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「奇襲を愚策に変える力」~2021.12.12 天皇杯 準決勝 川崎フロンターレ×大分トリニータ レビュー

スタメンはこちら。

目次

レビュー

■土俵に乗っかりすぎた

 最終ラインに多少のメンバー不在はあるものの、できる限り万全のメンバーは揃った感のある川崎。いつものスタメンに比べてもマルシーニョに代えて大島を入れたことが特徴的なくらいで、あとは予想しやすいいつものメンバーがスタメンに名を連ねた。

 一方の大分は夏の補強組のカップタイドが絡んでいるため、ややスカッドは組みにくい。出場できない選手が多く、変化せざるを得ないメンバー構成になる。

 大分が変化を強いられるのはメンバー構成だけではない。やり方もである。2021年の川崎を苦しめるためのモデルは後半戦においてだいぶはっきりしてきた印象。条件として挙げられるのは前からプレッシングをかけること。大分はこれに迎合したやり方を敷く必要がある。具体的には2CB+アンカーに対して、マンマークをつけることである。

 というわけで大分は中盤ひし形の4-4-2で2CB+アンカーにマンマークを付けてきた。片野坂監督は勝負師であることを踏まえれば、今の川崎に対して前からプレッシングをかけないという選択は個人的にはあり得ないと思っていた。方法論はわからないけど、前からプレスを仕組んでくるという確信はプレビューで述べた通り。4-4-2ダイヤモンドがその手段であったということである。

 大分の4-4-2でのプレスにおいてハードなのは中盤である。4枚の最終ラインでSBがいたずらに高い位置には出ていきたくはない大分。SBのマーク役はIHの渡邉と町田は担う。3センターのIHがSBのマーク役をやるのはかなりハード。加えて配置上はピッチの中央に位置する下田と小林裕は時にはボールサイドをカバーする役目も課せられていた。運動量に加えて判断の部分でも負荷がかかるポジションである。

 大分のテーマは圧縮して川崎が攻められる方向を限定することである。具体的には同サイドの最終ラインの手前に限定できればOK。中盤もそのためにボールサイドにスライドするし、サイドを素早く変えられる位置にいる橘田には下田が付きっ切りでプレッシャーをかけていく。広いピッチを網羅的にカバーするのは難しいけど、エリアを部分的に限定できれば守り切れる。そういう考え方である。

 ちなみに、大分が同じやり方で挑んだ決勝の浦和戦で早々に失点を喫したのは、同サイドに囲うという前提が覆されてしまったから。大分のDFの指針から考えると、コーナーフラッグ付近から脱出させてはいけなかったのだけど、大外から抉られてマイナスのパスコースを作られてしまった時点で、前提である『攻められる方向とエリアを限定する』という指針が成り立っていない。こうなると、大分の守備は脆い。

 この試合の話に戻る。大分のIHがSBを捕まえることが出来なかった場合はやや撤退気味でがっちり構えることもある。だが、基本的には大分はラインを高く保ちたいところ。なぜなら、ただでさえ選手層では川崎に分がある上に、カップサイドでさらに大分は選手の選択肢が限られている。加えて、この日の下田や小林裕のタスクは適性を考えても選手交代自体が難しい。彼らが元気なうちに結果を出すことを優先して考えるならば、大分はなるべく早く先制点が欲しかったはずだ。

 強気で出てくる大分に対して川崎が提示できる対抗策は2つ。大分に同サイドに閉じ込められることに抵抗し、ピッチを広く使うことが1つ。もう1つは大分の土俵に乗っかって同サイドの攻略に挑むことである。

 川崎のプランはどちらかといえば後者に近かった。川崎がどこからどうやって攻めたいか?を確認するには、家長の動きを見るのが一番手っ取り早い。彼が右サイドに張っていれば広く攻めたい(という攻められる)し、逆サイドに出張していく頻度が高ければ崩すサイドを限定しながらゲームを進めたい。この日の家長は早い時間から左サイドへの出張が目立っていた。

 この川崎のプランが完全に間違いだったか?といわれるとそういうわけでもない。大分はIHとアンカーの間のスペースが空きやすく、スライドが間に合わないこともしばしば。同サイドが窒息するほど苦しくてどうしようもないということはなかった。浦和のように大分の土俵に乗っかりながら壊し切ることも十分可能だったはずだ。

