スタメンはこちら。
レビュー
■5-3-2を考える
9月上旬は例年であれば代表ウィーク開催がある。ルヴァンカップや代表招集などはあるものの、多くの選手はそこで一息入れるのが通例だ。しかし、今年はカタールW杯開催のせいで9月と10月の代表ウィーク2回を9月末に集約する形での日程になっている。
よって、過酷な夏場を越えたチームには例年以上にダメージがある日程なはずである。にもかかわらず、この日の両チームはミッドウィークなどお構いなし。先週末のスタメン11人を見事にそのまま送り込んできた。
同じメンバーの中で変化を付けてきたのは名古屋だ。普段であれば3-4-2-1のメンバーなのだが、この試合は5-3-2を採用。シャドーの重廣をIHに起用していた。
名古屋目線でいえば、これはマーカーをきっちりするためのものだろう。具体的に言えば相手のSBのマークをIHが担当する整理をつけるためのものであるように思う。名古屋はあまりサイドのマークの受け渡しが上手ではないので、それならばIHの運動量を軸としたプランでええやんけ!ということではないだろうか。川崎のWGを無視して、WBが出ていくのも難しいし。
川崎に求められることはSBに積極的についてくるであろうIHを動かすことである。5-3-2攻略のためにはまずはWBとIHのカバーする範囲を広げるのが最善だ。よって、システムは違ってもやることは同じ。広島戦のようにバックラインと相手のプレス隊の駆け引きが大事になる。
幸い、名古屋は何もしなくてもIHは動いてくれるタイプであり、この部分は川崎にとって助かるものである。佐々木が低い位置を取ることが出来たことは駆け引きの初手としては悪くなかった。
結構話題になっているので川崎と相性が悪いといわれがちな5-3-2についての話をしよう。5-3-2で守る上で遵守しないといけないことは3センターが無理なくスライドし、ピッチの横幅をカバーできる時間を確保することだ。そのためにはサイドに相手を閉じ込めるフェーズと、サイドを相手に変えさせるフェーズがはっきりさせることが重要になる。
ボールがサイドにあるとき、守る側の狙いは同サイドの狭いサイドに相手を閉じ込めることだ。中盤にパスを入れられて、スムーズに逆サイドに展開されることだけは避けたい。なので、サイドから中盤につなぐルートを封鎖することが求められる。
サイドチェンジを許すならばバックラインを経由して。それならば3センターがスライドをする時間を得ることが出来る。
サイドチェンジの過程、すなわちボールが中央にある時は縦を切り、逆サイドまで展開を誘導することが重要。保持側がCBを経由すれば3センターがスライドするための時間は確保できるだろう。
とめるとサイドにボールがあるときは狭いスペースで潰す、中央にボールがあるときは時間をかけてのサイドチェンジを誘導する。その過程でミスが出たらカウンターに移行する。これが5-3-2の哲学だ。
■狭いスペースの幽閉と横断誘導がポイントに
保持側は端的に言えば、この哲学を守れないようにすればいい。5-3-2で守る側が最も避けなければいけないことは3センターがカバーできない場所にボールを届けられてしまうことだ。中盤を外されてしまった状態で5バックの前でボールを持たれてしまえば5バックはいうほど堅くはない。
名古屋の5-3-2の守備が機能しなかった例としてこの試合でピックアップしたいのは16分のシーン。脇坂から裏に抜けたマルシーニョへのパスが通ったシーンだ。この場面は左サイドのパス交換から始まる。マルシーニョと佐々木のパス交換からインサイドの橘田を経由し、最後は脇坂にボールが届けられている。
この場面は佐々木のフリーランが抜群だった。ややインサイドよりに立つことで、稲垣を連れてそのまま大外に消えていった。これで稲垣を完全に土俵から追い出した格好。きちんと引き連れなければ意味はない。だからこそ、ややインサイド気味でボールを受けたのが効いたシーンといえる。
佐々木が大外奥に稲垣と共に消えたので、橘田はすかさず左サイドの低い位置を取る。これにレオ・シルバがついてくる。すると、レオ・シルバが空けたスペースに脇坂が登場する。この脇坂はレオ・シルバの背中を取っていた上に、重廣も管理できておらず完全にフリー。フリーであれば180°どの方向も使える状態である。これであればマルシーニョへのラストパスを生み出す余裕があるのは当然だ。これは名古屋が同サイドに閉じ込めることに失敗した例だ。
もう1つ、5-3-2で守る際に起こるエラーはサイドチェンジを誘導する際に縦にパスを入れられてしまうことだ。非保持側側にとって片方のサイドから逆のサイドに方向を変えられるタイミングは3センターの動く方向がズレやすく、一番選手間の距離が開きやすい。
