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レビュー
奇策の副作用として起こるズレ
8月のリーグ戦は未勝利、そして水曜日には新潟との120分の天皇杯があった。そして舞台はヨドコウ。勢いという面でも日程面でも地の利でも明らかにC大阪が有利なシチュエーションで迎えるリーグ戦だ。
中2日での強行スケジュールとなった川崎は奇策を仕掛けてきた。練習試合ではある程度試した形と番記者が述べてはいたが、本番で先発から採用する形としてはおそらく初めて。さらには山田を右WGとする4-3-3として自然に見える並びなので、C大阪視点で見れば奇策として気づきにくかったことだろう。
というわけでまずは立ち上がりの川崎のフォーメーションから見ていこう。数字で表すのだとすれば3-5-2が妥当だろうか。2トップには山田とダミアン、スリーセンターはおなじみの3人。左のWBは瀬川で右のWBは大南。左右の高さはアシンメトリーであり、左の瀬川の方が高くなっているという構造だ。
完成度を見ればまぁ微妙だろう。前半は特に右の大外レーンの大南は孤立していたし、パスワークもここにいるはず!というところにパスを出しても空っぽということもしばしば。技術的なミスも含め、パスワークの最中に簡単にボールを渡してしまうケースも少なくはなかった。
とりわけ2トップの関係が良くなかったのは川崎にとっては厳しかった。プレビューで触れた4-2-3-1と同様かそれ以上に3-5-2というのは前での少人数でのキープが陣地回復には重要。そういう意味で2トップが起点になれなかったことは川崎にとっては大きな痛手だったはずだ。
非保持において基本は瀬川と大南が最終ラインまで下がる5-3-2の形で守る。人基準の守り方ではあるが、徹底的に人についていくというよりは受け渡しが発生するため、時折フリーの選手ができることも。
特にC大阪のSHを降りてくる川崎のWBが見るのか、それともワイドのCBが見るのかはシビア。高井-大南のラインと瀬川-田邉のラインは重要になる。特にSBに毎熊がいるC大阪の右サイドは非常に厄介。縦横無尽に動く毎熊や流れてくる香川によってマークが外れたり、あるいはかぶったりなどが発生し、簡単に前進を許す。
例えば5分の上門のシュートシーンは瀬川と橘田が香川を挟みながら対応する。クルークスが香川よりも自陣側にいたこともあり、高い位置を取る田邉に上がっていく毎熊のマークを渡したつもりの瀬川だったが、田邉はスライドせずにフリーで持った毎熊が進撃するという流れだった。
まず、受け渡しがうまくいっていなかった。瀬川からすれば、クルークスが視野内にいるため、毎熊は受け渡してOKだろうという判断だろうが、田邉のそばにはレオ・セアラがいる。C大阪の2トップはサイドに流れても仕事ができる選手が多く、セアラを離すのには勇気がいる。
というわけでスライドができない田邉の事情も分かる。しかしながら、実際のところフリーの毎熊にボールが渡り、シュートまでいかれてしまっているのがこの場面だ。仕方がないで済ませるのは問題である。ちなみに2人でマーカーを囲いながらあっさりと一番通されたくないところに通されるという香川のアプローチへのエラーは、最近の川崎ではややデフォルトと化しているのが切ない。
10分にも同じく川崎は毎熊の受け渡しミスからC大阪の前進を許す。このように急造フォーメーションらしいズレは攻守に見受けられた。田邉にはタフな役割になったはずだ。4月以来の大けがからの復帰戦としては実に判断が多く伴うタスクだった。
奇策の狙いはどこにあるのか?
