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レビュー
■陣取り合戦を制すればチャンスが見える
中8日というまとまった休みを久しぶりにゲットした川崎だったが、休みを挟んでも負傷者は戻ってこなかった。ルヴァンカップで復帰したジェジエウこそ無事にスタメンを飾ったものの谷口彰悟、大島僚太、旗手怜央、車屋紳太郎はベンチに入ることができず。苦しい陣容で蔚山に乗り込むこととなった。
試合に関する感想を述べると陣取り合戦の様相が非常に強かった。相手陣に攻める時間が長い方がシンプルに有利。そんな試合だったといっていいだろう。
立ち上がりにペースを握ったのはホームの蔚山。やや絞り気味に位置する左WGのカザイシュヴィリにボールをつけて、ここから仕掛けを探る形。自分の外側を回るLSBであるホン・チョルを使うか、自らドリブルで仕掛けるか、あるいは逆サイドに大きく展開をするか。まずはカザイシュヴィリにボールを届けて様子を見るというのが、彼らのスタンス。とりあえずプレスをひっかけないためにか、逆サイドに大きな展開を使う頻度が多かった。
川崎がプレスをかけている状況においても蔚山は十分に対応。中盤の3枚はショートパスで動きなおしながら脇坂や橘田のプレスをかいくぐっていたし、CBにプレスをかけられた状況においては右WGのドンジュンに裏抜けのパスを送り、川崎のバックスにスピード勝負を挑むこともできていた。
川崎もこの蔚山のプレス対応を見て、あまり無理をするという判断をしなかったのだろう。ある程度持たれることを許容していた部分はあると思う。川崎のフォーメーションは3センターを採用していたが、両WGは低い位置を取っているので4-5-1を表現するほうが正しいかもしれない。いつもよりもWGとIHは守備時に縦の段差を作らず、5枚がフラットに横に並ぶ形で蔚山を迎え撃つ。
おそらく、大外で蔚山のSBにクロスを上げさせることを許容したくなかったのだろう。CFのセフンは高身長、ジェジエウも手を焼いていたので、多少狙いどころがバレるハイクロスでも効き目はあった。そのため、クロスを警戒するために家長や小林は蔚山のSBの高さに守備の基準を置いていたのだと思う。
川崎は自陣からの脱出に苦労していた。すでに述べたように川崎は守備時にプレスラインを低い位置まで下げていたことはその一因である。もう1つは蔚山の早いプレッシング。即時奪回を目指して川崎がボールを奪うと、素早くホルダーにプレッシャーをかける。後方はマンマーク、セフンとドンギョンのプレス隊はボールサイドのCBとアンカーのシミッチを塞ぎ、川崎に呼吸をさせなかった。
だが、その一方で自陣から脱出さえしてしまえば、蔚山の守備はそこまで強度は高くなかった。相手陣に押し込んだ後は川崎は攻めところが十分にあった。最も大きな穴は中盤の横のつながりが切れやすいこと。SH-CHの間、もしくはCH間のスペースがだらんと間延びして広がることも多いので、川崎としては押し込んだ後のライン間のスペースは使い放題。ホルダーもプレッシャーがかからず前を向けるので、逆サイドへのクロス、バイタルへの横パス、同サイドの裏や自らのカットインなどやりたい放題できる状況だった。
この部分に限定すればは体感でいうと蔚山よりもJリーグの多くのチームの方がうまく守れていたように思う。例えば、福岡とかの方が全然4-4-2は上手な気がする。
■押し返す手段は
ただ、川崎としてはこの状況にたどり着くケースが少ない。押し込めればチャンスはあっても、押し込ませないのが蔚山の強さ。というわけで川崎は押し下げるための工夫を施す必要があった。
一つ目は脇坂が前線のプレスに積極的に参加すること。完全にダミアンと平行なポジションを取るわけではないけど、CBにプレッシャーをかけに行くことが増えた。プレス隊尾が前に出ていく基準として考えていたのは後方でカザイシュヴィリを捕まえられているか否か。
プレビューでも述べたようにハーフスペースに入り込んでプレーすることが多いカザイシュヴィリ。ここを抑えられているかどうかがプレスをかけていいポイントとしたのだろう。左CBであるブルタイスが割と左足のスキルが怪しいこともあり、CBにプレスをかけることでパスワークが乱れたり、後方がパスコースを狙える場面が増えた。
保持の部分でも川崎はやり方を調整。主に中盤のマンマークを揺さぶる形を増やす。やり方はざっくり2つ。まずは橘田と脇坂の両IHを比較的近い位置でプレーさせることで蔚山の中盤を誘導。蔚山の中盤が立ち位置を守るなら空いている選手を使えるし、仮についてくるならば元いたスペースをSBやシミッチが使うことが出来る。