保持側はこの際に縦にボールを入れられれば、相手の3センターの手が届かない場所にパスが通ることになる。
実際に試合での例として取り上げるのは13:40の場面。結果的に間に合ったのでエラーというほどではないけども、ジェジエウが持った際の重廣のアプローチはちょっと決め打ちすぎる。重廣が山根へ意識が向くのが早すぎるせいで脇坂へのパスコースを空けている。
これはあまりよろしくない。サイドにきっちりボールを届けることが非保持側の優先事項なので、脇坂へのパスコースを切ることが優先事項。ここで縦にいかれてしまっては中盤を無効化される可能性は高まる。
実際にこの場面では脇坂は右へのターンから家長に展開し、やり直しを強いられるわけだが、ワンタッチでシミッチにボールを落としていたら、ここから川崎は自由にボールを動かすことができる。これも非保持側にとっては3センターの手が届かない場所にボールを届けられてしまいそうな場面だった。
■徐々に動かせなくなる中盤
上で紹介したように、名古屋の5-3-2の守り方には十分付け入るスキがあったといえる。特に動きが大きいレオ・シルバと稲垣はベクトルの逆を取りやすいタイプでもある。
しかしながら、川崎は中盤がプレーできる余裕がある場面でパスを下げてしまったり、右サイドに張っていてほしい家長が左に流れてきたりなどでうまく幅を使うことができない。少なくとも前半は佐々木で稲垣を引き出し、その背後を橘田と脇坂で狙うというメカニズムがそこそこできていたので、家長には逆サイドで構えてもらう形の方が適切だったといえるだろう。
同じく、5-3-2相手の攻略に成功した福岡戦は谷口の対角パスとフリーになったシミッチから自由にボールを動かすことが出来ていたことが大きかった。5-3-2攻略において、幅を使うことはとても重要で、この試合における家長の左サイドへの出張はそうしたメリット削ってまで行うほどの効果は見られなかった。
余談だけど、川崎の5-3-2攻略がうまくいかないパターンのほとんどは先に紹介した相手の誘導にしたがってボールを動かしているケースではないだろうか。川崎というチームは狭いスペースを狭いまま攻略することにチャレンジしがちである。
だが、先に紹介したように5-3-2攻略は相手の誘導を裏切る形で広いスペースにボールを届けることが求められる。相手の土俵に上がったままで押し切れる強さがあればいいが、今のチームにそれは酷なように思う。
川崎のこの日の特徴は佐々木を起点に左でズレを創出してそれを逆サイドへの展開や中央の楔に応用することであった。名古屋は飲水タイム明けからフォーメーションを変更。稲垣をアンカー、レオ・シルバを中盤左、そして重廣を中盤右に移動させる。
このフォーメーション変更に伴い、川崎の左サイドに対する3センターの圧縮が極端になる。時には逆サイドの相馬がSHのようになって4-4-2のように守ることもあったくらいである。加えてバックラインからは中谷がより前に出て守備をするように。佐々木にズレを作られても、その先のスペースをコンパクトにすることで対抗する。
守備における修正は見事だった名古屋だが、肝心の攻撃が振るわない。3バックに対して3トップをぶつけてきた感のあった川崎のプレスは外せていたが、アタッキングサードにおいて誰が責任を取るのかが不明瞭。
10分のように細かいパスワークからシミッチを外して、仙頭と重廣でゴールを目指す形は、面白かったがこのシーン限り。何よりも永井が疲労感満載で川崎を全く裏に引っ張れなかったのは痛恨であった。
プレスを外し、中盤で時間を得ても攻撃はトーンダウンしてしまう。フォーメーション変更で川崎の前進を阻めるようになってもイマイチ主導権を握れなかったのは保持におけるプランの不明瞭さが原因だ。
■永木のバディ化で主演が決まる
同点で迎えた後半、修正策を講じたのは名古屋。IHを重廣、レオ・シルバ→永木、内田にスイッチした。
この交代と後半の修正策はこの試合の流れを大きく名古屋に引き寄せるきっかけになる。最もインパクトがあったのは永木の働きだ。
名古屋が後半に主導権を握ることが出来た最も大きな要因は森下が大外高い位置から攻め込むことができるようになったことだ。永木は逆サイドからのボールを引き取りながら高い位置を取る森下にせっせとボールを供給。さらには折り返しを受けるフリーランまでこなすことで、右サイドの深い位置の攻略に成功するように。
前半に感じた「名古屋の攻撃は誰が責任を取るの?」という疑問に対して、後半の名古屋は明確に森下という回答を準備した感があった。永木を相棒にすることできっちり責任を取ることができるようになった森下は名古屋の後半の攻撃の主役となる。
