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レビュー
■裏切られた平常運転の予想
ノックアウトラウンドも大詰め。『事実上の決勝戦』と名高いベルギー戦を制したイタリアと、延長戦×2でなんとかここまでたどり着いたスペインとの一戦である。
スタイル的には共にボールを握りつつ、ここまでやってきた両チームである。どちらかと言えばボールを取り上げられても戦えそうなのがイタリア、そしてボールを保持しないスタイルが想像できないのがスペインである。なので、スペインの平常運転は確定。すなわち、イタリアがどう来るかがポイントになると試合前には予想していた。
で、この予想は見事に外れることになる。スペインは平常運転どころかばっちりイタリア対策を敷いて臨んだ。キーとなるのはダニ・オルモのCF起用なのだが、まずは順を追っていこう。はじめにスペインの非保持の局面から。基本的にはオールコートでのマンツーがベースだった。ただ、人数を極端に前に向けてまでのプレスを行うことはない。イタリアのビルドアップ隊に対して捨てるところをはっきりさせながら人を捕まえに行くのがスペインのスタンスだった。
捨てるところはどこか。すなわり、イタリアのビルドアップでボールを持たされると困ってしまう所である。キエッリーニとドンナルンマの2か所だ。スペインはこの2人にボールを持たせることを許容しつつ、他はマンマークで人を消した。
ただ、キエッリーニに持たせるというスペインの作戦はリスクを伴うものだった。キエッリーニのポジションはCBの左。そして、イタリアでハイプレス脱出にズレを作れるのもこのサイド。インシーニェとエメルソンのコンビである。仮にキエッリーニにボールを運ばれてしまうと、後方でズレてしまう。したがって、イタリアのストロングサイドで進んでズレを作るという危うさもあった。
逆サイドのキエーザは幅を取りながらアタッキングサードの仕上げの部分を担う。なのでイタリアのプレス脱出とボール運びはインシーニェとエメルソンの縦関係にかかっていることになる。イタリアがプレス脱出で狙ったのは前方の選手(下図のインシーニェ)で対面の選手をピン止めし、後方から押し越す選手(下図のエメルソン)で裏を取るやり方である。スペインのハイプレスには苦しんだイタリアだが、部分的にスペインが許容したリスクのところから前進することができる。
ただ、これはイタリアの足りない部分を浮き彫りにするやり方でもある。全体としてエメルソンは非常によくやっていたと思う。悪くはなかった。ただ、この役割を任せるなら当然左サイドの最適な人選はスピナッツォーラ。追い越して突撃して仕上げるという部分で言えば、このスペインの策を破壊する肝を担える選手である。今大会のここまでのイタリアを見てしまうとスピナッツォーラ不在によるパンチ力不足はどうしても否めない。したがって、仕上げの部分でももう一味が足りないイタリアだった。
■モラタ⇒オルモの変更の影響は
スペインがいつもと異なったのは非保持だけではない。今大会のスペインの保持は基本的にはメッシのいないバルセロナのようだった。しかし、この大会ではそのバルセロナ成分はかなり薄まっていた。どちらかと言えば、ダニ・オルモのCFを活かした縦に早い形が主体。バルセロナ色よりはレッドブル成分が濃いイメージである。これまでのスペインの戦いでいえば延長戦の際はこういうサッカーになっていた気もする。
前進の主体となるのは列落ちするダニ・オルモ。ハイプレス時は人の監視が強めなイタリアに対して、ライン間に降りる動きでスイッチを入れ、そこから一気に加速している。モラタがCFで使われる際も降りる動きというのは使われていた。どちらかと言えばモラタが低い位置で収める際はどちらかと言えば保持を落ち着けてポゼッションを安定させる意味合いが強かった。
しかし、オルモを使った場合は攻撃は一気に加速する。とにかく仕上げの部分まではやり直しをしないのが特徴。早いサイクルで攻守をとにかく回すイメージで、プレスでも機動力を生かし高い位置から追い回す。ポゼッション時間を確保していたモラタを起用した時に比べて、相手の保持を阻害しテンポを上げることを目的としたオルモのCF起用だったと思う。
その時にスペインにとって問題になるのが、ポゼッションで保護していた非保持におけるブロック守備の脆弱性である。スペインはここまで保持の時間を確保することで、非保持で受ける機会を減らし、守備の不安が顕在化しないようにプレーしてきた。
このスタイルで自陣でのブロック守備を減らすには高い位置からのプレスによる即時奪回しかない。そのプレスを成立させていたのが3センター。特にブスケッツとコケの2人は秀逸。そういえば、このスタイルはアトレティコにうってつけだなと思った。ペドリは決して得意な展開ではなかったと思うけど、この年で得意じゃない展開に悪目立ちしないだけ立派である。
イタリアの守備は3ステップ。ハイプレスでのマンマーク風情強めの敵陣でのフェーズ、相手に運ばれる過程でのサイドに囲い込むフェーズ、そして自陣撤退して4-5-1として構えるフェーズの3段階である。