もう1つは家長が降りてそもそも中盤の数を増やすこと。数の論理としてだけでなく、寄せられても1人相手なら背負える家長は蔚山の中盤にとっても捕まえづらい存在。彼の中盤への組み立て参加で川崎は呼吸ができるようになった感じがある。
保持と非保持の修正で徐々に全体の重心を上げられるようになった川崎。比較的プレスの緩いCBからダミアンのポストを指し、落としを受けた選手が持ち上がるなど攻撃のバリエーションも徐々に出てくるように。家長とダミアンが押し下げられた分、小林が裏抜けする直線的な動きしかチャンスがなかった序盤よりは押し返す機会が増え、前半の終盤は状況が改善した。
小林の左WG起用にはいろんな意見があるだろうが、少なくとも前半はダミアンや家長の降りる動きが多く、彼らが降りた時に小林は直線的にゴールを狙うように最終ラインと駆け引きが出来ていたので個人的には良かったと思う。ラインを下げる手助けになっていたし、外に流れるほど全体が押し上げられる時間もなかったし。
押し込む時間を増やすという意味では地味ながら効いていたのが山根。17分のシーンのように川崎が押し込んだ状態から、蔚山がカウンターを発動しようとした場面において、高い位置まで出ていってプレスをかけて、二次攻撃につなげるのが非常にうまい。イサカや橘田だと高い位置から捕まえる動きが出来ないので、ここは山根が帰ってきてくれて大きいと感じた部分。彼もまた蔚山ペースで始まった試合をやや川崎側に引き戻す働きをした一人である。
■ダミアンが流れる弊害
後半の川崎は明らかにギアを上げたといえるだろう。前半の様子見の状況とは異なり、蔚山へのCBへのプレスは相手陣のPAから。脇坂だけでなく、橘田も前に出ていくことによって圧力を強めていく。川崎は後半の頭に勝負所を持ってきた様子。前半から後方のジェジエウが前を向かせないインターセプトをバシバシ決めていたのも、ハイラインで勝負する後押しになった。
前半よりバックラインに余裕がなくなった蔚山は、前線に向けて捨てるようなロングボールが増加。川崎が回収から二次攻撃につなげることで再び押し上げる循環に突入する。ホームとはいえ中3日、前半から飛ばしていた蔚山のプレスが弱まったことも相まって、後半頭の陣取り合戦は川崎が優位で始まった。
ただし、川崎は押し込んだら押し込んだで問題もあった。具体的にはFWをどう攻撃に絡めるかの観点である。押し込む機会が増えることによって、WGは外の仕事が徐々に増えるように。こうなると左の大外に張る機会が増える小林は難しくなる。後方の登里はそれでもスルーパスを送るなど、彼にあった形で連携を構築していたが、やはり小林が大外に出てしまうと怖さが減る上に、IHとの連携もイマイチ。外から中に入っていくメカニズムが作れなかった。
ダミアンは右サイドに流れる機会が増えたように思う。もちろん、数的優位の手助けにはなるが、ダミアンがサイドに流れることは、彼がゴール前にいないことと同義。下図の三笘のようにドリブルしながらダミアンが再度ゴールに向かう時間を稼げる選手がいるならば、それでも収支はプラスになる。
だが、現状では三笘はおらず、打開からよりスピーディーにゴールに向かわないとDFに止められてしまう。正対した状態でDFを交わせる三笘ならばそれでも成り立つし、むしろ当時サイドにダミアンが流れるケースは三笘に前を向かせるための手段だった印象。三笘がいない今のチームでその役割をやってしまうと単にダミアンがゴール前にいない状況を助長してしまうだけである。
例えば58分の場面。サイドからチャンスは作ったが、ダミアンがサイドに流れて中央にいないことで脇坂には小林が走りこむのを待つ以外選択肢がない。そんなことは守備側も簡単に理解できる。走りこむのに間に合ったタイミングにはもうブルタイスが絞って小林のパスコースを消してしまっており、ノーチャンスだ。
脇坂が三笘のように目の前の選手を抜いたり、サイドにボールを運んだりなどで時間を稼げるのならばダミアンが中央に戻り、選択肢は増える。だが、脇坂にはそういうプレーのレパートリーはない。なのでこの可能性が薄い小林へのパス以外は選びようがなかったという感じである。ダミアンが真ん中に残ったままチャンスメイクが出来れば、中央の選択肢はより増えたはずである。
両サイド、それぞれの事情でうまくいかなかった川崎の攻撃。そうこうしている間に蔚山はプレスに慣れてきて、川崎が一方的な押し込む時間帯も終わってしまう。蔚山も攻撃のバリエーションとしては苦しく、ドンジュンが右サイドで裏を取る以外はなかなかPAに侵入できるシーンは演出できない。
