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キャスト変化によるプランへの影響
ミッドウィーク開催の等々力のゲームのスターターは両チームとも対照的だった。ホームの川崎は7人を入れ替えての戦いを選択。秋先のACLでの連戦を見据えての積極的なローテということだろう。一方の湘南は福田→鈴木章の1枚のみの入れ替え。こちらはメンバーを入れ替えずに戦うスタンスを見せた。
立ち上がりのポイントは7人を入れ替えた川崎の仕組みがどのようなものか。新潟戦を踏襲するのか、それとも全く別のプランを使うのか。個人的な印象としては新潟戦と陸続きの仕組みを湘南とこの日のメンバーにチューニングした印象があった。
新潟戦の仕組みを復習すると組み立ては3バック(佐々木+2CB)であり、2CHが深い位置を取りながら連携。SBの瀬川とトップ下の遠野がライン間とビルドアップのヘルプのための列落ちの役割をシェアしながら戦うというものだった。ちなみに佐々木はCBとしての自陣での組み立てとSBとしてマルシーニョを追い越す役割を果たす一人二役であった。
それに比べると、湘南戦の川崎は個々の役割に変化があった。一番変化が大きかったのはRSBのファン・ウェルメスケルケンのところだろう。瀬川に比べると明らかにビルドアップへの比重が大きく、一般的なSBとしての振る舞いが多め。列を上げるのは前線が時間を作れる時のみに限定されており、前に張る瀬川と異なりオーバーラップでの攻め上がりがメインだった。
その分、トップ下の脇坂は組み立てに寄与せず、前線のキャッチアップに専念。可変成分は新潟戦よりは少なかった。ファン・ウェルメスケルケンが下がって受ける頻度が高い分、逆サイドの佐々木はSBとして振る舞う機会が多め。新潟戦よりは一人二役感は薄れ、普通の4バックとして均質的に動く場面も多かった。
CHの2人が自陣でのビルドアップにかなり顔を出していた新潟戦に比べると、この試合ではどちらか片方がアンカー的に振る舞いつつ、もう片方のCHがフリーマンとして動くことが多かった。アンカーがゼ・ヒカルド、フリーマンが橘田という感じだろう。湘南のプレスを見ると橘田がそこまでサポートに入らなくても、ゼ・ヒカルドは前向くことできていたので、枚数的に後ろはもう必要ないと判断したのかもしれない。
こうした変化の要因の一つは家長の不在だろう。総じて、可変は少なめで新潟戦に比べると尖っていない陣形だが、前線で確実に時間を預けることができる家長の存在の有無が可変のコストを払うかどうかの判断につながったかもしれない。
立ち上がりの川崎はバックスが広くピッチを使うことで、湘南の2トップやIHのプレスを自陣側に引き付けながらフリーの選手を中央に作ることに成功。アンカーのゼ・ヒカルドが前を向いてゲームメイクできることが多かった。左右に散らしつつ、縦にパスを入れるなどリズムを変えることができるのはゼ・ヒカルドの魅力の一つ。20分の山田の決定機に繋がった敵陣での縦パスはとても良かった。仕上げのフェーズで縦の狭いところを覗いてそれを具現化できるスキルは貴重だと思う。
直線的なサイド裏のルートの難点
ゼ・ヒカルド以外の前進のルートとしては左右のサイドの裏が挙げられる。湘南のWBは川崎のSBに積極的にプレスをかけていたし、その手前に気にするポイント(例えばトップ下の脇坂)があれば、背後のスペースのケアはおろそかになる。
マルシーニョ、山内などはかなりあっさりとサイドからラインブレイクをしていた。橘田が13分に瀬古のような一発反転裏狙いを見せたように、このエリアはそれなりに決めうちで狙っていた可能性がある。
抜け出し自体は問題なくできていたのだが、その先のフェーズにはもう少し改善の余地があるように思えた。マルシーニョは止まって横のパスを選択するなど工夫が見えなくもなかったのだが、精度が伴っていない。右の山内は湘南にあまり左足を警戒させられていないせいか、緩急を使った突破を左サイドほど使うことができずに苦戦。本命として狙っていたであろうエンドライン側からの突破やクロスを効果的に使うことができなかった。
加えて、山内は山田、マルシーニョ、オランダ戦に影響されて猪突猛進モードの脇坂の直線的な選手たちに引っ張られる形で割を食っていたように思う。特にマルシーニョの抜け出しという決め手がない右サイドはもう少しやり直しながら脇坂やファン・ウェルメスケルケン、山内が連携しつつ崩せるシーンがあればいいと思った。抜け出し切ったシーンではないけども、16分に山内→山田から逆サイドに展開した場面くらい時間を作ることができたら理想。もう少し手数をかけながら湘南のブロックを壊せたのではないかなと思う。
ゼ・ヒカルドを使った展開と左右の背後を狙う直線的な攻撃の両睨みで入った川崎。どちらもそれなりに有効ではあったが、ゴール前の仕上げに難がある後者に徐々に頼るようになったせいか、なかなかチャンスを積み重ねることができず。シュートの本数を重ねたのは確かではあるが、ここは決めてほしい!と思える場面は山田からみの2つくらいで、他のシーンは思い切りのいいシュートが惜しくも枠を捉えたねが先行するようなものが多かった。
湘南は苦しい前半だった。IH、WBを前線に動員しながら高い位置からボールを奪いにいくプレスは完全に不発。サイドの裏を取られてしまうとボールを奪いにいくところが低くなるのは当然であり、陣地回復はハードになる。ルキアンへのロングボールはなかなか収まらない。
15分にはようやくルキアンが高井相手に収めることでサイドに展開しながららしい攻撃を見せることができたが、前半のらしい攻撃はこの場面と35分の池田の外へのランを活用した鈴木雄斗のカットインくらいだろう。プレスをひっくり返してはいちいちサイドの裏を取られることでひたすら消耗する前半となった。
幅を使うことで浮く選手を作れるか?
