■モロッコのIH周辺を巡る駆け引き
ベルギーとクロアチアの叩き合いを横目で見ながら無敗でグループFを首位通過したモロッコ。隣の死の組からはコスタリカをどれだけ殴れたかでドイツを追い落としたスペインがやってきた。
ボールを持つことになったのは当然スペイン。モロッコはミドルゾーンにプレスを構えながら、スペインを迎え撃つ。モロッコの守備は決まり事がはっきりしていた。アンカーのブスケッツはトップのエン・ネシリが徹底マークでついていく。プレスに出ていくのはIHの2人。CBがボールを持った時には彼らが前に出ていき、片方が下がることで4-4-2気味の変形を行う。
モロッコの中盤が気をつけていたのはプレスに出ていきすぎないこと。例えば、降りて相手を釣ろうとするペドリは徹底的に無視。動いていくのはある程度範囲を決めている感じ。動かされるのではなく自分で動いていく!という形である。
モロッコは構えたところからツィエクへのカウンターを狙う形で入る。この辺りはグループステージでやったパターン。ボールを持つスペインと持たれるモロッコという構図で試合がスタートする。
ボールを持ったスペインだが、やや攻めあぐねていたのも事実。ミドルゾーンでなかなか呼吸ができない。そうした中でキーになるのはSB。大外から押し下げる形を作り、敵陣深くまで入り込む。ジョレンテの起用の狙いはこの辺りにあっただろう。ボールタッチがややもたつき、非保持では危うさもあったが、起用の意図は理解できるものではある。
面白かったのはブスケッツ。自らにエン・ネシリがマークについていることを利用し、中盤で吸収されながら消えることでエン・ネシリのプレーエリアを低くすることを選択。他の選手に組み立てを任せつつ、CBがプレーするエリアを確保していた。
大まかな方針としては日本戦と同じだろう。崩しの決め手は見つからないけども、ボールを持ちながら支配しており失点はしなさそうな状況。だが、誤算だったのはモロッコがボールを持つことを確保できたことだ。
バックラインはスペインのハイプレスにも関わらず、少ないタッチ数のパス回しを繰り返し前を向く選手を作ってボールを前に進めることができていた。中盤のフォローもさることながら、目立ったのはGKのボノを活用するビルドアップ。積極的にボールを受けると、ストンと落とすようなロブパスでSBのマズラヴィにボールを届ける。多彩なボールを蹴れるのか怪しくない?とか、左サイドにしか届けられないのでは?といった気になる部分もあるのだが、勇気を持ったビルドアップのスキルはモロッコのボール保持を助けるものだった。
自陣からミドルゾーンまでボールを運ぶことと、逆サイドからの展開を引き取り大外に展開したマズラヴィと配球力と相手を背負ってもキープできる部分で存在感を見せたアムラバトの存在もビルドアップが安定した一因。
敵陣深い位置ではブファルが好調で、対面のジョレンテを圧倒しつつ味方の攻め上がる時間を稼いでいた。ブファル、ツィエクというチャンスメーカーをワイドに抱えていたモロッコはスペインよりもゴールに迫るという部分ができていたように思える。
健闘していたモロッコだが、後半はスペインが再びペースを握りなおす。モロッコの4-1-4-1→4-4-2へのシステムが変わる瞬間を狙いながら、モロッコのIHの背後のスペースを突いていた。特に機能していたのが左サイド。前半とは左右を入れ替えてこちらサイドを主戦場にしていたガビが、この位置で相手を惹きつけては出ていき、そのスペースにオルモが入っていくということを繰り返すことで穴を開けるシーンが出てくるように。
スペインのこうした旋回に対して、徐々にモロッコは手を打てなくなってくる。循環をさせながら前を向く選手を作ることができていたスペインは前半以上にモロッコ相手にペースを支配する。
