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「哲学者と紡ぐ等々力劇場」~2018.10.20 J1 第30節 川崎フロンターレ×ヴィッセル神戸 レビュー

目次

等々力にリージョとイニエスタがやってきた!

 ついにイニエスタが等々力初見参である。「イニエスタなんて関係ない!川崎が勝つことだけを考えるだけだ!」と考える非常にストイックな川崎ファンもいらっしゃることだろうが、私は「勝ちたいけど、イニエスタは絶対に見たい!にわかと言われようとかまわないからみたい!」という心持で等々力の待機列に並んでいた。

 そしてもう一人、リージョである。

まるで禅問答。ヴィッセル神戸ファンマ・リージョ監督の哲学 | footballista.jp2018年9月17日、日本はもとより世界中のサッカーファンを驚かせたファンマ・リージョのヴィッセル神戸監督就任。当代屈指のwww.footballista.jp

 リージョの神戸監督就任の一報を聞いたとき、真っ先にこのインタビューのことを思い出した。2011年5月。当時大学生の自分はCL決勝(バルセロナ×ユナイテッド)のプレビューを読もうと、まだ週刊だった時代のこのfootballistaを買った。まずは大好きな巻頭の木村さんのコラムから読むのがいつもの習慣になっていたのだが、どうもいつもと様子が違う。明らかに興奮している。

 読者としてはプレビューを買ったつもりなのだがリージョは「読者にガイドなどないと伝えるのも大事な仕事」とか言い出すので、自分は「これはなんなんだろう。こいつ変態だ。」と思った。今ならまだこのインタビューの中身は当時よりは理解できるものの、バルセロナ相手の空中戦について聞かれた時の「重力があるからボールはいつか地上に落ちてくる」とかは全然わからん。空中戦は試合全体に対して数%くらいだろ!対策しねぇぜ!ってかどうやって空中戦まで持ち込むんだよ?ってことなのだろうか。

 もちろん、8年前のインタビューをわざわざ覚えているくらいなので、不思議なことばかりが並んでいたわけではない。
心に残っていたのは「4-3-3」「4-4-2」などのフォーメーション図を否定する際のコメント。

「わかるよ。でも、地図上の『位置』と様々な状況が含まれる『テリトリー』を混同してはいけないよ。この場所から最寄りの駅までの道筋は、地図で表現できる。だが、実際にハンドルを握ってみたら、渋滞はあるわ、犬は飛び出してくるわ、人が横切るわで大変だ。そういう予測不可能なものを、どうやって地図に表現できる? テリトリーには文化がある。運転手はあらかじめ、この道に通行人が多いことを知っていて用心する。角に犬がいたら注意しておく。それが文化というものだ。サッカーも同じ。動きがあり、各々の精神状態も違う。“人形”の動かし合いだったら、君がマンチェスターUの監督でもバルセロナに勝てる(笑)。そうじゃないんだ。グラウンドではプレーしなければならない」

 今の神戸は差し詰めリージョという教官を隣に乗せた路上教習中といったところだろうか。

【前半】
神戸のプレスの泣き所

スタメンはこちら。

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 ボールを握りたい両者の対決は、まずは川崎のボール保持を主体として進む。川崎のビルドアップは最終ラインにボランチが1枚落ちる動きがきっかけになる。川崎のいつものパターンで言えば、そこから相手のプレスを見ながらビルドアップにかける枚数を決めていくことが多い。川崎のビルドアップに対して神戸がとったのは、トップ下のポドルスキを使ったプレスの枚数調整だ。

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 トップ下のポドルスキを使って、最終ラインに落ちたボランチを捕まえさせる。川崎がビルドアップにかける枚数と同数で常に対応することを念頭として置いた動きである。
このプレスに対して、川崎のボールの逃がしところとして機能したのはSBだ。4-4-2ダイヤモンドのプレスの難しいところは、相手のSBへのプレスのかけ方。この試合の神戸は前3枚をハメるという、好戦的なアプローチを採用。そのため、川崎のSBにはインサイドハーフが気合でスライドをする。ただし、早い段階から相手のSBにマンマークに行ってしまうと、自陣のハーフスペースががら空きになり、川崎の前線およびSHに利用されてしまう。というジレンマがある。なのでボールが入ったとしても、どうしてもプレスはやや遅れてしまう。

