崎が3バックに変形した効果は限定的だっただろう。川崎が追いかけるときのスクランブルな3バックはボールサイドのワイドCBが大外から攻撃参加することでファイアー感を出している。だが、この試合では左に入った佐々木が大外からボールを運ぶことが出来ず。エリアに迫るには単にハイクロスで高井やFW陣が何とかしてくれるかを待つのみである。
しかしながらこじ開けに失敗した川崎。名古屋に敗れて今季初のリーグ戦の連敗を記録することとなった。
あとがき
左サイドの最適ユニット探しはまだまだ時間がかかりそう。よって、右サイドの攻め手の工夫はもう少し欲しい。
今日の永長は苦しんだが、彼のようなへのカットインが好きな選手には外から追い越す形を織り交ぜながらマークを軽くしてあげたいところである。永長としても自分に2枚を引き付けることが出来ているということは、周りにフリーの選手が出来ているということ。彼のマークを分散させる周りの動きと動きだしを見逃さないようなパス出しをお願いしたい。高井は守備時にやや飛び出しすぎてしまう癖があるが、このあたりは辛抱強く見守りたい。総じて落ち着いているように見えたのは安心材料だ。
現状におけるチームとしてのプランで気になるのはやはりスペースを広げるアクションの少なさだろう。裏抜けの動きを孤立させない。裏に抜けた先の動きを共有しつつ、奥行きのギャップで勝負する術は最低限身に着けておきたい。
試合結果
2023.4.15
J1 第8節
川崎フロンターレ 1-2 名古屋グランパス
等々力陸上競技場
【得点者】
川崎:56‘ 宮代大聖
名古屋:9‘ キャスパー・ユンカー, 45+2’ マテウス・カストロ
主審:岡部拓人