では、なぜこのようなフォーメーションを採用したのか。もちろん、C大阪にとって不利なところがあるからである。そのためにはまずは川崎が被った不利を紐解きたい。
前の項で述べた川崎の陣形の不利な点はどこか。パスミスといった技術的なミス、そして連携面でのミスといった付け焼刃なフォーメーション採用によるミスといった今の川崎の完成度による部分を除外するとしたら、最も大きな要素は4バックに対して3バックをぶつけることで相手のSBとSHのマークが定まりにくくなることだった。
この点に関しては攻守がひっくり返ればそのままの不利をC大阪に押し付けることができる。C大阪がボールを持っているときに田邉と瀬川のどちらがクルークスをマークするかが悩ましかったように、川崎がボールを持っているときはクルークスが田邉と瀬川のどちらをマークすればいいのかが不明瞭である。
7分のシーンのように大南から上福元まで追い回すカピシャーバや、その上福元から瀬川へのパスに全速力で瀬川のケアに戻るクルークスなどは川崎の狙い目が効いているといえるだろう。C大阪の守備基準を乱すこと、そして守備も頑張れるが替えが効きにくいカピシャーバとクルークスの足を削って、C大阪のワイドアタックの威力を削いでいくこと。おそらくそれが川崎の狙いである。
(車屋と山根が不在の最終ラインがどこまでターンオーバーかはわからないが)この方針ならばバックスの先発の顔ぶれはある程度説明がつく。バックスの3人はそれなりに保持でもやれるメンバーだ。
加えて、単にC大阪のSHの背後を取りたいのであれば、別にワイドのCBとWBの関係性だけでOKだろうが、クルークスやカピシャーバのスタミナを削りたいのであれば、川崎にとってビルドアップのやり直しは不可欠。そういう意味ではGKに上福元を起用する意義もある。
プレスの理想形としては、2トップが2CBを監視して、中盤はコンパクトに保ちながらCHやインサイドに入ってくるSHや毎熊をスペースごと圧縮して迎撃するイメージ。高い位置を取ったり、インサイドに絞ったりする毎熊は勝手にプレスの網に入ってきてくれることが想定できるが、大南と脇坂がケアに行きにくいC大阪の左サイドの低い位置のポジションの選手にはアプローチがかからない。だが、鳥海と舩木がC大阪のビルドアップにおいて絶対警戒しなければいけない働きをしているわけではなかったため、相対的に放置しても問題ないという判断を下したのだろう。
香川を軸とした中盤中央に起点を作らせず、CBから先の1,2手でボールを奪うためにサイドに誘導して、なるべく高い位置で奪うのが理想であった。だが、ダミアンが飛び込みすぎてしまうため、誘導しながら奪い取るというところが甘くなることもしばしば。
構造的な有利と不利で言えば川崎が仕掛けた奇襲がもたらせたものはどちらもマイナスを受けるという意味でフラットだといえる。しかしながら、想定できる有利な部分と不利な部分をあらかじめシミュレートできるのは奇策を使う側のメリットでもある。そこに相手にとって嫌な部分をハメこむこともできるし、想定される起伏を意識したメンバー構成も組むことができる。
そういう意味では20分を境に川崎のポゼッションの時間が増えたのは必然といえるだろう。カピシャーバとクルークスは基準点がはっきりしないため撤退。川崎はワイドのCBである田邉と高井が落ち着いてボールを持てるようになったため、安定したポゼッションを実現するようになる。
メカニズムを維持する高井の貢献
押し込んだ川崎が攻撃の方向性として狙っていたのは左サイドの密集。高い位置を取る瀬川に多くの選手が絡む形で崩しのきっかけを作っていく。多くの人数をかけてもなお、左サイドに狭さを感じなかったのはひとえにせまくなったらすぐに裏を取るというアクションを繰り返していた瀬川の献身性ゆえだろう。
一方で2トップはピリッとしなかった。ダミアンはプレーの精度がまだ上がり切らず、シュートがミートせず、パスも正確に通らない。そして何よりも走れない。それでいて目標とするプレーのスケールを下げずに、味方に要求を続ける姿はさすがではあるのだが、なかなかプレーがついてこない印象はぬぐえない。
山田はプレーセレクションの部分で難がある。19分のシーンは2人に前に入られてしまい、間違いなくシュートブロックに入られてしまう場面だろう。まず、シュートというのは悪くないのかもしれないが、この場面であれば後方からサポートに来る脇坂がオープンでミドルシュートを打てそうな場面だった。
最も大きな決定機は29分。振り返ってみれば、この試合を川崎が勝つためにはまずこのゴールを決めるところがスタートラインだったのだなと思うようなシーンだった。ダミアンらしい、深い懐を使ったチャンスメイクと瀬川のラストパスからフリーになった脇坂は決めなければいけない場面だった。
C大阪も保持の機会自体は少なかったが、マークのズレや縦パスを入れることで攻勢に出ることはできていた。アンカー脇のシミッチのスペースは特にサイドや前列にフォローに出る川崎のIHが空けがちな場所。この部分に縦パスを入れることで前進の喫替えに。川崎は先にも述べたが、前線のプレスが整理されているとは言えない状況だったため、中盤のスペース管理が後手に回る場面は十分にある状況だった。