後半の中盤以降は、チョンヨンやビッカラムの投入でブーストをかけようとする蔚山と交代なしで踏ん張りながら先制点を目指す川崎の一進一退の攻防が続く。
川崎的には左WGを早めに入れたかったかもしれないが、絞ったりプレスバックしたりなど守備面で細やかな気遣いが出来る小林を入れ替えにくかったのは理解できる。守備面も込みでセットプレーを考えるとダミアンも入れ替えにくいし、高い位置で保持の起点になっている家長も同様である。プレスにきつい中盤でもトラップやコントロールに難がある遠野や塚川(しかも復帰初戦!)は使いにくいし、判断が遅くプレスの餌食になりやすい小塚も同様。鬼木監督の交代が遅くなるのも納得の試合だった。
そんな中で鬼木監督が投入したのは知念。両チームとも中盤でのプレスが機能しなくなり、縦に間延びした展開になった終盤にダミアンとの2トップで前線に起点を増やしつつ、ロングボールの出し手となる相手のバックスにプレッシャーをかける役割。これはある程度の効果を発揮。後半終了間際のチャンスを活かせれば知念は100点の仕事だったのだけども。
一方の蔚山はターゲットマンだったセフンを下げてからはより一層苦しい攻撃に。セフンのポストからワンツーの抜け出しもできなくなってしまったため、敵陣に運んでからの攻撃の引き出しがなく、緩い足元で踏ん張りの効かないミドルに終始し続けることしかできず。終盤に山村の負傷とダミアンと小林の交代で高さと守備力が川崎から失われるまではなかなか川崎ゴールに迫ることが出来なかった。
結局、試合は両チームとも決め手に欠き、得点がないまま終了。PK戦を勝ち抜いた蔚山が次のラウンドへの進出を決めた。
あとがき
■アジアに立ち向かい続けなければいけない
川崎をある程度線で見てきたものの感想としては、このスカッドで互角の展開の中で負けなかったなんて強くなったなとは思った。最終ラインを中心に、東アジア最大のライバルと張ることはできていた。リーグ戦を含めても本当に負けにくいチームになったと思う。
ただ、なんで勝てなかったんだ?となると、この部分ならば明らかに上回れる!というところを武器にしきれなかったからだろう。例えば、前半に蔚山の強烈なマンマークを少ないタッチでいなすとか、あるいは押し込まれた局面からのロングカウンターでゴールを陥れるとか、もしくは後半に相手陣に押し込んだ段階でピッチを広く使いながら薄いサイドを作って攻め込むとか。どこかで蔚山を明確に上回らなければいけなかった。特に蔚山のパフォーマンスを見ると3つ目の攻撃の部分はもう少しやれたように思う。
こういう部分でチームのプラスとなっていた選手たちが移籍や負傷でいなくなったのかなと思う。チーム全体では負けにくいくらいついていく部分は根付いたけど、相手を上回れる部分は削り取られてしまったという印象。もちろん、蔚山も似たような感じではあったので、PK戦まで行ったのだけど。
他の人のツイートでも見かけたけども、川崎はACLを狙うにおいて今年のスカッドはタイミングが合った感が強い。仮にダミアンが川崎からいなくなったとして、次のダミアンをすぐに連れてこれるような体力があるクラブのようには思えない。そこは名古屋とか浦和とかとは異なる部分のように思う。毎年のようにACLの優勝を狙えるクラブになっていると考えるのは時期尚早だ。だからこそ、クラブとして次の目標をどこに定めるのかはサポーターの多くが気にしている部分だろう。
だけど、クラブにとってこの舞台に立ち続けることは明らかにプラスである。苦しいスカッドでも抗い続けられたのもおそらく経験になる。次のアジアの舞台を踏むには、またJリーグで頑張るしかない。この舞台で見せられなかった優位を可視化していくしかない。そうしなければ、また強いやつらに会いに行くことすら叶わない。
2021年の大目標の1つは潰えた。この時点で大成功のシーズンとはいいがたい結果になってしまったのは認めなくてはいけない。ただ、まだ今年は終わっていない。今年が失敗のシーズンになるのか、それともACLを失ってなおクラブとしての強さを見せるシーズンになるのかはこれからの彼らが決めること。ACLでは見せられなかった自分たちは強いことの証明をリーグ戦と天皇杯で見せていく必要があるのは明らかだ。
試合結果
2021.9.14
AFCチャンピオンズリーグ
Round 16
蔚山現代 0-0(PK:3-2) 川崎フロンターレ
蔚山文殊スタジアム
主審:モハメド・ハッサン