少し気になったのはガビ→ソレールへの選手交代。出たり入ったりを高頻度で繰り返していたガビがいなくなることでスペインの旋回の頻度は低下。モラタの裏抜けとニコ・ウィリアムズの突破からモラタとオルモをターゲットにしたクロス主体のPAの迫るなどと少しテイストが違う攻め筋を見せるようになった。ソレールが入ってからは非保持が4-2-3-1気味になり、ソレールがアムラバトを捕まえるようになったのでモロッコの保持への対応なのかもしれない。だが、個人的にはその前の時間帯の方が攻め筋のフィーリングが良かった感じがするので、いい流れを手放してしまったかのように思えた。
一方のモロッコも選手交代で機能性がやや低下。交代選手たちも奮闘してはいたが、左サイドでタメを作ることができるブファルの不在は痛かった。スペインのバックラインがハイラインに見事な対応をしていたことや、モロッコのプレスバックでスペインに速攻を許さなかったりなど、大概の守備陣の対応が見事だったこともあり、試合はスコアレスのまま延長戦に突入する。
延長戦はスペインがボールを持ちつつ、モロッコがカウンターで応戦するという後半の流れが続く。この辺りでモロッコにボールを持たせなくなった!というのは流石のスペインではある。モラタの裏抜けでのデュエルも負傷交代者続出(サリスは最後まで残っていたが)のモロッコの最終ラインにとっては悩みの種だった。
試合はスペインが支配するが、モロッコがカウンターで抵抗。決定的なゴールチャンスは両チームそこまで変わらずという展開は延長戦も継続。GKが両者好調だったこともあり、120分間両チームにゴールが生まれないまま試合はPK戦を迎える。
PK戦ではワンサイドな展開だった。スペインとしてはPK戦要員として入れたであろうサラビアの失敗は痛かった。コースとしては際どいところを狙うことができていたが、シュートはポストに弾かれる。サラビアはPK戦突入直前に試合を決める決定機を僅かに外してしまっていたので、そうしたメンタル面での影響はあったのかもしれない。
1人目が失敗したことでスペインは勢いに乗れず。経験豊富なブスケッツまで雰囲気に飲まれてしまった。1本目のスペインの失敗でボノが自信を持ってセーブできるようになったからだろう。試合を決めたハキミのキックに代表されるようにPKを先に決めたことでモロッコはキッカーが軒並みリラックスして試合に臨むことができていた。
スペインは3人すべて失敗という衝撃的な結果で終戦。PK戦を制したモロッコが史上初のベスト8進出を決めるという快挙を達成した。
あとがき
いかにもスペインらしい散り方だったと言えるだろう。ボールを持つ、相手の攻める機会を取り上げる、だけども決め手がない。日本にリードされた後もそうだし、モロッコ戦の後半以降もそう。かといって崩し切ることを捨ててアバウトに傾倒したとて、得点の確率が上がることがないのは辛いところ。ワイドで勝負できるアタッカー不在とモラタ以外のストライカーの計算が立たなかった!というリソース面での不安があることは補強ができない代表にとって不安である。とはいえ、良くも悪くも彼らはブレないだろうけども。
モロッコはミドルゾーンでスペインの保持を迎え撃ったというプランは日本と同じ。日本とやや違ったのは深追いするかどうかで焦れずに普通にラインを下げていたことである。先制点を奪われていたとはいえ、日本はスペイン相手でも前に出ていかなくては!という鎌田とそれ以外でギャップができていたのが気になった部分だった。
モロッコがその部分に迷いがなかったのはボール保持でも陣地回復できる余裕があったからだろう。他局面での優位が違う局面での落ち着きをもたらすという意味で興味深かった。
先のラウンドにおいては負傷者が気がかり。バックラインが代わった分の危うさは感じるパフォーマンスだったので、輝かしい活躍を見せた中盤より前がこの試合のように攻撃面で展開を牽引することでカバーができるかがポイントになる。
試合結果
2022.12.6
FIFA World Cup QATAR 2022
Round 16
モロッコ 0-0(PK:3-0) スペイン
エデュケケーション・シティ・スタジアム
主審:フェルナンド・ラパリーニ