逆サイドに配置された内田はエリア内に飛び込むタスクを任されていた。54:30分付近、森下のクロスに飛び込んだのは内田だった。内田のマークについていたのは山根であり、ここでクリアできたからよかったが、大外の相馬が走り込んでいれば川崎には手の打ちようがない。内田自身がマークを外せなくてもクロスに対してエリアに顔を出すことの意味はある。
左サイドの面々は仕掛けが少ない分、組み立てに奔走した形だ。ここは川崎側の事情も大いにある部分だと思う。というのも、同サイドは家長の戻りが遅れやすく、脇坂のスライドの負荷が高かった。仙頭が組み立てに顔を出すこともあり、右サイドは山根、脇坂で相馬、仙頭、内田を管理しなければいけない事態もしばしば。
50分に仙頭→永木へ通したパスは森下を主役にする下ごしらえとして完璧。左サイドは右サイドへのボール配球とクロスへの飛び込みがメイン。というわけで左の大外はお前が頑張れ!的な相馬はやや不憫な役回りである。
相馬以外で少し気になったのは稲垣。同点ゴールを決めた時点でこの試合ではヒーロー!というのに異論はないのだが、つなぎの局面でのミスが多く、保持のところでは少し気になる部分だった。ここがスムーズに行けば、名古屋は前半のうちからもう少し優位に試合を運べた気がする。
押し込まれる川崎は非常に苦しい状況になった。PA内で跳ね返すことはできるが、そもそもボールをつなげない。クロスを上げさせるまでの状態が悪く、方向をうまくコントロールできない状態でのクリアも増えるように。
それでもマルシーニョの独力突破などなんとか陣地回復の方策を探る川崎。少ない攻撃機会から先制点をゲットする。キーになったのは脇坂のサイドチェンジ。川崎の左を警戒しがちな名古屋にとってはエアポケットとなる位置に顏を出したのはジェジエウ。相変わらず、高い位置を取るときのポジション感覚はいい。
彼のクロスから川崎は先制。知念のハンドの可能性などややケチがつく先制点にはなったが、荒木主審は得点を認める決断をする。
この先制点は川崎にとってもちろん大きいものだったが、この試合の後半の展開を変えられるものではなかった。押し込まれて続けるのは川崎。谷口とジェジエウの対応もかなりギリギリで、コンディションの悪さは画面からでも伝わるほどだった。
同点ゴールはセットプレーから。ニアでストーン役になっていた家長の跳ね返しを拾った稲垣が同点ゴールをゲットする。この場面ではもう少し余裕はあった気はするが、基本的にはクリア前の状況が悪く、追い込まれているシーンだらけだったので、いつこうしたゴールは決められてもおかしくない感じであった。
小林と遠野を投入し、プレスを行いたい川崎だが、右サイドの重さは相変わらずでプレスをかけようにも動けない。特に遠野は家長や山根とのコミュニケーションが取れず、運動量をいいプレスに昇華することが出来なかった。いかない方がいいプレスばかりかける羽目になった川崎はじり貧になる。
というわけですべてを託された感がある宮城。であるが、この日の対面は中谷であり、個人で見れば名古屋で最強クラスの対人強度であるのは運が悪かった。
基本的には後半の川崎に足りていなかったのは敵陣まで押し込むための手段だ。宮城のドリブル以外に何か用意できればよかった。例えば、山村と小林の2トップ採用かチャナティップでボールを運ぶのもアリだろう。
家長を外すかどうかは難しい判断だが、彼が戻れないことによる3センターの横スライドが無限に続いていたので、家長を残す残さないにかかわらず初めから4-2-3-1にして、中盤のスライドは減らしてあげたかった感がある。
終盤は押し込まれながらも名古屋の攻撃をかわすターンが続いた川崎。劣勢の後半を何とかしのぎ、ギリギリで勝ち点1を取ることに成功した。
あとがき
■WBの層の薄さは懸念
長谷川監督のHTの修正が全て。主演森下、バディ永木の右サイドの演出は見事。この交代で勢いに乗ることが出来た。
一方で前半の出来や、層の薄さは気になる。特にWBの2人は実質代替不可能のまま走り続けている。ただでさえ負荷が高いポジションだけに気がかりではある。終盤に向けて怪我人が出ないことを祈るしかないだろう。
■理屈じゃないところでやらないと
5-3-2の攻略を淡々とできなかったこと。そして、後半に交代で流れを持っていかれてしまい、取り返せなかったこと。勝てなかったという結果は妥当でしかないだろう。監督も選手も大いに反省が必要な試合だ。
中3日はきついが、中3日後の中2日は普通に考えればもっときつい。実質ここが離されていい限界点であることは間違いない。おそらく次も大きくはメンバーを変えないはず。理屈じゃないところで乗り越えるしかない状況に川崎は追い込まれている。
試合結果
2022.9.14
明治安田生命 J1リーグ 第26節
名古屋グランパス 1-1 川崎フロンターレ
豊田スタジアム
【得点者】
名古屋:74‘ 稲垣祥
川崎:61’ 橘田健人
主審:荒木友輔