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 なので、神戸のプレス隊はSBへ展開させない、もしくは渡ったとしてもインサイドハーフのプレスが間に合うような守り方をしたかったのだが、序盤はその部分がややうまくいってなかった印象。川崎の前進は、SBにボールが入ったことがきっかけで空いたハーフスペースを前線の選手が利用することでうまくいっていた。
序盤の川崎がハーフスペースをうまく活用できているのはビルドアップの局面だけではない。神戸のブロック守備は4-3で守るケースが多く、ブロック攻略においても藤田の脇は狙いどころ。先制点のPKのシーンも知念のハーフスペースの抜け出しを利用した形。抜け出した知念に那須がフォローに行きたかった。フリーで中にクロスを入れさせるのは少なくとも避けたかった。

【前半】-(2)
ひし形→パス交換→イニエスタorポドルスキ

 先制点後は神戸の反撃が始まる。神戸のビルドアップはCBが大きく横に開く。アンカーの藤田は降りてくるが、最終ラインと並ぶよりはやや前方に位置することが多い。GKのボールタッチが多いことも特徴で、CB2人とGKとアンカーでひし形を作る。4枚のボール回しで川崎の2トップに対抗する構えだ。

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 GK以外の3枚のいずれかがフリーで持てればそのまま前進できるし、川崎の中盤から1枚がプレスで出てくれば、神戸の中盤4枚に対して川崎が3枚の形になるのでパスは進められる。

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 こういった形で神戸は前進を成功させていく。中盤の4枚にボールが入るとパス交換で全体の重心を押し上げる。それぞれがややサイド目にマッチアップする2トップで川崎のSBを引き寄せ、人数をかけたパス交換で川崎のSHを中に寄せる。そこからスペースを狙う2トップやフリーになるSBにボールを入れる。ボールの配給役は相手の重心を取る天才のイニエスタとレンジと精度を兼備するミドルパスを持つポドルスキの2人。ボール保持時のポドルスキはフリーマンとして動き回る。
2トップが裏を狙う意識が強いのも特徴。そうなると川崎のMF-DF間の幅は徐々に空いてくる。つまり、SB主体の幅、2トップ主体の裏、そして間のスペースの3択をつかえる。どれを使うかはイニエスタとポドルスキに委任されている形だろう。
というわけで神戸のビルドアップの手順は以下の通り。

1. GKとCBとアンカーでひし形を形成し、1stプレスラインを突破。
2. 全体の陣形を押し上げながらパス交換、ポドルスキかイニエスタにフリーでボールを渡す。
3. フリーのSBか裏を狙う2トップにボールを入れる。

 例を挙げれば同点のオウンゴールの場面、イニエスタは大外のSBを選択し、川崎のラインを下げる形に。川崎が跳ね返したセカンドボールを拾ったイニエスタは、今度は下がったラインを活用するようにスペースに入り込んできたポドルスキに浮き球を出して、オウンゴールを誘発した。
2点目のシーンはポドルスキがパス交換でフリーに。間のスペースに位置していた古橋を選択した。

 3点目のシーンはカウンターから1枚を剥がしたポドルスキから大外の三田へ。ミドルシュートという結末から逆算すれば、距離を詰めれたのは谷口しかいないが、味方が周りにいない上に中央にフリーの選手が2人いる中で飛び出す選択はするべきではないので、事実上不可能。大外のレーンを走り、見事なゴールを決めた三田を褒めるしかない。川崎が3点目のシーンで惜しむべきシーンがあるならば、ポドルスキへの奈良のチャレンジが失敗になったところだろう。中央数的不利のカウンターの引き金になったのは、あのスライディングが原因だ。奈良は50分のシーンのように前に出てのプレーが持ち味の選手ではあるので、チャレンジに行くな!とは言わないが、判断と精度にはまだ向上の余地がありそうだ。