後半は湘南のシステム変更から始まった。山田に代えて福田を入れてフォーメーションを4-4-2に変更した。意図を述べた山口監督のコメントを引用する。
── 後半から4-4-2のシステムに変更した狙いは。
川崎が4-3-3でワイドにドリブラーがいて、そこを3バックというか5バック、5-4で対応していましたが、スピードアップのところの対応が前半特に(問題が)あったので、ちょっと待ち構えると言ったら変ですが、そういう形で整理をして、自分たちの前でという呼吸の整え方をしようと選手とは話をしました。あとは中盤で中央を通されていましたし、(相手は)背中に入るのが上手なのでダブルボランチにしました。両サイドが低くなるとは思っていましたが、よくやってくれたと思いますし、その中で攻撃のアクセントも、それでいい変化が生まれたところもあるので、それは春先から4-4-2をやっていることも出たのかなと思います。
https://www.frontale.co.jp/goto_game/2024/j_league1/20.html
4-4-2は守備ベースの変更の意図が濃かったことが読み取れる。湘南のWBが川崎のSBに意識がいってしまい、その背後を山内やマルシーニョに走られたという反省もあり、まずはSBをチェックするSHを置き、川崎のワイドプレイヤーを監視しようということだろう。
個人的にはそうした変化に対して川崎は少し鈍かったように思う。直線的な攻撃が多いのだが、前半のようなスピードアップをしきれず(湘南のシステム変更の影響だ)、クリーンに抜け切る機会は明らかに減るようになった。
その分、刺さるようになったのは横断。4バックへのシフトは縦方向のケアは効いているが、横方向のスライドは厳しくなる。後半に効いた攻撃の1つは右サイドから遅れて出てくるファン・ウェルメスケルケン。60分の枠を捉えかけたミドルシュートの場面もそうだが、この5人目の選手の登場には手を焼くこととなる。
得点シーンの山田も亜流ではあるが逆サイドが浮くための歪みを作り出していると言える。右に流れる山田が湘南のDFラインを同サイドに引き寄せて、相撲のように相手を蹴散らしながら逆サイドのマルシーニョにラストパスを決めた。
逆に湘南側も遅れてくる5枚目を活用。左サイドのオーバーラップ役として登場してくる畑は川崎にとっては厄介。スピード的にも川崎のバックスは置いていかれる場面が多く、53分の鈴木章のシュートなど決定機も作られた。この場面はおそらくゴールになればオフサイドで無効にはなっていただろうが、守備側が後手に回っていたのは確かである。
4バックになれば湘南からすると前線に5人目を並べるのはハードのように思えるかもしれないが、畑と鈴木雄の2人は3バックではWBを務めるため前に出ていくのは得意。ビハインドであればこうしたリスクは問題なく勝負をかけることができる。CHの茨田がサイドの3人目としてハーフスペースに突撃するなど、攻撃時の湘南は4-4-2のベースを崩すことで勝負をかける。
よって、後半の互いの攻撃のキーはファン・ウェルメスケルケンや畑のような横幅を使って浮いた選手を作れるかどうかである。この点では湘南が上回ったように思える。まずはルキアンが高井に競り勝てるようになったことで前線に起点を作ることで湘南は押し下げられるようになったことが大きかった。そこからサイドを広げながら多くの人数を使って攻め切ることができるというのも湘南の攻撃の王道パターンである。
湘南の得点シーンはまさしく幅をとったことによって攻略しきった場面だったといえるだろう。ゴールに近いところから振り返っていこう。川崎の失点の直接原因は「田中に寄せるのが遅かった」になる。シュートはスーパーだけど、空いていればそもそもサイドチェンジで薄いサイドに持っていかれるシーンだったから、空いていること自体川崎にとってまずい。
ではなぜ寄せた橘田はアプローチが遅れたのか。田中がフリーになった手前を遡ると「川崎の左サイドで鈴木雄斗が完全にオープンになった」ことが確認できる。オープンということはここからボックス内のルキアンなどのアタッカーにボールを入れることができるということ。鈴木に対して川崎の選手が縦を切ることができれば、川崎の中盤はボックス内のクロスを捨ててラインを上げることができるだろうが、ボックスの中に入れられてしまうと優先事項はラインを下げることになる。
つまり、橘田には実際に田中に対して寄せたアクション以外に「クロスに備えてボックス内をケアする」という選択肢があったことになる。よって、橘田の寄せが遅れたのは鈴木雄斗からボックス内に入れる選択肢をホルダー周辺が消せて無かったからだろうと予測が立つ。
