プレビュー記事
レビュー
プレス意欲の恩恵を受けたライス
プレミアリーグではアストンビラ戦での敗戦での首位陥落。チャンピオンズリーグではバイエルンとの激闘に敗れてベスト8で道を閉ざされるという試練の1週間を過ごしたアーセナル。それでも止まらない中2日連打の日程。今節はミュンヘン帰りでモリニューに乗り込むという移動面では最も負担が高いウルブス戦である。
アーセナルのメンバーはCLから3人を入れ替え。ジェズス、トロサール、キヴィオルをスターターにおく。メンバーのやりくりが厳しいのはウルブスも同じ。セメド、クーニャが新たに負傷者に加わり、前線とWBのやりくりはさらに苦境に。アイト=ヌーリはベンチスタートで、先発となったヒチャンも45分という時間限定付きとオニールが明言。さらにはレミナとサラビアは温存という形。残留は安全圏だし、欧州カップ戦にも無縁ということでコンディションを優先したメンバー起用をしたという印象である。
立ち上がりから主導権を握って試合を進めることができたのはアーセナルの方だろう。ベースとなるのはいつも通りのショートパスからのポゼッション。ウルブスの5-3-2に対して、アーセナルは4-1-2-3を基調とした形。アンカーはジョルジーニョではなくライスだが、中盤のヘルプはなし。SBは絞らずにサイドのフォローにフォーカスする形だった。
ライスであれば中盤に誰かヘルプに来てください!というのがこれまでの定番。この試合における左右のSBのキャラクターを比べると、ホワイトが絞ってプレーすることが普通だろう。しかしながらホワイトはこの試合では異なる役割を担っていた。
ホワイトの立ち位置は最終ラインとフラット。ウルブスの2トップの脇に立つ形である。5-3-2のブロック守備に対して、2トップ脇というのはなかなかにケアしにくいポジション。IHが前に出るか、それともWBが出ていくかは難しいところである。
プレビューでも述べた通り、今のウルブスには前線に強い個の選手がおらずロングカウンターが成立しにくいという問題を抱えている。よって、陣地回復の手段として自陣からのショートパスを駆使したビルドアップと高い位置からのプレッシングには半ば強制的にトライする必要があるという状況である。
プレスに出ていく場合、ホワイトの位置にもプレッシャーをかけることはマスト。チレワのスライド、トラオレやウーゴ・ブエノの出撃などいくつかの形で捕まえにいく。ウルブスのプレス隊は枚数を合わせることはなかったが、前線の形を歪ませながら前にプレスに出ていく。
この恩恵を受けたのはライスだった。ジョルジーニョより動的なポジション取りをするライスのアンカーはこうした中盤の移動を伴うプレス陣形を壊すのに適している。ライスのポジション取りはウルブスの2列目のプレスの矢印を破壊する動きになっている。
例えば19分の動き。ジョアン・ゴメスの前に出ていく動きに対して、彼の開けたスペースに入り込むようにボールを動かしていく。
25分の場面もそうだ。ホワイトにプレスをかけに来たウーゴ・ブエノが開けたスペースを狙いながらパスを引き取っていく。ボールを前に進める武器としてライスにあってジョルジーニョにないものはスピードに乗ったドリブルで相手を置き去りにするキャリーである。19分の場面も25分の場面もすぐに近くの選手がライスの動きについていくのだけども、ドリブルのスピードについていくことができていない。
なので、相手の背中を取る動きはきっかけになればOK。このきっかけさえ作れればライスならではの前進が可能になる。
この日のアーセナルにとってもう一つ前進のルートになっていたのはサカ。ホワイトが手前でウーゴ・ブエノのマークを引きつけるため、ウルブスはダブルチームに行きにくく、陣形も縦に間延びする。これにより、サカに預けて落としを受けることで前進が安定する。彼にマークが集中しているときはジェズスが右に流れて手前に受ける形を作ることもあった。
アタッキングサードの攻めも右サイドが軸。ホワイトに加えて、ウーデゴールやハヴァーツ、ジェズスが流れてくることでサイドに多くのポイントを作る。サイドの崩しに入らない前線とIHはボックス内に飛び込む役割。逆サイドのWGであるトロサールが実直にボックス内に入ってきていたのが印象的だった。
サイドからの攻め手は味方にシュートを打てる間合いを作るための作業である。右サイドからはサカのバックドアから裏抜けをすることでギャップを作ってからクロスを上げることを意識していたが、ウルブスのCB陣が体を張ってクロスに対応して隙を作らせなかった。
捻り出した前半終了間際のゴール