 2点目と3点目はいずれも美しいフィニッシュに目がいきがちだが、構造的にしっかり質的優位で殴られている故の失点といえよう。

【前半】-(3)
両監督の修正

 神戸の1stプレスの数合わせはリードを奪ったあたりからあまり見られなくなった。川崎は神戸が3枚でプレスに来ようと回避できるので、あまりハメるメリットを見出せなかったのではないか。単純に運動量の低下を懸念したからかもしれないけど。とにかくボール出しはより楽になった川崎。しかしながら中央はさらに人口密度が上がった形に。
鬼木監督はここで家長を中央に、小林をサイドに変更。より狭い位置でのキープに優れた家長を使うことで、中央で前進の際の起点を作る狙いだろう。2点目のシーンを考えると効果はあったとはいえるが、前半は4-4-2でスペースを享受していた齋藤が、それまでより少し存在感を減らしてしまった感もあった。齋藤は後半のようにスペースがあったほうが向いてるんだろうなぁ。

 ほぼ同じタイミングで神戸も選手を動かす。古橋のサイドへの移動はエウシーニョ対策だろう。2列目を4枚にして4-4ブロック!というよりは古橋はエウシーニョ専門で、彼に合わせて位置を決めていた。4-3ブロック+1人。と表記したほうが印象としては正しいかもしれない。

 まさに手の差し合い!どうなる!ここから!といった矢先にミスから痛恨の失点をしたのは神戸だった。ゴールキックからのリスタートをタッチラインの外に蹴りだしてしまったキム・スンギュ。当然ビルドアップの際なので、神戸のCBは開いているし、インサイドハーフは高い位置を取っている。そこを見逃さなかったのは大島。素早くボールを引き出し、ドリブルでアンカーの藤田をつり出す。空いた中央のスペースを家長が攻略することで、2点目を決めた。大島のリスタートの判断とドリブルの技術が呼んだ追撃弾だった。
この試合を通して、神戸のGKからサイドバックへのフィードは速度と精度がやや足りなかった印象だ。この神戸のビルドアップはCBとアンカーにマンマークを付けられると、サイドバックに低く速いフィードを飛ばすことの優先順位が上がるので、スンギュにとってはここは今後のトレーニングで改善していくのだろう。スローインの際の陣形の整えるスピードも含めて、神戸の今後の課題になりそうなプレーだと感じた。

【後半】
個性に合わせてサイドからアプローチ

 後半も同じ布陣でスタートする両チーム。布陣の変更でやや頭が痛くなってきたのは神戸だ。非保持時の布陣が4-4-2ダイヤモンドから4-4-2フラット気味になったことになったことにより、斜めのパスコースが減少。単純なミスも増え、ボール奪取後のパス交換の段階でややロストが目立つようになった。あるいはHTを挟んで、ロスト後のプレスを鬼木監督が一層意識させた可能性もある。この試合の川崎の走行距離は珍しく114kmと多かった。とにかく、ボール保持の時間は川崎が増えていくようになった。

 押し込むシーンが目立つようになった川崎はサイドからの攻撃でブロックこじ開けにかかる。面白かったのは左右のアプローチの違い。右は近い距離でのパス交換→追い越しなどでフリーマンを作ってチャンスメイク。対して左は大外を齋藤や登里のようなスピードプレーヤーに1on1を仕掛けさせる。左サイドはフォローはやや控えめに1人か多くて2人で、スピードを生かせるスペースを残すようなアプローチをとっていた。

 「スペースを生かしてサイドで質的優位をもたらす。」まさしく齋藤学獲得の意図をそのままにしたような一文だろう。この一文をピッチに落とし込むために彼はフロンターレにやってきた。開幕から長い時間がかかったが、その時は65分にやってきた。対面した藤谷を抜き切らない形での、ファーへのシュート。5か月半ぶりの先発の機会をものにした齋藤のリーグ戦初ゴールの瞬間である。

 神戸はこの同点弾の少し前から前線のプレス強度を上げて前がかりになっていた。選手たちの独断か、リージョの指示かはわからないが、持たれているだけではまずいという感覚が神戸側にあったのは確かだ。しかし、川崎のボール回しでプレスは空転させられるだけになってしまった。むしろ、中盤が前に出てきたことで広大に空いたDF-MF間のラインを使われる羽目になることが増えていく。同点シーンも家長にそのスペースを使われたのがきっかけだ。神戸の陣形が間延びした後半は、家長トップ下への変更の効果は大いに発揮されたといっていいだろう。

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 この得点のシーン前後あたりで神戸は非保持時に古橋を右サイドに移動。スピードにはスピードでということになるだろうか。