ではさらに手前。「なぜ鈴木雄斗がオープンになったか」といえば「池田の落としを受けた鈴木にチェックに行けそうな宮城と田邉が高井より内側にいる分、大南と高井の間のスペースを気にしたから」ということになる。ただし、田邉も宮城もラインを上げることよりも埋めることを優先する必要はそこまでなかった。なぜならば、高井と大南の間を埋める形ですでにゼ・ヒカルドが最終ラインをケアしていたからだ。
先に述べたように後半の湘南は幅をとりつつ、4-4-2からCHの茨田が3人目として突撃していくことをきっちりやっていた。よって、高井が外に釣り出されることはそれなりに可能性があった。4バックであれば、CBが迎撃した時に誰がそのスペースを埋めるかの整理が必要。この場面ではゼ・ヒカルド、田邉、宮城の3人全員がこのスペースに意識がいってしまい、池田の落としを受けた鈴木にチェックにいけなかった。
さらに元を辿れば脇坂と宮城が茨田のマークの受け渡しからグダって川崎の左から運ばれた事が大外に高井がズレることにつながっている。新潟戦もそうだけども、田邉や宮城のようなあまり試合に出ていないメンバーが押し下げられるフェーズに入ってしまうと、こういう整理ができなかった故の綻びが出るよなという感じではあった。脇坂、宮城の受け渡しエラー程度ならば、正直なところリカバリーはしたかったな。という感じである。まとめると痛かったのは鈴木に対してラインを上げ直す行為が甘かったことということになる。
それとは別軸で高井自身が外に出て行った時に刈り取ること、遅らせること、あるいはファウルをすることができなかったことも課題。やはり、CBが外に出ていくことのリスクを甘く見る川崎のCBは多い。この点で信頼を置けるのは川崎においては大南とジェジエウの2人だけ。CBとしての信頼度もまぁこの序列通りだなという印象もある。
ではどのように対応すれば良かったのか。その答えは川崎が直後に出している。81:30のシーンは完全にゴールシーンと一致。大外の鈴木、ハーフスペースに存在する茨田、そして中央に待機する田中だった。このシーンでは高井が中央にステイし、宮城と田邉が鈴木が外の2人に対応。ハーフスペース突撃する茨田にはゼ・ヒカルドが対応し、脇坂が中央の田中をマークした。
若干、後ろに重たいかなというテイストとCHの大島が少し余っている感じがあった分、もう少し高い位置に出ていける余白はあるかもしれない。大島か遠野が田中にチェックできれば、脇坂は前残りしてカウンターに備えることができる。だが、失点シーンはリードをしている場面であることを踏まえると、これくらいきっちり埋める対応が妥当になるのだろう。
こうした揺さぶりの要素を攻撃に転じた時に川崎は出すことができず。狭いスペースの攻略にも力任せのクロスでも追加点を奪うことができなかった川崎。後半戦の頭をドローでスタートすることとなった。
あとがき
試合後のTLを見ると「あとは決めるだけ」という意見が見られた。まぁ決定機の数は上回っていたので分からなくはない。主導権を握りながら攻めていて、ビルドアップは改善したことも間違いない。けども、個人的には決めるよりも手前のチャンスの質の向上についてはまだまだ詰める余地がある出来だったはず。具体的なシューターがシュートを打つ状況をもっとゴールの可能性が高いものにしていくための詰めが必要であるように思えた。決めてくれないとな、と言える場面は山田絡みで2つあったくらいかなという印象で、あとはよりシュートのシチュエーションの確率を高める作業が必要だ。
多少、ボール回しが安定したくらいで「あとは決定力!」みたいになるのはあえて厳しい言い方をすれば思い上がりもいいところかなという。ビルドアップは所詮攻撃の入り口なのだから、そこの良化が仕上げの話に一気に繋がるのはおかしい。うまくスポンジケーキが焼けただけでデコレーションがうまくいかないみたいな話をしているようなもの。美味しい生クリームを作る方が先だ。
決定力を嘆く手前のフェーズにやらなきゃいけないことは山のようにある。それは良くない時間のやり過ごし方もそうだし、いい時間帯の攻め切り方も同じ。今年もすでに半分が過ぎており、後半戦の過密日程を踏まえれば、質を上げることにこだわるフェーズは明らかに今しかない。内容と勝ち点の両獲りをやりきれなければ秋には地獄を見る可能性もまだ残されているのだ。
試合結果
2024.6.26
J1 第20節
川崎フロンターレ 1-1 湘南ベルマーレ
U-vanceとどろきスタジアム by Fujitsu
【得点者】
川崎:62′ マルシーニョ
湘南:78′ 田中聡
主審:清水勇人