速攻からもピンチになりそうな場面もあったが、対応が光ったのは高井。カピシャーバを封殺しつつ、ビルドアップにも貢献した前半のパフォーマンスは上々。川崎のポゼッションの維持に大きく貢献した。
決定機を防いだという意味では上福元も触れないわけにはいかない。進藤のシュートはまず間違いなくやられたと覚悟した場面。あのセーブはまさしく守護神といったところだろう。
SHの解放からワンサイドゲームに移行
この試合の特徴は非常に論点が明確なところである。前半は川崎が仕掛けた奇襲が不均衡を呼び、やや川崎寄りといってもいいペースで試合は推移した。ということでこの不均衡が効いているうちに川崎がアドバンテージをとるか?そうなる前にC大阪が解決策を見つけるか?が試合の決着を分けそうだなと想像がつく。
どちらの展開になったかのアンサーは最終スコアが何よりも雄弁だ。C大阪は後半にCHの喜田が積極的にサリーすることで最終ラインのビルドアップの枚数を増やす。
2トップの川崎は完全にこれでトップのプレスが機能不全になる。C大阪はこれでワイドのCBから安定してボールを供給できるようになった。
川崎の次善の策は中盤を前線のプレスのヘルプに動員することなので、C大阪からすれば前半はなかなか使う機会が多くなかった中盤中央のスペースが空くようになる。C大阪が優秀なのはすぐにボールをワイドに届けるのではなく、きっちり中盤に開けた穴を使ってから、最後の仕上げを託す形でSHにボールを届けることができることである。
先制点となったオウンゴールの場面はブロックの手前で受けた毎熊が川崎の中盤を引き付けながら、縦パスを入れて局面を一気に進めたのがキーポイント。バックラインと前線のプレスの駆け引きでC大阪が完全に上回った場面だ。これにより、前半は囚われの身だったC大阪のSHは解放。試合の主導権は完全にC大阪に移ったといえるだろう。
あとはもうこの試合については書くことはほぼない。ここから先の川崎はリスクを承知で中盤やDFに無理に列を上げる対応をせざるを得ないし、そうなれば後方はオープンな広いスペースを高井、田邉、山村というそうした守備が不得手なメンバーで守らざるを得ない。そうなれば一層C大阪の優位は際立つことになるだけだ。
2点目のPKのシーンも脇坂、高井が列を上げた即時奪回が無効化されて田邉と山村が晒された状態で守ることになっている。ハンドになったのは山村のミスかもしれないが、何が起きてもおかしくないくらいさらされていたのも事実。前半に奇策を使って要所として抑えていた箇所を解放されてのカウンターなのだから、PKを与えるリスクはそもそも高いシーンだろう。
3点目もスピードに乗ったアタッカーを止められなかった。すべてはC大阪のSHが解放されたから。それで試合がすべてひっくり返ってしまった。勝負のポイントをアナライズしたC大阪が後半にあてがった修正で試合の展開をすべて持って行った一戦だったといえるだろう。
あとがき
3点の内訳がオウンゴール、PK、PKだから不運な負けだという発想は川崎の弱さに目を背けているだけに思える。たまたま出力がそうなっただけであり、前半に主導権を握っていたポイントを跳ね返されて押し込まれた後半の内容からすればスコアも結果も妥当なものだろう。
特定のポジションの選手を攻める論調もTLで見かけることもあったが、普通に全員が相手の実力を下回ったということだろう。あまり、どこかにフォーカスして責任を矮小化する意味合いも特に感じない試合だった。
個人的な感想を述べればよくやった試合だなと思った。今季最も試合前の旗色が悪いといってもいい試合な上、リーグ戦は明確な数値目標を持ちにくい展開。惰性でこれまでのフォーメーションを使い続けてなにもできないまま敗れるという流れも充分に考えられると思えたからだ。
そういう意味では奇策を用意したという時点でこの試合の川崎は自分の想定を上回ったといえる。あわよくば、脇坂が先制点を手にしていたら・・・というところまでこぎつけたのだから。ただし、破られた時の二の矢のオープン合戦以降に弱いバックスなのはしんどいところ。山根と車屋がいれば多少は強くなるかもしれないが、さらに強度を足そうと大南を入れれば奇策の前提である引き付けてのビルドアップは難しい。この辺りはジレンマだ。
内容的な評価できる点があったとはいえ、取れなかった先制点に思いを馳せながら3-0の敗戦をよくやったというのはリーグタイトルという志を持ってシーズンに臨んだチームに対しては失礼とも取れるだろう。であるならば、この日使ったプランを残されたカップ戦タイトルに生かしてほしいところだ。
今の川崎ははっきり言って強くない。だからこそ、この日用意したスタートプランのように局面的な歪みを利用して、実力的に上のチームをへし折っていく必要があるだろう。3-5-2は相手のSHの守備の基準点を乱していくという効果は十分にあったし、そういう点でこの日の奇策は今後生きる道はあるかもしれない。仮にそうなれば、この日の前半の内容を本当の意味で評価できる日が来ることになる。
試合結果
2023.9.2
J1 第26節
セレッソ大阪 3-0 川崎フロンターレ
ヨドコウ桜スタジアム
【得点者】
C大阪:52‘ 高井幸大(OG), 72’(PK) レオ・セアラ, 90+2‘(PK) 渡邉りょう
主審:川俣秀