中でも特徴的だったのはサイドで押し込むフェーズ。トップのインモービレはスペインの保持をイタリアの右サイド側に流すようにボールを誘導する。左のインシーニェが内に入るように大きくスライドするのが特徴。この形だと陣形的にインシーニェが前に出る形になるので、カウンターに移行しやすい。そこまで機会は多くなかったけど。
イタリアが撤退して守るフェーズではスペインのCBには時間が与えられる。その際に効いていたのがエリック・ガルシア。パウ・トーレスとラポルトのコンビだとなぜかちょっと運ぶのが窮屈そう。2人ともうまいはずなんだけど。この日のエリック・ガルシアはスムーズだった。イタリアの中盤との駆け引きから、オルモへの楔を打ち込む役割を無事に果たしていた。
だが、スペインも即時奪回をしてスピードに乗ったほうが攻撃が刺さるメンツ。イタリアが徐々にキエッリーニが運ぶようになってきたり、インシーニェとエメルソンで裏を取れるようになったりと即時奪回が効かなくなる。試合はスペインペースから緩やかに両チーム互角な方向に流れた。
■インモービレルート開通で輝いたキエーザ
スコアレスで迎えた後半。スペインはより幅を使うことでイタリアを押し込む時間帯が増える。特にインシーニェが前にいた右サイドを手早く使うことで、カウンターの起点を詰んでいく。ただ、こうして従来のスペインっぽい攻撃に移行すればするほど、早い展開向きの前線の人選とは合わないというジレンマを抱えることになった。
押し込まれたイタリアは前半よりも深い位置から攻撃に出ることになる。ただ、後半のイタリアにはロングカウンターに有効な手段があった。輝いたのはインモービレ。前半は消えていたインモービレが起点になる動きが増えていくことで、イタリアは徐々にカウンターの機会を掴むことになる。
低い位置からインシーニェが運び、インモービレに当てて、キエーザに届けて仕上げる。これがイタリアのカウンターの主なルート。インモービレが出てきたということはようやくその先のキエーザが輝く機会が出てきたということ。この形で数回チャンスを作ると、先制点が転がり込んでくる。カウンターからインシーニェ⇒インモービレのラインをカットしたスペインのこぼれ球を拾ったのがキエーザ。右足で2人のCBの間を打ち抜き、先制に成功する。
当然、引く時間が増えるイタリア。というわけでスペインはスモールスペースでの駆け引きに長けているモラタを投入する。まぁ、これはもう適切なルイス・エンリケの手打ちといえるだろう。
モラタとオルモの2トップでイタリアのDFラインを押し下げて、スペインはバイタルエリアで徐々にスペースを得るようになる。モラタとオルモは縦関係を使えるのも魅力。同点ゴールはオルモのタメから抜け出したモラタがドンナルンマの1対1を制したところからである。
イタリアはリードしてからかなり守備的な交代カードを切った印象。そのため、前に運ぶスキームが成立せず苦しむようになる。ラインを上げた分、スペインに裏を取られる機会も増えて、再び主導権はスペインの手元に転がる。
しかし、そのスペインは延長戦でトーンダウン。ライン間で受けるダニ・オルモがドリブルでつっかける動き以外は効果的な攻め手を見いだせず、時間をただただ浪費していく。モラタはPKを外したことよりも、延長戦でボールを引き出す動きが極端に減ったことの方が気になった。ジェラール・モレノ共々延長戦でのパフォーマンスにはやや不満が残った。
トーンダウンしてしまうスペインに対して、1-1で120分をしのぎ切ったイタリア。PK戦は未経験チームが有利というジンクスを守り決勝進出を果たす。120分の間も存在感抜群だったドンナルンマがスペインの4回目の優勝を阻む大きな壁になった。
あとがき
スペインは明らかにいつもと違う形だった。スぺインはどちらかと言うとスタイルと共に沈むタイプかと思ったんだけど、スタイルを変えてイタリアに挑んだのはルイス・エンリケの今大会の最も大きな功績だったように思う。散っていった列強に比べればスタイルを変えつつもがきながら散っていけるのは強さであるといえる。ただ、この試合で投入未遂に終わったアダマ・トラオレをどう使う気だったかは知りたい。
一方でそのスペインを引き出したのはイタリアという見立てもできる。この試合はカウンターでの得点だったが、CBで跳ね返しカウンターのワンチャンスで仕留めるというこれまでのイタリアとは一線を画している。ブロックは中盤から連動し強度も高く、どちらかと言えばCBの負荷を取る要素が大きい。
戦術的な柔軟性も備えており、前半から降りていくダニ・オルモに対してボヌッチがトイレまでついていく修正を施す。その代わりディ・ロレンツォが最終ラインに入ることでバランスをとっていく形に微修正できるのは強みである。全体で負荷を分け合い、連動した動きで柔軟性を備え、苦手な展開が少ない。
先ほどスペインが変わったことを褒めたが、このイタリアの前にスペインは変わらざるを得なかったともとれる。スペインがスタイルを変えられる強さなら、イタリアはスタイルを変えさせる強さと言えばいいか。いずれにしても、今大会でもっとも完成度の高いチームの1つであることに疑いの余地はない。優勝の本命として堂々と相手を迎え撃つ決勝戦になるだろう。
試合結果
2021.7.6
UEFA EURO 2020
準決勝
イタリア 1-1(PK:4-2) スペイン
ウェンブリー・スタジアム
【得点者】
ITA:60′ キエーザ
ESP:80′ モラタ
主審:フェリックス・ブリヒ