 だけども、目的は同サイドから崩すではなく、ゴールを奪うことである。その観点でいうと序盤は少し同サイド崩しに固執してしまったかな?という感じ。

例として挙げたいのは21分。脇坂が右サイドでボールを受けた場面である。大分の面々は同サイド圧縮兼ハイプレスの姿勢は見せていたが、ボールホルダーの脇坂へのプレッシャーは不十分。脇坂は広い角度でプレーできる視野の確保も出来ていた。

理想の21分手前のシーンの動き

 大分の方針からすると逆サイドへの展開は何よりも避けたいのである。だが、この場面の川崎は逆サイドへの展開が可能だった脇坂→大島のルートである。個人的にはこのルートを使ってほしかった。

実際の大島の動き

 だけども、大島がボールサイドの縦方向にサポートに入ってしまったため、このルートを脇坂が使うのは不可能になってしまった。この場面では大島には同サイドに入り込まずに逆サイドでステイしてほしかった。そうして、大分の狙いを外す逆サイドへの展開が見たかった。

 繰り返しにはなるが、狭いスペースに閉じ込められたからといって川崎に攻め手がないわけではなかった。ダミアンの背負うプレーやIHの裏への抜け出しなど、川崎には狭いスペースでも打開策はあった。だが、指針として同サイドを崩すという方針を持つことと、逆サイドへの展開を確保しておくことは両立できると思う。前半の川崎は少し前者に傾倒しすぎたかもしれない。

■いいビルドアップ≠いい攻撃

 大分の保持は川崎がうまくいかなかった逆サイドへの展開のルートをうまく確保した形だった。まずは川崎のプレスの泣きどころとしてはもはや定番といっていいいWGの裏のスペースにボールを置き、IHを同サイドに引き寄せる。そして中央でポイントを作り逆サイドへの展開。4-4-2ダイヤモンドは中盤中央に人は配置しやすい構成であり、ここは自然にできる部分。

 そうして逆サイドにボールを展開する。この逆サイドでのボールの引き取りがうまかったのが三竿。絶妙なタイミングのオーバーラップで川崎の守備が手薄なサイドに顔を出す。大分は川崎とは違い、逆サイドの動線を立ち上がりからスムーズに活用することが出来た。

 しかしながら、自在なビルドアップができるからといって攻撃がうまくいっているか?といわれるとそれはまた別の話。大分は薄いサイドを作ることが出来ても、そこからデュエルで1on1に勝利できるサイドアタッカーがいない。したがって、完全に抜け出す形を作られなければチャンスを作れない。ビルドアップのルートが整備できていてもゴールに迫れなかったのはこのため。大分には仕上げられる選手がいなかった。

 大分がアタッキングサードでの問題を解決する前に、川崎が異なるアプローチからピッチを広く使う方策への方向転換の方が早かった。前半の終盤には徐々に中央にポイントを作ることに成功しながら、逆サイドにボールを動かせるようになる。

 43分のようなサイドチェンジからファーにボールを送り、あわやのところを高木が対応する!など、明らかにゴールにはあと一歩のところまで近づく変化を見せることができた。

■大分を知る2人が延長戦の原動力

 後半は川崎がさらに攻勢に出るように。大分は徐々に中盤の運動量が低下。IHとアンカーの間のスペースが間延びするようになり、川崎が活用できる間のスペースがさらに広がった。

 初めは川崎は広くピッチを使うことを前半に引き続き意識していたが、徐々に同サイド攻略に傾倒するように。後半に目立っていたのは旗手で。降りる動きからドリブルで自らボールを運び、左サイドを切り裂くように。大分はスピードに乗った旗手を止めるのに苦心していたが、CBのペレイラがサイドに出ていきながらなんとか食い止める状況が続いていた。

 家長の出張も復活し、執拗に攻められる左サイド。大分は2トップの一角である小林は右サイドのヘルプに入るという左右非対称な形の陣形で何とか急場をしのぐシーンが続く。だが、トップの位置が下がれば当然ラインも下がる。前半以上に押し込まれる気合が増えた大分は保持で陣地回復する陣形を整える時間を確保することも難しくなった。