 それでも殴り続けるのは川崎。4点目のきれいなゴールは僕じゃなくてもきっと誰か詳しく解説してくれるでしょう。人任せ。俺が勝手に「W杯以降、ここすごいがんばっているから!」って連呼していた大島の攻め上がりがトリガーになっているだけで俺はもう胸がいっぱいです。(下のnoteの後半部分参照)

 得点後に神戸は三田→伊野波の交代。伊野波は右SBに入り、藤谷は1列前進。プレス強化してボールを取り返したい狙いだろうか。
しかし、リージョの思いとは裏腹にボールは取り返せず。決定的な5点目は川崎に入る。仕上げは今季少しシュートが湿りがちなエウシーニョ。鹿島戦から徐々にコンディションは上がってきているので、最終盤のパフォーマンスには期待が持てそうだ。

まとめ

 ボールを持ったシーンではリージョらしさは見せられた神戸。配置で川崎を混乱させることはできていたし、そこから先は質的優位で殴ることができていた。後方に配球により優れた選手がいれば、試合を自分のペースでできる時間帯は長くなるかもしれない。ターニングポイントは後半唯一の決定機である57分のチャンスだろうか。サイドからのポドルスキのグラウンダーのクロスがゴールにつながっていれば、大局は変わった可能性はある。
気になったのは運動量の部分。リージョも試合後のコメントで触れているように終盤の運動量低下は目についた。後半のボール奪取時の川崎のプレスの早さと比べるとやや対照的だった。
とはいえリージョという優れた哲学者とイニエスタという世界一のお手本が目の前にあるチームだ。リージョとイニエスタだけでなくスタッフの固め方など、様々な角度から三木谷社長のこの方向への本気度は見えている。短期的な部分に振り回されずに前に進めれば、日本きってのメガクラブになる可能性もあるはずだ。リージョと神戸の航海はまだ始まったばかりである。

 殴り負けそうになった川崎を支えたのは普段の持ち味だった。脅威になっていた古橋をゴールから遠ざける位置に置かざるを得なかったのは、エウシーニョの攻め上がりが原因だし、試合を通して神戸のプレスを回避できたのはDF、MF陣の高い個々の技術に基づくビルドアップがあってこそだ。
古橋をサイドに追いやって以降は川崎のゲームといっていい展開。持ち味から徐々に優位に立ち、じれた神戸のプレスを空転させて優位を強める。とても強いチームの勝ち方といっていい。
展開の妙を享受できたのは齋藤学。後半のスペースを生かせる展開と前に出てくるスタイルの相手は彼の今季の「デビュー」としてはやりやすかったのではないか。
最終盤、総力戦になるはず。残りは4試合だ。

感想

 ごちゃごちゃと戦評を述べてきたが、最後にこの試合をスタジアムで観戦したサッカーファンの一人として少しだけ感想を話させてほしい。
くそ寒かったが、とても楽しい試合だった。ビハインドで迎えたハーフタイムすら、早く後半が見たくてわくわくしていたくらいだ。ビハインドのチームが殴り返す展開も、齋藤学がカギとなる同点弾を決めたことも、5つの美しいゴールも、雨に打たれながら堪能した時間を彩る美しい要素だった。

 ただ、個人的にこの試合で一番印象に残ったのは神戸のチャンスメイクのシーン。皮肉にも上でターニングポイントと述べた57分の決定機のシーンだ。大島の動きを見て、逆を取るタイミングとスピードでパスを出すイニエスタ。そしてダイレクトで中に折り返すポドルスキ。どちらもあのタイミング、あのスピードでなければ通らないプレーだろう。川崎の選手はワールドクラスのプレーヤーと肌を合わせた。思えば惨敗したドルトムントとの親善試合は後の川崎のサッカーにおいて、とても大きな要素になったはず。今回の試合も彼らのレベルアップにつながることを切に願いたい。

 何よりも素晴らしいプレー、ゴール、ドラマを堪能できた極上の90分だった。サッカーファンの一人としてこの試合を現地で観戦できた幸運をかみしめたい。

試合結果
2018/10/20
J1 第30節
川崎フロンターレ5-3ヴィッセル神戸
【得点者】
川崎:小林(13分,PK)、家長(43分) 、齋藤(65分)、大島(69分)、エウシーニョ(76分)
神戸:OG(15分)、古橋(28分)、三田(35分)
等々力陸上競技場
主審:西村雄一

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