こう書くとゴール以外は完璧な流れだったと思われてしまうかもしれないが、この日のアーセナルは明らかに重さがあった。アーセナルの支配力の源泉となっていたのは間違いなくハイプレスによる高い位置からのボール回収である。
しかしながら、アーセナルには常にハイプレスをやる元気はなかった。ウルブスは先に述べたように低い位置からボールを繋ぎながら前線にボールを送る必要があったし、ドイルやトラオレといったCHは前を向くアクションを取るために動き続けていたし、広く広く幅をとってアーセナルのプレスを逃していた。
右サイドにボールを追い込むウーデゴール起点のハイプレスは健在ではあったが、いつもより頻度と精度は低めである。その代わり、ジェズスやウーデゴールとライスやハヴァーツでのプレスの受け渡しは見事。ボールはサイドに逃される機会があっても、リトリートして自陣で陣形を整える機会は十分にあるという状態だった。
よって、試合はターン制のポゼッションバトルの様相を呈する流れに。しかしながら、先に述べたように相手の中盤より前のユニットをポゼッションで動かして、スペースを作るアクションに関しては両チームに差があった分、アーセナルの方がより機会をうまく活かしていたと言えるだろう。
ウルブスの攻撃の流れを繋ぎ止めていたのは右サイドのマッチアップ。キヴィオルを狙った1on1はロングボールを含めて効き目はありそう。右サイドからキヴィオルを交わしたジョアン・ゴメスからのチャンスは前半の中でも最もクリティカルな決定機の1つだったと言えるだろう。
そんな中でアーセナルは前半終了間際に先制ゴールをゲット。右サイドからのクロスを受けたジェズスが3人を引きつける形をとり、フリーになったトロサールがトウキックでスーパーゴールをゲット。なんとかリードでハーフタイムを迎えることができた。
キャプテンのゴールで仕上げる
後半、アーセナルは畳み掛けを狙うようにハイプレスの強度をアップ。高い位置から捕まえにいくことで試合を仕留めにいく。ウルブスはライン間のスペース管理が前半よりも一ランク甘くなった感じ。中央への縦パスからのチャンスメイクからの手応えが前半よりも出てくるように。この日のアーセナルらしい右サイドにフォーカスした形からの複数人での細かいパスワークからの攻略がやりやすい土壌となる。
ウルブスは押し込まれる状況を打開するきっかけを掴むことができず。前線への長いボールは相手のバックラインに回収されてしまい、押し返すための起点を作れず自陣に釘付けになってしまう。
試合を決めたいアーセナルだが、ウルブスのボックス内の守備が立ちはだかる。最後のところにきっちりと顔を出してクロスをカット。アーセナルが得意なセットプレーも跳ね返しつつ粘っていく。
70分過ぎになるとアーセナルのプレスは威力が減衰。ウルブスが保持で敵陣に押し返すことができるようになる。この状況を打開するためにマルティネッリを投入。少ない手数での陣地回復のルートを模索する。少し遅れて投入されたアイト=ヌーリのドリブルを起点にウルブスも押し返すための真っ向勝負を挑む。
終盤は敵陣に相手を追いやるための駆け引きが続く展開になったが、リードしているアーセナルの方がプレスを回避しつつ、押し込まれたフェーズに落ち着いて戦うことができた。ウルブスはFW陣の手薄さがやや響いた感じもあった。
アーセナルは蓄積疲労が目立ってはいたが、ライスとウーデゴールの出ずっ張り組が最後まで疲れを感じさせないパフォーマンスだった。時にライスのボールを運ぶアクションと潰し役の両立が最後まで持ったのは偉大以外の何者でもない。
そして、試合を決めたのはウーデゴール。右サイドの角度のないところからジョゼ・サの脇を抜くシュートを仕留めて追加点。勝利を確実とするゴールを決めてアーセナルのリスタートを飾った。
あとがき
アーセナルからすればコンディション的に辛い試合であり、いつもほどの支配感は明らかになかった試合。だが、低調なコンディションの中でも相手を引きつけてのビルドアップや、アタッキングサードでのオフザボールの動き出し、さらには後半頭からのハイプレスなど、自分たちが出せる強度の中でやるべきことをやっていた印象である。
優勝のポールポジションはシティに移った。だけども、自滅に終わった昨シーズンを踏まえれば今のアーセナルにはやるべきことがある。最終節まで優勝の可能性を残し、シーズンを戦い切ること。辛い日程は続くが昨季の自分たちとは違うことを示したいところだ。
試合結果
2024.4.20
プレミアリーグ 第34節
ウォルバーハンプトン 0-2 アーセナル
モリニュー・スタジアム
【得点者】
ARS:45′ トロサール, 90+5′ ウーデゴール
主審:ポール・ティアニー