 だが、川崎も徐々にオフザボールの動きが低下。密集でのコンビネーションの面で難があるマルシーニョが入ったのもなかなか難しい。足元での細かい技術が求められる展開にマルシーニョはなかなかマッチしない。

 というわけで川崎は前線をフレッシュなメンツに入れ替え。知念と小林を投入して動きが出るように。特に右サイドに入った小林の抜け出しは絶品。ストライカー兼右サイドの崩しの切り札として彼のオフザボールの動きは非常に効いていた。縦方向へのスピード感が復活したことでマルシーニョも躍動。再び川崎がペースを取り戻す。だが、立ちはだかったのは高木。前半から驚異的なパフォーマンスで川崎がゴールを割るのを許さない。

    大分は隙あらばラインを上げようと狙っていたが、間延びしてしまい川崎の攻勢をまともに受けることになった。整わないと運べない大分は前線に井上を投入することで、スピード勝負に打って出るように独力でラインを敗れる選手を前に置いたことである程度はロングカウンターの機会を得ることが出来た。下田のプレースキックにも可能性はあるため、CKまで持ち込めば大分的にはOKという状況。

 だが、延長戦に入り中盤の強度を増したことでさらに川崎は勢いを増す。中でもキャラは違えどキープ力とオフザボールの動きの両立が出来ていた知念と小塚が延長戦では頼もしい存在に。先制点は右サイドの裏から抜け出す小塚の動きがキーになり、クロスを小林が叩き込んで決めたものだった。

 リードされた大分はここからエンリケ・トレヴィザンを前線にあげる。長沢も投入し完全にパワープレーに出る。川崎は遠野が負傷し10人での戦いを強いられたこともあり、最終局面では保持で時間を作ることはできなかった。

 大分は見事にこの賭けに勝利。山村との競り合いを制したトレヴィザンが同点ゴールを挙げる。勢いに乗った大分はPK戦で川崎を下し、クラブ史上初の決勝進出を決めることとなった。

あとがき

■対応を早くしていくことがカップ戦のポイントになる

 PK戦は時の運!というけども、もう近年に関してはこの言葉は個人的に通用しなくなってきているように思う。データと戦略と技術で勝負が決まる場と明確になりつつある。そういう面で今季数多くのPK戦のデータを大分に与えてしまっていたソンリョンは不利だった。彼の苦手な方向、モーション。大分は非常によく研究していた。技術と戦略で大分はPK戦を勝ち上がったと個人的には思っている。あと、家長がこの試合でPKを蹴らなかったのも実はちょっと気になっている。PK戦を前に交代してしまったこと自体が。

 一方で平場の戦いでは川崎は頑張ったと思う。もちろん、完ぺきではないが単に油断して足元をすくわれた前年王者と記憶されるのは個人的には不服である。だからこそ、1か月ほど時間が経った今でもこのレビューを書いている。頑張ったところ、やりきれなかったところを後になってから自分なりに振り返れるように。

 大分からすると初めの奇襲から少しずつ川崎が効率的に攻める方法を見つける時間を遅らせることで徐々に勝利の確率を上げていったように見える。そして高木に祈る。となれば、川崎としては解決策を見つける時間をもっと早くしなければいけない。できれば飲水タイムより前。15分でカタを付けたいところ。

   この試合は片野坂監督が短期的に練り上げた策がハマった試合である。けども、多くの奇策は愚策と隣り合わせ。この日の大分の作戦を愚策になり下がってしまう隙はあった。だが、それを川崎は生かせなかった。来季は3連覇のかかるシーズン。これまで以上に普段と違う策で挑んでくるチームは増えるかもしれない。

    来季はチームとして後半戦に直面した課題に取り組むことになるだろう。課題を消す底上げも大事。だけども、一発勝負では対応力も大事。奇策をなるべく早く愚策に代えること。カップ戦で来季川崎がタイトルを獲るために必要な要素だと思う。

試合結果
2021.12.12
天皇杯 準決勝
川崎フロンターレ 1-1(PK:4-5) 大分トリニータ
等々力陸上競技場
【得点者】
川崎:113′ 小林悠
大分:120+1‘ エンリケ・トレヴィザン
主審:松尾一

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